29章:千手の造形主
俺は最上階にある管制室へ向かった。シャーレメインは1階から4階が居住エリアとなっており、その広さはセフィロートにある航行船の中でもトップクラスにあたる。およそ1万人を収容できるそうで、SICの持つ三叉槍に並び賞される。ただ、それを一財団法人が持っているということを、俺たちを含め多くの一般人は知らない。今、管制室に向かっている道中、様々な通路を進んで行っているが、これは航行船というよりも“戦艦”と言った方がいいのかもしれない。それだけ、カムロドゥノンには権限が与えられているのだと推測できる。
SICに対する“フェイルセイフ”としての役割……。それ故に、多くの敵がいるのも事実なのだ。今回のシステムへのハッキングも、そのためなのだろう。
だが、なぜ“ラケル”なんだ? なぜ、あいつの名が表示される?
彼女の名を知っているのは、チルドレンか特別教典局くらいなもの。それに、彼女はもう……。
彼女のことを考えているうちに、乗っていた中央エレベーターが最上階へ到着しした。そこから出ると、大きな灰色の通路の奥に、“管制室”と書かれた扉が鎮座している。入口は巨大な扉でふさがれており、当然のようにロックされている。そりゃそうだ、ロックくらいはしているだろうさ。
「すみません、ゼノです! 開けてもらえませんか!」
俺は無礼を承知で、扉を強くノックした。すると、俺の真横の空間に、映像として女性の顔が出てきた。
『ゼノさんですか? ここは管制室です。申し訳ありませんが、関係者以外を入れることはできません』
と、そこに映し出された少女――セシルは、丁寧な口調で拒否する。
「そりゃわかってる。けど、その“外敵”は、もしかしたら俺の知り合いなのかもしれないんだ!」
『え……? で、ですが、艦長の許可がないと、私では……』
「私が許可する。入りたまえ」
その時、後ろからジョージさんの声が聞こえた。いつの間にか、ローランと一緒に来ていたのだ。
「君に関係することなのだろう? 中に入って話そう」
優しい口調で、そして俺を落ち着かせるかのように、ゆっくりとジョージさんは言った。俺はこくりと頷き、「ありがとうございます」とはっきりと言った。ジョージさんはニコリと微笑み、扉の前に進む。
「セシル、私だ。開けてくれないか?」
『畏まりました』
電子パネルには彼女の驚いた表情とともに、ボタンを押す音が聞こえてくる。すると、扉は横へスライドするように、勢いよく開いた。
29章
――千手の造形主<アルケミー>――
管制室の中は、まるで以前に見たトリアイナの一つ――フィラデルフィアのそれに匹敵する設備だった。円形の巨大な室内は、壁面全てがモニターとなっており、中央部分は外に広がる深淵の宇宙が映し出されている。隊員がそれぞれ座っている場所には、それぞれ専用の光子モニターが表示されていて、外部の情報やシャーレメインの各部の状態などが表示されていた。今はメインコンピューターにハッキングしてきた“外敵”への対応に追われているようだった。
「状況は?」
「“テュロルド”に問題はありませんが、未だに排除できていません。進行速度が非常に速いので、なかなか追いつけません」
ジョージさんの問いに、隊員が画面を見ながら答える。
「そうか。火器管制は?」
「格納庫の兵器を一部起動させられ、自爆行為が起きましたが本器・システムには影響はありません」
先ほどの爆破音と衝撃はその時のためだと思うが、連中が落ち着いていることから察するに、大した被害はなさそうだ。
「セシル、先ほどのメッセージはまだ出ているか?」
「出ています。メインモニターに出力します」
セシルがそう言うと、前方の壁面中央にある巨大なモニターに、画像が映し出された。無機質なアルファベットの羅列が画面いっぱいに広がる中、真ん中に
「Rachel」――ラケル、とあった。
「レイチェル……いや、ラケルと読むのか。ゼノ、知り合いか?」
ローランは腕組みをし、訊ねてきた。その問いに、少し心が揺さぶられる。
「……友人だ」
「ゼノの友人の名を知ってるってことは、知人か? 心当たりはあるのか?」
「いや、ない――と思いたい」
あいつのことを知っているのは、俺と関係の深かった連中と、学院の上層部くらいだろう。その中に、この事件を引き起こした奴がいるとは思えないのだ。
「どちらにせよ、あちらさんはゼノを呼んでいるのかもしれないな。わざわざこんなことをしでかして、気を惹かせるような魂胆が見えなくもない」
「……」
俺――いや、俺だけでなく、ディンにも関係しているのかもしれない。ラケルと深い関係があったのは、俺だけでないのだから。
「ま、ちょっくら出向くしかないのかもね」
ローランはそう言うと、目へ進んで行って手すりから顔を出して、下の方で作業をしている方に声をかけた。
「トラームの準備してくれるかー?」
「えっ!? トラームを使うんですか!?」
と、セシルの驚く声が轟く。いや、それは俺も同じだった。トラームって……あのトラームか? 仮想空間“VISION”にダイブするための装置であり、俺たちはもっぱら模擬訓練のために使用していたものだ。
「でも、あれは以前の潜入作戦の際に……」
「今度は大丈夫だよ、セシル」
いつになく、大人の優しさが入り込んでいる言葉で、彼女に言っている。そして彼は俺の方に顔を向け、小さくウィンクをして見せた。
「なんたって、ゼノもいるからね」
「――は?」
「まさか、彼も連れて行くつもりか?」
ジョージさんはやはり、といった表情でそう言った。
「俺は行くなんて、一言も――」
「おいおい、嘘ついちゃいかんぜ? “何が何でも行く”って顔してるじゃないのよ」
ローランはそう言いながら、俺の額を指差した。そりゃたしかに、そんな顔をしてるかもしれねぇけど、あんたにそれを言われてしまってはな……。
「ゼノにとって、きっと大事なことなんだろ? その人や、その人に関わることってのはさ」
彼は指差したまま、ニコッと微笑んだ。俺より年上のくせに子供のように無邪気な笑顔を見せていると思えば、今のように“大人”のような安心感を抱かせるような顔をする。こういった顔を見ると、俺やフィーアなんかよりも、彼はずっと大人なんだと思う。
「……わかった。俺も一緒に行くよ」
俺もローランと同じように、笑顔でうなずいた。
「で、でも、うちのトラームは一台しかありませんし……」
俺の返答に困ったのか、セシルは首を横に振った。だが一台しかないのでは、同時にVISIONへアクセスすることはできない。
「そりゃそうだろうけど、以前聞いたことあるんだよ。トラーム一台を使って、多数の意識を仮想空間へ飛ばすことができるって」
一台で……? そもそも、トラームは一台で莫大な資金が必要になるという。それに合わせた設備が必要になるため、トラームが設置されているコロニーは少ない。
「並列接続のことですか? あれはヴィルス博士の理論の一つじゃないですか! 設備費に悩まされたSICが、どうにかしてVISIONに大量投入するためだけに作られた、めちゃくちゃな理論です」
セシルは更に顔を左右に振って、口早に言った。よっぽど、その“並列接続”とやらは危険だということだろうか。
「それに、あれはそもそも“所持者”でないと…………!! そ、そうか!」
その時、セシルは俺とローランの顔を交互に見ながら、何かに気付いたかのように目を見開いていた。
「できるかもしれませんね、“お二人に”なら……!」
「そーいうこと。じゃ、準備に取り掛かっておくれ」
ローランはウィンクをして、手を挙げた。それに呼応するかのように、セシルは「畏まりました!」と元気よく言葉を放った。俺は二人が話していることについてゆけず、思わず頭を傾げた。
「よくわかんねぇんだが……つまり、どういうことだ? 結局のところ、二人同時にダイブできるってことなのか?」
「まぁそうなんだけど、ちょっとコツがいるんだよ。これはある意味、俺とゼノじゃないとできないことだからな」
俺とローランじゃないと……? それはどういう意味なのだろうか。
「さて、簡単に説明するぜ」
ローランはそう言うと、管制室の階段を降りて隊員たちが使っているコンピューターの前へ進んだ。
「この世に存在する物質っていうのは、基本的に二つの“存在”から成り立ってる。分子と元素――いわゆる“エレメント”のことだな」
「……そう言えば、昔にそんなことを習った気はするな」
この場にディンがいれば、すんなり話は進むのだろうが……。自分に興味のないことは覚えていないのは、俺らしいといえば俺らしいのだが。
「実は全ての物質は、その分子と元素の二つに分かれることができる。これを“分化”っていうんだが、原理的に“不可能”とされてきた領域なんだ。言ってしまえば、精神と肉体の分離――みたいなものだからね」
精神と肉体の分離――。
それを求めてきた人間は、どの時代にも存在していたことだろう。
「だが、その領域に踏み込んだのがヴォルフラム=ヴィルス。奴は分子と元素を分離させる技術を開発しようとした。その一種が、このトラームなんだよ」
LEINEがアクセス主の希望する映像を“VISION”という電子空間の中に具現化させ、脳波を感じ取りイメージする言動をその創り出した世界に投影させる。大雑把に言えば、VISIONの原理とはこんなところ。だが、ヴィルス博士が目指したのは“精神そのものの投影”。
「肉体に宿る元素――エレメントには、その生命の心や意思そのものが在ると言われている。ヴォルフラム=ヴィルスは、エレメントを吸い出すことで、その肉体には“別の精神を入れることができる”と考えた」
「それってたしか、国際法に引っかかるとか何とかでお蔵入りした技術じゃなかったか?」
授業で聞いたことがある。“人道的な観点から見て、ヴィルス博士の提唱した理論は到底認められるものではなかった“――と。俺たちみたいなガキを戦場に放り込んでいるくせに、何言ってやがんだと思ったものだが。
「そうそう。だけど、ヴィルス博士は別の方法で試みようとした。それが並列接続なんだ」
仮に対象者をAとBとする。Aがトラームと接続し、BはAと精神的リンクを行う――つまり、属性振動をAに合わせるのだ。
「属性振動を合わせる……? そんなことができんのか?」
初めて聞く内容に、俺は眉間にしわを寄せて言った。
「普通の人間じゃできないさ。言ったろ? “俺とゼノじゃないとできない”って」
今度は俺に向けてウィンクをするローラン。いちいちそんなことをしなきゃ、大人っぽいんだろうけどなぁ……。
「俺とあんたじゃないと――っていうのが、いまいち理解できないんだが」
属性振動はエレメントを持つ者、それぞれがそれぞれの固有のものになっている。それが同じだということは、同じ人間――遺伝子情報が全く同じ者ではないとあり得ない話だ。
ローランは階段の下から、俺を見上げた。
「それは――」
「ローランさん、準備できました!」
彼の言葉を図らずも、遮るようにしてセシルの言葉が届く。
「了解。じゃあ、ゼノをトラームと接続してくれ。俺がリンクを行う」
「畏まりました。ゼノさん、お手数ですが階段を下りて、司令室の下の部屋へ行ってもらえますか?」
司令室とは言っても、この管制室の一部のことであり、今俺が立っている場所のことでもある。ローランが降りた階段の先に、トラームが設置された場所があるのだ。
「さて、暗証番号は――と」
“制御室”と書かれたドアの前にある光子モニターに、ローランは番号を打ち込んだ。「認証完了」とのメッセージが出ると、ドアは横へスライドして開いた。それとほぼ同時に、真っ暗なドアの奥の空間へ瞬く間に光があふれた。てっきり狭い部屋だと思っていたが、人が数十は入れそうな広さだった。
「あれは――」
この部屋の中央に鎮座しているのは、巨大なコンピューター――ではなく、大きな水晶体だった。それはまさに“水色”と呼ぶに相応しい透明度を持っており、人を魅入らせる光を放っていた。そして、それを支えるかのように、いくつかのケーブルで繋がれた機械が並んでいた。
「“テュロルド”――シャーレメインの“頭脳”さ」
それに目を奪われている俺を横目に、ローランは前へと歩いていく。
メインコンピューターって、さっき誰かが言っていたな……。だが、あれが“コンピューター”だなんて、誰も思わない。そういった形をしていないのだから。強いて言うならば、あれは……そう、一つの“宝物”。機械的でも、人為的でもない。自然が創り出した、奇跡の物体のように感じる。
――古の遺物――
――星が、“神”に対抗するための――
言葉が俺の頭の中に、一瞬入り込んできた。それと同時に、電流が走るかのようなピリッとした痛みが生じる。
「驚くのも無理はない。テュロルドはLEINEの廉価版――そして、“神の遺物”と云われるASAを模して造られたものだ」
ASA――アイン・ソフ・アウル。あれが発見されてから、世界は飛躍的に進歩されたといっても過言ではない代物。それを“神の遺物”だと表現することは、あながち間違ったことではない。実際、発見当時はあれを信奉する集団が現れたくらいだと聞く。
「さて、と」
ローランはそのテュロルドの方へ向かい、繋がれた機械群の中の一つ――トラーム装置の前に立ち、そこにあるキーボードを入力し始めた。
「これでよし、と。それじゃあゼノは、トラームの中に入ってくれるか?」
「あ、ああ」
シャーレメインのトラームは、天枢学院や他のコロニーで使ったそれと同じ代物だった。どれもDRSTSが作り、提供したものなのだ。
俺はカプセル状の機械の中に入り、仰向けになる。普通はここでカプセルの扉を閉めるのだが、なぜかローランは閉めなかった。
「嫌がるとは思うけど、我慢してくれよ」
「ど、どういう意味だよそりゃ」
すると、彼は俺の前に拳を突き出し、掌を見せるようにして広げた。
「俺と手を合わしてくれ。今から、俺の属性振動とゼノのそれとを同調させる」
「あ、ああ」
言われるがまま、俺はローランの掌に自分の掌を合わせた。彼はゆっくりと息を吐き、目を瞑った。その集中した精神は、周囲が静寂に包まれたかのような錯覚を起こさせる。
「……よし、少しずつ合ってきたな」
ローランがそう呟くのと同時に、彼の体が淡い緑色の光に包まれ始める。その時、俺の体を包むかのように、紅く――紫炎のような色をした光が広がっていく。それはゆっくりと彼の光と混ざり合い、まるで姿を変えるかのように、色が徐々に緑色になっていった。
その過程の中で、言葉ではうまく言い表せられないが……俺の中に在った“何か”――抽象的な存在とも言える、心の力だとか、想いの強さだとか、そういったもの――が、“俺だけでなく誰かのものと合わさった”ような感覚を抱いた。これを“精神的なリンク――属性振動の同調”だというならば、その言葉の意味がよくわかる気がした。
「よし……“テュロルド”、アクセス開始」
薄目を開け、ローランは呟くかのように言った。すると、室内にセシルの声が響く。
『同調確認。テュロルド、CNへのアクセスを開始します』
その瞬間、目の前が映像がプツンと切れてしまった画面のように、真っ暗になってしまった。意識はあるのに、体の感覚全てが消え去ってた。
――電源が切れたかのような、一瞬の体の停電。“それ”があったことに気付く前に、俺は目覚める。
「お、目が覚めたかい?」
黒い影……と思っていたら、徐々に目がハッキリしてきたのか、その人がローランの姿をしているのだとすぐに気付いた。
「ここは――廃墟、か?」
俺は体を起こし、周囲を見渡した。曇天が広がる空の下には、大地がひび割れてしまうほど乾燥し切った地表があり、崩れかけたコンクリートの家屋がそこかしこにあった。小さな割れ目からは孤独に成長した雑草が伸びていて、渇いた風が通り抜ける音が、この光景の寂しさをより大きくさせていた。
「仮想空間、でもテュロルドを介してアクセスしているから、どちらかと言ったら本来の“VISION”とは別物と思ってもらったらいいかな」
ローランは遠くを見ながら、手に着いた砂を払っていた。
「テュロルドの中……一部だけ繋がったLEINEの世界――つまり、地球さ」
「地球!? ……じゃあ、ここは地球の風景だってことなのか?」
俺の問いに、ローランは小さく頷いた。こんなにも殺風景で、人の気配も生物の気配さえも感じさせないこの光景の場所が――地球だというのか? 俺が幼い頃に見た、青い星とは全く違う場所にしか見えない。
「第3次世界大戦で、地表の3割が沈んだ。破壊兵器群による粉塵は太陽光を塞ぎ、地球の平均気温は4度下がったと言われている。こういった乾燥地帯が広がるのは、それが原因だ」
作物が育たなくなり、食糧危機が起こり人口の減少……経済の後退。人類が宇宙へと活動範囲を広げるのに1000年もかかってしまった。たしか、西暦時代では2100年までに太陽系内の惑星へ活動拠点を広げる、との計画があったらしいが、それが達成されたのは西暦2800年代後半だった。
「今はどうなっているのか知らないが、当時はほとんどがこんな風景だったらしい」
現在の地球が、どんな大地になっているのかはわからないのだという。
「それにしても、どうして当時の地球のデータなんかがあるんだ?」
この風景を再現できるということは、当時のデータがテュロルド内に保存されているということだ。或いは、アクセス者の脳内に記憶されている風景――ということになるが、それはまずあり得ない。
「それは、このテュロルドというものが――」
その時、ローランの頭上に何かが降り注いできた。俺はそれがミサイルだと気付くのと同時に、後方へと緊急回避していた。
「なっ――!?」
「ローラン!!」
無数のミサイルは大きな爆発音とともに、粉塵を周囲にまき散らした。轟音が鳴り響き、相当な破壊力であることを悟らせる。
「折角の獲物だっていうのに、よけんじゃねぇよ」
「――!!」
後方へ振り向くと、数十メートル先にある崩れたコンクリートの壁の一部に座り、舌打ちをしている少女がいた。
――――少女!?
「動きはえぇな。SSSクラスのネフィリムってだけはある」
少女は俺から、左後方へと視線を向けた。俺も同じようにそこを見ると、ローランがジャケットの砂埃を払いながら立ち上がっていた。
「いきなり仕掛けてくるなんて、ひどいやつもいるもんだなー。ったく、レディは乱暴だとモテませんぜ?」
「……相変わらず、キモイセリフ言ってんじゃねぇよ。薄ぎたねぇアーサーのマリオネット風情が」
陽気なローランの言葉に対し、舌打ちをしながらその少女は、見かけに似合わない言葉を吐きつける。
言葉の乱暴さに似合わず、可憐な少女……と言えばよいのか。淡いピンク色の髪をツインテールにし、黒い服――というより、黒いブラとスカートくらいしか身に付けておらず、凡そ外出するような服装ではないほどの軽装。だが、この軽装の中にミサイルを放てるような武器を持っているようには見えない。奴の周辺に、それらしきものなど見当たらない。
「誰だ、お前?」
身構えた俺がそう訊ねると、少女は再び舌打ちする。
「んなの、聞かなくてもわかってんじゃねぇのか? ここの中枢に入り込んだ外敵に決まってんだろ」
「……」
まぁ、それはわかってはいるのだが……。本当に女性なのかと疑いたくなるような、暴れん坊な言葉の羅列……人のことは言えんが。
「まさか君だとは思わなかったよ、シゼル」
ふぅ、とため息交じりにローランは言った。その口ぶりから察するに――
「……知り合いなのか?」
俺はすぐさま、そう訊ねた。
「まぁね~。昔っから、俺たちにちょっかいしてくる奴さ」
「あぁ? てめぇらが挑発してきやがるから、それに乗ってやってんに決まってんだろ。自惚れんじゃねぇよカス」
ローランの言葉が癪に障ったのか、眉をしかめて暴言を叩きつける。初見の俺からしてみれば、驚きの方が大きすぎて怒る気にもならないが。
「それで、“今回はどんな要件”かな? わざわざうちのメインコンピューターに侵入し、この仮想空間内で俺たちを誘ってくるってことは、話したいことでもあるってことか」
なるほどなるほど、と彼は頷きながら笑顔になっていた。
「つまり、俺に会いたくてこんな大事を――」
「おいこら、寝ぼけたこと言ってんじゃねぇ。てめぇ、自分の鏡を見たことあんのかよ?」
「あらあら、シゼルちゃんは本当にツンデレですこと。俺、そういうシゼルちゃんが大好きだぜ!」
と、ローランは奴に向かってウィンクして見せていた。それに対し、やはり彼女も暴力的な言葉で応酬する。……これはある意味、ローランのペースなのだろうか? それとも、ただ単に性格上の問題でこういった口撃になっているのか……。
俺は段々と、緊迫感が薄らいできたことに気付く。
「ま、それはともかくお仕置きをしないとね」
その瞬間、ローランは銃口を奴に向け、連発で放ち始めた。それは一瞬のことで、ローランのさっきまでのゆったりとしたペースが崩れた瞬間でもあった。
奴は避けることもできず、銃弾はその場で大きく爆発し、周囲に粉塵を巻き上げる。
「うちの火器管制を使って、船を傷つけたんだ。それ相応の報いは受けてもらうぜ」
銃を肩に背負い、ローランは左手をかざした。そこに光りが集い、彼の大剣が姿を現す。
「ゼノ、ボーっとするなよ。準備準備」
「あ、あぁ」
いかん、あまりのペースダウン・アップに、少しだけ当惑してしまっていた。俺はグラディウスを取出し、光子刀身を出して構えた。
「……いきなりやってくるたぁ、いつもながら“ルールの守れない”野郎だよ」
奴の言葉が出てくるのとほぼ同時に、粉塵が消えた。そこにあったのは、巨大な黒い“壁”。不自然に点線の入った、歪な形をした壁がそこにあった。5メートルはゆうに超えるほどのもので、あれがローランの銃弾をすべて防いでしまっていたのだ。
「戦いにルールなんてあるのかい?」
その光景に驚くこともなく、ローランは言葉を返す。
「あたかもてめぇがルールかのように振舞う姿が、気にいらねぇってことさ」
すると、彼女の前に鎮座していた壁が、電子が崩れていくかのようにして半透明になり、次第に消えて行ってしまった。
「ほらほら、呆けてる場合じゃねぇぜ? ゼノ=エメルドよぉ」
「――!」
奴の言葉とともに、まるで逆再生されるかのように、彼女の周囲から光が幾何学的に集まり、次第にそれは形を成していき――いくつものミサイルやマシンガン、果てはレーザーガンまで出現したのだ。そして、そこから無数の銃弾とミサイル弾が俺たちに向かって放たれた。
「やべっ……!」
俺とローランは上空へ跳躍した。それを掠めるように、俺たちが立っていた場所にミサイル弾群が轟音とともに、爆発を起こしていく。
あいつ、何もない所から兵器を出現させた……!? 現在の技術でできるのは、ローランのように武器を一つくらいのもののはず。だが、奴の周りにある兵器は――10以上!
「上空に逃げたって無駄だぜ、阿呆どもが!」
奴は周囲に浮遊する兵器群の照準を上空に合わせ、再びミサイル弾たちが放たれる。
「舐めやがって……とびっきりのを食らわせてやる!」
俺は手をかざし、エレメントを集中させた。髪が逆立つほどの電流が、パチパチと鳴りながら集結していく。
「プラズマキャノン――Lv7!」
手から放たれた紫電の光線は、巨大な咆哮となって高速で直進していく。そして、それらはミサイル弾群を薙ぎ払い、奴に向かっていった。
「はん、その程度の出力なんてなぁ……」
奴が小さく笑うと、再び紫電を遮るかのように黒い壁が地面から飛び出してくる。それに衝突した紫電は大きな音を轟かせるも、壁を打ち破ることができるに消滅してしまった。
「おっ、あれはゴム製の壁かねぇ。電気が通じてないぜゼノちゃん」
「ゴム製だとぉ……!?」
俺たちは奴から20メートルは離れた場所に着地した。それと同時に、奴の前にそびえ立つゴムの壁も、光が崩れるかのようにして消えて行く。あいつ、色んな物を出現させることができるってことか? まさか、地面に隠していたわけでもあるまいし。
「ち、ゴムくせぇんだよてめぇ!」
奴はキッと俺を睨みつけてきた。いたいや、ゴム製のもん出したのはお前だろ?
「おんなじように、返してやるぜ!」
すると、奴の周囲の兵器群がまるで融合していくかのように集まり始め――
「お、おいおい……冗談だろ?」
「うーん、これは仮想空間だからなぁ。ある意味、MOUSOUの世界!」
前方に出現した“あれ”を見て、なぜ彼はこうも冷静なのか?
兵器たちが融合し、一瞬光を放ち、姿を現したそれは――大砲。様々な兵器がまるで取り込まれたかのように重なり合い、大砲の形を成しているのだ。あまりにも巨大な砲口は俺たちに向けられており、1メートル以上あるのではないか!?
「さーて、お返しだ!」
その合図とともに、砲口に稲妻が迸る。それは瞬く間に、俺たちに放たれた。俺が放ったエレメントの光線よりも、遥かに大きなレーザーが。
「おぉっと、そうはいくかってんでぃ!」
ローランは陽気にそう言って、大剣を地面に突き刺した。すると、そこから淡い翡翠色の膜が俺たちを包み込んだ。光線はその膜に弾かれるかのように、大爆発を起こした。凄まじい轟音とともに、粉塵が広がり視界を塞ぐ。
「これも、アンティクアさ。たぶん、君の“シールド”よりも強度は高いと思うよ」
「この膜が……?」
大きく広がる翡翠色の膜。粉塵もまた、膜より中に入ってはこれていなかった。あらゆるものを遮断するエレメントなのかもしれない。
「絶対隔絶の壁――アブソリュートか。それもアーサーの授けものってところか」
粉塵が消えて行く中で、奴の声が届く。漸く視界が開けると、そこにあったはずの大砲が消えていた。
「ただの怠け者じゃなさそうだな、ローラン=アルタイル」
俺たちを侮蔑するかのように笑顔を浮かべ、奴は言った。
「そっちこそ、華奢な女の子にしては過激さ満点だよ」
ニコニコしながら、ローランは返す。この余裕は、本当に余裕があるのと相手を惑わせるため、両方のようだ。
「てめぇのその余裕、いつまでもつかな?」
奴はそう言って、両手を大きく広げた。奴の周囲に再び光が幾何学的な模様を刻みながら積みあがって行き、“何か”たちを形作ってゆく。
銃、ミサイル、巨大な刃物、レーザーガン――様々な兵器が、彼女に命を与えられたかのように生み出され、俺たちを見据えて蠢いていた。
「さぁて、時間切れになるまでやり合おうじゃないか」