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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第2部:覚醒への御印~Wander der Geist und Seele zu führen~
43/96

37章:覚醒への御印

 体が熱い。

 それは感情の高ぶりもあるのだろうが、もっと別の要因と言える。さっきまで感覚を失っていた俺の腕は、それまでの無反応が嘘のように、流れる血液が大きく鼓動を放っていた。今までにないくらいにそれは熱く、まるで煮えたぎるマグマのように全身を駆け巡っていた。

「……まさか、強制的に制御したとでも……? いや、だけど同調の反応はない……なぜ……」

 フィーアは当惑しているのか、呟きながら顔をしかめていた。

「俺が動けるってことが、そんなに不思議か?」

 俺はグラディウスを構え、奴を見据えた。距離は5メートルほど。フィーアは戸惑っているためか、銃口はディンの後ろにいるメアリーに向かっている。

「……そうね。正直、あなたにそんな力があるとは思わなかったわ」

 諦めたかのように息を吐き、彼女は俺を見据えた。その双眸は先ほどまでの当惑していたものではなく、俺と“戦うこと”を決めたものだった。一瞬で意識をギアチェンジできるあたりは、さすが兵士と言ったところか。

「メアリー、邪魔はすんなよ。こいつは、俺が叩きのめす」

 俺の視界にメアリーが身構える姿が入った瞬間、俺は視線をフィーアに向けたまま言った。

「……これは決闘じゃない。あなたの怒りをぶつけるためでもないはず」

「わかってる。だけど、こいつは俺に任せてくれ」

「そうは言ってもさ、納得できると思う?」

 不満げな表情を浮かべて、メアリーは俺を見る。確実に勝てる方向で行けという意味なのだろうが……それでも、俺は俺一人でやらなければならないような気がしたのだ。

「悪い、ここは譲れねぇよ」

「……でも……」

 俺は彼女の瞳を強く見た。彼女は何かを言いかけたが、口をつぐんだ。どうしても譲れない俺の想いを、くみ取ってくれたのだと思う。彼女は小さく頷き、言った。

「わかった。でも、いざとなったら手を貸すから」

「ああ。それでいい。尤も、手を貸させるほどじゃねぇけどな」

 俺はにっと笑い、言った。そんな俺の皮肉にも、奴は動じてはいなかった。そんなことで動じるほど、ちんけなメンタルは持ってないだろうさ。


「ゼノ、私はね」


 フィーアは銃口を下ろし、目を瞑った。

「ベツレヘムで生まれ、そして家族を失った。あなたの国――SICによって」

 消失事件……あれで生き残れた人は少ないと聞いた。だが、生き残った人の方が苦しんだだろう。一瞬にして孤独という海に叩き落されたのだから。

「だからと言って、恨んでなんかいない。他の兵士のように、滅ぼしたいなんて思っちゃいない。もちろん、SICへの憎しみがないと言ったら嘘になるけれど」

 自嘲するかのように、彼女はフッと笑う。

「だからこそ私は――私たちが“正義”だと信ずる想いを持って、この場に立っている。それだけは、あなたにわかってほしい」

 俺は彼女が向けるその瞳を、何度宝石のようだと例えただろう。燃ゆる焔がその揺らめきの一瞬で固まったかのような、凍てついた紅き瞳。それを感じる度に、彼女には嘘も何もないのだと感じる。

 やはり俺も人間で、甘っちょろいのだと思う。その双眸を見て、ほんの少しでも剣を下ろそうと――揺らいでしまったのだ。いつの間に俺はそんなことで敵意を無くしてしまうほど、優しい人間になったのか。決して、戦意を無くしてしまったわけではない。これまで仲間として戦った時間があるからこその、迷いなのだと思う。

「……お為ごかしは、こちとら望んでねぇよ。俺とお前は敵同士。理由はそれだけで十分だ」

 俺は自身の迷いを掻き消すように、普段通りの言葉を放った。フィーアは小さく微笑み、頷いていた。まるで“ゼノらしい”と言っているかのように。

 俺は体中にエレメントを発生させ、力を切っ先に集中させた。





  37章


  ――覚醒への御印――





 俺はグラディウスを瞬時に横一線、その場で振り抜いた。鉄をも切り裂く衝撃波が、彼女へ向かって飛んでいく。奴は即座に右側へ走ってそれを避け、俺に向かって銃弾を放った。俺は剣でそれらを叩き落とし、強力なシールドを前方に発生させて、奴の方へ突進した。剣を横から振り下ろし、彼女はそれをステップして避け、それを追うように俺は斬撃を繰り返す。銃相手の人間には、接近戦が有効だ。離れていれば離れているほど攻撃が当たるリスクが高まるが、これだけ近づいていればそうそう当たるまい。しかし、奴は肉弾戦も使えたはず。不用意に隙を作ると――

 俺の斬撃が空を切った瞬間、フィーアの右足蹴りが俺の左腕に直撃した。咄嗟に防御できたものの、その衝撃は俺を若干、宙に浮かばせた。彼女は一回転し、今度は左蹴りをお見舞いした。


「ぐっ!」


 俺は側頭部付近でそれを防御したが、勢いよく横へ吹き飛ばされた。そのタイミングで、奴から再び銃弾が放たれていた。俺は高レベルのシールドを前方に発生させ、それを防いだ。奴の銃は星煉銃、弾丸も厳密に言えばエレメントの結晶体だ。それも奴のエレメント能力が高いからこその強度。サラやディアドラのシールドでは、簡単に射抜かれてしまうだろう。

「そう簡単には、エレメントは突き破れないか」

 彼女は銃口を向けたままの姿勢で、言った。

「エレメントを充填して発射――とかでもない限り、俺のシールドは破れねぇよ。そのまんまじゃ、お前の攻撃は軽すぎる」

 彼女は動きが早く、遠距離攻撃が主体だ。エレメントを使えば、兵器並みの威力を放つことが出来る。どちらかと言えば、大勢向きのスタイルなのかもしれない。そのせいか、個々の攻撃の威力は弱い(もちろん、充填式の攻撃以外だが)。

「……だからって、私がその“弱点”をのさばらせていると思う?」

「――何?」

 その時、空気を切り裂く音が耳に届いた。俺は本能的に危険を察知したのか、咄嗟にその“何か”を防ぐために、グラディウスで前方を防御した。その瞬間、高い金属音が鳴ると共に、俺は後方へ3メートルほど吹き飛んだ。衝撃波が俺を飛ばし、その鋭い刃は俺の頬と服の端を裂いた。


「星煉銃……モード“LAMINA(ラーミナ)”」


 フィーアが持っていた右手の星煉銃が、その形を変化させていた。まるで生き物のようにパーツが動き回り、俺が持っているグラディウスの本体――鍔の部分――のような形になった。

「知らなかった? この星煉銃は可変式なの」

 そして彼女のもう一方の星煉銃も、同じように剣の鍔のように姿を変化させた。まさかの二刀流かよ。

「可変式の星煉銃……聞いたことねぇぞ、そんなの」

 俺は思わず、そんな言葉を独り言のように呟いた。刀身が出ていないことを察するに、俺たちが持っている武器と同じ光子型の刀身か、或いはエレメントで創り出される刀身か。もし後者であるならば、その硬度と強度は段違いに強い。エレメントは本人の精神力によって、その強さが変わる。フィーアほどのエレメント使いならば、相当なものになるだろう。

「だって教えていなかったからね。初めて見るものには、対応がしにくいでしょ?」

「……端っから、そこまで考えていたってことか」

 ふん、と俺は鼻で笑う。俺と戦うってことを、“最初っから想定していた”ということだ。

「これでも、エレメントを纏ったあなたの武器に負けないほどだと思うわよ」

 そう言って、フィーアは剣を軽く持ち上げるように、上空へ向けた。すると空気が歪んでいるのか、衝撃波が俺に向かってくるのがわかった。咄嗟に横へ避けるも、床の石の表面にその軌跡が残っていた。軽く動かすだけで、この衝撃波か……。そうとう厄介な代物だな。

「エレメントによる衝撃波か」

「そう、E兵器よ。あなたたちチルドレンでも、なかなか目にかかれない代物でしょ?」

 クスッと笑って、彼女は切っ先の見えない刀身を俺に向ける。そこに淡い光が集い始め、半透明な金色の刀身となった。ガラスのようなものではなく、宙に浮かぶ一つの映像のような感じだ。俺たちの持つ武器はS兵器、現代科学とエレメントを組み合わせたものであり、その強度や硬度は物質に依存するものが多い。俺のグラディウスもそうであるが、エレメントを纏わせることによって、それを強力に引き上げているのだ。

 フィーアは俺に向かって猛スピードで直進した。俺はそれを迎え撃つ形で攻撃を防御し、反撃する。奴が二刀流のぶん、手数はこちらの方が劣ってしまう。そのためなかなか反撃する隙がない。だが、俺は左手が空いている。つまり、エレメントを放つ準備ができるということだ!


「はぁぁ!」


 鋭い斬撃が、まるで踊っているかのように幾重にも繰り出される。身軽な彼女らしい攻撃だ。武器が剣となると、対人戦にはかなり向いているみたいだ。俺はエレメントを左手に集中させ、一気に放った。


「プラズマキャノン、Lv7!」


 俺が彼女の斬撃を防御したのと同時に、俺は左手から紫電の光線を弾き出した。

「なっ!」

 フィーアは咄嗟に剣を十字にクロスさせ防御したが、紫電と共に後方へ吹き飛んだ。


「まだまだ、連発だぜ! フレアボム、Lv7!」


 俺は吹き飛んだ彼女に向かって、手を広げた。紅い火の玉が、彼女に集う。そして、閃光と共にその場で爆発して行った。

 火球による灰色の煙から落ちてきた彼女を追って、俺はそこへ突進しグラディウスを振るった。フィーアは宙で体勢を整え、うまく俺の攻撃を防御した。

「やり方が男らしくないわね」

 フィーアは剣を十字にし、俺のグラディウスとせめぎ合っていた。

「男ならエレメントを使うなってか? そのセリフ、てめぇがE兵器を使うの止めてから言うんだな」

「……ホント、こういう時でも減らず口」

「それはお互い様だ」

 俺は鼻で笑い、彼女を力で押しのけた。そこで生まれた間で、俺は斜めに切り付けた。フィーアはそれを右へ側転して避けると、足が地に着いた瞬間に、俺の足を目掛けて剣を水平に振った。俺は軽く跳躍して避け、さっきの攻撃の勢いのまま回転し、着地する勢いで剣を斜め下から振り抜いた。彼女はその衝撃で横へ吹き飛ばされ、俺は瞬時にグラディウスを振り抜き、衝撃波での追撃を行った。

「馬鹿の一つ覚えだね」

 フィーアはその衝撃波を二つの剣で切り刻み、掻き消した。

「この程度じゃあ、何も救えないわよ?」

 空中で体勢を整え、奴は床に降り立った。

「……てめぇ……」

 まるで俺を怒らせようとするような言動。だが、それに簡単に乗ってしまっては、奴の思うつぼだ。俺は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。鼓動の速さに耳を傾け、体内を巡るエレメントの流れを読む。どこで力が湧いてくるのか、その不安定な居場所を確かめるように、俺は心を落ち着かせた。



 ――そう、これは僕たちの力――

 ――生命そのものの力だよ――



 何かの声が、俺の耳に辿り着く。いや――むしろ、俺がその声の“在り処”に辿り着いたのだ。それを理解した時、俺は大きく何かを掴むような感覚を抱いた。そして直感的に悟った。“これを放てば、勝てる”と。

 微動だにしなくなった俺に警戒していたフィーアは、高速で突撃してきた。切り掛かる――その時に、俺は大きく目を見開いた。


「なっ――!?」


 何かが彼女の動きを止める。止めた――のではなく、奴を数メートル後ろへ吹き飛ばした。俺は自然と剣を引き、構える。エレメントを一気に右手へ凝縮させた。そして、その力はグラディウスの切っ先へ集った。今までにない位に、エレメントがそこにあるのがわかる。目に見えないものが集まり、ようやくその姿を映し出すほどに。


「ハアアアァァ!」


 彷徨のような声と共に、俺はグラディウスを振り抜いた。それは巨大な三日月型の残像だった。鮮血のように紅の衝撃波が、空を切る。

「これ――は!!」

 鮮血の衝撃波はフィーアをすり抜け、空間を歪ませた。まるで光の入射角が変化し、陽炎のように揺らめくかのように。そして後方の壁に巨大な軌跡が刻まれた。それと同時に、宙に血しぶきが舞った。


「がはっ!」


 フィーアは床に叩きつけられ、うつ伏せに倒れた。それを追うように、朱色の小雨が彼女の周囲に降り注ぐ。

「今までとは……全然、比べ物にならない威力……。まさか……ね」

 彼女は何かを呟きながら、震える両腕で上半身だけを起こした。肩から腰に掛けて、あの衝撃波による爪痕が刻まれていた。彼女も強力なシールドを張っていたと思うが、俺の一撃はそれを破壊するほどだったのだ。

「今のは……一体……?」

 不思議な力だった。何かの核心――或いは、真実そのものに到達できたかのような、今までにない達成感があった。それはずっと眠っていたものを引き抜き、自分自身の存在が証明されたかのように晴れ晴れとするものだった。

 生命そのものの力――そうであると確信できるほどの。


 俺はゆっくりと彼女の傍へ歩み寄り、グラディウスの切っ先を彼女の額に向けた。それはあと10センチも進めば、彼女の脳に達するほどの近さだ。

「お前の負け、だな」

「……たった一撃で再起不能とはね」

 彼女はそう言って、ぐるりと体を回して仰向けになった。こうなると、彼女の傷がどれだけ深いかがわかる。フィーアの自然治癒能力で、何とか致命傷にならない程度になってはいるが。

「早く、やりなさいよ」

 常闇の上空を見つめ、フィーアは言った。想像以上に疲労しているところを見ると……あの攻撃そのものの体力消耗――エレメントの消費――が著しいのか、或いは……。

 俺は考えるのを途中でやめ、踵を返した。


「メアリー、こいつに治癒術をかけてやってくれ」

「……えっ!?」


 女性二人の、驚いたような声が漏れた。

「ちょっと待ってよ。あなた、さっき許さないって……」

 困惑したように、メアリーは俺の方へ駆け寄ってきた。

「ああ。だからぶっ叩いてやった。それで終わりだ」

「で、でもねぇ、ゼノ。そんな甘っちょろいこと――」

「ここであいつを殺したって意味ねぇさ。メアリーの拘束術で体の自由を無くし、カムロドゥノンに連れて帰り、尋問する。こいつが知っている情報、重要なもんばっかりだろ」

 フィーアが敵だろうが何だろうが、知っている情報はすべて出させる方が賢明ってもんだ。みすみす、情報を逃がすことはするべきではない。

「そりゃそうだろうけど……」

 メアリーは困った表情を浮かべていて、俺は思わず何か問題でもあるのかと言いたいばかりに、首を傾げた。すると彼女はため息交じりに微笑みを浮かべて、こう言った。

「ゼノって、見かけによらないのね」

 それはどういう意味なのだろう――と問う前に、彼女はフィーアの下へ歩んで行った。メアリーは彼女を見下ろし、ジッと見ていた。

「……殺したいなら、殺せば?」

 こんな時でも、強気な態度は止めないってのは彼女らしいのだが……やれやれ。

「この状況でもその調子を出せるなんて、ある意味滑稽ね」

 皮肉が皮肉の上を行く。こういう状況で言われる本人としては、冗談とは受け止められまい。そもそも、メアリーの奴……本気で思って言ってるんだろうなぁ。


「でもゼノはあなたを生かした。だから、私もあなたを生かす」

「……え」


 メアリーはしゃがんで目を瞑り、手を彼女の顔に向けて広げた。フィーアはてっきり彼女に皮肉や文句のオンパレードをかましてから、冷淡な目でやるんだろうなと思ったが……俺も彼女も、意外な行動に驚嘆していた。

「まずは体の自由を無くさせてもらう。――封呪・エレメンタリィ」

 そして今度は両手を彼女に向けて広げ、大きく息を吸った。

「癒しの琴音を奏で、春の息吹をその御許に――キュア」

 淡く柔らかな緑色の光が、彼女の指先からフワフワと舞い上がり、フィーアを優しく包んでいく。

 俺はそれを見て少しホッとし、顔を上げた。次は奴なのだから。この視線の先に――あいつがいる。


 微笑を浮かべ、炎の双眸をこちらに向けている。手を出すわけでもなく、何もしないまま奴――ウルヴァルディは俺たちの先頭を見ていた。



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