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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第2部:覚醒への御印~Wander der Geist und Seele zu führen~
31/96

28章:アルス・アンティクア

28章



「……でかい剣だな。そんなやつで戦えんのか?」

 俺がそう訊ねると、彼はキョトンとした表情を浮かべた。

「なんで? あったりまえじゃないの。こちとら大昔からこれを愛用してんだよ」

「大昔って、あんた22歳だろ? どんだけチビの頃から使ってんだ?」

「冷静な突っ込み……ゼノ、君ってつまらない男って言われない?」

「……何言ってんだ……?」

 彼と出会ってまた3日と日が浅いが、年上ながら何言ってんのか理解できん。まるで、自分より子供の相手をしているような気がしてきてしまう。


 今、俺とローランはカムロドゥノンの持つ宙域航行船「シャーレメイン」にある実験隔離棟にいる。なぜここにいるのかというと、食堂の外にある自動販売機でコーヒーを買おうとした時、彼がこう言ってきたのだ。


「ゼノちゃん、ちょっと訓練でもしないかい?」


「……は?」

 つい30分ほど前、セフィロートを発ったシャーレメインは、ワープ航法に入るまで1時間ほどエネルギーの充填がかかるらしい。その間、暇だから一緒に訓練でもしないか……ということらしいのだが。

「なんでお前とやんなきゃなんねぇんだよ」

「まーまー、そんな固いこと言わんといて! 何があるかわからんし、常に戦闘の準備をしておくのは、兵士として当然のことだぞ?」

「そりゃご尤もだが、俺はあいにくまだ正式な兵士じゃないんでね。それに、もうSICの一員として戦うことなんかねぇよ」

 あれだけのことをしておいて、もうチルドレンとしても――SICの兵士としても戦うことはあるまい。

「なーに寂しいこと言っちゃってんの」

 ポン、とローランは俺の頭を軽く叩いた。

「君はこれから今まで所属していた組織と戦うんだよ。世界一巨大な奴を相手に」

 自信満々な表情で、彼はそう言った。その表情を作れる大元の要因は何なんだろうかと、一瞬冷静に考えてしまった。

「悪者の悪事を暴いて、ぶっ潰す。いいじゃないか、勧善懲悪のヒーローみたいでさ。それを成し遂げるためにも、訓練は常に必要ってことさ」

「……ヒーロー、ねぇ」

 アニメとかテレビとかに出てくるヒーローってのは、俺みたいに大勢の人を殺しているとは思えんがね。とは言っても、善も悪も紙一重なのは昔っから変わっていないものだ。

「それに、ゼノたちはうちの重要な戦力だからな。強くなってもらわんと」

「戦力? それ、どういうことだよ?」

 それはまるで、俺がカムロドゥノンの一員みたいじゃないか。

「同じ敵を持った者同士ってことさ。俺たち、もう仲間だろ?」

 ローランは子供のような顔をして言いやがる。仲間――か。元々はSICの軍人に近いような俺に、そんなことを言うなんてな……。変わってると言えば、変わってるか。

「……わかったよ。で、どこでやるんだ?」

 俺がそう言うと、ローランは「よしきた!」と今日一番の良い声を放った。

「シャーレメインにはCNが搭載されてるだろ? あれを利用して、SICの仮想空間“VISION”に似たようなことをすることができるんだ」

 カムロドゥノンの保有する宙域航行船の一つ「シャーレメイン」はCNへのアクセス権限が有されており、ワープ航法を行うことができる。もちろん、VISIONのような仮想空間の創造も可能だということだ。CNが搭載されている理由については、カムロドゥノンがSICに対する“フェイルセイフ”としての役割を担っているため。欧州連合やアジア諸国との条約により、認められているのだという。

「ぶっちゃけ、カムロドゥノンってそんじょそこらの国家より軍事力あるんじゃねぇの?」

 俺は思わず、そんな質問を投げかけてしまった。

「俺たちは“財団法人”って言っただろ? それ以上でも以下でもないってことよ」

 ローランはウィンクをし、付いて来いと言わんばかりに歩き始めた。財団には軍隊などを保持する権利などない。いうなれば、仮に武器を持っているとしてもそれは自衛のためのもの。兵士ではない、あくまで一般市民なのだ。





   28章



   ――アルス・アンティクア――






 シャーレメインは“宙域航行船”というくくりの中に入る船で、民間が保有できる最大サイズのものになる。長さはゆうに5キロを超え、幅も両端にある羽を除けば1キロにも及ぶ。これ自体で一個のコロニーだとも言われるほどで、居住スペースもあり約1万人が住むことができるようになっている。有事の際には、多くの民間人を乗せるための緊急用の救助艦としての役割も担っているという。

 そして、訓練の場所として選ばれたのが実験隔離棟――通称“密閉室”。CNを使い、施設内を模擬戦闘場へと変化させるというもの。草木や匂い、風など五感に関連するあらゆるものを一時的にその場に創造する。SICのと違う大きな点は、あちらは脳内でのシミュレーションだということ。いわゆる体感型のネット世界なのだ。そのため、VISION内ではよっぽどのことがない限り、死亡したりすることはない。

 ローランは拘りがないのか、風景も何もこのままでいいとのこと。灰色の壁に、灰色の天井の空間。広さは体育館ほどだが、あちこちに長方形の突起物がある。それはまるで障害物のように、不規則に散らばっていた。

「さってと、そろそろ始めますか」

 ローランは俺から10メートルほど離れた場所で、すくっと立ち上がった。左手で持った大剣を肩に乗せ、右手にはショットガンはある大きさの黒鉄(クロガネ)の銃がある。ゴンドウ中将が持っていた剣よりかは小さいが、彼のものも相当大きい。それに、あの銃……ちょっとしたミサイルでもぶっ放しそうな代物だ。フィーアが持っている星煉銃とは、その能力はまた違ったものなのかもしれない。

「ほんじゃ、行くぜー!」

「!!」

 その瞬間、ローランは剣を肩に担いだまま突撃してきた。俺が準備する前に……!

 俺は咄嗟にグラディウスを取出し、ローランの大剣を受け止めた。

「てめっ……! 準備すんの待ってやったんだから、ちょっとはこっちの――」

「何言ってんだ。油断したゼノちゃんが悪いんだぜ?」

 ローランは鍔迫り合いをする中で、不敵な笑みを浮かべた。こいつ……細い割に、結構な腕力してやがる。

 俺はぐんと押し、奴との距離を開けて切り付けた。ローランはバックステップでそれをかわし、すぐさま銃口を向けた。


 まずい――!


 そう判断した俺は、瞬間的にシールドの強度を上げた。それとほぼ同時に、俺の前で粉塵が上がる。それに伴う衝撃で、俺は後ろへ軽く飛ばされた。何度も受ける衝撃は、どんどん俺を後退させる。これは、やはり普通の銃弾じゃねぇな……!

 俺はグラディウスを強く握り、右側へと走り抜けた。その後を追うように、俺を僅かに逸れて弾丸が床に着地し粉塵を巻き上げていく。左右へ切り返しながら、俺はローランとの距離を縮めていく。

 そっちが遠距離攻撃してくるってんなら……!

「ライトニングウェブ、Lv5!」

 俺の左手が黄金色に光り、弾けるような電流が指先からほとばしる。俺は走りながら、その左手を床に叩きつけた。その瞬間、左手に滞留した電流は床に波紋が広がるようにして駆け抜けていった。

「おっ! マジか!」

 ローランの声が聴こえた時、彼は宙へ跳躍していた。あのエレメントをよけるには、それしかないからな!

「そこだ!」

 俺は一気にグラディウスの強度を上げ、奴に向けて振り向いた。エレメントを纏った斬撃の衝撃波が、高速で奴に襲い掛かる。

 その時、ローランは自分を守るようにして大剣を前に据えた。衝撃波はそれに当たり、彼を数メートル吹き飛ばすだけに止まった。……そこらの建物や機械くらいなら、あの攻撃でぶった切れるくらいの威力があるんだがな……。

「けっこーな威力だねぇ、ゼノ。それ、エレメントを使ってるだろ?」

 地表に軽い感じで降り立ったローランは、笑いながらそう言った。

「そう言うあんたも、あれを防げたってことは……エレメントか?」

 奴の質問に答えず、俺は問い返した。すると、ローランは自分の大剣を持ち上げ、ニコッと微笑んだ。

 奴の大剣の鍔の部分……ローランが握りしめている手の甲を覆いかぶさるようにして、盾のようなものが付いている。ただの盾ならば、さっきの俺の攻撃で破壊されるのだが……奴のはおそらく、自動的にエレメントの膜、つまり俺たちチルドレンが行うシールドと同じようなものが出ているのだろう。それもかなり強力なやつだ。

「PSHRCIにもエレメント扱える奴らはいるだろ。SIC以外で使える奴がいたって、そんなに珍しいもんじゃないさ」

 ローランはそう言って、剣を肩に担ぐ。

「ただまぁ、お宅らの使ってる“新星語(アルス・ノヴァ)”とは違う代物だけどね」

「ノヴァ……?」

 いったい、どういう意味だ? そんな言葉、聞いたことねぇぞ。

 俺が言葉の意味が分からないことに気付いたのは、ローランは目をパチクリさせていた。

「なるほど、お宅らは教えられていないんだな」

 自分で納得しているのか、彼は一人で頷きながら言っていた。

「おい、どういうことだ? 教えろよ!」

「そーだなぁ、それじゃあ俺に勝ったら教えてあげてもいいぞ?」

 満面の笑みを浮かべ、ローランは肩から剣を下ろし、ゆっくりと構えた。いちいち気を引くようなことをしやがって……こいつ、わかってやってんじゃねぇのかと思ってしまう。どこか純粋な子供じみた表情を浮かべておきながら、それで人を油断させているような気がする。

「……ちっ、そっちがその気だってんなら、ぶちのめしてやんよ!」

 俺はそう言ってグラディウスを構えた。

 奴の大剣、あれの盾のような部分がこっちに向いている時は、おそらく攻撃が通じない。ある程度の衝撃を与えることができるといっても、今の俺の強度では打ち破るほどのことはできない。ならば、別の角度からってことになる。だが、近づくには奴の銃弾を潜り抜けなければならない。近づけば、今度はあいつの大剣を食らっちまう。……まだ近接船の方がましか。あれだけの大剣だ、俺よりかは剣を動かす速度は遅い。おそらく、ゴンドウ中将よりかは遅いはずだ。銃を右手に持っているため、両手で扱えない分、あの大剣を振り回すのには力不足なのだ。

「――グラビティ、Lv3!」

 俺は空間を歪ませる高重力の領域を前面に出現させ、それを奴に向けて飛ばした。

「おっと、そんなん当たるか!」

 ローランはそれを軽くよけ、銃の照準を俺に合わせ、さっきのように撃ってきた。俺は再び、駆け抜けながらそれをよける。

 奴の周囲を回るように走りながら、俺は重力のエレメントを何度も奴に向けて飛ばした。

「おいおい、そんな鈍いエレメント撃ったって、俺には当たんねぇぞ?」

 ローランは笑いながら、幾重にも重なりつつある複数のエレメントをよけていた。


 ――もうそろそろか。


「……ん?」

 ローランが異変に気付いた時には、もう遅い。重力のエレメントは互いにぶつかり合い、巨大な重力場となってその場に停滞していた。

「!! これは――!?」

 その時、ローランの体が何かに引っ張られるかのごとく、体のバランスを崩した。

「そうか、高重力を発生させて、引きずり込もうとしてんのか!」

 奴の後ろで巨大化したエレメントが、ローランを引っ張っている。正確には、重力によって彼を引きずり込もうとしているのだ。重力系のエレメントは、他のエレメントを引き込む習性がある。それは同系統のものに関しても同じで、その特性を複合させるのだ。奴に向けて飛ばしていたエレメントを、一つの強力なエレメントにすることにより、奴を動けないようにさせる。

「このエレメントの特性を知っていれば、引っかかることのない攻撃だったんだけどな」

 俺は立ち止まり、切っ先を奴に向けた。

「なーるほど……俺が、君らのエレメントに詳しくないと分かった上でか」

 ローランは膝をつき、なんとか後ろに引っ張られていない状態だった。

「ああ。知ってるなら、2発目を出した時点で相殺でもしないといけない。だが、あんたはそれをしなかった」

 そして、エレメントはその特性上発動者に影響は及ばない。

「相当なエレメント使い――そうだな、メアリーくらいの術者でもない限り、そのエレメントを解除することはできない。これで、チェックメイトだな」

 俺は動くことがままならないローランの方へと歩み寄り、グラディウスの切っ先を彼の前髪に触れるくらいに近付けた。

「お前の負けだ。降参しな」

「……」

 体を動かせない以上、奴の大剣に備わっている盾のエレメントも発動出来やしない。この距離で斬撃を放てば、ローランは死ぬだろう。

「わかった、降参するよ」

 ローランは二カッと笑った。

「…………」

「おーい、早くエレメントを解いてくれ。動けないんだよ」

 と、彼はジッと見つめる俺に、急かすようにして言った。

「わ、悪い悪い」

 俺は少し慌てて、重力のエレメントを解除した。すると、ローランは何度か瞬きをして、自分が立ち上がるのを確認するためか、まるで物珍しいものを見つけた子供のようにキョロキョロしていた。

「おー、体が軽い軽い! 重力系のエレメントなんて、初めて見たから対処法がわからなかったよ」

 ハハハと笑いながら、ローランは銃を腰に装着した。手の埃を落とすように、両手をパンパンと叩きながら、ゆっくりと腰を上げた。



 ――余裕のある笑み。こいつ、手を抜いてやがったな……。



 子供じみた笑顔を見て、俺はそう思った。たぶん、ノイッシュやディアドラでは太刀打ちできないほどの実力の持ち主だ。いや、俺やディンよりも強いかもしれない。今回の手合わせは、まるで俺の能力を見定めようとしているかのようだった。

「あーあ、ジャケットの裾が破れてるじゃないか。セシルにまた文句言われるなぁ、こりゃ」

 彼は破れたそこを見て、「あちゃー」と言いながらいたずらをしでかした子供のように、舌を出していた。

「……あんた、相当強いだろ。なんで手を抜いた?」

 俺は思わず、そう訊ねた。それと同時に、グラディウスの刀身を消し、腰に装着する。

「手を抜いたつもりじゃないさ。チルドレンの力、簡単でいいから確認したかったんだ」

 ローランはそう言い、俺に背を向けた。どことなく、彼にはさっきまでの子供じみた雰囲気が消えているように感じる。それはわざと、そうしているように思う。

「さっき言っていた、エレメントのこと。それを確かめたかってことか?」

「さすがゼノ、ご明察」

 彼は大剣を床に突き刺し、それに向けて手をかざした。すると、淡い光がそこから溢れるようにして広がり、剣と彼を包み込んだ。

 これは……エレメント? いや、だけど俺たちが使っているものとは違う。属性振動が違うのだ。

「俺が使っているエレメントは、お宅らが認識している“エレメント”じゃない。ゼノなら、もうわかるだろ?」

 ローランは俺の方に振り向いた。

「……俺たちが知っているのと、どう違うんだ?」


「ゼノたち、チルドレンやSICが使うエレメントは“新星語(アルス・ノヴァ)”と呼ばれている。今から500年ほど昔に、SICが作ったものだ」


「SICが作った……?」

 俺は眉をしかめた。そりゃ、SICが作ったものなんだろうが……。

「それに対し、古代から使われているエレメントのことを“原星古語(アルス・アンティクア)”と言う。一般にはアンティクアって呼んでるけどな」

「古代からって……最近生まれたものじゃないのか?」

 俺がそう問うと、ローランは首を小さく振った。

「遥かずっと昔から存在していたんだよ。古来より魔法だとか妖術だとか、呼び方は様々だが、形としては今も昔も変わっていないのさ」

 おとぎ話の中に在った、魔法だとかの類がエレメント……。初めてエレメントを見る人からすれば、魔法にしか見えないのはわかるが。


「アンティクアに手を加えたものが、アルス・ノヴァだ」


 その時、俺たちの後方から声が聞こえた。

「あれ、ジョージさん。どうしたの、こんなところで?」

 ローランの声と同時に振り向くと、白いスーツを着ているジョージさんが立っていた。いつの間に……というより、気配がしなかった。

「セシルから、またローランが施設を勝手に使ってるって連絡があってね」

「……セシルめ、告げ口しやがったな」

 はぁ、とため息を漏らしローランは大剣に指先でちょん、と触れた。その瞬間、大剣は大きく発光し姿を消した。これは、俺のグラディウスなどの光子みたいな原理か……?

「今のもアンティクアの一種だ。セフィロートで使われている光子原理などは、このアンティクアの術式を応用させたものなんだ」

「……!」

 疑問を抱いていた俺に気付いていたかのように、ジョージさんは言った。

「アンティクアってのは、太古からあるようだけど……なぜ、それをあんたたちは知ってるんだ?」

 俺は一歩後ろに下がり、右と左に立つ二人を見える範囲に立った。俺たちでも知らない情報を、なぜ2人が知っているのか。

「なんでって言われても、結構有名な話だと思うぜ? 実際、欧州連合のお偉いさんたちは知ってることだろうし」

 ローランはまるで知ってて当然、のような顔をして見せる。ところがどっこい、そんな話なんて聞いたことない俺からしてみれば、その顔は逆にイラつきを覚えさせるものでしかなかった。

「……つまり、SICはその情報を俺たちチルドレンに開示していなかったってわけか。どうしてそんなことをする必要がある?」

 俺は小さく舌打ちをし、そう訊ねた。

「アルス・ノヴァは、アンティクアに比べて威力も規模も劣る。その分、扱いやすいのだがね。おそらく、必要以上に君たちチルドレンが力を持たないためだろう。強大なアンティクアは、コロニー一つを消し飛ばすほどの威力を持つものもあると聞く」

「コ、コロニーを!?」

 さすがに首都機能を持つほどの巨大なコロニーは無理なようだが……それでも複数人で行う錬成術でも、せいぜい都市を破壊できる俺たちのエレメントに比べれば、想像以上の威力だ。

「そんなものを携えた、身体能力の突出したチルドレン……たとえば君のようなチルドレンが、今回のように反旗を翻した時、取り返しがつかないと考えるのは何も不思議なことではないだろうね」

 たしかに、俺だったらぶち切れてやりかねんな……。フィーアやPSHRCIの幹部が扱うエレメント、彼らの話から察するに、アンティクアの一部なのだろう。属性振動が違うってことにも、納得がいく。

 ここで、俺の中に疑問が浮かんでくる。俺はすぐさま、それを二人にぶつけた。

「昔っからそのアンティクアってのがあるのに、なんでSICは別のエレメント体系を開発した? SICが強力な兵隊を必要とするために、俺たちチルドレンを養成していたとするなら、なぜアンティクアに劣るアルス・ノヴァとやらを開発したんだ?」

 わざわざアルス・ノヴァを開発する必要性がないように感じる。その強力なアンティクアがあれば、軍事力は飛躍するんだろうし。

「君の疑問はご尤もだ。それについては、チルドレン計画――そのものに関する、大きな謎だ」

 大きく頷き、ジョージさんは俺の方へと顔を向けた。にこやかな表情ではなく、険しい面持ちで。どことなく、張り詰めた糸が広がるかのような緊張感が伝わる。

 その時――



『アラート、アラート!!』



 警告音が鳴り響くのと同時に、艦が大きく揺れた。その直後、爆発でも起きたかのような低い轟音が艦内を高速で駆け抜ける。


「な、なんだぁ!?」

「おやぁ? この信号は……侵入者かな?」

 呑気な声で言いながら、ローランは天井を仰いでいた。何のんびりしてんだ――と思った矢先、天井の照明が黄色く、それもけたたましく発光している。

「セシル、何が起きた?」

 ジョージさんは掌に収まるほど小さな電話を取出し、言葉を投げかけた。

『メインコンピューター“テュロルド”へのハッキングです。防壁システムでサーバーへの浸食は防いでいますが、一部の火器管制を一時的に掌握され、自爆行為がありました。ですが今は問題ありません』

 音声が俺たちにも聞こえるようにしているのか、電話機からセシル――あの執事の少女――の声が聴こえる。それにしても、緊急事態だっていうのに落ち着いてるな……。

「そうか、IPアドレスは以前のものと同じか?」

 同じく、ジョージさんは落ち着いた声色で訊ねていた。

「……やけに落ち着いてんな。よくあることなのか?」

 警告音が鳴り響く中で、ジョージさんは淡々と電話で話している。ローランの表情やしぐさからも、緊張感というものが一切漂っていない。

「まぁ、ね。シャーレメインはDRSTSが開発した特殊な航行船だからな。メインコンピューターも結構な代物で、あのLEINEの廉価版みたいなもんなんだ。だから、結構な頻度で狙われてるってわけ」

 なるほど。それに、世界で最も有名で巨大な財団だ。ハッキングを仕掛ける理由など、考えればきりがないのかもしれない。

『いえ、以前とは違うようです。でも、おかしいですね……止まっています。それに、これは……』

 その時、セシルの言葉が詰まった。彼女が電話機の向こう側で、何かを凝視している姿が思い浮かぶ。

『メッセージ……でしょうか。文字を画面に起こしています』

「文字? なんとあるんだ?」

『R・a・c・h・e・l…………レイチェル? いえ、ラケル――とありますね』



「――――!?」


 ラケル……だと……!?

「人名、のことかねぇ。それにしても文字を送ってくるなんて、変なウイルスさんだこと。なぁ? ゼ……」

 ローランは俺を見てか、言葉を止めた。目を見開き、歯が割れんばかりにくいしばっている俺の姿は、彼からしたら見たことはないのだから。

「……セシルは、どこにいるんだ?」

 俺は静かに、ローランに訊ねた。

「え? 管制室だけど」

「わかった」

 俺はそのまま、ローランの顔も見ずに走って行った。

 “ラケル”の名を知っている人間なんて、俺の知り合いしかいないはず。そして、あいつを――あいつを殺した奴しか知らないはず。

 俺は居ても立ってもいられなかった。考えるよりも前に、体が動き出していた。





「やれやれ、このタイミングでの“襲撃”……ゼノたちを狙ってってことかね」

 ローランは両手を頭の後ろに回し、ため息を漏らした。

「……ところで、どうだったんだ?」

 彼の質問には答えずに、ジョージはゼノが走って行った先を見つめながら、問い返した。

「まだ覚醒していない状態みたい。ま、ダアトと同調していないんだから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど。それでも、アンティクアを扱えるようになったら十分な戦力になるよ。今のままでも、そこらの兵隊さんより圧倒的に強いからね」

「そうか……。あの数値ならば、“そのまま”でも十分な戦闘能力だということか」

 ジョージは御時からの顎に触れながら、唸り始めた。

数値は1200オーバー……どう考えても、セフィラの器としての存在と見て間違いないだろう。だが、“ダアト”がないにも関わらず、あの戦闘力とFROMS.Sでの殺害数……。

「だけど、マテイの執政官に勝てるかと言ったら、無理だろうな。相見える前に、少しでも使いこなせるようにならないと」

「そうだな。アンティクアの教授は、君に任せるよ」

 ジョージはそう言って、小さく笑った。ローランは確実に、「どーせそんなこったろーと思ったよ」と言われるに違いない。そう確信していたからである。

「どーせ、そんなこったろーと思ったよ。ジョージさんの常套句だな」

 ハハハと、ローランは笑った。



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