2章:毎度のことながら
まるで、爆弾でも落ちてきたかのような大きな揺れ。同時に、激しい音も響き渡る。
「な、何!?」
揺れでベッドから落ちてしまいそうになったサラは、戸惑いながら周囲を見渡している。
俺はアームを装着し、窓から外を見る。そこから見えるセフィロートの市街区……黒煙と炎が上がっている。それも、あそこは俺とディンの両親のいる第8市街区だ!
『メーデー、メーデー!』
天枢学院内には警報が鳴り出し、赤い光がくるくる回転し出した。
『緊急警報が発令されました。チルドレンは速やかにA~C棟に集合し、各教官の指示に従ってください。繰り返します……』
アナウンスが何度も繰り返される。部屋の外からは、他の奴らの声が聞こえてくる。それと同時に、再び天枢学院が揺れた。
「キャッ!」
ベッドから落ちそうになったサラを、俺は咄嗟に抱き抱えた。
「しっかり捕まってろ」
そう言うと、少し困惑した様子で顔を赤くするサラ。俺はそれに振り向きもせず、アームでディンを呼び出そうとした。
「ディン! 聞こえるか!?」
「……ああ、聞こえる。今どこにいる!?」
よかった、無事なようだ。俺はホッと胸をなでおろし、サラから腕を離した。
「親父たちの市街区から煙が上がってる。一体何なんだ?」
「わからない……ただ、SICのセンタービルも襲撃されたようだ」
センタービルまで? あそこは、SICの中枢「枢機院」と「軍事部」のある場所でもある。あそこを襲撃ってことは――
「GHか?」
「そうとしか考えられない」
あのくそ野郎どもが……SICの本部を狙うとは、暴挙に出やがって!
「お、お父さんたちは? どうするの!?」
サラは気が動転してしまっていて、親父たちのことばかり気にかけている。
「落ち着け、サラ。ディン、とりあえずA棟に行くぞ」
「馬鹿言うな! 母さんたちの市街区が襲われてるんだ。早く行かなくちゃダメだ!」
……はぁ?
こんな時に、ディンまで何言ってやがる。
「俺たちはチルドレンだ。自分たちの私情で動いたら、身の破滅だ」
あくまで、俺たちは天枢学院の人間。そこの命令に従って行動するのが一番だ。
「行くったら行くんだよ! ゼノ、部屋にいるんだろ? 今そこに向かってるから!」
「ディン、落ち着け! 親父たちなら――」
言いかけた時、アームからの連絡が途絶えた。ディンの奴……心配し過ぎだ。親父たちは元チルドレンだから、そうそうやられることはない。第一、俺たちが焦ってどうすんだよ……。
そんなことを思いながら、俺はため息を漏らした。
「ゼノ!」
ドアが開き、ディンが入って来た。つーか、来るのはえぇな。
「よかった、サラもいたんだな。よし、行こう!」
と、ディンは小型銃などを腰のベルトに装着し始めた。
「おい、ディン!」
俺はディンの肩を掴んだ。
「本当に行くのかよ?」
ディンは俺の方に振り向き、必死の形相をする。
「君は両親が心配じゃないのか? 早く行くぞ!!」
再び、俺はため息を漏らした。こうなってしまっては、俺も止めようがない。ディンの奴は、大切な人のこととなると自分の感情に突っ走る傾向がある。冷静な判断ができなくなるのだ。こうなったら、俺も付いて行かざるを得ねぇか。
「私も行く!」
サラは自分のアームを左手首に付けて言った。俺はそれに対し、あんぐりしてしまった。
「馬鹿かお前は?」
「馬鹿とは何よ!」
お約束の返事はご立派として、それだけでは答えとして不十分。
「お前は命令通りにやれ。親父たちのところへは俺とディンだけで十分だ」
「でも!」
言いかけた彼女に、俺は顔を振る。
「でもじゃねぇ。お前じゃ足手まといだ」
「――!」
すると、サラは拳を小さく震わし始めた。悔しそうに、グッと歯を食いしばっている。
「ゼノ、いいよ」
彼の言葉に、俺は後ろへ振り向いた。
「お前まで何言ってやがる。危険だろうが」
これは作戦のあるミッションではない。突発的に起こったもので、敵の数とか一切情報が無い。その状態の中に、サラを巻き込むわけにはいかない。
「僕たちで護ってあげればいいんだ。だろ?」
と、ディンは微笑む。その疑う余地のない笑顔に、俺は負けてしまった。
「……わかったよ。ここでグダグダ言ってる時間が勿体ねぇしな」
「ホント!? やったぁ!」
思わず、サラは飛び上るほどのうれしさを放った。まぁ、少しくらい慣れさせておいた方がいいかもしれないしな。
ディンは窓に近づき、ロックを外した。窓は横へスライドして、そこから爆撃のような音と、銃撃の音が入り込んで来た。市街区の方でも、既に戦闘が始まってるようだな。
「ところで、どうやって行くの?」
サラは頭をかしげて言った。
「ここからに決まってんだろ」
と、俺は窓を指差した。すると、サラの顔に驚愕の二文字が広がっていく。予想通りの反応で、俺としてはうれしい限りだ。
「行くぞ!」
ディンは俺たちを置いて、窓から外に飛び出した。その瞬間、サラの目が見開いてしまった。
「よし、行くか」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
行こうとする俺の手を掴み、彼女は引っ張り始めた。
「冗談でしょ? ここ、地表から500メートルも離れてるのよ!?」
「……それがどうした?」
「え?」
普通に言う俺を見て、顔を引きつかせてしまったサラ。
「ほら、ディンを待たせちまう。行くぞ」
「ちょ、ちょ――えぇ!?」
俺は慌てふためくサラを再び左腕で抱え、窓に足をかけた。そこから市街区を見渡し、どの辺りに降りるべきかを見極める。
――黒煙の上がっていない、あのマンションだな。
「う、ウソでしょ? こんなところから降りたら、無事じゃ――」
俺はサラの言葉を無視し、約500メートルの高さのところから市街区の方へ飛び降りた。
「キャアァァ!!」
大きな悲鳴を上げるサラの声と共に、俺たちは高速で落ちていく。
「死ぬ! 死んじゃうってばぁ!!」
「るっせぇ! 耳元で叫ぶな!」
そう言っても、サラの悲鳴は収まらない。まぁ、初めて経験するなら叫ぶのもしょうがないが。普通、しねぇもん。こんなこと。
ぐんぐん市街区が近付いて来る。あと数十メートルと迫った時、
「イヤアァァ!!」
サラの叫びと共に、俺は右手を前に出して広げた。
「グラビティ発動、レベル9」
俺の足元に、黒い歪みみたいなものが出現した。その瞬間、俺たちの落ちるスピードは緩和され、まるで宙に浮いているかのような感覚にさせる。そして、俺たちはマンションの屋上に降り立った。
「……あれ??」
俺はサラを降ろし、アームに触れた。
「ディン、敵は把握したか?」
「ああ。やっぱり、GHみたいだ。ほとんどの奴が銃、レーザー銃だな。中には、バズーカもある」
レーザー銃なんか、普通のテロリストか手に入れられるような代物じゃねぇぞ。ったく、おかしいったらありゃしねぇ。
「人数は?」
「わからない。でも、この辺りはそんなに多くないようだ」
奴らの目的がSICとすれば、北のセンタービルの方に人数を集中させている可能性がある。関係の無い市街区を襲撃したのも、俺たちやSIC軍を少しでも分散させるためだろう。
「ともかく、シールドを展開させつつ住民を地下シェルターに避難させよう」
万一に備え、このコロニーには地表の下に巨大シェルターがあり、そこから宇宙船に乗って逃げることも可能になっている。SICの本部があるっていう理由で、狙われるからな。
「ああ、了解。じゃあ、僕たちの家のところで落ち合おう」
「わかった。気ぃつけろよ」
そう言うと、アーム越しに鼻で笑う声がした。
「そっちも、気を付けてな。サラをしっかり護るんだぞ」
そして、音声は消えた。お前に言われなくても、ちゃんとやってやるさ。大事な女だからな。
「サラ、とりあえず下に降りるぞ」
彼女の方に向き直り、そう促す。しかし、サラは未だに呆然とした様子で自分の体を見渡していた。
「ゼノ……何やったの? 今のは……?」
「今のか? あれも『エレメント』の一種だよ」
エレメントってのは、チルドレンが使える特殊能力の内、外部に現象を起こすものを指す。シールドなどのもので、中には攻撃的なものもある。ファンタジー作品に出てくる「魔法」みたいなもんだ。
「反重力の術を使って、俺たちにかかっていたセフィロートの重力を打ち消しただけさ」
まぁ、セフィロートの重力は地球の重力と同程度で、それを打ち消すグラビティレベルを発動し続けるのは、相当な体力を消耗してしまう。一瞬だけ発動させ、瞬間的に宙に浮かんだ状態にし、着地したというもの。
「……やっぱり、ゼノってすごいんだね」
どこか訝しげに、彼女は言った。
「褒めてもなんも出ねぇよ。ほら、行くぞ」
「う、うん」
俺とサラは、マンションの屋上から下へ降り始めた。
悲鳴と銃撃音、時折聞こえてくる爆弾が炸裂するかのような音。中には、レーザー銃の音も混じっている。既に、このマンションの住人は地下に逃げ込んでいるようだ。
俺とサラは、白い大理石のエントランスを抜け、出入り口の透明なガラスの端で、外を確認していた。
「……住民が戦ってるみたいだな」
白い街道――それを挟むようにして、レプリカの樹木や花壇が備えられている。見た目だけは、きちんとしてるからな。
昼間であるこの時間帯、市街区にいるのはほとんどが専業主婦の女性や10歳未満の子供ばかり。それでも、元チルドレンである大人の女性は、ある程度の戦闘訓練は受けている。少ない人数と見て、抗戦しているのだ。
「さて、と」
俺はアームの画面に触れ、この辺りの地図を映し出す。アームには、基本的に自分の周囲の地理が内包されており、セフィロートなら全て載っている。もちろん、どこに人がいるのかもわかる。
「サラ、お前もアームで確認しろ」
「え? あ、はい」
ボーっとしていたサラは、思わず敬語で答える。いつもの俺ではなく、厳しい表情をしているからかもしれない。
「建物同士の隙間に、人がいるのがわかるか?」
「は、はい」
「そこらに固まっていないのを見ると、たぶんGHの奴らだろう」
戦える住民は、だいたい固まって行動してるはずだしな。
「少人数で市街区に攻め入ったとすれば、敵は分散して行動しているってことだ。固まって行動してたら、簡単にやられっからな」
俺の言葉に、サラは何度もうなずく。
「そして、ここらにいるGHは持っている武器の性能がよく、戦闘能力も高い奴らってことになる。じゃなけりゃ、普通の人間より能力の高いセフィロートの住人を襲撃したりしねぇからな」
それなりの自信があるからこそ、セフィロートを襲撃したのだ。
「じゃあ、どうするの?」
「各個撃破して進む。見つけた住人は、マンションの地下に行かせんだ」
サラと住民を護りながら複数と闘うのはきついが、幸い敵は分散している。俺やディンは、そんじゃそこらのGH程度なら負けることはまずない。
「サラ、お前は俺の後ろにいろ。あんまし前に出んな」
とりあえず、レベル3シールドを展開させつつ進むしかないか。
「ゼノ、あのさ」
ちょんちょんと、サラは子供のように俺の腕を突っついた。彼女の方に顔を向けると、彼女は真っ直ぐに俺を見ている。
「ゼノに護ってばかりいるのは、嫌」
「…………」
初めての体験に慌てていたさっきまでと違い、表情はしっかりしている。
「私だって、ゼノと同じチルドレン。少しくらいは戦えるよ」
「……気合いだけでどうにかなるほど、戦いは楽じゃねぇぞ?」
俺も彼女と同じように、視線をそらさずに言った。
「訓練でやった。シールドだって、レベル4までは発動できる」
俺は顔に出さなかったが、少なからず驚いていた。たかがCクラス程度のサラが、シールドレベル4まで発動できることに。普通、シールドはBクラスでさえレベル3程度。なのに、サラはそれ以上のものを発動できるのか……。
「武器だって、ムーンスフィアγがある。Cクラスの中じゃ、私はかなりできるほうだもん」
だもん……って言われても、その真剣な空色の双眸とはギャップがありすぎて、少し笑ってしまいそうだ。
ムーンスフィアか。たしか、Sクラスの誰かが使っていたっけな。半径10センチ程度の円形のリングで、いわゆるチャクラムって言われていた武器。投げることによって敵を斬るものであるが、扱いに難しいと聞く。
何年か前、「私にも武器が支給された―!」と言って喜んでいたサラだったが、ムーンスフィアと聞いて使いこなすのは無理……と思っていた。
「これはお前がやっていた仮想空間での模擬戦闘でも、訓練でもない。れっきとしたリアルだ。お前自身が死ぬかもしれねぇんだぞ?」
そう、現実。仮想空間では傷を負ったって現実世界に戻れば消えているし、痛みもなくなる。死ぬことは絶対にない。だが、今は本当に生きるか死ぬかの現実なのだ。
「……たしかに、私には実戦経験はない」
少しだけ俯き、彼女は言った。
「でも、私もチルドレンになった以上、覚悟はしていたよ。いつかは、やらなきゃならないって」
サラは拳を握りしめ、それを自分で見つめる。
「テロリストに脅かされる人を助けたいから……怖いなんて言ってられない。お父さんとお母さんを、護りたいから!」
親父とお袋、か。
いつか恩返ししたいと、そんなことを言っていたもんな……。
俺はフッと微笑み、彼女の頭に手を置いた。
「わかった。なら、やれるだけのことをしてみろ」
「え?」
少し驚いている彼女に、俺はうなずく。
「けど、なるべく俺から離れるな。一人で突っ込もうとするなよ。いいな?」
「う、うん!」
サラは花が咲いたかのような笑顔を見せる。それは俺に一つの安堵と、一つの使命感を覚えさせるものであった。
いつの間にか、成長してるんだな。いつも子供だと思っていたのに。
――ああ、そうさ――
――僕たちの欠片となりし――
「ん?」
俺は後ろに振り返った。そこには、無人のエントランスホール。花の模様が描かれた円形のカーペットが、中央に敷いてある。
「どうしたの?」
「……いや」
気のせい、か。
「ともかく、遅れちまう。さっさと俺んちのマンションまで行こう」
「おうよ!」
と、サラはなぜか男口調で返事をした。話している間に、もうディンはあっちに着いてしまっているかもしれない。さっさと行かないとな――
「お前は俺の右斜め後ろ3メートルにいろ。そこからなら攻撃できるだろ、お前の武器なら」
「わかった」
サラがうなずくのと同時に、俺たちは外へ出た。あちこちから聞こえてくる銃撃音……話している間に、敵が俺んちのマンションの方へ下がってるな。ディンのおかげだろうけど。
サラにアームで敵がいるかどうかを確認させながら、俺たちは街道を進んだ。建物が多く、ちょっと音が反響してどこでやってんのかわからないな。戦った跡はたくさん見かけるんだが――
「シールド、レベル3」
俺はサラを近くに引き寄せ、シールドを展開させた。その直後、弾丸の連射が俺たちに襲いかかり、シールドに当たる。
「わ、わわ!」
「安心しろ。マシンガン程度なら大丈夫だ」
俺たちはすぐさま建物の陰に隠れた。さて、どこにいるのかな~と思いながら、アームを見る。
……反対側のビルの方に、5人いるな。俺は少しだけ顔を出し、自分の目で敵を確かめる。
地上に何人かいる。残りは――屋上か。黒光りしているマシンガンが微かに見える。
ちと、距離が開き過ぎているな。俺のグラディウスαでは届かないし、エレメンタルを使用しても無理っぽい。
「私がやるよ」
そう言って、サラはベルトに装着してあった二つの機械を取り外し、握りしめる。それは見る見るうちに解体し、一瞬にしてリングの形――ムーンスフィアに変形した。片手に一つずつ、二つの武器として。
「届くのか?」
「ゼノ、知らないの? γ式の能力」
小さく微笑み、サラはボーリングを投げるかのような動作で右手のムーンスフィアを投げた。それは激しく回転しながら上昇していく。かと思えば、ムーンスフィアは軌道を変えて十メートル以上の高さのビルの上へと向かっていく。
「――よし!」
サラがぐっと拳を握りしめた時、アームから敵の反応が一人、消えた。そして、まるで見えない糸か何かで引き戻されるかのように、ムーンスフィアが彼女の手元に帰還した。途中、これに気付いた敵が銃を乱射していたが、それは全て外れてしまっていた。
「……なるほど、それがγ式の能力か」
そう言うと、サラはニコッと微笑んだ。
つまり、サラの意思が届く範囲内――それは、一種のテレパシーに近いのだろうが、数十メートル程度の範囲内であれば、ムーンスフィアは動くようだ。ただ、ある程度の勢いは必要なため、投げる時に隙が大きいというのが欠点だろう。
「ま、おかげで上から狙われることはなくなったな」
俺は再び建物の陰から、チラ見する。その瞬間、敵が撃って来た。あんまり見ることはできなかったが……さっきの敵がいたビルの玄関前にある車の陰に二人、そのビルの陰に二人。
――一気に殺せる。
「サラ、俺がシールドを展開させながら進む。付いて来い」
俺は返事を待たずして、シールドを展開させて敵の方へ直進した。無数の弾丸の中を、俺たちは突っ走る。街道の中程まで来たところで、
「サラ、シールドレベル3!」
「はい!」
俺は自分だけ車の上空へ向かって跳躍し、グラディウスαの刀身を出現させた。そのスピードに、敵は付いて来れない。
「そのままムーンスフィアをビルの陰の方に飛ばせ! 二つだ!」
空中で回転し、上空に向かって銃口を向けている敵の後ろに降り立った俺は、それと同時に敵を一刀両断した。黒い防護服を身に付けていたGHは、腹から真っ二つになる。
ビルの方へ振り向くと、血しぶきと共に敵がうつ伏せに倒れていった。
「ゼ、ゼノ……早いよ」
と、サラは少しだけ息を切らして俺に駆け寄ってきた。その時――
「うっ……!」
サラは思わず、口に手を当てた。そう、俺が殺したGHの姿を見て。すでに躯となっているが、腸や他の臓器が黒々とした血と共に、そこに流れ出ている。
「――!」
彼女は下に向けて、せき込んだ。気持ち悪くなったのだろう。
「いいか、サラ」
俺は彼女に歩み寄り、彼女の傍に立った。アームで敵が近くにいないかを確認し、小さく息をはく。
――いずれ、経験しなければならないことだったから。
「命令遂行のため、善良な市民を護るために、俺たちは敵を殺す」
そう言ってしまえば大義名分ではあるが、人を殺していることには変わりはない。普通、人を殺せば犯罪になるってのに。
「そいつらに人生があろうが、家族がいようが、殺すしかない。そうしねぇと、俺たちが殺されるからな」
「…………」
彼女は顔を俯かせたまま、口に手を当てている。
「大勢の人――敵を殺すことが、俺とディンがやってることだ」
そして、俺は彼女に顔を向ける。俺から背けていようがなんだろうが。
「それが、お前が踏み入れようとした世界だ」
偶発的に起きた事件であっても、サラは一緒に来ることを望んだ。
自らの意思で。自分の足で。
「しっかりと目に焼き付けろ。そして、悩んで悩んで、悩み尽くせ」
俺がそうであったように。初めて人を殺し、その手を真っ赤に染めたあの頃のように。
「自分自身の答えを出せ、サラ」
すると、彼女は顔を上げて俺を見つめた。既に、空色の瞳は揺れてしまっている。
「生半可な気持ちじゃ、やっていけれねぇからな」
涙が出そうなのを必死に堪え、サラは目の辺りを拭う。彼女自身わかっているのだろう。これが、自分の選んだ道なのだと。だからこそ、泣きそうになっても我慢しなければならないのだと。
「先に進むぞ」
「……はい!」
敵を倒しながら、俺たちは第8市街区へと向かった。ほとんどの住人は退避しており、残っているのは逞しいおばちゃんたちくらいで、その人たちが戦っていたようだ。その人たちを街道のあちこちに設置されているシェルターへの入り口に行かせ、俺たちは先へ進む。
思ったよりも敵は少ない。まだ10人程度としか戦っていない。もちろん、ディンが殺したのもあるんだろうが、それでも少な過ぎる。これが、俺たちの本隊を分散させるための作戦なのだとしても、ここまで少ないと意味を成さないのではないだろうか。やってきた俺たちを長い時間引き付けるのも、奴らの目的ではあるはずなのに。
「お父さんたち……大丈夫かな」
幅30メートル程度の街道……というより、道路の歩行者用の道を走りながら、サラは呟いた。
「心配すんな。ああ見えて、慎重なおっさんだ。殺したって死なねぇよ」
「ゼノ……ひどい褒めようだね」
サラはクスクスと笑って言った。人を殺すことにまだ躊躇いがあるものの、少しは楽になっただろうか。
まだ赤ん坊だったサラを引き取った両親は、サラの育ての親になる。だからこそ、サラは二人を「父」と「母」と呼ぶ。俺を産む際に病気になり、それ以上子供を作ることができなくなった母にとっては、女の子ができたことはこの上ない幸福だったのだとか。
小さい頃から近所では悪ガキで有名で、何度も親を困らせていた俺とは違い、サラは親孝行な奴だ。天枢学院に入ってから、休日には必ず両親のいる第8市街区に戻り、一緒に過ごす。二人の誕生日には、絶対にプレゼントを忘れない。俺なんかチルドレンになってから数えるほどしか帰っていないし、年始年末でさえ帰らない。プレゼントだって、俺の記憶ではしたことが無い。
今回も、家族を心配するディンとサラに対し、俺は命令違反してまで家族を助けることに反対した。俺たちはあくまでチルドレン……命令には従わなければならない。今回のような襲撃事件では、能力があるとは言っても所詮、まだ子供。鎮圧にはSIC正規軍にやらせておかなければならない。
――俺は、とことん親不幸な息子だな。
そう思い、俺は自分を蔑むかのように微笑んだ。
「ゼノ?」
それに気付いたのか、サラは俺を呼んだ。俺の隣で走る彼女は、学院でかわいいと評判の顔を俺に向けている。
「どうかした?」
「いや、サラはかわいいな~と」
そう言うと、彼女の顔が一瞬にして真っ赤になる。
「な、なんでいきなり……!」
「ハハ、その顔もなかなかいけてるぞ」
「ちょ……ゼノ!」
第8市街区――
その電光掲示板が見えるのと同時に、激しい銃撃戦が繰り広げられていた。親父たちが住んでいるマンションの前にある石像などを盾にしながら、住民が反対側にいるGHの奴らと撃ち合いをしている。ガキの頃は、あの大きな石像がやたらと邪魔だったが、こういう時には役に立つもんだな。
俺とサラは別の建物の陰に入り、周囲を見渡した。
GHが10人、民衆が5人……ん?
あれは、親父とお袋じゃねぇか。銃を持ち、必死に抗戦している。
「どうやら、親父たちは無事みたいだな」
「よかった……」
思わず、サラは声を漏らした。離れてはいるが、ここから見るにケガをしているようには見えない。
さて、どうしたもんかね。
敵の近くには、白い小型飛行機がある。セフィロートの飛行機に似せたもので、それに乗って難なく市街区の方まで飛んできたのだろう。敵のものってことは、中に武器やら爆弾やらあるってこと。そして、中にはいつでも出れるように、GHがいるはず。無理に突っ込んで、親父たちの所に爆撃でもされちゃかなわねぇからな。
親父たちを無事に救出し、且つ敵を殲滅させるためには……なるべく早く敵をぶっつぶす。これだな。
とはいえ、俺一人じゃまばらに散っているGHの奴らを全員、すぐには殺せない。
「サラ、お前の最大障壁維持時間はどのくらいだ?」
「えと……レベル3で4、5秒くらい」
まぁ、そんなもんか。というより、Cクラスにしてはかなりすごい方だが。
レベル3は一般的な銃弾を防ぐことのできる硬度だが、そこのGHはレーザー銃も持っている。レベル3を貫けるほどだし、サラだと危険か。だからと言って、俺が展開させつつ進んだら間に合わないかもしれないしな……。
その時、気配を察知した俺は後ろに振り向いた。
「……ディンか」
そこに立っていたのは、ディンだった。
「ディン!」
「ケガはないみたいだね、サラ」
と、ディンは駆け寄ってきたサラに微笑みを向ける。
「ゼノ、飛行機の中に生命反応がある。操縦士の可能性が高い」
ディンはアームを覗き込みながら言った。
「やっぱり、速攻で全員殺すしかねぇな」
「ああ」
ディンはアームの画面を閉じ、ベルトに備えてあった武器を取り出した。青色の刀身が出てきたそれは、古の日本刀を思わせる武器――クレセンティアα式だ。
「え……まさか、突っ込むの?」
「まぁ、そんなところだ」
俺もグラディウスの刀身を開き、敵の位置を確認する。
「でも、もし飛行機で攻撃してきたら……」
心配そうな表情で、サラは言った。
「それをやられる前に、俺とディンがやる」
ディンがいれば、成功する。それは予測でも何でもなく、確信だった。
「で、でも……」
「大丈夫。サラは、ここで待っててくれ」
と、ディンは彼女の頭をなでた。思わず、サラは言葉を失ってほほを赤くした。
「行こうか、ゼノ」
「ああ」
俺とディンは同時に影から出て、高速で敵に直進した。
「!! チルドレンだ!」
それに気付いた一番手前のGHが叫び、俺たちに無数の銃弾とレーザーを撃ち始めた。
「シールド、レベル6」
俺の横を走るディンは、俺と自分の周囲に障壁を展開させた。それと同時に、俺は上空へ跳躍する。俺の方に気を取られた前方の敵に対し、ディンはクレセンティアを振り抜く。そこから発生した空を裂く刃は、一瞬にして3人のGHを切り裂いた。
「ランス、レベル5――3!」
俺は空中でエレメントを発動し、飛行機の周囲にいる敵に向かって光の槍を3本出現させる。それは、一瞬にして敵の脳天から突き刺さり、命を奪った。
さらに、俺はそのままグラディウスを振り抜き、それによる衝撃波で敵を真っ二つにした。その時、飛行機がその船首を動かし始め、飛び立とうとし出した。
「バースト、レベル10!」
それと同時に、ディンは炎のエレメントを発生させた。それは飛行機を中心として、炎と共に爆発が起きた。轟音を立て、白い小型飛行機は木っ端みじんになってしまった。
「ちっ、最後はお前かよ」
俺はその燃え盛る飛行機の目の前まで走り抜いたディンの隣に降り立った。ざっと、100メートルは移動したかな。
「いいじゃないか。君の方が仕留めた数は多いだろ?」
悔しがる俺を横目で見て、ディンは小さく微笑む。
「バーカ。数よりも見せ場だっつの」
俺はグラディウスの刀身を消し、アームに取り付けた。
「ハハ、じゃあ今回は僕の手柄だね」
ディンは俺と同じようにクレセンティアの刀身を消し、ベルトに収めた。俺は念のため、周囲に敵がいないかどうかを確認した。
「……どうやら、この辺りにはもういねぇみたいだな」
そう言ったのと同時に、後ろから複数の足音が聞こえ始めた。
「ゼノ、ディン!」
駆け寄ってきたのは、親父たち。そして、近所のおじさんはおばさんたちだった。もちろん、ディンの両親もいる。
「父さん、母さん。ケガはない?」
両親の姿を見て、ディンはホッと胸をなでおろしていた。
「ええ、大丈夫よ」
「ディン、お前はケガはないのか?」
「うん。大丈夫だよ」
まだ若いのに髪の白いディンの両親。あんまし、ディンとは似ていない。
「まったく、あんたは無茶をして!」
そう言って、金髪のおばさん――お袋は、俺の肩を叩いた。ほっそりしているが、俺と違って背が低い。
「いってーな。いちいち叩くんじゃねぇよ」
「ハイハイ、ごめんね」
お袋はそんな俺に、少しだけ哀しそうな瞳を向けた。
「ゼノ、久々だな」
「……親父」
黒髪の親父は、俺とほぼ同じ身長。俺は小さく微笑み、こくりとうなずく。
「それにしても、エメルドさんとロヴェリアさんの息子さんたちは立派だねぇ! あっという間にGHを倒してさ」
「ああ、本当に立派になったもんだ。さすが、チルドレン最強のコンビだな!」
と、他の人たちは敵からの攻撃に解放され、安堵と嬉々とした想いで言葉を交わし合っている。
「お父さん、お母さん!」
そこに、サラがやって来た。
「サラ!」
彼女は、お袋に抱きついた。うれしそうに笑顔を浮かべて。
「ケガはない? 大丈夫だった?」
「ええ、大丈夫よ。それより、サラも来てくれたの?」
お袋がそう言うと、サラはなぜか力なくうなずく。その理由を、俺は容易に理解できた。
「でも、私……何もしてないの。全部、ゼノとディンが……」
「何言ってるの。来てくれただけでも、うれしいわ」
「ああ、そうさ。心配してくれたんだしな」
親父とお袋は笑顔で言い、サラを抱きしめた。
その光景を、どこか複雑な気持ちで見ている自分がいる。それが何なのか、何となくだが俺はわかる。
約3年ぶりに会う両親。俺は、二人とどう接してよいのかわからなくなっているのだ。接し方を忘れてしまったかのように。
「ゼノ、周囲を見ておくか?」
ディンはそう言い、周囲を見渡す。既に銃撃音は聞こえず、敵の姿も気配もない。見えるのは、所々から立ち昇る黒煙のみ。
「そうだな」
さっきアームで確認はしたが、もしかしたら潜んでいる奴もいるかもしれない。この機械が絶対に間違っていないとは言い切れないからな。
「親父、お袋。とりあえず、他の人たちの一緒に地下に隠れておいてくれ」
俺たちは住民を地下に行かせた。こういった緊急の事態の場合は、民間人は地下に行くように決められている。
他の奴は気付かないだろうが、こういった時にディンの優しさには敵わない。どうすればいいか迷った時、ディンは必ずと言っていいほど声を掛けて来てくれる。それが、今も昔も、俺を支えるものとなっていたのだから。
「……どうやら、市街区のGHはもういないみたいだね」
ディンはアームを閉じ、上空の天枢学院を見上げた。そこでは、いくつかの小型飛行機が飛び交っている。
「まだ、センタービルの方では戦闘が続いてんのかもな」
とはいえ、鎮圧するのも時間の問題だろう。俺の予想では、大した数ではないはず。
「ゼノたち、センタービルの方に行くの?」
「いや、俺たちがいなくたって正規軍がどうにかしてくれるし、とりあえず天枢学院に戻って……」
そこまで言って、俺は苦笑してしまった。
「……教官たちに怒られねぇとな」
勝手な行動して、更には戦闘経験の無いCクラスのチルドレンまで連れ回して……かな~り怒られるだろう。まぁ、仕方ないっちゃあ仕方ないが。
「とりあえず、そこら辺はゼノに任せるよ」
なぜか、ディンはニコッと微笑んで言った。
「おいおい、俺の忠告を無視して行ったのはどこのどいつだ?」
半分睨みながら、俺はディンを見る。それを、彼は爽やかな笑顔で返してきた。
「なんだかんだ言って、ゼノも来たじゃないか。同罪だよ、同罪」
「あのな……」
まったく、と思いながら俺はため息を漏らした。お前の感情で後先考えずに行動した後、俺がどんだけめんどくさい目にあってるのか考えてほしいもんだ。まぁ、それはそれで気分が悪いもんじゃないがな。
「ゼノ、ごめんね」
その時、サラは俺の服を子供のように、少しだけ引っ張った。
「……わがまま言って付いて来て、ごめん」
本当に申し訳なさそうに、彼女は頭を下げた。
「何言ってんだよ。今更じゃねぇか」
「そうだけど……」
顔を上げて、彼女は俺を見る。
「本当は、ありがとうって言いたかったの」
サラは少しだけ微笑んだ。
ああ、なるほどな。
サラはサラらしい。ディンもまた、ディンらしい。
それぞれの笑顔を見れたからこそ、俺は別に苦じゃないのだろう。そうでなければ、こんなにも心が晴れるなんてことはない。
俺にとっては、掛け替えのない宝物。
再び思う。
俺は、こいつの笑顔を傷付けてんだな……。そして、それはこれからも続いてゆく。
俺が、サラとは違う道を歩み続ける限り。
「動くな!!」