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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第1部:無限と有限が重なり合う中で~schicksalhaft Begegnung~
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1章:ため息と不思議な吐息


『……ということで、来年の5月に行われる枢機卿選出は……』


 広々とした食堂。チルドレンだけが使用できる場所で、それ以外の人間は見当たらない。

 学費に食費が含まれているため、ここでの食事は無料である。空間に表示された巨大電子ディスプレイに載ってあるメニューを押すと、機械が自動的にそれを作り、料理は窓口のような場所から出てくる。それは千口ほどあり、行列にならないようになっている。まぁ、無駄に多すぎるような気がしなくもないが。

 俺とカールは、上空に浮かんでいるテレビを見ながら食事をしていた。俺は大好物のカレー、カールはなぜか焼肉定食。日本という国の料理らしい。

「そう言えば、来年なんだよな」

 箸を持ち、ほっかほかのご飯を口に運びながら、カールは言った。

「何が?」

 頭をかしげると、彼は箸を止めて苦笑した。それが何を表しているのかわからない俺は、さらに頭の角度を大きくする。

「何がって……枢機卿選出だよ。ゼノって、教官の話は聞かないわニュースは見ないわ、ダメダメだな」

「それだけでダメダメって言われてもな……」

 まぁ、否定できないのが悲しいところだ。そんな自分に対し、治そうとも思わないのが俺だな、うん。

「枢機卿ねぇ……俺にはあんまり関係ねぇな」

 そう言いながら、俺はカレーを口に運ぶ。

「おいおい、SICのトップを決めることだぞ? 関係ないことはないだろ。どうせ、SICで働くんだから」

 と、味噌汁をすすりながら彼は言う。ちなみに、カールは日本料理というのが好物らしい。

「つっても、枢機卿に会うことなんてねぇだろうし、俺が配属される予定の特殊戦闘課は、犯罪防止局だし。それに、枢機卿を決めんのは評議員の奴らだろ?」

 俺は手をブラブラさせながら言った。

「お前の言うこともわからないでもないけど……少しは関心を持てって」

 カールはため息交じりに言う。

 枢機院はいわば国会のようなもので、200人程度の評議員で構成される。それらは、SIC管理コロニーの住民による投票で選出される。16歳から投票権を得るため、俺も既に1度経験している。

「今のエルバート枢機卿が来年に任期満了で引退するから、彼に代わって枢機卿の仕事をしているオルフィディア事務次官が選ばれるだろうって噂だな」

 カールの言うとおり、今まさにテレビでそんなことを言っている。

 オルフィディア事務次官――かなり若い。普通、枢機院の事務次官などの高い職には長い時間がかかるものだが、彼はわずか28歳でその職に就きやがった。なんか不正でもしたんじゃないかと当時は疑ったが、なんとまぁ好青年なのよ。カッコイイし爽やかだし、笑顔は素敵だし、はきはきとしゃべるし。そりゃあ、人気も出るもんだ。うん。特に女性から。

「オルフィディア……名前、なんて言うんだったっけな」

 あれは名字で、名前の方はあまりテレビで言われないため、覚えていない。


「ジークムントよ」


 カールの後ろに、一人の女性が立っていた。

「私も一緒にいい?」

 と、俺たちから了承を得る前に、彼女はカールの隣に座った。

 白いセミロングの髪に、白い肌と銀の瞳。美人で聡明で人気のある、俺と同い年のチルドレン――ディアドラ=アームリスカ。

「二人とも、今日はミッションあるの?」

 女性に定評のあるスープスパゲッティを口にし、彼女は言う。

「俺は17時から。カールは?」

「今日はない。Cクラスなんて、やることないから暇だよ」

 と、カールは俺を横目で見ながら、皮肉めいたことを言いやがる。

 基本的に、Cクラスまでのミッションはボランティアや慈善活動ってのが多く、クラスが低ければ低いほどチルドレンの人数も多いため、そう言ったミッションの取り合いになることが多いらしい。Bから上のクラスはいわゆる「人殺し」関連のミッションも出てくるため、逆に足りなくて困っている。まぁ、人の命が関わってるんだから、そこらの境界線は慎重にしなくてはならないことは重々承知しているのだが、毎日上層部に送られてくるBクラス以上のミッションの通知は山ほどあって、日に日に積もっていくのが現状だ。

「ディアドラは今日あんのか?」

「うん。ルナβ-04に行って、そこで模擬戦闘だって」

「へぇ、仮想空間を使わしてもらえるんだ? いいなぁ」

 カールは小さくため息を漏らしながら呟く。

 ディアドラはAクラス。カールの言う仮想空間とは、まだ試作の段階ではあるが脳内シミュレーションのようなもの。SIC管理下にあるコロニーは、全て一つのネットワークで繋がっており、コロニー間での情報交換などは瞬時に行うことができる。

 この仮想空間はそれを応用したもので、十数年前に開発された。昔流行ったテレビゲームを、脳内で実体験するかのように行うようなもんらしい。試作段階のものであるため、俺たちチルドレンが専ら「練習」ということで使用する。

「ルナβ-04か……結構遠いな」

 カールの言うとおり、ルナ系コロニーは「月」と呼ばれる衛星の近くにあるコロニーである。月は現在、資源を使い果たしたので改造され、居住するための星として活用されている。

 そういえば、資源を使い果たしたことに関して、世界的なデモが起きたと聞いた。そうやっていくことは、結局地球を食い殺したことと同じだ――と。

 それを思うと、たしかに人ってのはつくづく阿呆な生物だとは思うが、それはそれでしょうがないのではとも思う。俺たちは、そうしないと生きていくことができない。……そんな気がする。

「そうは言っても、テレポート使うから一瞬よ」

 ディアドラの言葉で、俺は自分の手がカレーを運ぶのを止めていたことに気付く。……また、思い出してしまった……と、少し後悔して。

 SIC管理下にあるコロニー全てを繋ぐネットワーク「CN」を利用すれば、人為的極小ブラックホールを生成し、ワープを行うことができる。俺たちはそれを「テレポート」と呼んでおり、基本的に各コロニーのSIC局に瞬時に移動できるようになっている。

「さっさと太陽系全域にCNを張り巡らせればいいのにな」

 残りのカレーライスを口に運び、俺は言った。

「しょうがないわよ。CNの増設には資金も時間も必要だし、ブラックホール生成には危険も伴うから、だいたい反対されるもの」

「……まぁ、過去にそういうことはあったから、敏感になんのはしょうがねぇか」

 CN計画が草案され、実行に移されたのが50年ほど昔。それを応用してのワープ機能が実装されたのが、30年ほど昔だった。最初のうちはいくつか成功していたが、その中で悲劇が起きた。

 ブラックホールの制御に失敗し、それを行ったコロニーが消滅したのだ。

 そこに住んでいた20万人の住民は全て行方不明になり、SIC発足後、最悪の惨事となった。たしか、15~16年ほど昔の話だっただろうか。

 それ以降、CNの設置は無条件に許可されているものの、ワープ機能だけはコロニーの過半数の住民の賛成が無い限り、設置してはならないことが決まった。

「でも、あの頃と今の技術は違うだろ。当時はまだ中枢システムが不安定だったが、今は制御機関『レイネ』があるわけだし、昔みたいなことは起きねぇんじゃねぇか?」

「うーん……そうかもしれないけど、やっぱり住民にとってみれば恐怖でしかない。絶対に失敗しないとは限らないって、技術開発局が言っているわけだしさ」

 カールはそう言いながら、「ごちそうさま」と言った。遥か彼方へ居住地を移した国家「日本」の伝統のセリフらしい。

「たしか……千万分の一だっけ? 失敗する確率」

 口に付いたクリームをティッシュで拭き取り、ディアドラは天井を仰いだ。

「そんだけ低くて失敗すれば、どんだけ運が悪いんだか」

 さすがに、俺は苦笑してしまった。天文学的な確率で、失敗するらしいが……絶対ではない。それに、失敗した時の被害は想像以上にでかい。そう考えると、犠牲になった人たちに神様なんてのはひどい仕打ちをするもんだ――と、ため息を混じらせながら俺は思った。

「まぁとにかく、来年以降からCNはSIC管轄宙域だけでなく、欧米やアジア諸国のコロニーにも設置されるし、今よりもっと便利になるのは間違いないだろ」

 カールはそう言って立ち上がり、片づけ始めた。

「オルフィディア事務次官が枢機卿になるミレニアム……その時から、私たちの世界はもっと発展するのね」

 微笑みながら、ディアドラはテレビを見つめる。そこに映し出されている、枢機卿選出のニュース。事務次官が手を振りながら、どこぞのコロニーの住人に笑顔を振りまき、民衆は笑顔で応える。

「ジークムント=オルフィディア、か」

 青い髪――なぜか親近感が湧く顔をしている。初めてテレビで見た時も、よくわからないが……胸の中で、何かが動いたような気がした。それが何なのか理解できないが、ただ……よくわからない感情が、俺の中に渦巻いたような気がした。それが何なのかよくわからないが、今は関係ないのだと思った。


 ――枢機卿なんざ、どうでもいいか。


 心の中でそう呟き、俺は立ち上がった。

「ま、今回のミッション頑張れよ。ディアドラ」

「うん。ゼノとディンも頑張ってね」

 俺はこくりとうなずき、食器を片づけた。

『――今回の選出に関連して、SICの情報部は……』





 さて、なんか腹いっぱいになったら眠くなってきちまったな。今は13時過ぎだし、集合時間にはまだ余裕がある。ちょっくら、昼寝でもすっかな。

 そんなことを思いながら、俺は自分の部屋へと戻っていった。部屋に入ると、ディンの姿が見当たらない。

「……コンビニにでも行ったか?」

 そう思いながら俺は周囲を見渡し、自分のベッドに座ろうとした。その時――

「!!」

 いつものように座ろうとしたベッドの上で、誰かが寝ている。白いタオルケットをかけられ、小さな寝息を立てて。


 ……サラか。


 俺は小さくため息を漏らしながら、頭をかいた。どうせ、ディンの仕業だろう。あいつは俺のことを一番よく知っているから、どのくらいで帰ってくるのか把握していたのだろう。

 やれやれ、あいつには敵わないな。俺の方がCG値が高いって言っても、ほとんど能力差は無い。人の話は真面目に聞くし、講義中も寝たりしない。努力かと言えば努力家だが、才能のある努力家だ。

「ん……」

 サラは寝返りを打ち、もぞもぞと動く。

 きれいな銀色の髪。……泣いてしまった跡が、目元に残っている。

「…………」

 そんな彼女の顔を見て、俺はため息を漏らしてしまった。ディンにも敵わないが、サラにも敵わない。

 よく女性の涙は最大の武器――などと言われるが、俺は女の涙など微塵にも思わない。寧ろ、目障りなくらいだ。お前らが泣いたからって、俺の心が揺さぶられるとでも思ってんのか? と、言いたくなる。


 だが、こいつだけは違う。サラだけは。


 幼い頃、両親のいないこいつを引き取った俺の両親。あれは……まだ俺が2歳か3歳くらいの頃だったか。ひどい泣き虫で、泣いては親父やお袋に言いつけてたもんだ。おねしょはするわ、階段から転げ落ちるわ……。

 そんなサラが、こんなに成長している。妹のような存在だった俺にとって、それはうれしい反面、寂しい気持ちもあるのは確かだ。サラはある意味、否が応でも「人殺し」のミッションをこなす俺の荒んだ心を癒す存在であったから。

「……ったく、俺のベッド使いやがって」

 そんなことを呟きながら、俺はディンのベッドに座った。ギシッと揺れ、思わずベッドに目をやってしまう。

 いつかは避けて通れぬ道。俺がSSSクラスのチルドレンである以上、サラは俺と同じ道を行けない。昔のように、俺が歩んできた道を辿るだけでは、彼女は幸せになれない。寧ろ、残酷な現実に打ちひしがれるだけ。

 わけのわからない能力値――CG値。IDとも言われているが、何のことなのかわからない。どうせ、生まれつきの身体能力の高さなのだろうが。

 そんなものによって隔たりを作られるのは構わない。だが、こいつが「人殺し」のミッションに加わることが賛成できない。

 生来、サラは心が強い方ではない。テレビでドラマなどを見ていて、人が死んでしまうシーンなどで簡単に涙を流してしまう人間だ。俺やディンのように、特に関心を抱かない人間は、戦場で人を殺したとしても、そこまで心に大きな衝撃を与えることはない。もちろん、初めて人を殺した時はビビったが。

 そんなサラに、人殺しのミッションなどはやらせたくない。今は俺とディンと同じ位置に立ち、意気込んでいるかもしれないが、実際に人を殺すと……きっと、サラは耐えられない。耐えられたとしても、彼女の心が傷つくだけ。

 俺はそれをよしとはできない。

 こいつを無為に傷付けるのは、気分がいいもんじゃない。……それに、これから面倒を見るのは俺でなくていい。俺ではなく、もっと優しい奴の面倒になればいい。そう、ディンのような奴に。

「お前は、昔っからディンのことが好きだったもんな」

 彼女の寝顔を見ながら、俺は言った。

 確証を持って言えることではないが、普段の彼女を見ていたらよくわかる。ディンに対して甘えているのは、その証拠。

 ディンなら、サラを護ってくれる。ディンはしっかりした奴だし、一番の親友だ。ディンが護ってくれるなら、俺はこいつに嫌われたっていい。

 まぁ、サラの子供じみた行動にいい加減疲れてきたところだ。今まで面倒見てきたんだから、これからは楽させてくれたっていいじゃないか。


 その時、部屋のドアが開く。そこから入って来たのは、ディンだった。

「あれ? 戻ってたんだ」

 いくつかの本を手に持ち、ディンはベッドの隣に置かれている自分の机にそれを置いた。

「また小説か?」

「ああ」

 軽く返事をし、ディンはそれを本棚に並べる。彼はそれを眺めながら、満足げに息を吐いた。

「サラ、まだ寝てたんだね」

 ディンは彼女を見るわけでもなく、机のイスに座ってノートを開いた。

「寝顔だけは、本当に小さい頃と変わらないな」

 クスクスと微笑みながら、彼は文字を見つめる。

「ゼノ、サラのことなんだけど」

 ディンはイスの背もたれに背中を大きくかけた。

「君は、彼女が嫌いなのか?」

 その質問に対し、俺は小さく笑う。

「お前らしくねぇな。わかりきってることだろ? 答えなんて」

「まぁ、確認だよ」

 彼の微笑みは、俺のやる気を削いでしまう。ディンは親友だから、言わなくたって大体のことは理解してくれているのだが……ディンにとってみても、サラは大切な女の子。一応、訊いておこうと思っているのかもしれない。

「嫌いだとか、そんなんじゃない。俺はただ、これ以上はサラが進むべき道じゃないってことだ」

「それは、僕たちのMLのことか?」

 俺は小さくうなずく。

「それもあるし、これからもそうだ。俺とお前はほぼ確実に特殊戦闘課に配属される。血生臭い、人殺しのところにな」

「…………」

「そんな俺たちの道に、こいつを巻き込むわけにはいかない。サラは、他の平凡なチルドレンなんだ。危険性の伴わない、安全な場所にいてほしいんだよ」

 俺とディンは特別すぎる。だからこそ、俺たちが進んでいる道は彼女を傷つけるだけでしかない。

「……優しいな、ゼノは」

 目を瞑り、ディンは呟くかのように言った。

「厳しい裏にも、君には確かな優しさがある。口調はきついけれど、それがゼノの思いやりなんだよな」

 俺を見ながら、彼は微笑む。思わず、俺はそれから顔をそらしてしまった。なんか、面と向かってそう言われると恥ずかしい。

「サラは家族だからな。親父とお袋からにも、言われてっから」

 サラを護りなさいよ――と、何度も何度も二人に言われた。いい加減うんざりしてしまうが。

「でも、いいのかい?」

「何が?」

 俺は顔をかしげた。

「このままだと、サラは勘違いしたままだよ。彼女は愚直なまでに素直だ。君の気持ちに気付いてやれない」

「…………」

 ディンはイスに座ったまま、足を組む。

「君に嫌われていると思い、君の傍を離れることになる。それでも、いいのか?」

 真っ直ぐな空色の瞳は、俺から視線を離さない。俺もまた、同じように目を離さなかった。

 俺は天井を見上げ、小さく息を吐いた。

「いいんだよ。別に」

 天井には四角い線が、奇麗に並んでいる。

「あいつには、お前がいる。俺が付き落とし、お前の優しさに触れる。そうすれば、もっと自立できっからな」

「でも……」

「気にするな」

 俺はディンの言葉を遮るかのように、立ち上がった。

「俺が嫌われようと何だろうと、結果的にサラが自立できればそれでいいんだって。いずれこいつは好きな人を見つけて、交際したりすんのに、俺にばかり甘えてちゃダメだろ?」

「まぁ、そりゃそうだけど」

「もう飽き飽きなんだよ。サラの面倒見んのは」

 俺はこの性格だから、サラを無駄に傷付けるし、自分自身疲れる。だからこそ、誰かにそれを押しつけたかったのだ。

「そんなことを言ってやるなよ。彼女だって……」

「こいつにはお前が必要なんだよ」

 俺はディンから背を向けた。

「お前なら、サラを護ってやれんだろ」

「……実力のことを言っているのか? それだったら、ゼノも変わらない。寧ろ、君の方がいいじゃないか」

「たとえそうだとしても、いいんだよ。俺たちは、子供じゃねぇんだから」

 俺は自分の机に向かい、そこに置いてあるリストベルトを手に取った。

「俺にはもう、サラに構ってやるほどの気持ちの余裕はない」

 そのリストバンド――「アーム」と呼ばれる装置を左手首に付け、ボタンを押す。すると、小さな電子パネルが表示された。

「サラの気持ち、考えてやれって」

 ディンの言葉に、俺は少なからず気持ちが揺れた。

「昔みたいに、ゼノと仲良くしたいんだよ。最近、何度もこの部屋に来ているのはそれが理由だって、君がわからないはずないだろ?」

 その言葉を受け止めつつ、俺は表示された文字を見つめる。

 ――グラディウスαの状態は正常。光子刀身にも、損傷はない――と表示されている。

「彼女はまだ子供なんだ。だから……」

 ディンが言いかけた時、俺は思いっきり長いため息をついた。

「そういった慣れ合いに、俺は疲れたってことだよ。俺じゃあ、こいつを無為に傷付けるだけだしな」

 寝ようと思っていたが、その気が失せた。いちいちディンの小言に付き合うのも、耳が痛くなってくる。

「サラにはサラに相応しい護り方ってのがある」

 俺は寝ているサラに近付き、彼女の髪に触れた。ツヤツヤの、ディンと同じ銀の髪。何も知らない、穏やかな寝顔。

「今は苦しい時さ。いずれ、こいつ自身何が本当で、何が違うのかわかる時が来る。そうなれば、必然と俺から離れていってくれる」

 その髪をなで、俺は小さく微笑んだ。

「ゼノ……」

「ディン、お前には理解してほしい。お前だけには」

 俺は彼の方に顔を向けた。悲痛な面持ちのディンは、しばらくしてから目をそらした。

「……また泣くかな……サラ」

 ディンはポツリと、呟いた。

「泣きたきゃ泣けばいい。泣いたって、俺は手を差し伸べねぇよ」

 そして、俺は部屋から出て行った。






 さて、ミッションに備えてCNにアクセスでもするか。少しくらいやっておかないと、いざ本番になると対処しきれないってことがあるからな。

 CN――「クラフト・ネットワーク」の略称である。SD900年頃、クラフト博士が考案したもので、そこから名が取られている。

 前述したようにCNで繋がっているコロニーへのテレポート、仮想空間によるシミュレーションなどができる。一般人には公開されず、導入されてから50年が経つ今でもSIC関係者しか使えない。中央によれば、数百億の同時アクセスがあった場合、中枢システムが暴走しかねないそうだ。それの限界容量というものがあり、それを超えるとCNが途切れ、仮想空間も閉じる。もし、誰かが仮想空間にアクセスしている状態でCNが切断されると、人の意識が現実世界に戻らないということもあるとか。更には、エルゴ領域拡大によってブラックホールが発生、周囲を飲み込むという「可能性」が示唆されている。

 導入された当初は失敗例も多数あったそうだが、今は「レイネ」と呼ばれる制御機関が発明され、それによって中枢システムをコントロールしている。そのため、よほどのことがない限り暴走する――ということはなくなった。

 俺がこれからしようとしていることは、仮想空間の中で「模擬戦闘」を行うこと。そこでなら、現実世界の体を傷つけることもないし、コンピューターによって行動に無駄があるかないかが、はっきりと示される。練習にはもってこいだ。

 俺の言っている模擬戦闘は、あくまで少数限定のもの。10人以上で行うには、技術開発局と天枢学院上層部の許可を得なければならない。ディアドラが今回使う仮想空間は、大人数で行うものである。

 おや? あそこにいるのは……

「おーい、ノイッシュ」

 そいつの後ろから声をかけると、そいつは僕の方に振り向いた。

「ああ、ゼノじゃないか」

 眼鏡をかけた、紺色の髪の色をしているチルドレン。瞳は碧く、髪は短い。クラスはディアドラと同じAクラスだ。

「どうしたんだ? まだミッションの時間じゃないだろ」

 ノイッシュは右手に半透明の電子書類を抱え、俺に訊ねた。

「まぁ、ちと暇だったからな。少し、仮想空間で練習でもしようかなって」

「なんだ、丁度いい。俺もCNにアクセスしようと思ってたところなんだ」

 そう言って、彼はニコッと微笑む。俺と同い年だが、少し童顔のためサラと同い年くらいに思える。

「でも、俺じゃあゼノの足手まといになるだけかもしれないな」

 と、苦笑するノイッシュ。

「何言ってんだ。十分高いクラスのくせして」

 普通のチルドレンは高くてBクラス。ほとんどがE・Fクラスばかりで、実はサラでも高い方なのである。

「その書類は?」

「ん? ああ、これは上層部に提出するものだよ。ほら、俺はAクラス管理チーフだろ? いちいちめんどくさいことをしなくちゃならないんだよ」

 小さくため息をもらしながら、彼は手にしている書類を俺に見せる。

「チーフねぇ……よくもまぁ、んなめんどっちぃことやれるな」

「ハハ、ゼノの性格だったら、任命されてもやんないだろうね」

 笑いながら、ノイッシュは言った。

 俺たちは寮のあるD棟を抜け、G棟へと向かった。天枢学院はA~G棟と分けられており、それぞれが一つのタワーみたいになっている。全て空中通路で繋がっていて、もちろん宙に浮いている。

 A~C棟が講義や訓練を行うところで、D~Eが寮。Fが食堂やトレーニングルーム、リフレッシュルームなど、娯楽設備もある。そして、これから向かおうとしているG棟は管制棟とも呼ばれ、教官などがいる場所。ここに、CNの仮想空間とテレポート装置が設置されている。

 便利と言えば便利なのだが、俺としてはものが多くありすぎて少々見栄えが悪いように感じる。もっと学院を広くしてくれよと心中で呟きながら、白っぽい天井を仰ぐしかないのだが、



「それで、何をする?」

 円形のフロア。壁に並べられている装置は、成人男性が一人入れるほどの大きさのカプセルで、様々な配線などが付けられている。これこそが、仮想空間にアクセスする機械「トラーム」である。

「そうだな……対GH戦ってのはどうだ?」

 俺とノイッシュはそれぞれ、自分が入るトラームの前にあるディスプレイに触れ、どのようなシミュレーションで戦闘訓練を行うか選んでいた。

「GHか……まぁ、ゼノがいるなら大丈夫だな。よし、それでいこう」

 俺たちは「仮想GH戦闘」」というのを選択し、カプセルの中に入った。中にはクッションが敷いており、ちょっとしたベッドのようになっている。周囲にはボタンやら画面やら、いろいろなものが備えられている。


『A-153との共同戦線です。脳波異常なし……』


 ピピピという機械音を立てながら、俺の体に異常がないかどうかを確認している。


『……オールグリーン。CNへアクセス開始…………完了。認証キーをお答えください』


「チルドレン『SSS-001』、ゼノ=エメルド」


『認証中……OK。これより、仮想空間へ入ります。中断する場合は、『アーム』のリターンボタンを押してください』


 俺はゆっくりと目を瞑り、眠るような感覚に襲われた。どんどん沈んでいくかのような、この感じ。俺の意識だけが、人為的に作られた世界へと飛んでいく。





 目を開けると、そこは青空の広がる砂漠。所々、遺跡の一部のような茶色い柱が、砂の海から出てきている。

「ゼノ、こっち」

 後ろに振り返ると、既にノイッシュはアームから情報を取り出し、戦闘準備に入っていた。

「いつからだ?」

「あと42秒。今回は近接・間接両方だ。とりあえず、設定は『B』にしておいたから」

 ノイッシュはアームの画面を見ながら言った。

「B設定か……ってことは、銃が出てくるな」

 俺は周囲を見渡し、地形を見つめる。

 ただの砂漠……離散している柱が、間接攻撃の回避場所になるな。見晴らしがいいから、あんまり低い場所にいると集中砲火を喰らいそうだ。

「敵の数は?」

「15対2」

「なんだ、そんだけか」

「……ゼノって、すごいよ」

 苦笑しながら、ノイッシュは俺を見上げる。思わず、俺は頭をかしげた。


『これより対テロリスト――GH仮想戦闘を行います。『レイネ』からの報告があった場合、速やかに応答してください』


 上空から、さっきの女性のアナウンスが響き渡る。

「さて、俺は右に行く。ノイッシュは左から頼む」

「了解」

 俺とノイッシュはそれぞれ、左右にある柱の陰に隠れた。自分たちが仮想空間に現れた時、向いていた方向に敵が現れるようになっているのだ。


『スタート』


 そのアナウンスと共に、人の気配がし出した。俺はアームの画面に触れ、敵の位置を確認する。

 さっき見ていた小さな丘の上に、15人。そして、それは俺たちを囲もうとまばらに散り始めた。俺はアームに取り付けてあった取っ手サイズのものを外し、右手で握り締める。

『どうする? ゼノ』

 アームから聞こえてくる、ノイッシュの声。アームは基本的にチルドレン全員のアームを登録しているため、簡単に声を交換することができる。

「ま、突撃しかねぇだろ」

『……相変わらず、作戦とかあったもんじゃないんだな』

 と、ノイッシュの呆れた声が聞こえてくる。

「そういいなさんな。――行くぞ」

 俺は柱から出て、すぐさま前方の敵を確認した。

 1……9人。右からやっていこう。

 そう確認したのと同時に、敵は俺に向かって銃を撃ってきた。それに対し、俺は瞬時に横へ走り出す。俺が走った後を追うかのように、弾丸が砂に当たって砂塵を巻き上げる。

 右へ、左へと高速に移動しながら、俺は一番右端の敵の方へ進んだ。そして、右手に握りしめてあった機械をより強く握りしめ、それを解放する。

 薄らとした黄金色の刀身が現れ、俺はそれを握って敵を走り抜け様に斬りつけた。敵の体が真っ二つになったのを確認する前に、俺に向かってくる弾丸の嵐を避けるために宙へ飛んだ。

 空中移動できない俺に向かって、敵は銃を乱射する。

「シールド展開、レベル3」

 それらは、俺の正面に展開された障壁「シールド」に当たり、金属音を激しく鳴らすだけだった。砂漠へ着地する際に一人を斬り、その隣にいる敵を回転しながら斬り殺す。そして、左の方にいる敵に向かい、ジグザグに移動しながら突撃した。

 敵の弾丸は俺をかすめるどころか、服にさえ当たらない。そして、敵の首を斬り、噴出する血がかかる前に移動して別の敵を斬り、また斬る。

俺は、数メートル離れた敵に向かって剣を横に振り抜いた。透明な風の刃が敵をすり抜け、奴の体は真っ二つに裂けた。

「……今ので最後か」

 そう言い終わるのと同時に、ノイッシュが行った方向から聞こえていた銃撃音が無くなった。どうやら、彼の方も終わったみたいだ。

 俺はアームのボタンを押し、自分の武器「グラディウスα」という剣の刀身を消えさせ、アームに装着した。


『ミッションコンプリート……詳細モードへ転移します』


 アナウンスが聞こえ、砂嵐のように周囲の世界が消えていく。そして、今度映し出されたのは空間に表示されたいくつものリストや、俺たちの状態などを示したものが浮かぶ、白い空間。

 ここは詳細表示のための空間で、模擬戦闘などが終わるとここへ転移される。

「えぇっと、所要時間は35秒だね」

 隣に立っているノイッシュは、上空のリストを眺める。

「ゼノ……すごいな。全部一撃だよ」

「お前は……ちょくちょく失敗してんな。それに、左肩にかすめちまったか」

 どこを攻撃し、どこを攻撃されたのか――それら全てが、ここに表示される。

「やれやれ、ゼノには敵わないよ」

 と、ノイッシュは俺に苦笑を向ける。

「お前だって、なかなかだ。ずいぶん障壁の発生時間が延びたんじゃないのか?」

「そうみたいだな。8秒か……」

 障壁とは、要はシールド。耐久性は個々のチルドレンの能力に応じて違うが、刃物や弾丸から身を守るためのもの。これは、特別な力を持つ俺たちチルドレンだけが持つ、特殊能力。

「でも、ゼノには敵わない。発生させてから、戦闘終了までずっとレベル3を展開させ続けていたんだからさ」

「これがあるないじゃ、戦闘のやりやすさが段違いだからな。練習したんだよ」

 俺たちチルドレンはこの能力があるため、防具などを付ける必要がない。関節などを絶対的に守れない防具よりも、障壁の方が便利だし、何より重くならない。個々のスピードは変わらないのだ。

「ちと簡単だったが、まぁいいだろ。おーい、終了してくれ」

 俺は白い空に向かって言い放った。すると、一瞬にして世界は真っ暗になり、俺の意識が遥か上空へと昇っていくかのような感覚に襲われた。







「それにしても、ゼノは危険を顧みないな」

 仮想空間での戦闘を終え、俺たちは寮のあるD棟へ向かっていた。

「銃に向かって、突撃するなんてさ」

「なんだよ、結局お前も同じことしてんだろ?」

 まぁね、と言いながらノイッシュは微笑んだ。

「でも、ゼノくらいだよ。銃から一切当たらずにいられるチルドレンなんて」

「俺だけじゃない。ディンだってできるし、SSクラスの奴もできるだろ」

 あんまり接したことがないが、SSクラスは10人程度いるらしい。俺がノイッシュやカール、ディアドラといった下のクラスの連中と知り合いなのは、ほとんどサラから紹介されたってのがある。あいつは、何かと社交的だからな。

「やっぱり、SSSクラスはすごいよ。お前たちには、一生敵わないね」

 そう言いながら、ノイッシュは小さくため息を漏らした。それが彼にとっても、俺にとってもいいものではないと――はっきりとした感覚で俺の中に残る。

「SSSクラスが最高クラスで、ここ数十年誰も選ばれなかったのは、やっぱり相当な能力を持っているからなんだな。改めて、実感したよ」

「…………」

 SSSクラスは、CG値が1000以上のチルドレンが選ばれる。俺が天枢学院に入学し、8年経った今でも、SSSクラスは俺とディンの二人だけ。だけど……

 いや、気にしてはならない。あれは、過ぎたことだ。

「そう言えば、ゼノとディンは珍しく他のチルドレンと共同ミッションなんだって?」

「ん? ああ、そうだけど」

 話題を変えようとしたのか、ノイッシュはどこか作り笑顔を浮かべながら言ったように見えた。

「なんか知らねぇけど、サラたちと一緒なんだとよ」

「サラちゃんと?」

 すると、ノイッシュは手を顎に当てながら唸り始めた。

「おかしいな……ゼノとディンはそもそも、能力が高すぎるから他のチルドレンが付いて来れないせいで、ほとんど二人でミッションをこなすんだよな?」

 俺はそれにうなずく。共同でやるとしても、A~SSクラスの奴くらいだけ。ノイッシュやディアドラとは、5回程度一緒にやったことはある。

「俺とかならともかく、Cクラスのサラちゃんと一緒って……」

 さすがに、ノイッシュは苦笑していた。

「おかしいだろ? あいつじゃ、何やっても無駄だってのに」

「……上層部も、何考えてんだろうな。まるで、ゼノたちに失敗でも負わせるかのような感じだ」

 顔をしかめ、彼は言った。その言葉に、俺は思わず小さく笑ってしまった。

「んだよ、そりゃ。あり得ねぇって」

「だけど、お前たちって失敗なんてしたことないんだろ?」

 ノイッシュは人差し指を立て、訝しげな顔で言う。たしかに、ミッションで失敗したことはない。幼馴染のディンとは、息もピッタリだからな。

「……ゼノたちに対して、危機感を覚える上層部の人は少なくないはずさ」

「それが、今回の共同ミッションの原因だと?」

 うん、とノイッシュはうなずく。

「必然的に、ゼノとディンはSICの高い地位に就くことは決まっている。それは、生まれついてのポストなんだよ」

 ノイッシュは立ち止まり、顔を振った。

「けど、今の上層部からしてみれば、それは嫌なんだよ。いずれ、ゼノたちの下っ端になるってことが」

「だが、それなら俺たちに媚びでも売った方がいいだろ? 出世したいなら」

「それはたぶん、意味を成さないって理解したんだよ。8年間、二人を見てきて、その性格だとかを把握しているんだとしたら……」

 俺たちがそういうのに乗せられない性格だと理解したから、逆の方向で行こうとしたってことか。

「何にしても、今回のミッションは気を付けた方がいいかもね。思いもよらぬ、敵が出てくる可能性だってある」

 思いもよらぬ敵、ねぇ……。まぁ、ディンもいるわけだし、何とかなるとは思うが。

「……気に留めておくよ」

 そう言うと、ノイッシュは微笑んだ。俺が特に警戒心を抱いていないことに、呆れているかのように。

「とは言っても、ゼノとディンだからね。失敗するなんてこと、確率的に0だろうな」

 幼さの残る笑顔。思わず、俺まで微笑んでしまった。

「褒めたって、なんも出ねぇぞ?」

「ハハハ、わかってるよ」

 ノイッシュと一緒にいると、張りつめていた俺の心も少しは和らいだような気がしてきて、ため息ではない別の吐息が漏れた。それをノイッシュは訝しげに見つめていたが、俺は微笑んだまま何も言わなかった。





 部屋に戻ると、サラは寝たまんまで、再びディンはいなくなっていた。どこへ行ったのかと思い、自分のアームの画面に触れると、ディンから電子メールが届いていた。

「ちょっと、管制棟に行ってくる」

 というものだった。すれ違わなかったのは、CNの設備は管制棟の低い階にあり、あいつはきっと上の階にある教官の方に用事があったんだろう。

 俺は自分の机にアームを置き、パソコンの前のイスに座った。顔だけをベッドの方に向け、寝ているサラを覗き込む。

「……幸せそうな顔して」

 まだ14時を過ぎた頃だってのに、よくもまぁこんだけ寝れるな。お前のことを気にかけて、あれこれ考えてるってのに。

 そんな自分と今の至福の睡眠をしている彼女を脳内で対比させ、俺は思わず吹き出してしまった。なんか、違いが大きすぎて笑えてくる。俺の悩みなど、サラが悩んでいることに比べたら、ちっぽけなのかもしれないしな。

 そんなことを考えながら、俺はノートを開いた。今日のミッションを確認するためだ。


『コロニーNZ008にて、反SIC組織GHの残党の駆逐。コロニー内の北部地域に、残党がいるらしいという情報あり。人数は10~30程度』


 ゴッド・ハンド……通称「GH」。ずっとSICに抵抗している組織で、いつ、どこで結成されたのかは定かでないが、歴史の舞台に現れ始めたのが今から500年前のSD497年――SIC管理コロニー「ブリカンディア」を襲撃し、多くの民衆を殺したとされる。

 500年経った今でもSIC関係の惑星・コロニーで破壊活動やテロ行為を行っている、過激集団。SICが推進する「宇宙開発計画」を阻止しようとするための組織らしいが、詳しいことはわからない。

 Aクラス以上のチルドレンは、このGHとの戦闘をミッションとして何度も行う。大きな戦闘ではなく、敗北した残党などの駆逐などの小さなものではある。

 このGHはどこぞのテロリストや犯罪者とは違い、武器や能力が違う。どうやら、相当な訓練を受けているらしいのだ。犯罪防止局から派遣される、最先端の武器を持っているSIC軍でさえ、苦労してしまうほど。

 俺とディンは少人数の残党兵とかだったからまだマシだが……そんなGH相手に、サラが無事なわけ無い。

 このサラが、勝てるはずがない。

 戦闘経験もないのに、どうしてサラを俺たちと一緒に組ませたんだ? ノイッシュの言っていたことが本当だとしても、わざわざCクラスのサラを選ぶだろうか? せめて、戦闘経験があってAクラスのCG値の低い奴にしないと、バレバレなんじゃないのか?

 そう、Cクラスのサラを選んだのは、あまりにもわざとらし過ぎる。俺たちに失敗させようたって、いくらなんでもやり口がわかりやす過ぎる。

 上層部が、そんなことに気付かないわけがない。事実、俺たちチルドレンが気付いているんだから。


「……わざとか?」


 俺はポツリと、呟いた。

 もし、わざとそうしているのだとしたら、一体なんだ? サラを選んだ意図は、一体何だ?

 目的は俺たちではなく、サラだったりするのだろうか。……CG値の低いサラを?

 それこそおかしい。弱っちぃサラを戦闘に巻き込むなど、死ねと言っているようなものだ。もちろん、護り通してみせるが。

「うーん……」

 俺は唸りながら、一人で頭をかしげる。考えても考えても、奴らの意図が見えて来ない。わかりやす過ぎて、その裏にある真相が見えて来ないのだ。

 ……それこそが、狙いか?

 わざとわかりやすくして、俺たちに考えさせる――

 そうだとしたら、何があるってんだ?

 俺たちにわざわざ、そう思わせといて……


「う……ん」


 サラはもぞもぞと動き、まぶたを閉じたまま起き上がった。開いていないのに、キョロキョロと彼女は辺りを見渡す。そして、目の辺りをこすりながら、ようやく世界を視野に入れた。

「あれ……ここ……?」

「俺の部屋だよ」

 そう言うと、彼女は俺の方に顔を向けた。眠たそうな眼のまま、彼女はボーっと俺を見つめる。そして、ハッとした表情で再び辺りを見渡し始めた。

「え、え!? わ、私、寝ちゃったの!?」

 今更かよ……。

「だいたい1時間くらい寝てたぞ」

 俺はため息を漏らしながら、言った。

「うそ!?」

「ホントだっつの」

 すると、彼女は枕を持って抱きしめ、鼻から下を俺から見えなくしやがった。妙に、顔を赤くして。

「ね、寝顔見たの?」

「…………」

 まさか、そんなことで恥ずかしがってんのか? そうだとしたら、俺は彼女にチョップでもお見舞いしてやろーかと思います。

「もう、恥ずかしいじゃない!」

 と、叫ぶサラ。ということで、俺はチョップを彼女の脳天に振り下ろした。

「いった!」

「おいコラ、こちとらお前の寝小便まで見てるってのに――」

「!! な、何言い出すのよ!」

 俺の言葉を遮り、彼女は顔をもっと赤くする。

「だから、今更恥ずかしいとかねぇだろ? お前の寝顔見たって、別に思うことなんかねぇし」

 まぁ、かわいらしくて憎ったらしいと思ったが。ほら、かわいさ余って憎さ百倍って言うだろ。……あれ? 違うか?

「……ディンにも見られたのかな」

 いきなり声を小さくし、彼女は俺から視線をそらした。

「見ただろーよ。お前、熟睡だったし」

「~~~!」

 声にならない声で、彼女は悔しがる。その顔がおもしろく、俺はクスクスと笑い始めてしまった。

「な、なんで笑うのよ!」

「い、いや、気にするな。いつものことだからさ」

「余計気になるわよ!」

 恥ずかしくて顔を真っ赤にしているのも相まって、俺は更に笑ってしまった。

「もう、ゼノ!!」

 ベッドから手を伸ばし、ベシベシと彼女は俺の太ももを叩く。

「ハハハハハ! わかったわかった」

 俺は大きく息を吸って、深呼吸をした。そして、ようやく笑いが収まったところで、

「あ~、おかしかった。それにしても、お前――」

 そんな状況で、よく眠れるな――と言いかけた時、俺は彼女の表情に気付いた。さっきまでの真っ赤なものではなく、神妙な面持ちで俯いている。

「……さ、さっきのことなんだ……けど」

 声を震わしながら、彼女は言う。言葉を出そうにも、サラの口からは出て来ない。もどかしいのと同時に、しょうがないと思っている自分がいる。

「私、その……」

「もう変えられねぇから」

 彼女の言葉を遮り、俺は脚を組んだ。それと同時に、サラはゆっくりと俺の方に顔を向ける。

「上の命令だ。あれこれ言ったって、変えられるもんじゃない」

 ぐちぐち文句言っても、上層部の命令だ。反抗することはできるが、その決定を覆すのは難儀な話だろう。

「ミッションは今日なんだし、今回だけはしょうがない」

「…………」

 サラは再び顔を俯かせた。俺は立ち上がり、彼女の頭の上に手を置いた。

「ちゃんと、護ってやる。近くにいるんだしな」

 小さな彼女の頭を撫で、俺はポンポンと軽く叩いた。

「だから今回のミッション、成功させような」

 俺はニコッと微笑みを向けた。昔のように、いつも彼女に向けていたように。

「ゼノ……」

 うれしさを隠すかのように、彼女は小さくうなずいて顔をそらしてしまった。俺はそれを見れただけで、どこか満足していた。たぶん、少しだけ元気そうな顔をしてくれたからだろう。

「ところで、今日俺たちになんの用があったんだ?」

「え?」

 サラは顔を上げた。

「お前、なんか用事があったんだろ? 結局、何なんだよ」

 よくよく考えてみれば、彼女の用事ってのを聞いていない。たしか、今回のミッションについてのことだったと思うが。

「あ、そうだったね。えと……」

 寝起きのためかいまいち頭の回転がよろしくないようで、彼女はうーんと唸り始めてしまった。

「実は今回のミッション、Cクラスは私だけみたいなの」

「……は?」

 思わず、俺は頭をかしげた。

「ルームメイトの子は除外されて、私だけゼノたちと一緒にって」

 サラだけ、俺たちと一緒に?

 俺は疑問を抱えたまま、彼女に問う。

「それ、いきなりか?」

 すると、彼女は小さくうなずいた。

「……サラだけ、か」

 C-069のチルドレンはいきなり除外された。というより、サラだけが俺たちのミッションに加わることとなった。


 ――おかしい。いくらなんでも、おかしすぎる。


 ノイッシュの言葉もあって、一気に不安と上層部に対する不信感が膨張してしまった。

「お前だけが、なんで選ばれたんだ?」

 俺は顎に手を当て、訊いた。

「私だってわからないよ。ゼノの部屋に来る前、いきなり教官から連絡があったの。今日のミッションはサラだけだって」

 今日の朝、サラだけにすることが決まったのだろうか。それとも、わざとそうしたのだろうか。

 考えても考えても、謎が深まるだけだ。

「心配しないで。私、頑張るから」

 俺の顔を見つめながら、サラは笑顔で言った。俺の不安をよそに、こいつは別のところで張り切っている。まぁ、サラらしいと言えばサラらしいのだが。

 俺はクスッと微笑み、再びサラの頭をなでた。

「そうだな。お前には、頑張ってもらわないと」

「うん。ゼノの足手まといにならないように、頑張るよ」

 かわいい顔してから……まったく、こいつを見ていると飽きないな、実際のところ。

 微笑ましいと思う反面、俺はこの笑顔を傷つけたんだな。

 それも、自分の本意で。

「まぁ、無理に戦おうとしなくてもいい。だいたいは、俺とディンがやるからさ」

 今回は10~30人程度らしいが、その程度なら二人で十分。ぶっちゃけ、30分もかからないだろうし。

「私だって、できる限りのことはする。私もゼノと同じ、チルドレンだから」

 張り切っているこの姿の裏には、僅かな恐怖が見える。少しだけ震えたこいつの瞳が、そう悟らせる。

 ――やはり、無理はさせないようにしないとな。

「よし、それじゃ――」


 その時、天枢学院が揺れた。






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