26章:遠いあの日に、僕たちは約束を交わした
「ゼノって、エレメントはまだまだだね」
ふふん、と得意げな表情を浮かべて、彼女は地べたに倒れこんでいる俺を見下ろしていた。知り合った時から、彼女は自分が優位に立つとあんな顔をして見せる。
「うっせぇよ。男にはエレメントなんぞいらねぇんだ」
俺は強がりながら、起き上がった。
「いるに決まってるでしょ、バカ」
と、彼女は俺の額にデコピンをお見舞いした。彼女は非力だからか、あまり痛いと感じたことがない。でも少しは痛がっておかないと、またやられてしまいそうなので頭をさすっておく。
「私たちはチルドレンなんだから。エレメントはその強さの“指標”。肉体的な強さも必要だけどね」
「その“チルドレンだから”ってのが嫌なんだよ。勝手に決めつけやがってさ」
俺は悪態をついて、彼女から顔をそむけた。頼んでもないのに与えられたチルドレンとしての“責務”。まだ15歳にもなっていない俺に、どうしてそれを押し付けようとしているのだろうか。大人というのは身勝手で、世界というのは不条理だと感じた。
「ゼノの言いたいこともわかるけど……」
彼女はどこかばつが悪そうな顔をして、頬をポリポリとかいていた。
「エレメントの強さは“心の強さ”そのもの、だと思うんだ」
そう言って、彼女は俺の胸にちょん、と指先で触れた。その指の先が伸びる先に、俺の心臓がある。
「私たちが必要としてもらった能力じゃないのかもしれない。望んでなんかいなかったのかもしれない。でもさ」
彼女はトントン、と胸を叩く。その振動が、何かを告げようとしているような――俺の心臓、“心”そのものに、言葉で表せない何かを届けようと。
「他の人たちよりも、大切な人たちを守れる力がある。神様はそういったものを、私たちに与えてくれたのよ。“心の力”を具現化する能力……それで人を助けられるなんて、なんだか素敵じゃない」
彼女はにこっと笑った。その笑顔は、初めて会った時から俺の心を掴んでいた。まるで一つの宝物のように、俺の心の中に在り続けているのだ。どんなに嫌なこと、辛いことが重なっていたとしても、一日のどこかで彼女の笑顔を見ることができれば、俺は誰よりも心が救われる――そんな気がする。
エレメントは心の強さ。でも、彼女の俺を捉える笑顔には、エレメントなんてものは関わってはいない。彼女には一生敵わないような、それでいてそれでもいいのだとも思える。
どうしてか、俺は当時、よくそんなことを思っていた。
「ほら、ご飯食べに行こう。ディンが待ってるわよ」
26章
――遠いあの日に、僕たちは約束を交わした――
俺はゆっくりと、まぶたを開いた、見慣れない天井――白い天井が広がっていて、どこか埃の臭いがする。体を起こし、辺りを見渡すと誰もいない。10畳以上はありそうな、無駄に広い部屋には俺が眠っていたベッドとあと3つほどベッドがあるだけで、他には何も置かれていない殺風景な場所だった。窓の外は薄暗く、時間ははっきりとわからないが、既に夕暮れを過ぎているのだと感じた。
その瞬間、ピリッとした痛みが頭を突き抜ける。思わず、俺は顔を歪ませた。
――そうだ、俺は。
俺は、急に頭が痛くなってきて、気を失ってしまったんだ。昔から頭の中で声が聴こえるような感覚はあったが、最近はひどくなってきている。頭がボーっとすることはあっても、ここまでの頭痛がすることなどなかったのに。
「…………」
ひどく、懐かしい夢を見た。あいつの――ラケルの夢だ。何年前だろうか、たぶん13歳か14歳、そこらだったように思う。
彼女の言葉一つ一つが、心に残っている。ふと思い出すのは、日常の……それも、特に気に留めていなかったような日々の中での、些細な言葉を思い出す。もしかしたら、彼女の言葉はそれだけ他の人とは違うものだったのかもしれない。覚えておかなければいけない、大事なものなんだと。
言葉は外に放たれたとたんに、魂を持つ。だから言霊なんだと、彼女は言っていた。
まさにその通りだなと、今更ながらに思う。魂を宿した彼女の、あの日々の言霊たちは、俺の中にいつまでも息衝いていて、忘れかけた頃に囁きかけるかのように降り注いでくる。雨がぽつぽつと降るような、或いは柔らかな雪がゆっくりと降りてきて、肌に触れてじんわりと融解していくかのように。
彼女のことを思い出すのと同時に、俺はいくつか大切なことを思い出した。今までなぜそれを忘れていたのだろうと――少し不思議に思う。
地球の事や、サラのこと。
関係ないように見えて、それらは彼女との思い出――そして約束で繋がっている。
「お、気が付いた?」
ひょっこりと、俺の視界にローランの顔が出現した。正直、寝起きに奴の顔を見たくはなかったな……。
「急に倒れたって聞いたもんだから、君は体が弱いのかと思って検査してみたんだよ」
「は?」
おいおい、何勝手に検査してくれてんだよ。と突っ込みを入れてやりたかったが、やはり寝起き。する気力がない。
「そしたら、君って相当頑丈なんだなぁ! 今まであんまり風邪とか引いたことないだろー?」
大きく口を開き、ローランは笑い始めた。
「さて、今から作戦会議を始める。下まで来てくれるかい?」
ローランに急かされながら、俺は「やれやれ」と呟きながら体を起こした。うん、もう大丈夫みたいだ。少し体が気だるいような気がするくらいか。
「さて、皆が集まったところで再開しようか」
先日、ジョージ支部局長と話していた場所で、俺たちは再び話をすることになった。俺たちはもちろん、ローランや秘書の女性もいる。彼女はどちらかと言えば、俺たちと同い年、或いはしたくらいの年齢には見えるが。
「ところでゼノ、倒れたと聞いていたが大丈夫なのかね?」
話を切り出す前に、ジョージさんは俺に言った。
「えぇ、大丈夫です。少し疲れていただけなので」
「あんなにやわな男だとは思わなかったけど」
と、フィーアは俺を哀れむような、馬鹿にするような視線を送ってきた。そんなものにいちいち反応していたらきりがないが。
「では……メアリー、君の情報によるとPSHRCIと裏で通じていたのはファルツ=ヴァレンシュタインという男なのかね?」
ジョージさんがそう言うと、メアリーは頷いた。
「名前は知らなかったけれど、おそらく彼らの言う“ヴァレンシュタイン”だと思います」
ファルツ=ヴァレンシュタイン――現天枢学院学長であり、特別教典局のトップ。ラグネルの上司であり、SIC内でも有力な人間だ。しかし、まさか局長が奴らと通じているとは想像すらできなかった。SICでも“上の人間”だとは思っていたが……。
「彼は事務次官たち維持派と対立している拡大派のトップでもある。事務次官を狙う理由はわかるが……」
「それにサラ、加えて地球へ行くことというのが関係あるのかどうか、が疑問になってくる」
ジョージさんの言葉に続き、ディンが言った。
ここで簡単に説明しよう。
維持派と呼ばれる派閥は、現在政権を担っている“保守党”の中の一つの派閥であり、最も勢力の大きいところでもある。言ってしまえば、現在のCNをそのまま太陽系外へともっと広めよう、というもの。そうすれば欧州やILASへ行くのにかなりの時間短縮になる。なぜ拡大するのに“維持派”と呼ばれるのかというと、“現在のCNを維持したまま”という意味のため。
対して拡大派というのは、ここ数年で勢力を伸ばしてきた派閥であり、最大野党である共和党と一部の少数政党が所属している。彼らは“現在のCNを改善してから広げるべき”という考えであり、まだその段階ではないと反発しているのだ。
その筆頭なのが、特別教典局局長・ファルツ=ヴァレンシュタイン。彼は元軍部の出身で、最年少で大将にまでなった人物。特別教典局というのは、主に天枢学院の管理・運営を行っている部署であり、軍部の下位組織に当たる。しかし、実際にはSICの最重要政策になっている“チルドレンの育成”を行っているため、その権力・発言権は各部署よりも大きく、軍部長官・ハワードも過去に局長の部下だったということもあってか、局長の方がSIC内では地位が高いのだ。ここ数年、軍部とチルドレン共同のミッションが多いのは、そういったところも関係しているのだという。ヴァレンシュタイン局長になる以前は、そういったことがほとんどなかったからだ。
「チルドレンが必要なんだとしたら、わざわざFROMS.SとPSHRCIを使ってあの子をさらう必要性はない」
と、フィーアは言った。そう、それだったら適当な命令を出して、サラを奪ってしまえばよかったのだ。大事にする必要がなかったように思う。
「……以前から、何度かロークラスを巻き込むようなミッションはあったよな。あれって、サラちゃんを参加させるためのものだったんじゃないのか?」
難しそうな表情を浮かべ、カールは言った。そう言えば、事務次官護衛のミッションもそうだった。わざわざロークラスが参加できるようなミッションレベルに指定しておいて……。
「その方が自然だからだろー」
ローランはハハハ、と笑いながら言った。
「おかしな命令でも出せば、部下たちの中で不信感が抱かれるもんだ。もし彼の部下が全員、彼の思想とか理想に賛同しているんだとしたら、こんな回りくどいことはしないだろうけどね。あたかも“PSHRCIとFROMS.Sによって行われたこと”だとした方が、好都合ってことさ」
すると、ローランは「ただ」と付け加えた。
「それにしたって、俺にはどうもそこがわざとらしく感じちゃう」
彼はソファーに深く腰を下ろし、うーんと唸りながら足を組んだ。
「わざとらしくっていうのは、どういうことですか?」
と、すかさずノイッシュが質問した。
「君たちに“SICが何かを企んでいる”と思わせているような気がしてね。どこかで気付かせるように、気付けるようにしている気がしなくもない」
するとローランは立ち上がって、座っているフィーアの後ろに移動した。
「たとえば、彼女とか」
「!!?」
いきなり、彼はフィーアの両肩を手で思いっきり掴んだ。フィーアは反射的なのか、その瞬間彼の顔面に裏拳をお見舞いしていた。
「ぶふぉっ!」
「何すんのよ、ハイテンション野郎」
下衆を見るような目で、彼女は言った。ローランは「悪い、悪い」と言いながら、笑っていた。……鼻血でも出そうな勢いなんだが、大丈夫か?
ローランは少し彼女から離れ、フィーアが座っているソファーの横に移動した。
「たしかフィーアは先日のセフィロート襲撃事件の際、ゼノたちに捕まったんだよな?」
「それがどうかしたの?」
腕を組み、フィーアは横目で彼を睨みながら言った。
「彼女が捕まることによって、今後GHの襲撃に対する危機感が増す。併せて、完全防備・警備のセフィロートに侵入されたということイコール、内通者がいるのではないかという疑心を抱かせる。なんだかよくできた話じゃないか~」
「……それはつまり、私が奴らの仲間だって言いたいの?」
紅い瞳をぎらつかせ、彼女は言った。それに対し、ローランはニッコリと微笑む。
「それもある。けど、君自身も“利用されているだけ”なのかもしれない」
「利用?」
ああ、とローランは頷く。
「君をゼノたちが向かいそうな場所――そうだな、たとえば実家付近とかかな? そこで二人とかち合うようにする、とかね」
――!
確かに、俺たちは親が住んでいるマンションの方へ向かった。フィーアがいたのは、その付近だった。こいつ……そんなこと一つも話していないのに、よくわかるな……。
「二人がフィーアを殺さずに捉えたとして、必ずSICの手引きがあったんだと思わせる。ゼノとディンの性格をきちんと把握している人物じゃないと、これは無理だとは思うけど。そうだとしたら、裏で暗躍しているのが上司――局長さんだっていうのなら納得がいくもんだけどね」
俺たちの性格を把握している……? その時、誰の姿が脳裏をよぎったのかは言うまでもない。おそらく、他の人も同じ人が思い浮かんだと思う。
「僕たちを一番知っているのは、ラグネルさんだ」
ディンはすぐさま、そう言った。考え込むようにして、床の一点を睨んでいる。
「けど、ラグネルは拡大派じゃねぇだろ?」
「ラグネルさんはそう言っていたけど、実際はどうなのかはわからない。実力者なんだ、局長がラグネルさんを懐柔していないとは到底思えない」
反論するかのように、ディンは矢継ぎ早に言った。
「彼、実際にあの場にいたからね。どういう理由があったのかは知らないけど」
フィーアの言うように、ラグネルがあの場所――中将と戦っていた場に現れたのかはわからない。しかし、俺たちを助け、カムロドゥノンにまで向かわせたことも……あいつの計画なのだろうか?
「でも拡大派が維持派の政略を止めようとするメリットって、一体なんなんだろう?」
その中で、ディアドラが首を傾げて言った。
「SICがCNを広げることによって世界を掌握しようとしているとしたら、それは権力者にとって必然の欲望みたいなもの。局長たち拡大派が、それに賛同していないってことよね? 局長たちには、もっと有益なことでもあるのかしら。CNを広げること以外に」
「権力の拡大を阻止しようとするのは、大体がそれによって不利益を被る人たちよ」
と、フィーアが言った。
「ということは、局長さんはCNを拡大することで自分の地位が脅かされる、或いは……“いい人”だと仮定すれば、本気で“単一の国家による世界の管理”を阻止しようとしているか。他の反政府組織と繋がっていることを考えれば、後者のような気がしなくもないけど」
フィーアの言うように、本当に局長はそれが狙いなのだろうか。それならば、もっと大っぴらに言を大きくした方が味方も増えそうな気もする。こんな“回りくどい方法”を取る必要がないようにも思える。
「水を差すようで悪いんだけど」
すると、この中で挙手して発現する人がいた。みんなは一斉にその方――メアリーへと顔を向けた。
「拡大派というのは、なぜ“CNの拡大”に反対しているの?」
それは素朴な疑問だった。
「なぜって……危険だからじゃないかな。CNとASA、そしてLEINEはまだ不完全なんだ。絶対に大丈夫なシステムじゃないからだとは思う。昔、実験の中で一つのコロニーが消滅してしまう事故もあったくらいだから、反対する人は多いよ」
と、それに対しノイッシュが言った。彼の意見が、世間一般で言うところの“拡大派の意見”だが、メアリーは頭を傾げ、不満げな表情を浮かべていた。
「どうも腑に落ちないわね……」
「どこら辺が?」
と、ディンが聞く。
「拡大を阻止するために、セフィロートのシステムを止め、PSHRCIの侵入を許したり、ジュピターでの市街急襲事件。“CNによる危険性があるから、それを阻むために多くの民間人が犠牲になっても仕方がない”――ヴァレンシュタインは、そう思っているのかしら?」
「…………」
大義名分のために、自国の人たちが犠牲になってしまうような事件を誘発しているのだとしたら、それでは本末転倒なのではないか。たしかに、彼女の言うことにも一理はある。
「つまり、拡大派には“別の目的”があるってこと?」
と、フィーアが尋ねた。
「ええ、そう思うわ。それに拡大派の“拡大”というのは、どういう意味? 何を指すの?」
「そう言えば……聞いたことがないな。ASAの干渉範囲を広げるっていう意味だと聞いたことはあるが」
俺は思わず、そう言ってしまった。それはおそらく、ディンたちも同じだ。その“干渉範囲”という意味がどういうことなのか、考えたこともなかった。ただ単に、ASAによるCNを広げられる範囲がもっと広げてから、という意味なのだと。
「表向きはゼノの言うとおりさ。でもその名称の本当の意味は――――」
ローランはそう言いながら、俺たちをゆっくりと見渡した。まるで、俺たちの瞳の奥をゆっくりと覗き込むかのように。
「ASAへのアクセス権限を拡大する、という意味だ」
「……ASAへのアクセス……?」
意味が分からず、俺たちは頭を傾げた。
「ローランさん、それはどういう意味ですか?」
カールは一呼吸おいて、訊ねる。
「ASAは知っているよな? ――エネルギー循環供給システム。あれは遥か太古の昔に、地球にあった物質から作られているんだ」
ローランは頷き、話を続ける。
「約2000年前、第3次世界大戦によって地球の主要国家や都市は、そのほとんどが壊滅させられ、地上は焦土と化した。俗に言う、アルマゲドンってやつだな」
「そんなことは知ってるわよ。で?」
フィーアは悪態をつき、ぎろりと彼を睨んでいた。それに対し、ローランはにこやかな笑顔で対応している。
「まあまあ、大事なのは次。知ってるかい? その時に、ある場所から“あるもの”が見つかったっていうのを」
「あるもの……? それが、ASAの基となった物質だっていうことか?」
俺の問いに、ローランは大きく頷く。
2000年前――――西暦2026年、太平洋の中心に何かが出現した。それは巨大な“都市”だったという。今まで講義などでは「大洋の中心に“何か”が出現した」としか言われていなかったため、何かはわからなかった。
「都市? 海のど真ん中にか?」
「ああ。それは当時の文明レベルを凌駕する、大陸並みに巨大な都市だったそうだ」
ローランはさっきと同じように頷きながら言った。
「後世の人々は、一部であるが……その都市をこう呼んだ。――“アベルの都”――と」
ジョージさんは、そう言った。
アベルの都――
なぜだろうか、俺はそれを聞いたことがあるような気がした。
「不思議な名称ですね。まるで、その人が作ったような……」
と、ディアドラは言う。そのおかげで、どこでこの言葉を聞いたのかを考える、ということが飛んでしまった。
「そこである物質を見つけた、考古学者がそう呼んでいたそうだ。とはいえ、2000年も前の情報だ。時を重ねてゆくうちに、そう名付けられただけなのかもしれん」
ジョージさんが言った。適当に付けた名称が、そのまま定着してしまったということはよくあることだ。しかし、どうしてかこの“アベルの都”という言葉には、何かが引っ掛かる。理由はわからないが。
「“物質”は、当時の科学では解明できないテクノロジーでできており、当時発見されつつあったエネルギー“エレメンタル”で構成されていると云われた」
俺たちが扱うエレメントは、元はそれを利用していた技術だったらしい。ロストテクノロジー……いわゆる、オーパーツというものだ。
「それを長い時間と研究を経て、ようやくエネルギーとして代用するためのシステム――ASAを完成させた。言わずもがな、かの有名なヴォルフラム=ヴィルス博士によってね」
と、なぜかローランは自慢げに言った。そんなこと、この場にいる人はみんな知ってるってのに……。
「ここがさらに重要! 実は、その物質には特殊な仕掛けが施されていたんだ!」
急に彼は大きな声で言い始めた。重要なところなんだろうが、大声で言っては元も子もない。
「本来使えるはずのエネルギーの大部分が、何らかのプログラムによって使えないように封印されていたんだよ」
「その施された封印を少しずつ解除することによって、アクセス権限が広がる――ということです。それにより、CNの範囲も安全性も上昇する。“拡大派”というのは、ここからきています」
今まで何もしゃべっていなかった、あの秘書のような子が言葉を発した。俺たちは思わず、目をパチクリさせてしまっていた。
「セシル! いいところを持っていくなよ~!」
「すみません」
セシルと呼ばれた彼女は、メガネをクイっと動かした。
「そのアクセス権限が広がれば、エネルギーの供給がさらにできるようになる――ということか?」
「そのとおり!」
「…………」
俺の方に振り向き、指を一直線に俺に指すローラン。それがしたかったのだろうと思えてしまう行動だ……。
「ASAの核となる物質が発見された地球へ行けば、アクセス権限を増やすことができるのだろうと考えたのだろう。おそらく、アベルの都にその秘密がある――と」
ジョージさんは、神妙な面持ちでそう言った。
その“アベルの都”に何かがある――それは、SICがエレメントによる防壁を使って“特別宙域”にしていることを考えれば、あながち間違ってはいないだろう。
チャールズは、そこに行こうとしている。PSHRCIもそれに協力しており、それはつまり局長もそれを望んでいるということ。
――ならば、なぜこんな回りくどいことをするのか。それには、何らかの理由があるとしか思えないのだ。
これにはもっと、何か大きなことが隠れている?
サラをさらう理由……防壁を打ち破るために必要な、チルドレン? ……サラが?
「そのアクセス権限を広げれば、エネルギーをもっと使えるようになる。それが結局は、CNを安定させることにも繋がるっていうことだよな?」
と、カールが言った。
「聞いてみれば、その方が安全な方法っていうのは誰もがわかる。それでCNのリスクが減るなら、誰だって賛同すると思う。維持派の人たちだって、それくらいはわかるはず。なのに、それを阻むために地球へ行けられないようにしたりしている。まるでASAのアクセス権限を、広げたくないみたいじゃないか」
維持派にとってみれば、ASAのアクセス権限拡大を行うことができれば、よりCNの範囲も広がるためデメリットはあまりないように思える。
「その考えは妥当だろうね。おそらく、SICには別の思惑があると踏んだほうがいい」
ローランはそう言って、大きく頷いていた。俺たちの想定内の範疇であると思っていると、痛い目を見るということだ。いつだって、真実は予想よりも複雑で、残酷なものなのだ。SICの狙いは、もっと別の所にあるのかもしれない。
「さて、これからどうするか――ということだが」
ジョージさんがそう言うと、部屋の隅に立っていたセシルという秘書が何やら資料を俺たちに配り始めた。
「これは……コロニーの建造計画、ですか?」
その資料を見て、ディンは言った。たしかに、表題には「商業施設コロニー建設計画」と書かれている。
「ああ。これはSICの野党――特に、拡大派の連中が中心となって行っている建造計画なんだがね。おそらく、ヴァレンシュタインの指揮で行われているものだ」
内容を見ていると、小規模なコロニーの建造計画のようだ。とは言っても、既にあるコロニーに付随する形の、衛星として作らているみたいだ。
着工はSD990……ちょうど今年になって完成した、となっている。しかし、こんなコロニーが作られていたなんて、初めて聞いたけどな。太陽系の最も外れ、冥王星の軌道上に作られている。あそこは太陽系外とこちら側とを結ぶ、いわば関所的な役割を担ったコロニーや流通施設などが多く点在しており、人も賑やかな場所だと聞く。俺たちチルドレンは、まだ行ったことはないはず。
「このコロニー、どうやらただの商業関連のコロニーではないようでね」
ジョージさんは資料を一枚めくり、俺たちにもそうするよう促した。
「……高度特殊開発機構及び、重力研究機関の設置……?」
これは、何らかの研究施設が設置されている――ということだろうか。
「商業施設だと嘘の報告書を出して、研究施設のためのコロニーを作っている。もちろん商業関係のものもあるんだろうが、それはダミーとして置いているだけだろう」
と、ジョージさんは言う。
「しかし、何より問題なのは――――」
「重力研究機関の設置、というところ?」
ジョージさんの言葉に割り込むように、フィーアが言葉を発した。それに対し、ジョージさんは正解といわんばかりに何度もうなずいた。
「そう。ただの“研究施設のあるコロニー”ではない。おそらく、かなり重要なものを研究、或いは開発しているところだと私は踏んでいる」
「現に拡大派が主導で、維持派の影響力が少ない冥王星軌道上コロニー群でしているからね。あそこ選出の評議員は拡大派だし」
なぜか得意げな表情を浮かべて、ローランが言った。
「……ここがどうかしたんですか?」
俺は何が関係しているのかあまりわからず、そう訊ねた。
「最近、ここに怪しい船が入ったっていう情報が入ってね。それも、どの国家にも属さない民間団体のもので。次のページ、見てみな」
ローランに促され、俺はページをめくった。そこには一枚の写真が写っていた。そのコロニーと思われる灰色の球体に向かう、一隻の黒い宇宙船の姿。それを見て、俺はハッとした。
「これ、まさかFROMS.Sの……!?」
顔を上げてローランに視線を向けると、彼は頷く。そう、ここに載っている宇宙船は、サラを連れ去ったチャールズたちが消えたのと同時に宇宙へと消えた、あのアンノウンのコロニーのものだ!
「これはつい数日前、撮影されたものだ。宇宙船の登録ナンバーを調べたところ、架空のNPO法人所属のものになっていた。入管の許可を下ろしたのは軍部――ヴァレンシュタインの根回しによるものと考えた方がいいかもしれん」
「じゃあ、チャールズたちはここに行ったっていうことですか?」
「うむ、そう見て間違いないだろう」
はっきりと、ジョージさんは断言した。まさか、こんなところに向かっているとは……。軍部がこれを知っていたんだとしたら、きちんと探そうとしないのにも納得がいく。ゴンドウ中将も、ハワード軍部長官もグルだったと考えた方がいいだろうな……。
「私たちは3日後、このコロニーの本星にあたる“プルートβ0244”に向かうことになっている。そこの支部へ向かう用事があるんでね」
それは「同行しないか」というものだった。これはある意味、またとないチャンスだと。本来であれば、CNによるワープ航法を使う際にはそれなりの手続きと時間が必要なのだが、今回は本当に“たまたま向かう予定と重なっていた”ということが幸いした。
「情報によると、現地からそのコロニーへは定期船で往来できるようになっているようです。どうやらプルートの住民が研究に駆り出されているようですね」
と、セシルは言った。彼女曰く、プルートコロニー群は軍部関連の施設も多いらしく、元から研究者というのは大勢いるのだとか。
「……わかりました、同行させてください。みんなも、それでいいか?」
俺はディンたちに目をやった。正直、この情報に頼るしかない。おそらく――いや、十中八九このコロニーにサラがいるのだとは思う。そう思っているのは俺だけでなく、みんなもそうだろう。
みんなはほぼ同時に、頷いて見せた。――――ただ一人、フィーアを除いては。
「よし、それでは3日後、午前9時にここを出発する。各自、準備はしておいてくれ。セシル、彼らへ内容についての資料を作成しておいてくれ」
「畏まりました」
ジョージさんの言葉に、セシルはぺこりと頭を下げた。
この日は解散ということになり、各々自由に過ごしことになった。とは言っても、俺たちは騒ぎを起こしてしまったため外に出ることはできず、いわゆる軟禁状態のためほとんど部屋で過ごすことになっている。最も安全ではあると思うが、軍部が躍起になって俺たちを探しているとも限らない。ここが巻き込まれるようなことがなければいいのだが。
応接室から出て、俺は一先ず着替えでもしようかと部屋へと向かった。他のみんなは先に昼食をとるとのこと。
部屋に戻り、用意されていた服に着替える。ローラン曰く、「SICに狙われる身になったんだから、チルドレンの制服はやめて普通の恰好をしろ」とのこと。たしかに、俺たちはもう「SIC」の人間ではないのだ。脱いだ白い制服を見つめながら、これがチルドレンとしての証明であると――俺は思った。これを着ないのであれば、俺はもうチルドレンじゃない。もちろん、他人よりも変な能力があるが。
――変ってことは、特別ってことだと思うな――
ふと、あの時の少女の言葉を思い出した。たしか、グレース……だったかな。
“異質”ではなく、“特別”であると考えたあの少女は、俺よりも遥かに前向きで、建設的な考え方をしていた。深く考えてはいないだろうが、それでも俺にとってはそう考えることがとても難儀なものだと感じた。それは俺だけでなく、おそらくあらゆるチルドレンにとってもそうだろう。
――なんだか素敵じゃない――
神様から与えられた特別な力。それで大切な人を守れ、か……。
俺は自分の掌を見つめた。ごつごつとしていて、自分でも大きな手だと思う。本当はもっと傷跡とかがあるはずなんだが、異常なまでに高い自然治癒能力のせいか、そういったものはあまり残っていない。
俺はこの手で、誰を守れるのだろうか。どれくらいの人を、守ってきたのだろうか。いや、本当に守ってきたのか? 大切な人を――たった一人でも。
――ゼノ、逃げて――
――ごめんね……いつも、足を引っ張って――
雨の音がする。雨なんて降っていないのに。あの時の映像が、脳裏をかすめる。俺は思わず、顔を歪ませて目を瞑った。目を瞑ると、焼きついたあの光景が真っ暗な世界の中に浮かび上がってくる。
あの声が、あの血が、何度も俺を後悔させる。どうして、目の前で守ることができなかったのかと。なぜ、俺が“守られたのか”と。
――サラちゃんを護ってあげてね――
「どうしたんだ、上半身裸で」
俺はハッとして、驚いた表情を浮かべたまま後ろへ振り向いた。
「ディンか、びっくりさせんなよ」
「一応ノックはしたんだけどなぁ」
と、彼は苦笑しながら言った。
「体調は大丈夫か? さっき、頭を抱えていたけど」
ディンは俺の横を歩いて、俺と同じように着替えを始めた。着慣れた白い制服を脱いで、俺とは違ってきれいにそれを畳みながら。
「今は大丈夫。頭痛なんて、そんなにあるもんじゃねぇよ」
「それだといいんだけど。最近、ボーっとすることが多いしさ、ちょっと心配なんだよ」
たしかに、急に意識が少し遠のくというか……変な声が頭の中で囁いてくると、他の音が遥か彼方に行ってしまうような、不思議な感覚に陥る。今回は、それが頭痛に変わったのだが。
「よく言うぜ。心配してる素振りなんか見せないくせに」
「ハハハ、そりゃ辛辣だね」
彼はそう言いながら、新しい服に着替えていた。ディンに用意されていた服は、ジャケットにジーンズというオーソドックスなものだった。ちなみに、用意してくれたのはセシル。
「それにしても、事が大きくなったね」
着替えを終えたディンはベッドに座り、ため息を漏らした。
「FROMS.SだけでなくPSHRCI、そして僕たちのSIC……。なんだか、歴史に残りそうな大事件の始まりのような予感はするよね」
ハハハと、自嘲するかのように彼は笑う。
「俺たちだけで対処できるかといったら、普通に考えりゃそうじゃないんだよな。相手はSICも手をこまねいている反政府組織に、軍部に影響力の強いヴァレンシュタイン局長だからな」
俺は上の服を着ないまま、ディンの座っているベッドの向かいのベッドに腰を下ろした。
「たしかにね。……でも、だからといって逃げるわけにはいかない」
「……ああ」
俺は、小さく頷いた。ディンはゆっくりと天井を見上げていた。
「あの時、約束したんだもんな。ラケルと」
ゆっくりと目を瞑り、ディンは彼女の名を口にした。彼がラケルの名を呼ぶのは、とても久しぶりなような気がする。
「……そうだな」
俺は不思議と、小さく微笑んでいた。彼女がいなくなってから2年ほどしか経っていないのに、どうしてか長い時間が経ったような感覚がある。それでいて、あの頃の日々は簡単に思い出せるほど、俺たちの心の隣に寄り添っている。
「なぁ、ディン」
俺はベッドに大の字になって、仰向けに寝転がった。ディンは「うん?」とだけ声を発して、俺の方には振り向きはしなかった。
「俺さ、夢を見たんだ。ラケルの」
「――そっか」
どことなく、ディンはさっきよりも声が小さくなったような気がした。
「ラケル、なんて言ってた?」
俺が“そう思ってしまった”ことに気が付いたのか、彼はすぐさま問いかけてきた。
「エレメントはまだまだだねってさ」
「ハハハ、ラケルらしいね。彼女、僕たちより圧倒的に上手だったからなぁ」
ディンは笑いながらそう言って、俺と同じようにベッドに倒れこんだ。
「自分の方が弱いくせに、よく言ってたもんだぜ。あいつ、実技訓練で俺たちに勝ったことあったか?」
「うーん、負けたことはないなぁ。でもさ、なぜかラケルには“勝てなかった”ってイメージがあるんだよね」
どうしてかな、とディンは小さく笑いながら言った。それについては、俺も同意できるものだった。エレメントの訓練以外では負けなしだったのに、なぜか彼女の方が俺たちの“上”に立っているような気がした。いや、“敵わない”というイメージの方が近いのかもしれない。
俺たちは幼いながらにも、やはり他人のそれと同じようにたくさんの傷を背負って生きていて、ふとした瞬間にそれらは当時の淡く、優しい思い出を浮かび上がらせる。他愛のない日常の会話の一部分であるとか、訓練中でのやりとりであったりとか。当時は些細な――いや、今だってこうしてディンと話していることとか、他の仲間たちと談笑したりする時間に関しても同じことなのだが――事象でしかないとしても、時が流れた向こう側で振り向いてみれば、それらは俺たち自身を形作る大切な指針になっているのだと気付く。それは時に、痛みも伴うけれど。
雨が降る。灰色の空から溢れる水の雫が、俺たちに――大地に降り注ぐ。冷たくなっていく彼女の手を握りながら、それを阻止しようと必死に考えていた。
「約束して……。サラちゃんを、護ってあげてね……」
どうして、今そんなことを言うんだろうと――2年前の俺は思う。ディンも同じように思っていたに違いない。
遠いあの日に、俺たちは約束を交わした。
サラを必ず護ると。
ディンは天井を見上げながら、いつかのように――ゆっくりと、優しく吐息を漏らした。
僕たちは、あれからまだ2年の月日しか経ていない。でも、それでも、僕たちは少しだけでも強くなれたんだと思う。大切な誰かを、大切な人を、自分の力で護るために。
――人ひとり守れない奴が、世界なんて変えられない――
父さんはよく、そんなことを言っていたなと思った。僕の考えなんて、理想論だと鼻で笑って。
でも、僕は約束したんだ。彼女と。
遠いあの日に……僕たちは、約束を交わした。
あの頃の日々を、彼女の声や表情、その全てを力に変えて。
約束を、守るんだ。絶対に。
「準備はどれほど進んだのだ?」
異空間――青黒い、光さえない空間。闇夜の静寂さに沈む、統治者たちの世界。
「ほとんど完了している。あとはティファレトの到着を待つのみ、といったところか」
その空間に、黒衣を纏った男性が光とともに現れた。
「結局はあやつに任せるということか?」
老人の声が響くと、男――イシュマエルは頷く。
「それでも十分だとは思うが。同調が始まれば、あの場から退避せざるを得んだろう。あの場所においては位相変換が起き、おそらくだが彼の地にシフトされる」
「もろとも消す――のか?」
「無論」
再び、イシュマエルは頷く。
「そうでなければならぬ。絶対なる破壊者――この際に消してしまえばよい」
「オメガの力、消し去れるならば消しておかなければ災いとなろう」
同調するかのように、他の老人の声が轟く。山びこのように、静かにその声は反響していた。
「万が一、その際に生き延びるようなことがあれば……」
「その場合の対処は既にできている。心配するな」
老人たちの危惧に対し、イシュマエルは即座に言を返した。
「しかし、それよりも重要なのは成功するか否か」
「此度の作戦……あれでも奴は“ホド”を有する身。放し飼いにするには、些か危険だったのではないか?」
「何を恐れている。リンドの“ネツァク”があれば、奴などただの赤ん坊にすぎん。奴もそれは十分承知しているはず。この期に及んで、離反することはないと思うが」
ふん、とイシュマエルは笑った。この老人どもは、なぜこうにも疑心暗鬼なのだ。全ては予定調和の中に在るということが、未だにわかっていない。
「リンド? あ奴は所詮、不完全なコピー体に過ぎんぞ」
「博士の方からも“不安定”だという報告が上がっている。信用するには、危険だ」
老人たちの言葉は、どこか早く処分しろ――と言われているかのように、イシュマエルは感じた。それに対し、彼は思わずため息を漏らす。
「やれやれ……“あの時”、奴を取り逃がしたのがこのような結果だろう。それを招いたのは、他ならぬ貴様らだ」
紅蓮の双眸を、何もない空間に向ける。そこの“意識たち”に向けて。
「既にあの力を持つエイブラムに対抗できるのは、同存在だけだ。それとも、今の貴様らで“どうにかできる相手”だと思っているのか? 貴様らの尻拭いをするのは、誰だと思っている」
「…………」
「返す言葉はない、か。――ならば無為に口を挟むな。計画を俺に一任した以上、横やりを入れるような真似は控えていただこう。これは現実世界での――」
「止めなさい、イシュマエル」
若い女性の声が響く。それは凛としていて、且つ威厳に満ちた不思議な声だった。その瞬間、イシュマエルはマントを翻し、跪き、頭を垂れた。
「――申し訳ありません」
「我らはそなたたちに任せはしたが、決定を下すのはこちらだ。身の程をわきまえよ」
その声は若い女性であるのに、この場にある“意識”の中で最も威圧感や畏敬を与える力を携えていた。凡そ、女性が発する声の気質とは違うものがあった。
「これは失礼いたしました。何分、正直な性格なもので」
「適当なことを……。そなたは此度の計画を忠実に、確実に遂行せよ。それが我らが与えた“責務”だ。よいな?」
「畏まりました。では、これにて」
そして、イシュマエルは光とともにこの空間から消えた。すると、その場の老人たちの“意識”たちは、ふん、と小馬鹿にするようにしていた。
「イシュマエルめ、我らを見下しおって……」
「イツァークと違い、奴は戦士。我らの持つ力では到底敵わないということ、奴自身が理解しているのだ。思いあがるのも無理はなかろう」
口惜しや――と付け加え、老人たちは妬みにも似た言葉を漏らした。
「私がいる限り、我々を倒すことはできぬ。いざとなれば、直々に手を下すまで。仮に失ったところで、私が解放すればよいだけのこと」
「たしかに、そなたがいれば今はまだ大丈夫であろうな。しかし、肉体は持つまい」
「左様。我らと同じようにした方がよい。“崩壊の時”まで、我らは存在し続けねばならないのだから」
「…………あともう少しであろう。気に留めることでもない」
女性の声はそう言って、スゥッと消えて行った。意識自体が、この異空間から消えたのだ。
ここは異空間。
全てを統べる“統治者”たちの存在する場。
人間を見張るものたちが、己の世界を築くための――