35章:魑魅魍魎、その奥へ
「よぉ、大丈夫かいゼノっち」
陽気な顔でそう言うローランは、俺に向けてウィンクをして見せた。
「ゼノ、大丈夫か!」
「ゼノ!」
二人の声と共に現れたのは、ディンとメアリーだった。ディンは俺の肩を持ち、支えてくれた。
「3人とも、よくここってわかったな……」
驚きを隠せない俺は、いまいち状況がつかめていなかった。
「そりゃ、あれだけ派手に轟音が響いていればわかっちゃうよ」
ハハハと、ディンは苦笑していた。
「誰だ? 貴様らは」
局長は眉間にしわを寄せ、3人を見渡していた。誰か、というよりも、自分の光を止めた人間を気にしているのだろう。
「誰だっていいじゃない、局長さん」
陽気な声でローランはそう言い、大剣をくるくる片手で回し、肩に乗せた。
「ここで何してるのか、そして目的はなんなのか……はっきり言ってもらおうか」
「……ふん、見ればわかるだろう? 15年前に行っていた、ブラックホール生成の実験だ」
局長は鼻で笑い、見ろと言わんばかりに手を広げて見せた。
「いやだなぁ、そんな“嘘”を信じるとでも思ってるのかい? もう一回聞くぜ? “ここで何をしている、何が目的だ”」
ふざけた口調だったのが、それを微塵も感じさせないものに変わっていた。
「……知れたこと。15年前に失敗した実験を、我らが行っているだけのこと」
「15年前、何があったんだ? 消失したベツレヘムでは、ただの重力実験を行っていただけじゃないってのか?」
ローランは間髪入れずに、質問を飛ばした。局長の口ぶりからすると、公表されていない“何か”が行われていたようにも感じる。そりゃSICの公表していた情報は、全部が全部本当のことではないのだろうが。
「それをわざわざ教えてやるほど、私は寛容ではない!」
局長は大きく手をかざした。再び、局長の周囲に光が集まり始めた。また“セフィラ”とやらを発現させるつもりだ!
「ディン、二人を連れて地下に進んでくれ」
「え?」
ローランは俺たちにそう言い、ずいと前に出て大剣を握って構えた。
「奴は俺が食い止めるからさ」
彼はニッコリと微笑んで、俺たちに先へ行くよう促した。こんな状況でも、どうして彼は余裕を持っていられるのだろうか?
「でも、ローランさん一人で……」
「だーい丈夫! 僕ちゃん強いから」
いつものウィンクをして見せて、彼は言った。ローランはある意味、どんな状況でも焦らず、冷静にいられるのだろう。だからいつものようなことができるのだ。
「ディン、行こう。ローランならやってくれっさ。強いんだろ?」
「なははは、当然!」
無邪気な笑顔をして、ローランは俺にガッツポーズをした。その様子を見て、ディンは頷き、俺たちは三人が入ってきたドアを抜け、通路の方へ出た。
「……貴様。一人で私に対抗するというのか?」
微笑を浮かべたローランをじっと見ながら、ヴァレンシュタインは言った。
「勝てると思ってるからね。あんたのセフィラ……“ホド”だろ?」
なぜそれを知っている――と、驚いた表情を見せるのはまずい。ヴァレンシュタインは平静を装い、小さく首を傾げた。そして、ある結論に達した。
「まさか……先ほど、“グランツ”を消し去ったのは……!?」
自分のセフィラの力を打ち破ったのは、この男だというのか? その疑問を投げかける前に、ローランは「そのまさか、さ」と言った。
「じゃなけりゃ、ここには来ないよ。あんたのセフィラなんざ、俺にかかればちょちょいのちょい、だ」
「な、なんだと……!?」
彼は右手で親指を立て、人差し指をヴァレンシュタインに向けた。そして、まるで銃を撃つかのような仕草をした。
「……見せてやるぜ、ローラン君の力をな!」
ローランは銃を取り出し、腰を低くして構えた。彼の周りに風が弧を描きながら集い、ジャケットや瓦礫などが巻き上げられ始める。
「行くぜ、俺のセフィラ……ネツァク!!」
35章
――魑魅魍魎、その奥へ――
研究所内では、異常を知らせるアラームが鳴り響いており、赤い警告ランプも白い通路を染め上げていた。通路には俺たちだけでなく、逃げようとして慌てふためいている研究所員たちが、焦燥の面持ちで右往左往しており、彼らとは違い奥へ進んでいる俺たちの進行の邪魔になっていた。
「地下ってのは、わかってるのか?」
人込みを避けながら、俺は言った。
「おそらく、一番奥にある重力加速装置のあるフロアに、地下へ繋がるエレベーターがあるはず」
メアリーは表情を変えず、淡々とした口調で言った。
「そこにサラがいればいいんだが……」
「わからない。でも、可能性は高い。そこは軍部の上役たちくらいしか入れない、機密レベルの高い場所らしい」
ディンは自信を持った表情で、大きく頷いた。
「そうだ、メアリー。ゼノの傷を治しておいてくれないか?」
「わかった」
うん、とメアリーは頷いて走りながら横の俺の肩に手を添えた。いきなり触れられたもんだから、反射的にドキッとしてしまった。
「い、いや、大丈夫だよ。時間が経ちゃ、勝手に治るって」
「そういうわけにもいかないわ。あなたは貴重な戦力だし、チルドレンだからって人間なんだから、治せるときに治しておいた方がいい」
小さく顔を横に振り、メアリーはそう言った。まぁ、確かに彼女の言う通りなのだが……。すると、彼女の俺に触れた手から、緑色の淡い光が滲み出るように出てきて、傷口をなぞるように伝っていった。光が触れた場所から、その暖かさがじんわりと伝わってくる。その暖かさが広がれば広がるほど、針を刺すような痛みも消しゴムで無くして行ってしまうかのように消えて行った。
そうか、これがメアリーの治癒術……。あっという間に、局長にやられた体の爪痕は塞がった。ただ、若干の傷跡は残っている。
「おしまい。どう?」
メアリーは俺の肩をポン、と叩いた。少しだけ微笑んだ彼女の顔を見るのは、あまりない。俺たちチルドレンよりも、兵士らしいと言えるような気がした。そこへ追いやったのは、俺なのだが……。
「ありがとう、メアリー。これからも頼むよ」
「……えぇ」
こくりと頷いて、再びメアリーは表情をいつもの仏頂面なものへと戻した。
「ところでゼノ、どうしてあそこに?」
治療が終わるや否や、ディンは質問を投げかけた。
「みんなの姿が見えなくて、非常用通路を進みながら探索していたんだ。そしたら、あの部屋に辿り着いて、資料を物色していたら局長に見つかったんだよ」
「非常用……そうか、僕たちとは違う資材置場に行ってたんだね。どうりで、どこを探しても見つからないはずだよ」
ディンの話によると、どうやら俺だけが別の場所へ運び込まれたらしい。運ばれる途中で気付いたローランが連絡を取ろうとしたが、俺からは応答がなかったという。おそらく、寝てしまっていた時だ。気を抜いて寝ていた――などと言えるはずもなく、ただ繋がらなかったというしかなかった。
3人は俺を探す中で、実験の本元を行っているのが“地下”にあることを突き止める。どうやら、一部の研究員をさらって暴行以外の方法で吐かせた――とのこと。暴行“以外”ってのがなんなのか気になるところだが、ローランの性格を考えるに、あまり真面目に考えてもしょうがない内容であることは明白だ。
「それで、局長たちが利用している執務室というのがあって」
「……そこで俺たちが戦っていた、と」
大きな爆発、轟音が響いたため研究所内の警備システムが作動し、このような状況になっているのだという。軍隊が攻め込んできたわけでもないのだが、不安を煽るようなこの警告ランプの光は、そうでなくとも人々から冷静さと正常な判断力を失わすには、十分な効果がある。それは俺たちにとっては、好都合なこともでもあるが。
「あそこはどうも、CNとは無関係なものが研究されていたみたい」
と、メアリーが言う。
「と、言うと?」
「あまり口にはしたくないけれど、“人体実験”ね」
――人体実験? その言葉を聞いた瞬間、あのカプセル状の機械の中で横たわっていた少女の姿が、脳裏をよぎる。
「人の構造――というよりも、エレメントの研究がこの施設の本当の姿らしいわ」
「……原星古語か」
おそらく、と彼女は頷いた。原星古語よりも強力なエレメント……“セフィラ”。もしかしたら、それに関連するようなことなのだろうか。そう言えば、局長が言っていたな。エレメントは星本来の力――だと。
「15年前の研究も、同じようにエレメントの研究だったのかもしれない。そうだとすると、CNやASAとどう関係するんだろう」
ディンは頭を傾げた。そのせいか、他の職員とぶつかりよろけていた。
「エレメントそのものが、ああいったシステムに関わっているとか?」
「どうかしらね。エレメントだけでなく、CNらはその開発技術・経緯そのものが謎になってるから、いろいろと憶測はできるけどね」
あれらは“DRSTSのヴォルフラム=ヴィルス博士が作った”としか言われていない。たしかに、どうやって作ったのだとか、そういった詳細な内容は公表されていない。最高レベルの軍事機密なのだから、公表できるはずもないのだが……なぜか、喉に何かが引っ掛かったような違和感がある。
その時――
前方の通路の横壁が、一瞬の赤い閃光が迸るとともに爆発を起こした。避難口へと向かう職員が巻き込まれ、悲鳴が上がる。土煙と黒い煙が入り乱れる中、その空いた壁から何かが出てくる。
あれは……エルダの機械兵か! まるでせきを切ったかのように、俺たち並みの大きさの機械兵がぞろぞろと出てくる。そして、爆音が後方からも轟いてきた。振り返ると、同じようにして壁が破壊され、機械兵が溢れ出てきていた。
「あれ、まさかPSHRCIのセンスのないおもちゃ?」
呆れたような面持ちで、メアリーは言った。
「……知ってんのか?」
「以前、あのコロニーでね。変な機械が、わんさか入り込んできたことがあって」
なるほど、そういうことか……。
『システム作動中、システム作動中! 侵入者ヲ排除シマス』
抑揚のない機械独特の音声が響き、真ん丸な胴体を持った機械兵は、その上部から赤い光を周囲に照らし始めた。おそらく、俺たち――敵の場所を確認しているのだ。
「あいつらを倒して進むしかない、か」
ディンはそう言うと、古代の東洋のカタナを模したクレセンティアを取り出した。
「結構な数だけど」
と、メアリーは少し呆れた表情を浮かべていた。
「ちょうどいいじゃねぇか。ここ最近、やられっぱなしだったし、ちょうどいい憂さ晴らしさ」
人間じゃないし、機械兵となると思い切ってやれるってのがさらにいい。
「ディン、後方は頼んだ!」
「OK。メアリーは僕たちの援護を頼む!」
「わかったわ。とりあえず……」
俺は前方を向き、背中合わせでディンは後方に体を向けた。その隣で、メアリーは目を瞑り、両手を大きく広げた。
「魂の束縛――絡め、封呪・連式……エレメンタリィ」
彼女の指先が緑色に輝き、淡い光がパアッとこの通路に広がった。すると、それらはまるで絡みつくツタのように機械兵たちに纏わり付いていった。それに伴い、まるで動力が落ちていくような低い機械音が鳴り響いていく。
「これで奴らのE兵器と、対エレメント装甲の効果は無くなったわ」
「え……マジ?」
たしかに、機械兵たちも自分たちの武器が使えなくなって当惑しているのか、側面に備わっているレーザー銃を無駄に動かしていた。
「それじゃ、こっからは俺たちの――」
「仕事、だね」
俺とディンは、一斉に飛び出した。グラディウスにエレメントを纏わせ、走り抜けるのと同時に機械兵を一刀両断。真っ二つにされた機械兵は、何が起こったのかも理解できずに、閃光とともに爆発した。俺は立ち止まる勢いで回転し、3体の機械兵を同時に斬った。
「鈍足な人々、地に沈め――ネグリジェンス」
後方から声が聞こえたかと思うと、濃い紫色の水が通路に満たされていった。もちろん、それはエレメントによるもののため、靴が濡れたりするというわけでもない。この“水”に触れた機械兵は、まるで己の時計が遅くなったかのように、動きが鈍くなった。これもまた、メアリーのエレメントの力なのだろう。
俺たちはほとんど反撃することのできない機械兵を、流れるように破壊していった。たしかに、メアリーを連れてきて正解だったかもしれない。彼女のおかげで、俺たちは無駄に体力を浪費することなく敵を殲滅することが出来る。敵にすれば脅威だが、味方としていればかなり頼りになる存在だ。
「よし、あらかたここのは片付いたか」
ほとんどの機械兵は斬ると爆発していったが、何体かはその場に倒れてしまっているのもいた。
「それにしても、スゲェな、メアリーのエレメントは。あれだけの数がいたのに、5分も掛からなかったぜ」
「エレメントで攻撃してもよかったんだけど、広い通路でもなかったから。こっちの方が楽になると思って」
褒めても、彼女はほとんど表情を変えていなかった。まぁ、彼女らしいが。
「こっちも問題ない。先へ進もう」
ディンはクレセンティアを収め、俺の方へ向いた。その時、彼の後ろにある崩れた壁から、一体の機械兵が顔をのぞかせた。敵をロックオンするための赤外線が、ディンを狙っていた。
「ディン! 後ろだ!」
俺が叫んだのとほぼ同時に、その機械兵は何かに射抜かれたのか、胴体に空洞ができていた。空いた風穴からバチバチと電気が走り、グラグラと揺れて倒れると小さく爆発して崩壊していった。
「勝って兜の緒を締めよ――って、古い言葉があるんじゃないの」
今度は俺の後ろから……!?
振り向くと、そこに立っていたのは――フィーアだった!