3章:限りなく無限に近い有限に向けて
声がした方向――さっき壊した飛行機の方に顔を向けると、燃え盛る炎を背にして銃口を向けている人の姿があった。
……女か?
ちっ、油断してた。敵の気配に気付かないとは、俺も間抜けなもんだ。
「武器をこっちに投げろ」
そいつは、銃口を向けたまま言った。
黄金の髪――ポニーテールのようにして結っており、前髪は真ん中で分けられていて、おでこが見える。
袖の無い紺色のジャケットを着ており、藍色のデニムショートパンツをはいている少女。サラと同年代か……あるいは、俺たちと同い年だろうか。少し離れていて、その顔をはっきりと見ることができない。
わかるのは、既にケガを負っているため息が荒いということだ。
「……さすがに、その傷じゃあ僕たちには敵わない。武器を捨てるのは、君の方だ」
ディンは落ち着いた様子で言った。女は痛みで顔を歪ませながら、顔を振る。
「黙れ! 武器を捨て、ここから離れろ!」
叫ぶ元気がありゃ、さっさと逃げればいいものを……。
そんなことを思いながら、俺とディンは顔を合わせてうなずき、武器を道路に放り投げた。サラもそれを見て、武器を放る。
「よし……そのまま背を向けて、本部に帰れ」
「…………」
女の言葉に従い、俺とディンはサラを自分たちの前にして、来た道をゆっくりと進み始めた。
そして、ある程度歩いたところで俺は体を翻し、女に突撃した。それと同時に、ディンはサラを庇ってシールドを張る。
「!!」
女は二丁の銃で銃撃してきたが、もう遅い。俺はレベル5のシールドを展開させて突撃し、女の銃を蹴り上げた。そして、俺は拳を女の顔面に向けた時、
「くっ――!」
体勢を崩しかけた女は、それを利用して攻撃を避け、バック転の要領でサマーソルトキックをしてきた。それをかわし、俺は攻撃を繰り返した。だが、女は見事な体さばきでそれらを避け、且つ反撃をしてくる。
――ケガを負っていながら、俺のスピードに耐えられるとはな。それはそれで、なかなかおもしろいじゃないか。
思わずニヤリとした時、女は肘打ちを繰り出す。それを顔面すれすれで避けた俺は、カウンター気味に女の腹部に拳をめり込ませた。
「がっ……!」
体を弓なりにしたところで、女の首にチョップをお見舞いした。すると、女は気を失い、その場にうつ伏せになるようにして倒れた。
「甘かったな。さすがに、ケガしてちゃ勝てる戦いも勝てねぇよ」
そう言っても、もう聞こえちゃいないか。
……もし、この女が万全だったら――互角以上だったかもしれない。チルドレンの中でディン以外に張り合える奴がいない俺にとって、それは少なからず喜びを与えるものであった。
「ゼノ!」
「ん?」
サラは俺に駆け寄って来て、体を触り始めた。
「ケガはない!?」
心配そうな顔を浮かべ、彼女は慌ただしく俺の体を調べる。あんまり触られるとあれなんで、俺は彼女を離した。
「なんもねぇから、落ち着けって」
「だ、だって、この人の銃弾……」
サラは倒れている女性に目をやった。たしかに、この女が持っている銃は特殊で、弾丸も特殊だ。もし、シールドレベル3を展開させていたら、貫通されていただろう。それを、サラも理解していたようだ。
「……さて、と」
俺はその場に放り投げていた武器を手に取り、刀身を出現させた。
「!? ゼノ、何するの?」
何もわかっていないサラを放って、俺は倒れている女の首に切っ先を向けた。
「殺すに決まってんだろ」
「えっ……!?」
驚きの表情を隠せないサラ。それを見て、こいつがこれから何を言い出すのか、ある程度予測できてしまった。
「この人、女性だよ?」
「関係ねぇよ。女だろうと、敵は敵だ」
生かす・殺すに性別は関係ない。誰にでもある固定観念を脱却しない限り、俺たちは戦えない。
「で、でも……気を失ってるじゃない。これ以上、殺す必要なんてないはずだよ」
サラは少し困惑した様子で言った。それに対し、俺はため息を漏らす。
「気を失ってるからこそ、殺しておく必要があんだよ。放っておくことに、何か意味でもあんのか?」
「ゼ、ゼノ……」
戸惑いを隠せない彼女はそれ以上何も言えずに、思わず後ずさりしてしまった。
そう、放っておく必要などない。サラが言っているのは、所詮感情。幼い頃に植えつけられた、性別に対する偏りに過ぎない。
「ゼノ」
後ろに振り返ると、俺たちの方に歩み寄って来るディンの姿があった。その表情は、少し神妙だ。
「なんだ? まさか、お前まで『殺すな』なんてことを言うんじゃねぇだろうな?」
彼の顔を見て察してしまったが、それでも俺はグラディウスを見つめながら言った。
「……ああ。殺すなってことを言いたい」
「…………」
俺はがっくりと肩を落とした。予想していたことだが、あまりにも予想通りだったので落胆が大きい。
「一応、訊いておく。なんでだ?」
俺は顔を上げ、言った。
「見てわかるはずだよ、ゼノ」
そう言われたので、俺はしゃがんで女の顔を覗き込んだ。
「――――」
思わず、俺は驚く。
――綺麗な顔。白い肌に、長いまつげ。ちゃんと真正面から見れば、息を吐いてしまうほど美人なのだろう。
おっと、いかん。
「……たしかに美人だが、それが関係あんのか?」
すると、今度はディンがガクッと肩を落とした。
「ち、違うよ。……まぁ、その意見には同意だけどさ」
「はぁ?」
ディンは顔を少し赤くし、ゴホンと息を吐いた。
「そうじゃなくて、もう戦えないだろ?」
「……お前まで、サラと同じこと言うのか?」
俺は立ち上がり、ディンを横目で見つめた。
「この女はGH――俺たち、チルドレンの敵だ。違うか?」
そう問うと、彼は小さくうなずく。
「わかってんなら話は早い。なら、殺すしかない。だろ?」
俺は小さく微笑みながら言った。だが、彼はうなずかない。それに対し、少なからず呆れてしまった俺は、顔を振った。
「何を思って殺すなって言いたいんだ? お前」
「……それを言えば、君は剣をどけるのか?」
俺を見つめる紺碧の瞳。そこには、彼ならではの強固な意志の強さが見受けられる。
「どうだろうな。この女が俺たちの敵であることは間違いねぇし、これから俺たちを狙わないとは限らない」
テロリストの人間を放っておくことほど、馬鹿げていることはない。生かしていたって、自分たちの危険度を上げるだけでしかない。
「それもこれもわかっていて、お前はこの女を助けろってのか?」
「もう戦えない。この人は女性だ」
はっきりとディンはそれを言う。そんな馬鹿らしいことを言うとは、ディンも相当な馬鹿だ。
「だから、女性とかは関係ねぇっつってんだろ!」
俺はディンの胸倉を掴み、睨みつけた。
「こいつはこの市街区を襲撃した。関係のない住民たちを殺そうとした! それがわかんねぇのか!?」
俺の怒声にも動じず、ディンは眉をしかめているだけだった。
「ゼ、ゼノ。お、落ち着いてよ……」
あまり見たことの無い、俺がディンに対する怒りを目の当たりにして、サラはどうすればいいのか焦ってしまっている。
「放っておいたら、またここを狙ったりするだろ? こいつらはGH……俺らの敵で、俺らが殺すべき奴らなんだよ!」
さまざまなコロニーを襲撃し、関係の無い人間を殺戮し続ける組織。わけのわからない理想を掲げ、ただ反抗するだけの殺人集団でしかない。そんな集団の奴らなんざ、さっさと死んでしまえばいい。
それに――――
「……君は、彼らは殺すしかない――とでも考えているのか?」
彼の紺碧の瞳は、まるでテレビで見た冬の雪を思い起こさせた。触れたことのない雪、それは感じたことのない冷たさを持っている。
「そうだろうが。それが、俺たちの任務だ」
俺は即答した。すると、ディンは小さく顔を振る。
「殺すことでしか、君は人を護れないのか?」
俺を見るその双眸は、憐れんでいるように見えた。その瞬間、胸の奥で煮えたぎっていた感情が噴き出すように、表面化しだした。
「ざけんじゃねぇ!!」
俺はディンを付き飛ばし、その場に倒させた。
「まるで、俺が間違ってるような言い方すんじゃねぇよ。お前は、無為に危険性を高めることが正しいとでも思ってんのか?」
彼を見下ろしながら、俺は言った。沸々と湧き上がるこの想いは、親友であるディンに向けられている。
「お前だけが危険に晒されんなら、別にどうでもいいんだよ。……けどな」
俺は歯を食いしばり、今から言ってしまう言葉を胸まで押し上げた。できれば、言いたくなかったことだが。
「サラや他の奴らが危険に晒されんのは、許せねぇんだよ!!」
「…………」
叫んだ俺を見つめながら、ディンは体についた汚れを手で落としながら立ち上がる。そして、彼は目を瞑った。
「ゼノは、まだ断ち切れていないんだな」
その言霊は、俺の心の奥深くに沈み込んでいた小さな宝石――キラキラと輝いていたのに、既にその煌めきを失ってしまったそれに触れた。同時に、俺の中はそれ一色に染め上げられ、大きな津波のように俺を覆い尽くす。
何も言えなくなってしまった。静かな市街区の中、聞こえるのは壊れたGHの機体から出ている炎の音のみ。
きっと、彼の言葉の意味をサラは理解できないだろう。
「でも、今は違うよ」
思わず俯いてしまっていた俺は、顔を上げた。彼はまだ目を瞑ったままだった。
「今回は違う。あの時みたいなことにはならない」
「……あの時は関係ねぇよ。俺はただ――」
言いかけた瞬間、ディンはこくりとうなずいた。なぜか、俺は言葉を止めてしまった。それは、ディンがまぶたを開けて見つめる紺碧の相貌が、妙に優しく感じてしまったからだろうか。
「僕が守るから」
そう言って、ディンは俺の胸に拳を置いた。トンと、優しく。
「あの時は、僕たちに力がなかったからだ。でも、今は違う。今は、誰かを守るに値するほど、僕たちには力がある」
どこからそんな自信が湧いてくるのか疑問を抱いてしまうほど、その顔は微笑んでいた。何かを決意したような、大きな石のような固さを含めて。
「俺たち……いや、俺にはそんな力はない。だから俺は……」
すると、ディンは大きなため息をつきながら顔を左右に振った。「まったく」と、小さく言葉を付け加えて。
「君は、こういう時になると謙遜するよね」
呆れたようで、どこか嬉しいかのように微笑むディン。
「誰だってそうかもしれない。でも、僕たちならやれる。僕たちは、ずっとそうだったんだからさ」
「…………」
その時、俺は小さく笑ってしまった。きっと、ディンが馬鹿正直だからでも、この子供のような自信と笑顔のせいではない。
――自分のことが、馬鹿馬鹿しいからだ。
「……もう、いいさ」
俺は女からグラディウスを引き、刀身を消した。そんな俺を、ディンはじっと見つめている。
「どうせ、いつでも殺せるんだ。今やらなくても、そん時やりゃいいさ」
「ゼノ……」
彼から背を向け、俺は天枢学院への道を戻り始めた。
「サラ、帰るぞ」
「え?」
後ろに振りかえると、目をパチクリさせているサラの姿がある。さっきまでの不安は消え、そこにはいつもの安穏が浮かんでいた。
「で、でも、彼女はどうするの?」
「んなの、ディンに任せりゃいいさ」
「は?」
頭を右に45度曲げて、ディンは頭上にクエスチョンマークを浮かべる。
「だって、お前が助けるって言い出したんだろ?」
「い、いや、たしかにそうだけど……」
「俺は疲れた。せっかく戦いも終わったってのに、そんな大荷物なんか担ぎたくねぇっての」
人一人抱えるのはどうってことないが、いちいちめんどくさいじゃないか。
「えー!? そ、そりゃないだろ!」
「『えー』じゃない」
思いっきり嫌そうな顔をするディンを尻目に、俺は再び歩き始めた。
「ほれ、さっさと来いよ、サラ」
「え? あ、うん……」
「サ、サラまで!」
何度かディンをチラ見しながら、サラは俺の傍に駆け寄ってきた。
「じゃーな。言い出しっぺ、頑張れよ」
後ろ姿のまま、俺は彼に向けて手を振った。
「う、裏切り者―!」
「い、いいのかな?」
「いいんだよ。やりたそうだったし」
「え?」
頭をかしげるサラ。言葉の意味がわからないんじゃあ、まだまだだな。
「さーて、帰ったら報告しねぇとな」
俺は上空に向けて両腕を伸ばした。コロニーには空がないが、空を模して天井に青空の映像が映し出されている。雲のようなものもこの空間には漂っており、地球のそれに似てはいる。まぁ、本物を見たことのない俺たちにとっては、これが「空」のようなものだ。
「報告……か。なんか、怒られちゃいそう」
と、サラは心配そうなお面持ちで呟いた。
「大丈夫だよ。教官たち、俺とディンにはあんまし文句言えねぇから」
自分で言うのはあまりいい気分ではないが、エリートである俺たちは教官たちから恐れられている。それは、ノイッシュの言っていたことにも関係していた。
「…………」
励ましのつもりで言ったのだが、彼女の表情は暗かった。
「どうした?」
「え……えと」
サラは立ち止り、俺をじーっと見つめる。
「……なんでもない」
プルプルと顔を振り、彼女は足早に先へ進み始めた。
(なんだってんだ?)
そんなことを思ったが、数秒後には小さな粒となって俺の中に沈んでいった。今の俺には、気付いてやれるほどの心を持っていなかったのだ。
彼女を遠ざけようとしていたことだけでなく、別のことで彼女を傷つけていたことを。
俺の中では、結局GHの奴らが何の目的でこのコロニーを襲撃したのかということと、あの女に対する思いだけだった。
俺の脳裏に、なぜか深く刻み込まれたあの女の姿。
あの姿が、初めて本で見た七色の虹の時のように……エメラルドグリーンの大海原と澄み切った青空の時のように、鮮やかな刻印を俺の心にしっかりと焼きつけていた。
この感情は、何なんだろう。
それは考えても考えても、答えの出るものではないと悟った時、俺は小さく吐息を上空に向けて吐き出す。
限りなく無限に近い、有限の外へ向けて。
「なぜだ?」
未だ気を失っているGHの少女を前にして、ディンは自分の掌を見つめていた。瞬きもせず、占い師が手相を見るかのように。
「どうして、僕は止めたんだろう」
その理由がわからない彼は、その答えが自分の手の中に眠っているものと思い、ずっと探し続ける。だが、いっこうに見つかる気配はない。どこからか出てきた、「彼女を殺してはならない」という感情。
「いつもの僕なら……」
いつもの彼ならば、ゼノと同じ意見を出していた。それだけに、自分が知らず知らずのうちに選び取ってしまっていた現実に困惑していた。彼女はGH。僕たちチルドレンとSICの天敵。そして、かつて……
「…………」
その右手をそっと自分の胸に当て、まるで心臓の鼓動を辿ろうとするかのように、彼は目を瞑った。
この感情は、何なんだろう。
内に芽生えた理解不能の感情に、彼は戸惑いを隠せなかった。ずっと昔、友のために封印したはずの感情に。
「…………」
彼は、立ち上る灰色の煙によって白く霞んでしまった上空を見上げた。もちろん、いつだって白く霞んではいたが、その白に黒を含ませて、コロニー内の隅々にまで行き渡る大気に押されて、さらにその霞みを濃く、濃くしていく。
ディンは初めて抱くその疑問が、いくら考えても分かりはしないものだと悟った時、吐息を小さく吐き出した。
限りなく無限に近い、有限なるあの漆黒の空へ向かって。