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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第2部:覚醒への御印~Wander der Geist und Seele zu führen~
35/96

32章:工業衛星“Bethlehem-SECOND”

 こうして、メアリーを加えた俺たち一行は、このコロニーの工業衛星へ向かうべく、軌道エレベーター近くにある喫茶店で時間を潰していた。昼過ぎのティータイム、主婦や子供などの一般家庭の人たちがそこそこ入っていて、思ったよりも店内は賑やかだった。煉瓦風に造られた古き良き時代の外壁なのに、中はなぜか現代風の白に統一された内装で、他の同業者と差別化できているのは外だけじゃないかと思った。

 ジョージさんとセシルは今、中央政務庁へ行っており、先ほどローランの携帯端末に「申請の許可が下りた」と連絡があったため、もうすぐこの喫茶店の前の道路を車で通るはず。


「ところでメアリーちゃん」

「メアリーでいいです。ローランさん」

「えぇ? でもなぁ、なんだかなぁ」

 なんなんだ、そのセリフは。なぜ困った顔で俺を見てくる……。

 俺たちは6人掛けのテーブルに座り、俺とディンが隣で、メアリーとローランが俺たちの向かいに座っている状態である。

「君が扱えるのは、封呪式だけじゃないよね? あとは何が使えるんだい?」

 ローランの質問の意……それは、戦力のハッキリとした“範囲”というものを把握しておこうという意味なのだろう。

 そうですね、と少しだけ伏せて考えて、彼女は言い始めた。

「基本的な補助系統は扱えます。治癒エレメントもある程度は」

「補助系統――ってことは、戦闘能力の増大だとか、シールドの強化とか、そういうもんか?」

 頬杖をついて、俺は訊ねた。俺たちチルドレンの扱う補助系統というのは、その程度。前線で戦う人の支援を行うのが主だ。

「それもある。でも、私が扱うのは“他者の活動範囲の制限”。封呪式もそうだけれど、身体的能力・精神的能力の減衰、といったところ」

 なるほど、こちらを支援するのではなく、相手を不利にさせるってことか。そう言えば、俺たちのエレメントにはそういった類のものはなかったかもしれない。

「前から疑問に思っていたんだけど」

 と、ディンが言葉を挟んだ。

「メアリーは、誰からエレメントの訓練を受けたんだ? それだけの能力を扱えるっていうことは、元々から素養があったんだろうけど、誰かに教授されないとできないレベルだとは思うし」

 ディンの疑問はたしかに、と思うものだった。エレメントの技術は、一般人には広められていないはずだからだ。

「……PSHRCIからよ。あの時、兄の隣にいた男」

「あいつ――か」

 あれだけの戦闘能力を持っているんだ。エレメントの技術も、相当なものだろう。つまり、メアリーが使っているのは、アルス・アンティクアってことになる。

「でも治癒エレメントを扱えるってのは、驚きだな。あれって、ほとんど術式が伝わっていない部類の一つだからね~」

 ローランは両手を頭の後ろに回し、感嘆するかのように息を吐いた。チルドレンの中でも「医療班」というのがあり、彼らが扱うエレメントというのが治癒系になる。正確には“細胞組織修復系術式”と言い、扱える奴は少ない。俺やディンなどのハイクラスはおろか、軍人でもそうそう扱えるものではない。これに関しては、それに特化した素養がなければ扱えない部類になる――と聞いた。但し、それはせいぜい傷口をふさいだり、一時的に行動できるようにするなどの応急処置を施す程度のもの。そもそも、チルドレンは先天的に傷の治りが早く、骨折程度ならば数日で自然治癒してしまうと言われている。

「アンティクアでもそうなのか?」

「まぁね。俺でも数えるほどしか扱えないのよ」

 ぶんぶん、と顔を振って答えるローラン。彼は攻撃系統と防御系統が主に得意だとのこと。大剣を用いて、巨大なシールドを展開していたしな。

「私ができる範囲で言えば、内蔵の修復・骨の再形成、切断された筋線維の接合……とかかしら」

「……つまり?」

 と、俺は乗り出すようにして訊ねた。

「殴られて破裂した内蔵を元通りに戻したり、グッチャグチャに折れた骨を正常な状態に戻したり、切られた腕や足をくっ付かせたり――ってことね。この場合、押し潰されたり、原形を留めないほどめちゃくちゃにされた組織や筋肉を元に戻したりすることも含めるわ。たとえば、工場でプレスされてぺっしゃんこになった腕を、修復するとかね。あ、さすがにみじん切りにされたりすると、治すことはできないわ」

「……そ、そっか」

 淡々と詳細に説明してくれるメアリー……。そこまで具体的に言わなくてもよかったんだが……。

「ま、まぁ実際問題、メアリーちゃんが味方としていてくれるのは、かなりありがたいねぇ。こっちは少人数だから、長期戦になるとどうしても不利になっちゃう。回復してくれる人がいると、そこをカバーできるからな」

 ローランは少し苦笑しながら、そう言った。さすがのローランも、グロテスクな内容は苦手なのだろう。

「長期戦……誰かと戦う考えなんですか?」

 メアリーは、ふと思い立ったように質問した。

「拡大派の拠点の一つだからね、敵がいる前提さ」

 ローランはそう言って、コーヒーを手に取り、ちびりと飲む。

「戦わないに越したことはないけど、あちらさんも“重要な何かを行っている”はずだから、ある程度の準備はしているんだと思うよ。それこそ、軍部のお偉いさんであったり、PSHRCIの幹部だったり」

 軍部の幹部――となると、拡大派に属する人だとすれば……やはり、ゴンドウ中将を筆頭にいるのだろう。拡大派の中心人物で言えば、オリバー=ハワード長官とかか。そこまでの大物が出てくるとは思えないが……。

 仮にゴンドウ中将が出てきても、今の俺では歯が立たないだろう。まだ本気を出していないローラン、そしてメアリー……未知数だが、もしかしたら可能性はあるかもしれない。それでも、俺はやはりもっと強くならねば――と思う。そうでなければ、“あの時”のように、目の前で大事なものを失ってしまう。


 ――失うことに恐れをなして逃げるとは、脆弱な奴だ――


 何かが頭の中を駆け抜ける。言霊――電流として、脳内シナプスを介して、神経内を駆け巡る。


 ――アルケーの求めていた遺物とは、このことだったのだ――

 ――リリー、君は美しい――

 ――たった一人の、不純物を含まない純粋な星の子供――


 ――生命の再生に欠かせない、重要なファクター――


「おい、どうしたゼノ?」

 誰かの声で、ハッとする。向かいに座っているローランが、目をパチクリさせながら、俺を見ていた。

「なーんか、数秒間無表情になってたぜ。考え事かい?」

「あ、あぁ……いや、すまない。別になんでもない」

 急に意識が飛んでしまう。ここ最近、頻繁に起きているな……。疲れてんのかな? 休まる暇がないってのはあるが。

「ねぇ、3人とも」

 その時、メアリーが小さく、それでも耳に届くほどの声量で言った。

「あれ、中央政務庁の車じゃない?」

 目の前の長い一本道の道路を、黒塗りの車が走って来ていた。そしてそのまま、道路の先――軌道エレベーターへと向かって行った。

「車の中は見えなかったが、SICの印が車体に付いていたな。セシルちゃん、出たら連絡してってお願いしたのに」

 も~、とどこぞの若者のように、ローランは眉をしかめて携帯端末を取り出した。すると、彼はニヤァッと不気味微笑んだ。

「……連絡、来てた」

 てへ、と彼は笑って立ち上がる。おいおい、大丈夫かよこの人……。


 俺たちは少し時間を置いて、軌道エレベーターの方へ向かった。

 遥か高みへと続く塔――まるで、天へ突き刺さる巨大な槍のように見える。軌道エレベーターは約100キロもあり、主要コロニーと人工衛星とを繋ぐ道として各国で重宝されている。ここ太陽系内ではほとんどがCNを利用しているため、なかなか見ることはできない。

「たしか、軌道エレベーターとは言っても、内部は一種の船で登るんだったかな」

 蒼く霞む軌道エレベーターの上を見ながら、メアリーはぼそっと言った。

「そうそう、だから“定期船”なんて言われているんだしね。ここの場合、工業衛星には結構多くの人が働きに出てるみたいだから、一般の人たちも乗ってるみたい」

 ローランもまた、同じように上空を見るため口を半開きにしながら言った。

「一般の人が乗れるんなら、俺たちもそれに紛れ込んで行きゃいいんじゃねぇの?」

「一応、軍部の管理下にある工業衛星だからなー。厳格にIDチェックは行われてるみたいよん」

 IDチェックされたら、俺たちが侵入したってことがばれてしまうな。というよりも、既に俺たち脱走したチルドレンは、みなIDが失効している。そのため、戦闘に利用されるアームなんてものは使い物にならない。

「ま、あちらさんもわかってるとは思うけどね。ジョージさんが行ってるわけだし」

「ジョージさんは大丈夫なんでしょうか。拘束されたりする心配は……」

 と心配げにディンは軌道エレベーターを見つめる。

「それは大丈夫だよ。何せ証拠もないし、ジョージさんが何かしたわけではないからね。あくまで悪いことしたのは、ゼノたちってこと」

 そう言って、ローランは俺に向かってウィンクして見せた。ここでエレメント爆発させてやってもいいんだが、我慢しておこう……。

 軌道エレベーターの前には発券所があり、そこは一種のターミナルのように広々としていた。外壁は外からだと白い壁にしか見えないが、中ではそれが透けて外が見えるようになっている。たしか有事の際、システムを切り替えることによって、外からでも透けさせることができると聞いた。中の様子を確認するためではあろうが。

「人が結構いるもんだな」

 キョロキョロと辺りを見渡しながら、ついそんな声が漏れる。なぜだか、こういった通常の生活の一部に溶け込むのは、久々な気がする。スーツを着てキャリーバッグを引いている人から、幼い子供を抱いて空中に表示されている電子掲示板を見つめている人。様々な人たちが、それぞれの行き先を同じにしながら、別のことを考えているのだろう。

「まだ開発をしてるって聞いてるし、いずれはかなりの人を移住させるんじゃないの?」

 と、ローランもジャケットのポケットに手を突っ込みながら、周囲を見渡している。というよりも、“例の人”を探しているのだ。

「お、いたいた」

 すると彼は、軽やかにステップを刻みながら人ごみの中へと入って行った。

「……子供っぽい人ね」

 ローランが消えて行った方向を見つめながら、メアリーは呟くのようにぼそっと言った。

「それだけ余裕があるんだと思うよ。実際のところ、僕よりも強いはずさ」

 フォローなのか、ディンは頷きながら言った。

「いずれ時間ができたら、あいつにはアンティクアを教えてもらいたいんだがな」

「それって、古くはカナンの民が使用していたってやつ?」

 メアリーは首を少し傾げ、訊ねる。

「らしいな。俺たちチルドレンのものは、その廉価版みたいなもんなんだとよ。強くなるには、身体能力に加えてエレメントの強化も必須だからな」

 エレメントを強化することができれば、それを利用して身体的な能力も増幅させることができる。速力だとか、跳躍力、筋力など。

「アンティクア……私に教えてくれた幹部も、そう呼んでいた気がする」

「そう言えば、メアリーはその人の名前、覚えているのかい?」

 ディンは思い出したかのように訊ねた。メアリーは宙を見上げ、少し悩むようにして唸っていた。

「あまり日常的な会話なんてしなかったし、名前を訊ねることもなかったから。私はただ“あの人”とだけでしか認識していなかったわ」

 そう言うメアリーを見て、どこか彼女の冷たい部分が浮かんでいるように感じた。他人を拒絶する姿勢――それは、いつかの自分とも重なる気がする。

「でも、兄さんがたまに呼んでいたような……なんだったかしら。たしか――」


「おーい、皆の衆!」


 彼女の言葉を遮るようにして、ローランの声が届いてきた。なんなんだよ、皆の衆って。どっかのお殿様じゃあるまいし。

「準備は整ったぜ。これから出航するエレベーターに乗る! そんだけ!」

 腰に手を当て、偉そうに言うローラン。潜入するってのに、そんなことでいいのか?

「おいおい、大丈夫なんだろうな?」

 俺は思わず、しかめっ面で訊いてしまう。

「だーい丈夫よゼノっち!」

「……誰がゼノっちだ」

 ローランは俺の肩に手を回し、ケタケタと笑う。

「うちの潜入捜査官がうまいこと買収してくれたから、偽造IDで通れるぞ」

「……結構、緻密性の欠片もないシンプルな方法なのね」

 やれやれ、といった顔でメアリーもため息を漏らしていた。。彼女の言うことは尤もだが、それだけカムロドゥノンの力が強いということでもある。

「まぁまぁ、あっちに行っちまえばこっちのもんさ。ほら、ID」

 ローランはポケットから3つの半透明のカードを差し出した。薄らと文字が刻まれているが、これは自分で読むことはできない。特殊な機械に通すことで、中に刻まれたデータを閲覧することができる。一種のパスポートに近いものではある。

 予定の時刻――13:30発、工業衛星“B‐SECOND”行きのエレベーターがまもなく出るというアナウンスが、このターミナル内に流れる。それとともに、大勢の人が川の流れを作るように列を成して改札口へと向かって行く。俺たちもそそくさと、その中へ紛れ込んで行った。

「……おかしいな」

 ローランが、小さな声で言った。それは俺たち以外に聞こえない程度の大きさだった。

「何がですか?」

 メアリーは横目で彼を見、訊ねる。

「軍人の姿が見えない。軍部直轄の工業衛星なんだから、普通は軍人があちこちにいるもんだと思っていたんだが」

 うーむ、とローランは手で顎に触れながら、下唇を前に出していた。

「わざとこっちに来させてる――とも考えられるね」

 ディンも声を限りなく小さくさせて、そう言った。最初ローランが言ったように、あちら側も俺たちが行くということに、気付いているはず。それならば、警備を増やしていてもおかしくはないのだ。

「だったら尚更都合がいいさ。正面から堂々と行ってやろうじゃねぇか。どうせ、穏便に事が進むなんて思っちゃいないしな」

「……お互いに、ね」

 クスッと微笑み、メアリーは頷いていた。


 改札口を抜け、搭乗口を進むと軌道エレベーター内だ。そこはある意味“飛行機の客室”とほぼ同じと言っても過言ではない。シートベルトを締め、準備が整うと重力が少しずつ薄れてゆく。最終的に無重力にし、この縦長のエレベーターは垂直――もちろん、工業衛星とこちらのコロニーに対して――になり、あとは空気の逆噴射で登ってゆく。重力発生装置というのはどのコロニーにも設置されており、個々の遠心力によって発生させられているが、太陽系内のコロニーは全てASAによって重力が作られており、その強弱もON/OFFも自由自在なのである。

 約2時間の移動を終え、俺たちは工業衛星へ。ターミナルを出る前、出入り口の上部にあったこの工業衛星の正式名であろう文字。


 “Welcome Bethlehem-SECOND”


 ここは、あのベツレヘム事件のあったコロニーと同じ名を持っていたのだ。




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