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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第2部:覚醒への御印~Wander der Geist und Seele zu führen~
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37章:覚醒への御印②

「驚いたな。貴様が“力の一端”を行使するとは」


 奴は俺を見下ろしたまま、俺の耳に届く声量で言った。その言葉とは裏腹に、奴はどこか嬉しそうだった。

「どこで“ダアト”と重なったのか、気になるところだが。それとも、あの時にクローヴィスによって制御されたわけではなかった――か」

 そう言って、ウルヴァルディは俺に向かって小さく手を叩いた。まるで貴族や高い地位の人間が、下々に向かって嘲笑するかのように。

「……サラは返してもらう」

 俺は怒りを抑え込みながらも、強くはっきりと言った。

「理由は聞かないのか? なぜ“我々”がこの少女をさらったのかを」

 奴は小さく首を傾げる。質問しないことを不思議がる奴の姿に、俺はイラッときてしまった。

「俺の目的は、そいつを連れて帰ることだ。てめぇらの事情や理由なんざ、あとでフィーアに訊けば済む話だろうが。さっさとサラを置いて、ここから消えやがれ!」

 俺は声を張り上げた。殺したいほど憎んでいる奴を前に、感情を冷静に保っておくことほど難しいものはない。

「そうもいかないものだ。まだこの娘には、使い道がある」

 ウルヴァルディはクククと笑い、サラの方へ手を伸ばした。

「てめぇ……サラに触るんじゃねぇ!」

 俺は飛びかからんばかりに身構え、奴を強く睨みつけた。

「そう熱くなるな。とって食いはしない」

 俺を横目に、奴は宙に浮いたままサラの頬に触れた。恐ろしくて声が出ないのか、サラは硬直したまま目を見開いていた。

「サラよ。……俺は長い、長い“時の牢獄”の中で、お前が生まれてくるのを待ち望んでいた。お前の魂が、この閉鎖された世界に呼ばれるのをな」

「ど、どういう意味……ですか」

 彼女は小さく震えながら、か細い声で言った。

「意味――か。お前にとって、お前自身へ対する俺たちの価値など、あまり意味を成さないものだ」

 フッと小さく笑い、ウルヴァルディは顔を振った。

「星の声、星の心に唯一触れることのできる天使。穢れなき純白の魂、それがお前だ――サラ」

「……?」

 言葉の意味が理解できないサラを見ながら、ウルヴァルディはゆっくりと指先を彼女から離した。

「サラよ、お前にはこの世界がどう映る? 人の手によって創り上げらてきたこの世は、目に見えない屍と殺戮によって積み重ねられた歴史の上に成り立っているのだ」

 奴はサラにだけでなく、俺たちにも語り掛けるかのようにマントを翻した。

「無意味な世界の針路を正す時が来た。遥か5万年に及ぶ、この世界のな」

 5万年の世界……?



「さあ、始めよう。終わりへの序曲を」



 その時、大きな振動がこの空間を揺らした。それは俺たちが立っていられないくらいほどの揺れだった。このコロニーが揺れているのか……!?


「あああああ!!!」


 この揺れと地鳴りを掻き消すほどの、大きな悲鳴。それは誰でもない、サラのものだった。バランスの取れない状態で、俺は上を見上げた。だが、そこにはいつの間にか大きな壁が出現していた。


 ――違う。

 

 俺たちのいるこの床が、どんどん下へ落ちていっているのだ! そして、サラたちがいたはずの場所は既に20メートル以上も上になっていて、そこから青い稲妻のようなものが、周囲の空間に迸りながら煌めいていた。

 あれは……なんだ? サラの体から出ている光なのか?

 そう思った瞬間、地鳴りの音が少し弱まり始め、この床もまた下方へずり落ちなくなっていた。


「ゼノ……ゼノーー!」


 上からサラの声が聞こえる。あの大声で俺を呼ぶ声のおかげで、こんな状況にもかかわらず少し安心している俺がいた。

 地鳴りが止もうかといった刹那、今度は目の前の壁が奥へと後退し始めた。再び大きく全体が揺れ動き、何が起きているのかはっきりとわからず、ただその場で倒れないように揺れに耐えているだけだった。

「な、何が起きて……?」

 後ろに振り返ると、メアリーはその場に跪くような形で当惑していた。仰向けのままのフィーアも、この状況に頭が追い付いていないみたいだった。彼女にも知らされていない“何か”だということだ。

 サラたちがいる壁は奥へ50メートルほど下がり、そのできた間から床が押し上げられていった。それはサラが磔にされている場所へ登るための階段のように形成されていき、まるで本で見た王宮にある玉座への道かのように。

 あれは……サラの体から、もやのように光が出ている。それは周囲を照らすというよりも、後光が差すように見えた。青く光っていて、サラはぐったりしていた。それを見た俺は、彼女の名を叫ぼうとした。その時――


「――!?」


 サラから発せられる光が、迸る。この空間全てを覆うようにして、光の環が広がっていく。その光に包まれた俺は、体に電流が走ったかのような痛みに襲われた。

「ぐっ……!!」

 それはさっき腕一本痺れてしまい、動けなくなった感覚が“全身”に広がったようなものだった。俺は体に力を入れることが出来ず、その場でうつ伏せになってしまった。


「な……んだ、これ……は……!」


 声も絞り出すほどしか出ない。苦しいわけではない。出そうとしているのに、声が喉の奥からかすかにしか出てこない。

「ぐっ……は……!」

 俺の横で、ディンもさっきよりも苦しそうに顔を歪ませ、同じようにうつ伏せになってしまっていた。


「ウル! どういうこと!?」


 後方から、フィーアの声が轟く。彼女はメアリーによって動けるようになったためか、足を引きずりながら俺たちの前方へと歩いて行った。

「誰も犠牲にしないって……言っていたじゃない! これじゃあ、意味がないよ!!」

 彼女らしくない、冷静さが失われた声。今の現実を否定するかのように、顔を大きく左右に振った。

「私に嘘を言ったの? ねぇ、ウル!!」

 その言葉に――その感情を露わにする姿に、この場にいる俺たちは皆、驚いている。まるで懇願するかのような、嘘だと(こいねが)う声色。それは彼女のウルヴァルディに対する信頼関係の中で培われたものだからこそ。


「ククク……ハーハハハハハ!!」


 振動が止み、静まり返ったこの空間で奴の笑い声が木霊する。それは静寂を消し去り、フィーアや俺たちに思考させるのを停止させるようなものだった。“なぜ、笑っているのか”。それが理解できなかったからだ。

「誰も犠牲にしない、か。これまで幾度となく人を殺め、その手で罪を犯し続けてきたお前が、今更“そんな言葉を信じるとは”な」

「……!!」

 フィーアはただ茫然と、その場に立ち尽くしていた。

「犠牲もなく何かを果たせられると――成せると思っているのか? それとも、しばらく見ない間に奴らに感化されたか?」


「感化……? 違う、そうじゃない!」


 彼女は否定するかのように、再び顔を左右に振った。そして、少し俯きがちに言い続けた。

「たしかに、彼らを見ていて自分は変わったのかもしれない。……でも、私はウルを信じて――」


「笑わせてくれる」


 言葉を遮り、ウルヴァルディは彼女に紅い双眸を向ける。


「俺はお前を信用なぞ、してはいない。他の雑兵どもと何も変わらん。15年前、お前を“あの場所”で拾った時から、一つの手駒としてしか見ていない」


「……ウル……」

 ここからでも、あの男の冷酷な視線がわかる。あの双眸とあの言葉が、彼女の心をぶち壊したように見えた。それまでの信用、信頼――それら全てを。フィーアの中で築かれていた、もしかしたら彼女自身を支えていた柱そのものが、壊されたのだ。


「お前にもう用はない。ここで奴らと共に死ぬがいい」


 ウルヴァルディは左腕を大きく掲げた。それは何かの合図のように見える。すると、奴を中心としてその上空――約10メートルの位置の空間が、捻じ曲げられたかのように歪んだ。あれは……重力系統のエレメンタルを使った時と同じような現象だ。そう思った時、その歪められた空間から湧き出るように、無機質な銀色の機械が出てくる。


 あれは――まさか、エルダの機動兵器!?


 それだけではない。その兵器群とともに、銃などの武器を携えた兵士たちも出現してきていた。どれだけ出てくるのか――100人以上が、ウルヴァルディとサラのいる台座に降り立った。

「こういうのは好きじゃないが、存分に死を味わえ。愚かなネフィリムども」

 ウルヴァルディはそう言って、笑みを浮かべた。

 これじゃあ、奴らに嬲り殺されるだけじゃねぇか……! 動こうとしても、体が動かない。声だって、絞り出したようなものしかでない。


 くそっ……くそぉぉ!!


「ウル――!!!」


 その時、フィーアは大声を上げた。星煉銃を右手に持ち、銃口を奴の方へと向けていた。俺の位置からは、彼女の後ろ姿しか見えないが……体が震えているように見えた。今まで俺たちの前で表したことのない、彼女の感情の発露。それは怒りや哀しみ、様々なものが重なり合って、絡み合って複雑な形容を成していた。


 ――私は孤児でね。彼……ウルに育てられたの――


 あの時の彼女の言葉が、ふと蘇る。

 だが――光の槍が、彼女の両足を貫いた。

 


 ……光の“槍”……?



 その場で足元から崩れるように、フィーアは崩れた。尻もちをついたのと同時に、光の槍も泡沫になるかのように消えた。しかし、貫かれた足の“穴”は消えず、ぽっかりと空いたそこからはおびただしい鮮血の赤が溢れた。


「う……アアアアアア!!」


 フィーアの悲鳴が響き渡る。一瞬、彼女自身も何が起きたのか理解していなかったためか、痛みが漸く体を駆け巡ったのだろう。


 俺は思い出す――そう、あの時と……同じなんだ。

 ラケルが、あいつに殺された時と。



 ――ごめんね、弱くて――



 違う。お前が悪いんじゃない。



 ――いつも足を引っ張ってさ――



 そんなことない。俺はお前に救われたんだ。何度も、何度も。



 ――死ね――



 巨大な光の槍が、あいつを貫いた。

 やめろ、やめろ――!

 血が……真っ赤な血が、視界を支配する。あの時と同じ光景を……俺の前に出さないでくれ……!


「やめろ……お願いだ、やめてく……れ……」


 頭がしびれる。なんだ――これは。痛みが――薄れていく……?

「ゼノ、大丈夫? 今から治癒術を……」

 メアリーの声が聞こえる。なぜか、遠くから聞こえるんだ。壁一枚を隔てて、そこから声を掛けられているような感覚。

「――ねぇ、ゼノ! 動けないの? ねぇ!」

「ゼノ……ダメ、だ……。力を……解放しちゃ……」

 ディンの声も聞こえる。あいつも俺と同じように、声が掠れていた。

 力を開放する? それは――どういうことだ……?

 力を開放すれば、動ける?

 この場を切り抜けられる?


 サラを助けられる?



 ――破壊の力――

 ――絶対なる破壊――

 ――この世の理と、現世(うつしよ)の楔を壊すもの――



 ――君だけに与えられたんだ――



 ――大切なものを護るための“破壊”を――


 ――“再生”へ紡ぐための――



 何かが切れるような音がした。それは今まで俺の中に在る、凶悪で凶暴なものであり、同時にその正反対のものを縛り付けていた、鎖を引きちぎった音だった。ゆっくりと切れたのではない。刃物で糸に触れた瞬間、ぶっつりと切れてしまうくらいに。

 俺の体がふわりと浮かぶように、立ち上がる。痛みなんてない。痺れもない。ただただ、体が軽い。そして、不思議な感覚が全身を覆う。俺が俺を“客観視”している。画面に表示されている俺の映像を見ているような、第三者の感覚だ。

「サラを……返せ……」


 サラを返せ。


 言葉が反響し、二重に聞こえる。体の感覚がないから、耳もおかしくなっているのだろうか。


「返せ……返せ……」


 それはまさに、俺自身の願いだった。俺から大事なものを奪う奴らは――殺してやる。


「サラを…………返せエエエエェェェ!!!」


 いっきに放出される咆哮。それは空気を振動させるほどのものだった。朱色の閃光が、一瞬だけ迸る。俺はグラディウスをつぶさんばかりに握りしめ、奴らの方へ向かって走り始めた。

「この波動は……アブラハムが何かしたか? ……まぁいい。かかれ」

 ウルヴァルディは薙ぎ払うかのように、手を動かした。それと同時に、数多の機動兵器群と兵士たちが俺に向かって攻撃を開始した。無数に突っ込んでくるミサイルやレーザー、弾丸。俺は自分では到底発揮できない速度でそれを避けながら、或いは剣で叩き落としながら、前へ駆ける。


「うるあああァァア!」


 獣のような叫び声をあげながら、俺は大きく跳躍してグラディウスを横に振り抜いた。それはフィーアを倒した鮮血の衝撃波となって突進し、その一撃のみで数十体の機動兵器が真っ二つにされ、爆発を起こしながら崩れていった。

 地表に着地する勢いで加速し、俺は縦横無尽に敵を切り刻み始めた。機械であろうが、人であろうが感触が一切ないという、味わったことのない感覚。いや、感触がないのだから、その“感覚”さえも、俺には残っていない。

 俺の瞳を通じて、血の雨が絶え間なく振っている光景が映し出されている。兵士の断末魔の悲鳴が、はるか遠くから微かに聞こえていた。

 腕が飛び、耳がちぎれ宙を舞う。足はもげ、腸が床に散らばる。紅い血――いや、どす黒い血だまりがあちこちに広がる。美しい大理石の床は、躯となった有機物の体液で穢されていく。

「な、なんだこいつは……! バ、バケモノめぇ!!」

 恐怖の混じった声を発し、それでも向かってくる兵士たち。束になれば、敵うとでも思っているのだろうか?


 ――無駄だ。死ね――


 俺はくるっと回転してグラディウスを振り抜いた。スパスパッと、俺を取り囲むようにいた兵士十数人が、まるで輪切りにされたハムのようになり、自分たちがそうなったことにも気付かずに、その場で倒れていった。

「近付いては危険だ! 遠隔攻撃で対応しろ!」

 誰かの号令に合わせて、俺を中心として半径10メートルほど兵士たちは離れ、銃を構えた。

「一斉射撃……うてぇ!!」

 無駄なことをする。そんなものが、今の俺に通用するとでも思っているのか?


「無限の旋律――“アイン・ソフ・アウル”」


 兵士たちが一斉に弾丸やレーザーを放ったのと同時に、俺は何かを発した。なぜ、そんな言葉を発したのかも、知っているのかもわからない。俺の奥底にある“真実”が、その言葉を下界へ送り出したのだ。

すると、俺の周囲3メートルほどの範囲を、まるで白黒の世界に塗り替えた。そこに入り込んだ奴らの弾丸らは、まるで停止させられたかのように宙で固まった。その空間に、ただ“在るだけ”になったのだ。

「な、なんだ……!? 攻撃が……一切通らないだとぉ!!?」

「構わん! 攻撃し続けろ!」

 そう、全ての攻撃がその“白黒の空間内”で止まるのだ。その事実に気付いても、兵士たちは攻撃を止めなかった。ただ無為に攻撃の種を無くしていくだけなのに。攻撃を続けていれば、戸惑う必要性がないようにも見える。


「無への回帰――“デストルークティオ”」


 俺はその白黒の空間内で、大きく両手を広げた。紅い電流が迸り、この空間が大きく広がった。それは一気に周囲の兵士や兵器群を飲み込んでいき、空間に取り込まれた奴らは塵となって消えて行った。奴らの持つ衣服や装備だけでなく、骨さえも。奴らが存在していたという事実・真実さえも消し去ってしまったかのようだった。


「ほぉ……“調停者”の力を使役するか」


 ウルヴァルディが小さく呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。俺は数十人を“消滅”させたのを確認し、手を下ろす。それと同時に、この空間も俺の中へと収束していって閉じられた。

「やはり、ディン=ロヴェリアとともに貴様もその資格を有しているようだな。……なるほど、グリゴリが焦るわけだ」

 クククと微笑しながら、奴は俺を見下ろしていた。なぜ、動きを止めたのだろう。奴の言葉を聞いているのか、俺は?


「殺してやる」


 言葉が漏れる。

 殺してやる。

「殺してやる……ラケルを……サラを返せ」

 そうだ、奴が俺から大事なものを奪っていこうとしているやつだ。殺さなければならない。


 殺すんだ。他の奴らと同じように。

 殺せ、殺し尽せ。

 憎しみを、その手に抱き――


 絶望の破壊を、この現世(うつしよ)に呼べ!



「お前をォォ、殺せエエエェェ!!」



 俺はバケモノのような咆哮を上げながら、ウルヴァルディへと突撃した。


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