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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第3部:魂と言霊が還る地~Sehen, deine Liebe und Verbleib von Traurigkeit~
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39章:遠い呼び声


 俺たちが脱出したシャーレメインと合流したのは、それから五日後だった。ローランから連絡を受けたジョージさんたちは、シャーレメインでコロニーの宙域内にいたが、軍部の戦艦や国籍不明の船が大量に出現したため、別の宙域へ避難していたそうだ。

 俺たちを乗せた小型宇宙船――“クルセイダー”にはCNが搭載されていないため、ワープ航法を行うことが出来ない。いずれは実装するみたいだが、そのためシャーレメインと合流するのに五日も掛かったのだ。


「それにしても、敵は本当に巨大なんだね」

 フー、とため息にも似た吐息をして、サラは言った。俺たちは艦長室に呼び出され、10畳はある部屋の中央にある革製のソファに腰を掛けて待っていた。ジョージさんが俺たちを呼んだってのに、当の本人がいないんだから……困ったもんだ。まぁ、今回の件で何かと対応に追われているのだろうが。

「そうだな。……SICよりも、PSHRCIよりもでっけぇよ」

 MATHEYなんていう、秘密結社みたいな組織。何が問題って、世界を裏で掌握している組織に狙われてるってことだ。

「そんな組織から……逃げ切れるのかな」

 自信なさげな、サラの声。隣に座っている彼女を見ると、やけに元気のない表情をして、目の前にあるガラス製のテーブルを見つめている。放心――程ではないが、途方もなくスケールの大きい話で、頭が付いて行っていないのかもしれない。


 アーネンエルベ、セフィラ。ティファレトとダアトの器。


 そして、ディンの死。


 正確には行方不明だが、それでもあの状況で生きているとは思えない。

 俺自身、あいつがいなくなったということに、実感が持てない。気付いたら、俺たちは常に一緒だったのだから。

 特異なチルドレンだった俺を、唯一対等な存在にしてくれたのが、ディンだけだったから。

 その時、コンコンとドアがノックされ、すぐに人が入ってきた。


「やあ、待たせてすまないね」


 ジョージさんは俺に視線を合わせると、ニコッと微笑んだ。彼と一緒に、ローランとセシルも入ってきた。三人はソファに座らず、その隣にある長机の方へ行き、ジョージさんだけがそこのソファに座った。

「君がサラ=フェンテスさんかな?」

 ジョージさんは腰かけたまま、言った。ハッとしたサラは、「は、はい。そうです」と少し緊張した面持ちで、返事をした。

「初めまして、私はカムロドゥノン・セフィロート支部局長のジョージ=ギルバートだ。ようこそ、カムロドゥノンへ」

 緊張をほぐすかのように、物腰の柔らかい口調だった。サラの心境を考えてのことなのだろう。

「あ……はい、よ、よろしくお願いします」

 ぺこりと、子供のように素直な会釈をするサラ。クスクスと、ローランがそれを見て笑っている。俺も思わず、笑ってしまいそうだったが、こういう素直なところがサラたる所以だなと思った。

「カムロドゥノンは君たちを全面的にバックアップさせてもらう。ローランから聞いていると思うが……」

 と、ジョージさんは手を後ろにしてニコニコしているローランに視線を向け、お互いがこくりと頷いた。

「我々、カムロドゥノンの本来の目的ともいうべきもの。それは“MATHEY”の打倒だ」

 サラに向けた優しい口調ではなく、はっきりと示すような強い口調だ。思わず、俺もサラも背筋をぴんと伸ばしてしまうくらいに。

「MATHEYについてわかっていることは、非常に少ない。今から600年前に設立され、“執政官”と呼ばれる者たちによって構成されていること。ASAとLEINE、双方のシステムに大きく関わる特務機関“レーヴェン”へ干渉できる唯一の組織であること。そして、11あるセフィラの内、8個持っていること――くらいだ」

 8個……? 俺とサラのセフィラを除けば、9のはず。俺が怪訝そうな表情を浮かべていると、それに気付いたのかジョージさんは話し始めた。

「君たち以外に、MATHEYが持っていないセフィラがここ――カムロドゥノンにあるんだよ」

「ここに? じゃあ、一体誰が……?」

 俺は頭を傾げた。ここ、カムロドゥノンにいるって言うことに驚きだが……。



「俺なんだなぁ!」



 笑い声と共に、ローランが声を上げた。……は?

「……は?」

 本当に、それだけしか声が出なかった。そんな俺を見て、ローランは不思議そうな顔をして見せる。なんでそんな顔をするのかと言わんばかりに。

「おいおい、ゼノっち。なんだよその顔は?」

「失礼な。最初っからこういう顔だ。いや、まて。お前が……!?」

 そんなまさか、嘘だろ……という言葉が、脳内を駆け巡る。ワードアートで大きくなっ「嘘だろ」という文字が、右から左へ無数に流れていくように。


「ふふん、そのまさかよ! 聞いて驚いてくれるな!!」


 ナーッハッハッハ! と腰に手を当てて、大笑いするローラン。隣にいるサラはポカーンとしているし、セシルはやれやれ、といった面持ちでため息を漏らしているし、誰も突っ込まないのが不思議だ。

 ……誰も突っ込まないってことは、マジなのか。

「……マジか、あんた」

「マジっす」

 うむ、と口をへの字にして大きく頷くローラン。


 マジかよ……。




  39章


  ――遠い呼び声――





「俺が持ってるセフィラは“ネツァク”。操るエレメントは“大気”……いわゆる“風”ってことだな」

 彼は自分の胸に拳を当て、自慢げに言った。


 ネツァク――

 “第6のセフィラ”と呼ばれているそうだ。彼があの大剣を軽々振り回せられるのは、決して筋力があるわけではなく、剣自体に“風”を纏わせて、軽くさせているためらしい。こうすると、子供でもあれを簡単に振り回すことが出来るようになる。

「俺が奴らと戦えるのも、この“ネツァク”のおかげさ。セフィラを得ることによって、その身体能力・エレメント能力共に増大する。エレメントが身体に影響を及ぼすと仮定した、クラフト博士の提言通りだったってわけだな」

 エレメントを増やすことによって身体的な能力を増幅させることが出来る――というのは、600年前にできた仮定だったが、それを操れる人間は少なかった。そもそも生まれつきの特殊能力――という範疇であったため、“ただの人”がこれを得ることは、不可能だった。

「どうして、ローランはそのセフィラを持ってるの? チルドレンじゃ……ないんでしょ?」

 首を傾げながら、サラが質問した。セフィラを持つチルドレンを生み出すためにチルドレンを育成していたのだとすれば、セフィラを持つのはチルドレンに限定されるからだ。

「なるほど、そこを訊いてくるとは……やるな、サラちゃん」

 いちいち目をキラッと光らせていないで、早く説明しろよ……。


「……俺の親父が、元々チルドレンでね」


 彼は鼻を指先でかいて、話し始めた。

「母親は普通の人だったけど、俺は親父の“チルドレンとしての素養”を受け継いだ。セフィラはどうやら、子供へと継承されていくみたいだ」

 子供へと継承されていく……? それって、つまり……。

 ローランは俺の顔を見て、フッと笑った。俺の考えていることが、わかっているように。でもサラはわかっていないみたいで、それも含めての微笑みだった。

「そう、俺の親父も“セフィラ”を持っていたってことさ」

 やはり……。だがそうなると、別の疑問点が浮かんでくるのも事実。すると、ローランは俺を力強く指さした。

「ゼノっちの言おうとしてること、わかってるぜ。親父はどこにいるのか――ってことだろ?」

「……」

 セフィラを持っている人間ならば、SIC……MATHEYが放っておくはずがない。重要なカギの一つだというのだから。


「おそらく、地球にいる。確証はないけどね」


「地球……!?」

 ローランだけでなく、ジョージさんたちも頷いた。

「そこで、だ。我々は彼の父――“アーサー”に会うため……いや、彼に君たちを会わせるために、地球へ行こうと思う」

 ジョージさんは椅子から立ち上がり、そう言った。俺たちに会わせるため……?

「アーサーはセフィラの扱い方、そしてその秘密を知っている数少ない人間だ。君たちの知るべきことを、教えてくれるはず。その中で、君たちが為すべきことを見出してほしいのだよ」

 真実を知って、そこで自分たちで判断してほしい――ジョージさんは、そう付け加えた。カムロドゥノンはMATHEYに対抗するための組織でもあるが、それを俺たちに強制はできないと。

「私たちが……すべきこと……」

 サラは小さく、呟くかのように言った。

「セフィラの扱い方に関しては、俺が少しは教えられる。ゼノはサラちゃんと多少なりとも同調を果たしているから、少しは“ティファレト”を使役できるはずだよ」

 と、ローランは言った。俺にもセフィラが……? つまり、あの時の力ということか……。自分でもコントロールできなかった、巨大な力。あれでも“少し”だけというのなら、100%出し切れるようになれば、もしかしたら……。

「ところで、地球に行くにはどうやって行くんですか? 以前、SICによるエレメントで入ることが出来ないって言ってましたが」

 俺はふと思い出し、訊ねた。


「それなんだが、そのための“鍵”は君たちが持っているのだよ」


「……?」

 俺とサラは、同じように首を傾げた。

「君たちのセフィラの力さ。その力を使えば、地球を覆っているエレメントを突破することが出来る」

「!? それは、どういう意味ですか?」

 俺は思わず、立ち上がってしまった。

「君のセフィラ――“ティファレト”は“神のセフィラ”と揶揄されるほど強力且つ、強大なもの。その力は、あらゆる存在に対し“強制的に制御する”というものだ」

 俺がベツレヘムで発生させた亜空間が、おそらくそれにあたる。あらゆる物質――あの場で言えば、弾丸やレーザー、ミサイルなどを制御し、活動を停止させた。そしてそれを“消滅”させることもできるのだ。

「その力をうまく操ることが出来れば、おそらく地球の防御壁も消滅させることが出来る。……しかし、ティファレトは強力な分、非常に不安定なためリスクが高い」

 そこで、とジョージさんはサラの方へ顔を向けた。


「サラ、君の力が必要なのだ」


 えっ――と、サラは表情を曇らせた。

「“ダアト”は、ティファレトの補完的な役割を担っている。君の力があれば、不安定なティファレトを安定させることができる」

 サラのセフィラで俺の力を安定させることが出来れば、俺のセフィラで防御壁を消し去ることが出来、地球へ入ることが可能になる。

「まずはそこを、やってみないか? 君たちを呼び出したのは、そこのところの要請なんだ」

 地球へ行くために、セフィラを解放してくれ――か。



 しばらく考えてみてくれ、と言われ、俺たちは艦長室から退室した。俺とサラはしばらく会話のないまま、そのまま自分たちの部屋へと戻っていった。

 6畳ほどの寝室で、俺はベッドの上に倒れこむように仰向けになった。

 たくさんのことが――起きている。地球へ行く術だって、俺が持っているのだ。だからこそ、PSHRCIもヴァレンシュタイン局長も、俺たちを狙っていたのかもしれない。

 ……そう言えば、ローランはどうやって局長を退けたのだろうか。おそらくセフィラ“ネツァク”の力なのだろうが、殺したのかどうかさえも聞いていない。あれだけピンピンしてるってことは、大丈夫だったんだろうが。

「神のセフィラ……か」

 どうして、そんな力がこの世に存在しているのだろう。そもそも、アーネンエルベにプログラムを施したのは、なんのため? その強大なエネルギーを悪用されないため? なのに、セフィラという強力なエレメントを創り出してしまっている。


 いったい誰が? なんのために?


 アーネンエルベが発見されたのは2000年も昔。それ以前に、プログラムを施したってことだ。遥か昔から……その存在を知っていた? その危険性を?


 ――そう、人の手に収まらない存在――

 ――それこそが、パンドラの匣だったんだよ――


 何かの声が聴こえるのと同時に、急激な眠気が俺を襲う。なんでまた、このタイミングで眠たくなってくるのか。




「父さん……どうしても、行くのか?」

 少年の声。俺と同じ年頃の。

「ああ。誰かがやらなければならない。それがたまたま、俺だっただけだよ」

 優しく、それでも厳かな雰囲気を携えている声。俺はこの声を……知っている。“誰なのか”とはっきりとしない。でも、“知っている”のだとはっきり思うのだ。

「――――、お前はみんなを護ってくれ。父さんの代わりに」

 僅かに……父の声が寂しさと愛おしさで、震えたように感じた。その“みんな”というのは、家族のことなのだろう。

 男は歩きはじめ、何かを見上げる。それは巨大な信仰物のように、佇んでいた。様々な歴史や、たくさんの血。それらを内包し、あらゆる生命から畏怖されるものだった。

 ――直感的に、そう思えるほどの。

「俺も……結局は、“彼”と同じことをするのか。可能性を未来に託すしかない」

 彼は目を瞑り、祈る。これが世界にとって最良の選択であったことを。





 そして、俺は目覚める。それと同時に、夢の内容をほとんど忘れかけていた。

「……なんだろう……見たこともない人だった」

 いや、見たことあるよ。だって、そうじゃないか。

「……何が?」

 俺の記憶に直結する、大事な魂の欠片だ。失ってはいけない。忘れては――いけない。

「どういう……意味だ?」

 ズキンと、頭の奥が傷む。その痛みで、俺は我に返った。いつの間に、俺は眠ってしまっていたのだろうか……。

 ボーっとしながら上半身を起こし、額を抑える。別に熱があるわけでもないのに、どうしてかそういう行動をとってしまった。

 その時、俺はベッドの傍にある椅子に座って、眠ってしまっている少女に気付いた。


 ――サラだった。


 こうやってサラを見るのは久しぶりだ。こうやって……というのは些か語弊がありそうだが、幼い頃からほとんど家族として過ごし、学生生活の中においても、彼女がいなかった時期は本と少しだけ。俺の人生の中で、サラは抜くことのできない一つの“色”なのだ。何物にも混ざることのない、たった一つだけの色。それは俺にとって、特別ともいう。

 俺は手を伸ばし、彼女の髪に触れた。輝く白銀の髪。久しぶりに見ると、こんなにも輝いていただろうかと思う。当たり前だと思っていた日常が無くなり、久々にそれを見た時にありのままの美しさに目を奪われる。子供のような幼さの影を残す寝顔も、長い銀色のまつ毛も、透き通るほどの白い肌も。


 ラケルと、ディン。二人から言われた。サラを護れ――と。

 そのためならば、俺は……と思う。再び心を失ってしまっても、構わないと。


 彼女を護れるだけの力が、そこにある。俺の中に在る。

 それを扱えるようにならばければ――

















「なるほど、同時の同調――か」

 暗い部屋で、男が手渡された資料に目を通していた。その部屋は様々なコンピューターが並んでおり、それらから発せられる機械的な光によって、妖しい雰囲気を漂わせていた。

「ディン=ロヴェリアとの同調率は90%。さすがリベカの娘だ」

「“アルバア=ハ・イマホット”として、最高の結果ですな」

 男の傍にいた白衣の老人――リヒャルト=ジーヴァスは、その男と同様に笑っていた。これほどの結果を得られたのだ。数十年の苦労が報われたのと同等だ。

「だが、それよりも驚くのは……奴だ」

 男は宙に表示されたパネルに触れ、別の画面を表示させる。

「“オメガ”の器に対する同調率は92%。“アルファ”の器に潜在能力では及ばなかったはず。しかし、結果は奴の方が高い。これが意味することが分かるか? リヒャルト」

「……と、言いますと?」

「過去に一度――或いは、数度、別のE.S.I.Nとの同調が行われているということだ」

「――!? なんと、まさか……」

 手引きも何もせずに、多少なりとも同調を果たしていたというのか? それはデータにない。

 リヒャルトは思わず、顔のしわを余計に作り、難しい顔をしていた。しかし、若い男は彼とは対照的に、笑みを浮かべてデータを眺めていた。

「素晴らしい存在だ、ゼノ=エメルド。奴こそ、この狂乱に満ちた世界を破壊するに相応しい器だ」

 男はクククと笑い、言った。

「神々の創り給うた、愚かなる螺旋。その咎を背負わされ、滅びへの扉へ続く道を歩き続ける、我らが人類。この楔を破壊できるのは――奴だけなのかもしれん」

「それができるのは……まさに、“神”ともいうべき存在なのでは?」

 リヒャルトの問いに、男は小さく頷く。

「この世界に“別次元の神”はいらぬ。本当に必要なのは、人のための神だけよ」

 そう、我らの世界を導くため“だけ”の神が。

「“統制主”が求めた神の形が、すぐそこにある。アーネンエルベに繋がる道が開くのは、もうすぐだ」

 そして、男は天井を見上げた。


「奴が為し得なかった世界を作るのは、MATHEYではない。この私だ」


 そこでは見えない深淵の宇宙を睨んで、男は思う。全ての愛を受け止められる生命こそが、神に相応しいのだと。




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