34章:霊光の統率者②
ファルツ=ヴァレンシュタイン――
公表されているCG値は、1000オーバーだったはず。あのハワード長官と大差はなかったと思う。しかし、既に年齢は還暦を超えており、前線からはとうの昔に退いた人だ。それでも剣を抜いたということは――勝算があってのことだろう。CG値も俺の方が高い。身体能力・エレメント能力共に俺が局長より劣っているとは思えないが……。
局長は片刃の短剣、凡そ50cmほどの刀身の剣を右手で持ち、その切っ先を俺に向けている。微動だにしないその整然とした立ち姿、俺だけを見るその双眸と一文字に結んだ口。歴戦の強者が為せるもののように感じる。
「どうした、来ないのか?」
表情を一糸も変えず、局長は言った。あちらの能力がどれだけのものかわからない以上、俺から攻撃を仕掛けるのは愚策、か。俺もグラディウスを握り、構えたままじっと局長に目をやっていた。
「エメルド……お前は、ここ数十年で一番のチルドレンだ」
何を言い出すのかと思えば。俺もまた、表情を違えずに局長の動きを見つめていた。
「私はお前に期待していたのだ」
「期待? あなたの優秀な手駒になるって意味でですか?」
思わず、そう皮肉めいたことを言ってしまう。“最高のチルドレン”だのなんだの、俺をそんな低俗で陳腐な言葉で語ってほしくないのだが。俺は俺だと、声を張り上げたかった。
「それもある。だが、お前なら私の“理想”を理解してくれると思っていた」
「……その理想の下で、人が結果的に死んでんだ。それのどこに、理解できるっていうのか教えてほしいですね」
俺は吐き捨てるように、言った。
「結果に犠牲はつきものだ。君も大人になればわかる。私とて、若かりし頃は弱いものを救い、皆を幸福に導く方法を模索していたよ」
まるで自嘲するかのように、局長はフッと笑った。
「しかし、崇高な理想を現実にするためには、時に残忍で卑劣な行動をとらねばならない時もある。私も本意ではないのだ」
「だから“これまでのことは許せ”、“理解してほしい”ってのかよ? そんなの、情けなくて弱い自分を誤魔化すための言葉じゃねぇか!」
そんな都合のいい頭は、残念ながら持ち合わせていない。俺は歯を食いしばり、剣を握る力も強くしていた。
「……まぁ、いい。いずれ君も“我々”のやり方に賛同してくれるだろう」
すると、局長は左手の人差し指を、剣の切っ先になぞるようにして添えた。
「――行くぞ」
「!!」
局長は一瞬にして間合いを縮め、剣を横に振りぬいた。反応が間に合い、俺はしゃがんで避け、そのまま剣を斜めに振り上げる。しかし局長もそれを横へのステップで避けると、足を半歩前に出して半円を描くように真っ直ぐ振り下ろしてきた。俺は立ち上がる勢いで、それを剣で受け止める。それと同時に、高い金属音がこの部屋に響く。
やはり、動きは遅くない。実戦から離れてはいても、元・軍部長官。一対一の戦い方にも慣れているということか。
「ラグネルの下で学んだその技術、発揮して見せるがいい」
「……言われなくても!」
俺は無理やり奴の剣を払い、大きく後ろへ下がって間合いを取った。俺はそのまま左手を前方――局長に向けて掲げ、呼吸を整えた。
「――ライトニングチェイサー、Lv5!」
紫電が左手から一閃、直線の雷光となって放たれた。それを局長は左手で受け止め、弾かれたエレメントが周囲に散逸していった。おいおい、エレメントを素手で弾くのかよ……相当なシールドを体に張ってやがるな。
「フレアボム、Lv7!」
俺はすぐさま別のエレメントを発動させた。上空から拳ほどの大きさの火球が、雨やあられのように局長へ降り注いでいく。
「君は雷電系と炎熱系が得意だったか。なるほど」
局長は短剣をそれらに向けて、凄まじい速度で何度も払うように切りつけた。その瞬間、切り裂かれたエレメントの火球は閃光とともに、その場で小爆発を起こした。
――ここで、さらに!
俺はグラディウスにエレメントを纏わせ、剣風を巻き起こさせながら局長へ向かって数度にわたり切り裂いた。幾重にもなった衝撃波は、床の大理石の表面をはぎ取りながら、局長の下へ高速で飛んで行った。しかし――!
「煙幕にしては、派手だな」
気配が後ろから――! 殺気を感じた俺は、前方へ跳躍しその勢いのまま振り向く。だが既に、局長は目の前で剣を横へ振りぬこうとしていた。
「くっ!」
俺は振り向いた勢いを利用してそれを剣で防ぐ。そこから局長は高速で何度も剣を打ち付けてきた。くそっ、密着されるとあっちの武器の方が小回りが利く分、防戦一方になるな。適度な距離を持たなければ――!
俺は体を回転させ、右蹴りを局長へ見舞った。局長はそれを左腕を畳んで防いだものの、数メートル横へ吹き飛ばされた。距離が開いた瞬間、俺は再び斬撃による衝撃波を放った。
「むっ」
局長はそれを跳躍して避け、俺はすぐさまそこへ突っ込み斬撃をお見舞いする。だが局長は、あの細い短剣で俺のグラディウスを防ぎやがった。俺の攻撃を受けた衝撃で、周囲に粉塵が巻き起こる。
「エレメントは得意でないと聞いていたが……思ったよりも、扱いがうまいではないか」
互いに剣を押し合い、局長は笑みを零していた。
「“ラケル=ファーシェ”の得意分野、磨こうと思ったというわけかな?」
「――!」
その言葉が出た瞬間、俺はカッと目を見開いた。
……あいつの名を、いちいち出すんじゃねぇ!!
「俺を挑発すんのに……あいつを利用するなァ!」
俺は力を込め、一気に押し込んだ。局長が半歩下がった瞬間、俺は左手でエレメントを放った。
「ライトニングウェブ、Lv8!」
紫電が一気に広がり、俺を巻き込みながら局長を後方へ吹き飛ばした。だが奴は体勢を宙で整え、一回転して床に降り立った。
「あの娘のこととなると、昂って行動が雑になる。だからPSHRCIにも簡単にそこへ付け込まれるのだ」
局長は雷撃で白い軍服の汚れた部分を手で払いながら、余裕な面持ちで言った。
「そんなことで、私を止められると思っているのか?」
「……言っただろ、俺は未熟だって」
ギリギリと歯ぎしりをしながら、俺は局長を睨みつけた。
「だからって何もしないで毎日を傍観してんのは、嫌なんだよ! 安穏と過ごすくらいなら、少々無謀でもあんたらに剣を突き立ててやるぜ!」
俺はグラディウスの切っ先を、真っ直ぐ局長に向けた。戦いっていうのは、勝算があるから戦うわけではない。“勝てないとしても、それでも向かうこと”こそが、大事なのだ。
そんな俺を見、局長は目を瞑って笑みを浮かべていた。まるで、満足したかのように。
「……それこそ、私の認めた“ネフィリム”だ。ならば、私の本気も見せなければなるまい」
局長は剣を握る手を心臓の位置に置き、刀身を正面に立たせた。祈りをささげているようにも見える。
「“セフィラ・ホド”よ。輝け、栄光なる魂――“グランツ”」
局長の右手の甲が黄金色に輝き、煌めく光がそこからいくつもの螺旋を描き、奴を包み込んだ。かと思えば、その光は一瞬にして局長の体内に吸い込まれたかのように消えて行き、まるで覆っているかのように、或いは滲み出ているかのように、奴の体をぼんやりと光が覆っていた。
一見、局長から淡い光が出ているような感じではあるのだが……なぜか、先ほどまでとは“威圧感”というものが違う。体の細胞が、本能のままに警告しているのだ。
――“危険”だと。
「何を固まっている? そんな猶予など、持ち合わせていないぞ」
その時、床全面を真っ白な光が覆った。まずい――と判断した俺は、咄嗟に後方へ下がった。刹那、俺のいた場所の床下から光の槍とも形容できる、一本の光が宙を貫いたのだ。
これは……まさか!
俺はバク転を繰り返しながら、更に後退して行った。それを追うかのように、さっきと同じような光の槍が下から貫いてくる。俺は宙へ跳躍し、光の床から逃れた。
床を這う光――あれは、一種の地雷! 対象者がその光を踏むことで、その場に光の槍が攻撃してくるのだ。
「宙へ逃げても無駄だ」
局長は短剣の切っ先を、俺に向けた。拳ほどの光の玉が奴の周囲に浮かび、それらは光線となって俺の方へ一直線、飛んできた。
おいおい、マジかよ!
俺はグラディウスを天井に突き立てて体を固定し、最大限のシールドを展開した。光線の威力はさほど強くはなく、シールドに当たる度に弾かれて霧消していった。その光線が途切れたタイミングで俺はグラディウスを引き抜き、思いっきり衝撃波を放った。
「その体勢で放つか!」
局長は横へひとっ飛びして避け、俺もまた床に降り立ちダッシュで奴に向かって行った。切り掛かろうとしたその刹那――
「――“グランツ”」
「な……っ!?」
局長の一言で、目の前が光に包まれた。あまりにも眩しすぎて、俺は思わず体を止めて目を瞑ってしまった。その行動に対し、“まずい”という思考が巡るのとほぼ同時に、衝撃波が俺を襲った。俺は後方へ吹っ飛ばされ、壁に打ち付けられた。
「ぐはっ!」
血しぶきが舞う――。局長の斬撃が、俺の左肩から腰付近にかけて爪痕を残した。それに気付くと、痛みもまた全身を伝う。
これくらい、どうってことねぇ……それより、眩しすぎて奴が見えない。俺はすぐさま体勢を整え、目を瞑ったまま構えた。目で見えないなら、他の感覚を研ぎ澄ませるしかあるまい。
「残念ながら、この光は私には何の影響も及ぼさない」
前方から声が聞こえる。せいぜい、10メートルほどだろう。俺が切り付けられたのも、その位置くらいだった。俺は2歩ほど前に出て、“音”に集中した。
「これぞ私の得た“神の力の一部”――セフィラ・ホドの力だ」
「セフィラ……?」
どこかで聞いたような言葉だ。そんなことを考えながらも、俺はそのまま話を続けてくれとも思った。チルドレンの自己治癒能力は凄まじく、この程度の傷ならば1時間もあれば治るからだ。
「神の力だとは……おこがましいにも程があるぜ、局長」
俺は蔑むかのように、小さく笑った。
「いいや、表現としては間違ってはいない。“エレメント”が星本来の力であるならば、この力は“神々の力”なのだから」
「……いったい、何の話をしてんだ?」
意味が分からない。思わず、目を瞑ったまま頭を傾げてしまった。
「エレメント……古くは“カナンの民”が“具晶”と呼んでいたもの。それは自然界に存在するエネルギーを利用してのものだった。今に伝わる“原星古語”のことだ。その中でも、エレメントとは一線を画しているものがある。それはSIC――いや、マテイによって数百年もの間、管理されていた。それが“セフィラ”」
「……セフィラ……」
要するに、飛び抜けて強力なエレメントということなのだろう。SICを裏で操っているような連中が、管理していたっていうほどのものなんだから、相当な力があるってことか。
「だが……私はそれを彼らから奪うことに成功した!」
気のせいか、局長の声が昂って来ているような気がする。それは興奮と憎しみ――マテイに対する感情が表面化しているのかもしれない。
「私はセフィラを集め、“星の幼子”の力を手にし、“アーネンエルベ”へと辿り着くのだ!」
悦にでも入ってんのか……? また意味の分からん用語を並べやがって。俺が知っている前提でものを言っているのだろうか。だが、とりあえず奴の位置は概ねわかった。心なしか、光も弱まってきている。長時間、そのセフィラとやらの力を発動させられないのだろう。床前面に広がった光の地雷もそうだ。あれもいつの間にか消えている。
俺は目を細め、視界を確認した。局長は剣を握りしめたまま、両手を広げていた。ちょうど俺も見ていない、今がチャンスーー!
高速でグラディウスを振り抜き、横一文字と縦一文字の衝撃波を重ね、十字の衝撃波を放った。更に俺はその後ろを駆け、畳み掛けるように切り掛かった。
「――!!」
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ!」
轟音と共に衝撃波は局長に直撃し、直接の斬撃も局長を切り裂いた。だが、感触が悪い――浅いか!?
「くっ、なかなかの攻撃だ……!」
ふん、と局長は俺に斬撃を見舞った。俺はそれをグラディウスで受け止めた。
「はああぁぁ!」
俺と局長は互いに剣を繰り出し、それらが宙でぶつかり合う。
「高速の自己治癒作用――さすがだ、エメルド!」
嬉しいのか、局長はハハハと笑いながら攻撃を繰り出す。
「だがこの程度で、あの男に勝てるのか?」
「何の話だ!」
攻撃している間に、こうやっていちいち喋ってくるのは、余裕がある証だろうか。実際、今は光を放っていない。
「ラケル=ファーシェを殺した、あの男のことだ」
「――!」
憎悪が、胸の内に広がる。
――弱者が――
あの時の言葉が、脳内でざわつく。
うるせぇ……うるせぇ!!
「うる……せぇんだよてめぇぇ!!」
体の何かが、小さく、確かに爆発した。それは今までにない、おかしな感覚だった。
「ぬぉ!?」
一瞬、周囲が赤く煌めいたような気がした。それと同時に、今まで放ったことのない強力な斬撃が、局長を向こう側の壁まで吹き飛ばし、周囲の壁や天井が粉砕され、瓦礫となって周囲に舞っていた。俺はいつの間にか剣を振りぬいていたのだ。
――なんだ、今の感覚は? 筋肉がしびれているかのように、全身がピリピリとする。それに、俺は興奮してしまったためか、大きく肩で呼吸していた。
「ぐ……っ……、なるほど、“あれ”も一種の解除の方法ということ、か」
壁にめり込んだ局長は吐血しながら、踏ん張って立ち上がった。パラパラと、小さな瓦礫が足や腰、背中から落ちてゆく。
「しかし……扱いきれてはいないようだ」
局長は血を手で拭い、ほくそ笑んだ。
「――輝け、“グランツ”」
パアッと、光が部屋全体を覆う。くそ、またかよ! これじゃあさっきと同じように、攻撃を受けちまう。
「“ウェルテクス”」
誰かの声が聞こえるのと同時に、眩しさが一瞬にして消え去った。
「なに!? 私の“グランツ”が、通らないだと……!?」
局長の驚く声が聞こえる。俺はゆっくりと瞼を開け、周囲を見渡した。そこで俺の前に立っていたのは――
「ロ、ローラン!?」