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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第2部:覚醒への御印~Wander der Geist und Seele zu führen~
30/96

27章:フェイルセイフ

27章 



「予想通り、めちゃくちゃ張られてるな。服装から察するに、軍部の人たちかねぇ」


 と、ローランは陽気な口ぶりで外から戻ってきた。

「何せ軍部の地下収容所に押し入って、連中にとって重要な参考人を拉致られたんだ。怒り心頭とはこのことだわさ」

 食堂で飯を食っている俺に対し、ローランは笑いながら肩に手を置いた。言われんでもわかってるってんだ、こんちくしょーめ。

「彼女……メアリーを探しているのかもね」

 パスタを食べながら、ノイッシュは言った。この食堂はかなり広く、ゆうに500人以上は入れるくらいの規模だ。壁はほとんどガラス張りになっていて、今は昼ということもありライトを付けなくてもそこから差し込む光によって、店内はかなり明るい。壁からは外の公園を見渡すことができ、おそらく孤児院の子供たちなのだろう、たくさんの子供が走り回ったりして遊んでいる。

「俺たちじゃなく、メアリーをか?」

 と、カールが尋ねる。彼はハンバーガーを食べていた。

「うん。彼女は誰が内通者なのかを知っている。それが世間に公表でもされたら、とんでもないパニックになるくらいだ」

 ノイッシュの言うように、それだけ局長が内通者だったというのは衝撃なのだ。人望も厚く、世間でも好評な局長・学院長だったから。俺たちも驚いたが、一般人からしたらさらに驚くのは必然ともいえる。

「だからメアリーちゃんを、地下収容所の特別な個室に隔離していたんだな。やれやれ、わかりやすいこった」

 ローランはそう言って、俺の隣の席に座った。ちなみに、左隣はディンが座っている。

「チルドレンでもないのに、あんだけ強いエレメント能力を持っているっていうのも、軍部にとっては興味をそそる資料なのかもしれないなぁ」

 たしかに、CG値700以上だとするとチルドレンで言えばSクラスに相当する数値だ。1200以上がSSSである俺やディンの2人、1000~1199がSS、600~999までがSとなっている。ちなみに、現在のSクラスは10人ほど。SSクラスに今は一人もいない。

「本当に今の人類がエレメントの能力を持っていたとして、一般の人たちと僕たちチルドレンは何が違うんだろう?」

 と、今度はラーメンを食べていたディンが言った。実はディン、ラーメン好きである。

「潜在能力の違い、じゃないか? 俺たちはいつの間にかその力はあったし、一般人は相当な訓練を行わないと開花しねぇんだろ」

「チッチッチ、甘いぜゼノちゃん」

「は?」

 なんだ、そのゼノちゃんというのは……。

「所詮、一般の人たちの持つエレメント能力なんて微々たるもんさ。なんせ2000年も経ってんだ。ほとんど劣化してる」

 すると、ローランは俺が食べているトンカツ定食のメイン・トンカツを一切れつまんで、食いやがった。

「おいこら、勝手に食うんじゃねぇよ!」

「まぁまぁ、外に出られない君たちのために偵察してやってんだから、このくらいは許しなさいよ」

 と、ローランは満面の笑顔で言った。いや、だったら自分で注文して食べればいいだけの話じゃねぇか……。

「SICは天枢学院を500年以上運営している。そんじょそこらの知識では敵わないほど、エレメントの知識があるってことさ。それに……」

 ローランは俺たちを見渡し、口をつぐんだ。何か意味があるような気がして、思わず「なんだよ?」と尋ねてしまった。

「うんにゃ、なんでもないさ」

 誤魔化すかのように彼は笑顔をして見せ、俺の背中を強く叩きはじめた。あまりにも勢いが強かったため、食べていたものを吐き出してしまいそうだった。

「そうそう、そう言えば」

 何かと思えば、ローランは手をポンと叩いて言った。

「ジョージさんがゼノを呼んでいたんだよ!」

「……俺を?」

 俺はノイッシュたちと顔を見合わせ、訝しげな表情を浮かべた。なぜ“俺だけ”なのだろうか。疑問に思いながら、俺は席を立って食堂を出て行った。



「汝、神の如くたらん――ってか」

 頭を傾げながら出て行くゼノを見つめながら、ローランは小さく笑っていた。




   27章



   ――フェイルセイフ――




 この施設の最上部――とは言っても、5階までしかない――に行き、支部局長室の扉をノックした。間髪に入れずに、「どうぞ」という声が扉越しに聞こえた。俺は「失礼します」と言って、扉を開けた。

 ジョージさんは奥の横ながらの机の前に座り、事務処理をしている。支部局長室は広いが、あまり物のない質素な部屋だった。観葉植物が部屋の隅に置かれているだけで、それ以外にあるものと言ったら来客用のソファーとジョージさんが座っている事務仕事用の机くらい。また、ここには扉というものが見当たらなかった。おそらくだが、ここをガラス越しに見られないようにするためなんじゃないかと思う。政府関係者ではないにしても、ジョージさんは世界最大の財団・カムロドゥノンのセフィロート支部局長であり、現在姿を消している代表に変わって代理を務めている人だ。彼を疎ましく思う人間がこの世にいないとは思えない。影響力を持つということは、それだけ人に命を狙われるということになる。それは大昔変わらない、普遍的でありながら当然のことなのだろう。

「すまないね、いきなり呼び出してしまって」

「いえ、暇にしていたんで大丈夫です」

 そんなありきたりな会話をして、ジョージさんに「かけていいよ」という言葉に従い、黒いソファーに腰を下ろした。事務机とは別の、小さな木製の机を囲むようにしてソファーは四つある。それぞれが一人掛け用になっていた。

「ちょっと君に聞きたいことがあってね。いいかな?」

 ニコリと微笑み、ジョージさんは言った。

「君はセフィロートの生まれなのかい?」

 俺が了承する前に、彼は訊ねた。

「ええ、そうです」

「では、ディンも?」

 俺はこくりと、頷く。いったい、これが何の意味があるというのだろうか?

「あと連れ去られたチルドレン……サラ、といったか。彼女もそうなのかい?」

「たぶんセフィロートです」

「たぶん、とは?」

 少し曖昧な俺の表現に対し、ジョージさんは首を傾げた。

「サラは孤児でした。ここの施設に預けられていたんですが、うちの親が養女として引き取ったんです」

「そうか、うちの孤児院出身だったか」

 ふむ、と言いながら彼は顎に蓄えたひげを触っていた。

「エメルド、と聞いてピンと来てね。昔、フェンテスが可愛がっていた子を引き取ったのもエメルドという夫妻だったなと」

 あの子が「サラ」だったんだなと、ジョージさんは少しため息を漏らしながら言って、手元にある資料を一枚めくっていた。

「……それが何か?」

 これらの質問の意図が見えず、俺は思わずそう訊ねてしまった。すると、ジョージさんは活字から俺の方へ視線を向けた。

「実はその子が引き取られてから3年後、“親”を名乗る男性が施設に来てね。彼女の所在を聞き出そうとしつこかったものだから、里親との契約があるため教えられないと突っぱねたんだ」

 里親契約を結んだ場合、仮にそれ以降に“実の親”が現れたとしても、施設は一切の情報を開示しない――という規則があるのだという。もちろん、その親とやらの素性などを調べ上げ、一切の問題がない場合を除くのだが。

 それにしても、サラの親か……。あまり考えたことはなかったな。あいつは自分が孤児だと知ってからも、俺の両親を「お父さん」「お母さん」と言って接している辺り、本当に実の親だと思っているのだろうと思っていた。でも実際には、あいつを産んだ母親がいて、探しに来た父親もいる。誰にも、自分たちの“親”というものは存在するのだ。


 ――両親? 14年前に死んじゃった――


 ふと、彼女の言葉がよぎる。そう言えば、あいつも親がいなかった。

「今回の事件と、あの時探しに来た男……。因果関係がないとは、はっきり言えないような気がしてね」

「……たしかに、そうですね」

 サラをさらうがために、嘘をついてやって来た人間とも言い切れない。そうすると、十何年も昔からあいつを探している奴がいたということだろうか?

「それともう一つ聞きたいんだが……」

 ジョージさんはそう言うと、再び資料を一枚めくった。

「ディン=ロヴェリア――というと、あの“ロヴェリア”かね?」

「“あの”ってのは、ジョセフさんのことですか?」

 俺が逆に尋ねると、ジョージさんはこくりと頷いた。


 ジョセフ=ロヴェリア――

 ディンの父というと、セフィロート内でかなり有名な人物だ。世界有数の軍事会社FGI(Fox Global Industry、略してFGI)社の専務取締役であり、実際には会社の舵を握っている。また元々は参謀部の企画本部長をしていたため、軍部との個人的な繋がりを持つだけでなく、多くの評議員のパトロンとしても有名であり、政財界に及ぼす影響力は計り知れないと言われる。

 ジョセフさんとは何度か会ったことはあるが……個人的な意見だけを言えば、あまり好きではない。

「ジョセフ=ロヴェリアは、カムロドゥノンのセフィロート駐在に反対する派閥のトップでな。親友の君からしたら、要らぬ疑いをと思うかもしれないが……」

「いえ、ディンに限っては大丈夫だと思います」

 俺は苦笑して言ってきたジョージさんに対し、遮るかのようにして言った。ジョージさんはこういった情報を、敵対しているジョセフさんに流れてしまうことを懸念しているのだ。だが、それは杞憂だということを俺ははっきりと言える理由がある。

「あいつは父親とは昔から仲が悪いんです。親父さんに協力することはないと思いますよ」

「そうなのか? ふむ……取り越し苦労で済むならば、それに越したことはないんだがね」

 そう言うと、ジョージさんはペンで資料に何かを書き記し始めた。

「それと、最後の質問なんだが……いいかな?」

「えぇ、構いませんが。なんでしょう?」

「……君は“ウルヴァルディ=ユーダリル”という人物を知っているかい?」

 ウルヴァルディ……たしか、フィーアの育ての親だとかっていうPSHRCIの幹部だっただろうか。しかし、会ったことのない俺は顔を横に振った。

「面識はないですが、聞いたことはあります。フィーアの方が詳しいと思うんですが、どうして俺に聞くんです?」

 俺がそう訊ねると、彼は小さくため息を漏らした。

「訊こうと思って呼び出したんだが……拒否されてね。“私はゼノたちに協力しているんであって、あなたたちとは協力関係にはない”と」

 ハハハ、とジョージさんは思わず苦笑する。思わず、俺は頭を抱えた。

 あの女……助けてもらっといて、その言い方はねぇだろうよ……。しかし、よくよく考えれば、あいつはまだ“PSHRCI”の人間なのだ。組織から抜けたわけではない。

 ……だが、それを含めて考えても……と考えていると、俺は自然とため息を漏らした。それを見たジョージさんは、ハハハと笑っていた。

「ゼノには少しだけ話したから、聞いてみれば?――と言われたので、訊いてみようと思ったんだよ」

「な、なるほど……」

 俺に話した内容なら、他の人に言っても問題ないということだろうか? とは言っても、大した話は訊いていないが。

「俺が聞いたのは、あいつは幹部のウルヴァルディに拾われ、育てられたってくらいです」

「育てられた? ほう、それではサラと同じで孤児だったということかい?」

 ジョージさんの問いに、俺は頷く。

「そう言っていました。たしか15年前の消失事件で、孤児になったと」

「それはベツレヘム……。そうか、あの事件の生き残りだったのか……」

 ぶつぶつと、ジョージさんは活字を睨みながら何かを言っていた。その姿に対し、俺は意味が分からず怪訝そうな表情を浮かべていると、ジョージさんはハッとしたようにして顔を上げた。

「おっと、すまない。他に何か、知っていることはないかね?」

 若干気を逸らせるような感じがしたが……まぁ、あまり気にしてもしょうがないだろう。そう思い、俺は質問に答える。

「あとは、その幹部――というより、幹部連中は地球に興味があるようです。ウルヴァルディは第三次世界大戦のことも調べていたようです」

「地球のこと……。たしかに、あそこは彼らを惹き付けるだけのものはあるからな。そもそも、PSHRCIの導師が目指しているのも、結局は地球の秘密だろう」

 導師というのは、PSHRCIの首魁だ。未だにその人物の名前だけでなく、性別や年齢さえも判明していない。

「PSHRCIは人類による地球環境の汚染を防ぐためにテロ活動をしていると教わりましたが……違うんですか?」

「FROMS.Sと同じく、設立当初はそうだったのだろう。しかし、彼らの中にエレメントを操れる人間たちが出現してくると、その目的も大きく変わってきたのだ」

 PSHRCIはSIC以外で唯一、エレメントを操れる人間がいる組織であることは、世界的にも有名な話。使っているエレメントの体系そのものが俺たちの知るエレメントとは違うため、どういったものなのかはわからないのが実情だ。

「地球にある、アベルの都の“何か”……。SICが必死に隠そうとすればするほど、彼らにとって手に入れたくなるものなのだろう。またSICが開示できないものであるならば、それは世界の力のバランスを崩しかねないものだともいえるのだ」

 兵器と同じで、強力なものは“力を持つ者”が持たなければならない。また、“持つ者”が“持たざる者”を支配するのは、当然の形だともいえる。それがたとえ原始的な封建制であっても、グローバルな資本主義であっても変わらない。人間の歴史がそれを物語っているのだ。


「カムロドゥノンも、その“地球の秘密”を目指しているんですか?」


 俺はそんな質問を投げかけた。そのためか、ジョージさんの表情が少しだけ険しくなったようにも感じる。

「なぜそう思うのかね?」

「アベルの都や、様々なことについて調べられているようですから……なんとなくではありますが」

 独自に調べていることなどからすると、カムロドゥノンにはカムロドゥノンの目的があるように思える。

「そう思われても仕方ないだろうね。何せ、カムロドゥノンはCNに対するアクセス権も持っているからね」

「それって、つまり……ワープ航法や仮想空間へのアクセスもできるということですか?」

 もちろん、とジョージさんは大きく頷いた。CNはSICしか利用できないものと聞いていたため、これには驚きだ。


「カムロドゥノンは、SICに対する“フェイルセイフ”なのだよ」


「フェイルセイフ……?」

 初めて聞く言葉に、俺は思わず眉をひそめてしまった。

「フェイルセイフというのは、コンピューターやシステムに異常が生じた時に作動する安全装置のことさ。つまり、我々はSICを監視し、その強大な力を悪用させないために存在しているのだよ。それこそが、世界各国がカムロドゥノンを支援してくれる理由でもある」

 欧州連合やアジア諸国は、強大になりすぎたSICを警戒している。そのため、各国だけでなくセフィロートにも支部を置くことのできるカムロドゥノンを、諸国は資金や人材などの面で援助しているのだという。その中には、特殊技術開発機関「DRSTS」もいるらしい。CNはDRSTSが開発したものであるため、特殊なアクセス権限を与えられているのだという。それも、カムロドゥノン設立者とヴォルフラム=ヴィルス博士は旧知の仲だったためでもあるとか。

「SICが力の方向性を間違わぬよう、またそうなった場合に対抗しうる力も持っておかねばならないからね。CNのアクセス権限は、それだけの意味があるんだ」

 有事の際には、そのCN権限を諸国にも広げることができるため、SICの独壇場ということにならないようにもなっているらしい。幸いなことに、そうなったことはまだ一度もないが。

 その時、リズミカルな機械音が室内に響き始めた。

「おっと、電話だ。長話して済まないね、ゼノ。続きは作戦が終わってからにしよう」

「あ、はい。わかりました」

 俺は邪魔をしては悪いと思い、即座に部屋から退出した。

 扉を閉め、ドアノブを見つめながら思う。なぜSICは地球を人類から遠ざけようとしているのか。ただの国連だったSICが、なぜこれだけの強大な国家になったのか。PSHRCIの導師の目的、フェイルセイフとしての意義……。

 ここ数ヶ月で、異様に世界の情勢というものを知ってしまった気がする。どれもこれも、まだガキの俺には重いものばかりだが……自分の力が少しでも世界を変える力になれればと、幼いながらにも決意したことがあるのだ。ならば、血生臭いことや残酷なことを知るのは、しょうがないのだとも思う。

 俺はふぅと息を吐き、後ろに振り向いた。


「なんかしたの?」


「!?」

 目の前にいたのは、疑問符を浮かべるフィーアの姿だった。その隣に、ディンもいた。

「呼び出しって、ラグネルさんに怒られたときみたいだな」

 そんなことを言いながら、ディンは笑っていた。

「怒られてるわけじゃねぇよ……。てか、付いてきてんじゃねぇ」

 ったく、ちょっと焦ったじゃないか。頭をかきながら、俺はエレベーターの方へ向かった。ディンたちも当然の如く、一緒に歩きはじめる。

「ゼノとディンはあれでしょ、昔から悪さばかりしてたもんだから教官たちには嫌われてたんじゃない? 実力も相まってさ」

 と、フィーアはにやにやしながら言った。

「嫌われていたとは思わないけど、ラグネルさん以外とはほとんど接したことないよね?」

 と、ディンは俺に振る。

「というよりも、寄ってこねぇんだよ。俺たちのこと、バケモノみたいに見てやがったからな」

 元々、SSSクラスは50年近くなかったため、専用の教官も準備されていなかった。そのため俺たちに訓練を施す側の教官たちもラグネル以外は力不足になることが多かった。そのため、異常な身体能力を持つ俺たちを嫌う奴らは多かった。それに、FROMS.Sの一件以来、そこに恐怖も混ざり、異常な視線を浴びせるようになったようにも感じる。それでも極端にひねくれたりしなかったのは、サラやノイッシュ、ディアドラ、カールたちの存在が大きいのだが。

「バケモノっていうか、ただの暴れん坊なだけでしょ。あんたに限って言えば」

 わかったようにして、彼女は俺を見る。

「……うっせぇ」

 否めんところが辛いが、決して戦闘狂ではない。戦うのは楽しいことだと思うが……。

「ところで、何を訊かれたんだ?」

 思い出したかのように、ディンは言った。ちょうど俺たちはエレベーターの前に着き、歩を止めた。

「何って……まぁ、いろいろだよ」

「ふーん、いろいろねぇ」

 と、フィーアはほくそ笑んでいた。そうか、こいつだけは何を訊かれたのかある程度想像できるんだった。

 俺は彼女の笑みを無視し、ボタンを押しエレベーターを待った。行き先は自分たちの寝床だ。

「大した話じゃねぇよ。サラのこととか、さ」

「サラのこと? まぁ、サラはここの施設出だからね」

 ディンはそう言って、一緒にエレベーター内に入った。

「あいつが俺んちに引き取られた後、サラを探す奴が現れたんだと。今回の事件に、それが関わっているかどうか調査してるみたいだったな」

「へぇ……それがおじさんたちに引き取られる前じゃなくて、よかったよ」

 と、ディンは胸をなでおろしながら微笑んだ。

「どうして? 本当の両親に引き取られた方がいいんじゃないの?」

 そのディンの姿に、フィーアは疑念を浮かべていた。一般的な感覚で言えば、彼女の疑問も尤もだ。だが、必ずしもその方が幸福だったとはいいがたいのも事実。なんせ、自分の都合で捨てる親だ。引き取りに来たとしても、後が知れる。

「もしかしたらそうかもしれないけど、もしおじさんたちが引き取ってくれなかったら、僕はゼノとサラと出会ってなかったかもしれないからね」

 笑顔を浮かべ、ディンはそう言った。その屈託のない表情に、俺とフィーアは思わずたじろいでしまった。

「僕はあの時、話しかけてくれたからこそ、こうしてゼノたちと一緒にいられると思っているんだ。本当に感謝してるよ」

 ニコニコとしながら、動き始めたエレベーターの中で俺は照れずにはいられなかった。そんな昔のことを、ディンはよく覚えているもんだ……。

「ディンとあんたの馴れ初めか。気になるね」

 フィーアはそう言って、気になるのか少しだけ表情が子供のそれになっていた。馴れ初めって、俺たちは恋人同士かってんだ。

「知らなくていいんだよ、んなの。大した話じゃねぇだろ」

「あら、恥ずかしがってるの?」

「……」

 彼女は俺の顔を見るなり、クスッと笑った。そういうわけじゃない――と言ってやりたかったが、それはそれで間違いでもある。昔のことで恥ずかしがらない奴なんて、いないと思う。

「まだ天枢学院に入る前の、セフィロート首都学校少等科の頃なんだけどね」

 ディンは唐突に話はじめ、それと同時に3階の居住区域に到着した。

「僕の父がFGI社の役員で参謀部からの天下りって話、以前に話したと思うんだけど」

「ああ、そう言えば言ってたわね」

 たしかに、と言ってフィーアは思い出したかのように天井を見上げる。扉が開き、俺たちは廊下へと出て行った。

「評議員団の後援者としても有名で、現ボルドウィン枢機卿と対立する派閥に属していたから、世間でも名が知れ渡っていたんだ。もちろん、悪い意味でね」

「ふーん。大方、それであんたは子供の頃、周りから嫌われていたってところかしら」

「……ハハハ、よくわかったね。まったくその通りだよ」

 的確な彼女の言葉に、ディンは歩きながら頭をかいていた。

 セフィロート首都学校というのは、国立の少・中・高・大学課程までの教育を行う機関で、一般の市民はそこを通う。基本的に10歳になる年に子供は天枢学院へ編入されるが、中にはもちろんチルドレンとしての素養がほとんどない人たちもおり、彼らはそのまま首都学校に通う。つまり、俺たちチルドレンは10歳までは首都学校に通っていたのだ。

 俺とディンが出会ったのは、天枢学院ではなく首都学校だった。クラスが一緒になったのは、たしか……。


「3年生の頃なんだよ」


「それだと8年前?」

 フィーアが問うと、ディンはこくりと頷いた。そうだ、3年生の時だった。毎年、春になるとクラス替えをしているのだが、俺は特別友人が多いわけではなかったので、あまり意味のある行事でもなかったようにも思う。友人がいなかったのは、ディンだけでなく俺もそうだったように思う。

「今はあんな風にやんちゃだけど、当時は静かな子だったんだよ」

 と、ディンは俺の方を見ながら言った。

「それを言ったら、お前もだろうが」

 たしかにね、と言ってディンは笑った。今にして思えば、静かな者同士、よくもまぁ交友関係を続けているもんだ。おそらく、当時を知る奴らはそう思うだろう。

「3年生になってからしばらくは接点がなかったんだけど、なんとなく“ゼノ=エメルド”っていう名前は覚えていたんだ。ほら、ゼノってフィーアみたいな紅の瞳をしているだろ? 初めて見た時、珍しいなーって思って」

 それは他の人たちにもよく言われるなと、廊下を歩きながら思う。とは言っても、サラと同じ空色の瞳をしているディンのことを“珍しい”と思ったの人間がここにいるのだが。俺とは対照的な人間がいるって。

「フィーアの言うように、僕はいじめられていてね。そんなに気の強い方でもなかったから、毎日結構辛かったんだよ。……父さんは僕に興味なんてなかったから、どうにかしてくれるわけでもなかったしね」

 どこか遠い目をして、ディンは言った。ディンの父親――ジョセフさんは仕事が多忙なためか、ディンのことはほとんど家政婦さんに任せており、俺が記憶している中で二人が一緒にいたことはほとんどない。

「でも僕を助けてくれたのが……ゼノだった」

 ディンはちょうど俺たちの部屋の前で立ち止まり、後ろを歩いていた俺の方に振り向いた。

「あれがなかったら、サラとも出会わなかった。他の友達だって、できることなんてなかったように思う」

「……」

 サラは年齢が2個下だったため、学校内ではあまり接することはなかった。もちろん、一緒に登下校したりしてはいたが。

「ディンの話だと、ゼノはいじめから救った良い子ちゃんだったってこと?」

 頭上にクエスチョンマークを浮かべ、フィーアは腕を組んで言った。

「お前の言葉の節々には、俺を馬鹿にする要素が感じ取られるんだが……」

「いやぁねぇ、そんなわけないじゃない。これが私の褒め方みたいなものよ。いい加減、慣れなさいな」

 彼女はそう言って、得意げな表情を浮かべる。……一言余計なんだよな、こいつは。

「そもそも、そんな大それたことはしてねぇだろ。下校してる時に、サラがディンにちょっかい出してる奴らを見て騒ぎ始めて、そしたらそいつらがサラを突き飛ばしたからさ」

「……さすが、私たちのお姫様。余計なことに首を突っ込む性分は、生まれつきのようね」

 フィーアは手を広げて溜息を吐いた。それに関しては、俺もディンの大いに納得し、思わず大きく頷いてしまっていた。

「それで、どうせあんたはムカついてその子たちを病院送りにしたんでしょ?」

「人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇ。ちょっと攻撃しただけだ」

「……あんたの“ちょっと”は、一般的なそれとは大きくかけ離れてると思うんだけど」

「……お前が言うかぁ?」

 俺がそう言い返すと、彼女は目を細くして何も言わなかった。言い返せないのだろうと思うが、わかりやすい奴。

「あの“攻撃”で、みんなゼノと僕のことを避けるようになったからなぁ」

 ハハハ、とディンは笑う。たしかに、あの一件でお互い友人らしい友人ができることはなかった。それ故に、俺とディンが仲良くなっていくのは必然だったのかもしれない。

「だから僕は、あの時のことよく覚えてるんだ」

 そう言って笑顔を見せて、ディンはカードキーを扉の前の認証装置にかざし、部屋に入って行った。

「……ディンにとってあなたって、本当に大切な人なのね」

「?」

 部屋に入るわけでもなく、フィーアは立ち止まったまま呟くかのように言った。

「そういう人がいるってこと、“享ける側”の人は気付かないものなのよね。恋愛にしたって、一方的な片思いじゃあしんどいだけだから」

 彼女の後姿から、どことなくため息をついているように思えた。彼女の言葉は、彼女自身がどこかで体験したかのような、そんな確信さえ抱かせるほど説得力のあるものだった。それと同時に、いつもの“彼女らしさ”が消えていることに、俺は少し間をおいて気付く。

「……言っとくが、俺たちは夫婦(めおと)じゃねぇぞ」

 その“彼女らしさ”がなくて焦ったのか、俺はそんなことを言った。

「わかってるって。たとえ話よ」

 フィーアは俺の方に振り向き、クスッと笑って見せた。

紅の――燃えるような、彼女の宝石の双眸が煌めいた錯覚に陥ってしまいそうだった。それと同時に、心の中で変な感覚を出現したような気がした。それはどこかで抱いていた感覚に似ていると確信した。


 どこで――?


 初めて抱いたものではないことは、俺の胸の奥底にある、俺そのものがそう叫んでいる。じゃあ、どこで感じたものと似ているというのだろう。

 この感覚は――

 そう、切なさに似ているのだ。あの瞳がそうさせているのか、それとも何かを映し出そうとしているのか。

 気付けば、フィーアはディンと同じように部屋へ入って行っていた。

「…………」

 俺は右手の掌を見つめ、ゆっくりと瞬きをした。

 どうしてだろう。何かとても大切な“何か”を、久しぶりに感じたような気がした。ずっと心の深淵で眠っていたものが、水面に浮かび上がって来たかのように。ずっと昔にどこかへしまってしまい、今になってどこにあるのかわからなくなった大切なもののように。

 何か……とても大切な何かを……。


 

ふと、俺は外に目を向けた。支部施設に広がる、緑の中庭。

 出発まで、あと二日。


 そこで待ち受けていることがなんなのか――

 この時の俺は、何一つ想像することなんてできなかった。







「……ああ、そうだ。マリア=ロヴェリアの……そう、おそらくはあなたの想像していた通りだ」

 椅子に座り誰かと音声通信をしながら、ジョージは資料に目を通す。そこに記されているのは、他でもないディンのことだった。様々な情報が載っており、身長や体重・性格などについてまで事細かく記されている。

「ジョセフが弄ったのだろう。そうでなければ、こんな馬鹿げた人数を殺せるはずがない」

 資料を一枚めくると、そこにはある“事件”のことが書かれていた。彼はそこに記されている“数字”に注視していた。

「あなたが危惧していた通り、彼は奴らの“最初にして最後の希望”だろう。もちろん、同時に恐れている者もあるがね」

希望という名の破壊。それこそが、自分の恐れていることでもある。

 ジョージは立ち上がり、天井を仰いだ。

「……いい加減、あなたも立場を決めたらどうだ? 古き友よ」

 その場にいもしない“その人”に視線を向けるかのように、彼は壁を見つめる。

「それに、あのフィーアという少女……ベツレヘムの生き残りと聞いた。あなたは知っていたのか?」

 彼がそう訊ねても、あちらから何も返答はなかった。あくまで中立――こちらの味方でもないというわけか。

「……ん? うむ……、それに関しては、私も重々承知しているつもりだ。だが、時間がないのはこちらも同じなのだ。残された時間は、僅かなのだから」

 刻々と迫る“その時”が、明日なのか――一年後なのかもわからない今の現状で、我々はできることをやらければならない。


 それが私の信念だ、とジョージは強く思った。






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