25章:カムロドゥノン
「いやぁ、可愛い子が多くて俺、テンション上がって来たよ!」
「…………」
うちの女性陣を見てハイテンションになる“こいつ”。ハッハッハと大口で笑いながら、俺たちに施設の案内を続けた。
「ここが客室の階層で、奥には大きいレストランがある。もちろん、ここにいる限り無料で食い放題。とは言っても、豪華な料理は別料金いただくようになってるから、あんまり調子に乗らんことだ」
「無料って……いいんですか?」
ディンは苦笑しながら、そいつに言った。すると、奴は再び二カッと笑ってディンの肩をバンバン叩き始めた。
「当たり前じゃないかー! SICに一泡吹かせようって魂胆なんだろ? “支援する”ってことは、そういうことだ!」
廊下に響かんばかりの大声で、そういうことを言わんでほしいのだが……。やれやれ、なんだか面倒くさそうな人間と知り合ってしまったもんだ。これから、変な意味で困難が付きまとってきそうで怖いのだが。
ふとフィーアと目が合い、俺と同じように「やれやれ」とした表情でため息を漏らしていた。
彼の名は「ローラン」。
カムロドゥノンに所属する青年だ。
25章
――カムロドゥノン――
俺たちはラグネルの言葉を信じ、カムロドゥノンの扉を叩いた。ここの本部は欧州連合内のコロニーにあり、セフィロートには支部が置かれている。とは言っても、SICの中心地であるセフィロートにあるということは、ある意味で本部よりも巨大であるともいえる。支部自体はセフィロート中心街から離れており、カールが手配してくれていたタクシーで約30分もかかる場所にある。支部に来るのは久しぶりで、サラはここの孤児院で育ったため、何度か家族で来ることはあったのだ。それでも数年ぶりになるとは思うが。
カムロドゥノン・セフィロート支部はかなり巨大な建物で、FGI本社と比べても遜色ないほどである。あちらは高層ビルだが、こちらは広大な敷地を保有しており、“縦”よりも“横”に広いといった方が正しいのかもしれない。敷地内に孤児院はもちろん、養護施設だとかそういったものが多く点在しており、他国に置いてある支部よりも慈善事業施設が豊富であることが特徴的である。また、宇宙開発の中心地であるセフィロートの支部であるため、他国とSICとの仲介者としての役割も担っている。
元々SICは西暦時代の国連が基となっており、初期の頃は世界の仲介者として活動していたのだが、太陽系において直轄領域を広げて独立色を高めていき、最終的に“国家”と様変わりしてしまった。そのため“国連”としての役割をほとんど放棄してしまっている状態で、それをいくらか負担しているのが世界最大の財団法人「カムロドゥノン」なのだ。
「私がセフィロート支部局長、ジョージ=ギルバートだ」
待合室で出迎えてくれた支部局長は、椅子から立ち上がって握手をしてきた。こんなにも簡単にこの支部のトップと会えるとは思えず、俺たちは少し戸惑っていた。
「驚くのも無理はない。しかし、既に“情報”は入って来ていたのだよ」
そんな俺たちの様子を見てか、支部局長はニコッと笑った。
「情報というのは?」
俺がそう訊ねると、彼は小さく頷いた。
「旧知の友から――と言った方がいいのかもな。軍部にてトラブルがあったと聞いてね。それも“SIC”の人間が起こしたことだと。そうなると頼れるのはここ、カムロドゥノンだけだ」
いったい誰が……と思ったが、すぐに想像できた。たぶんラグネルなんだろうと。その時、支部局長は目の前にいる俺から視線を逸らし、後ろの方へと向けた。
「君が――メアリーだね?」
支部局長は彼女の名を言って、メアリーの方へと歩み寄った。
「私を知っているの?」
メアリーは疑心を抱いたままの瞳で、訊ね返した。
「ああ。君の父上、ジェームズとは古くからの友人でな。私も欧州議員として活動していたから、一緒に仕事をしていたのだよ」
「父さんと……?」
そう言えば、ジェームズ=カスティオンはFROMS.Sを設立する以前は欧州連合政府の議員として活動していたと聞く。
「君たちが軍部に潜入したのは、彼女から情報を仕入れるためだろう?」
再び、支部局長は俺の方へと顔を向けた。俺はそれに対し、大きく頷く。
「FROMS.Sは先日のミッションが行われることを知っていた可能性が高いです。あの作戦の内容を、彼女は把握していたと思われます」
俺はそう言って、メアリーの方へと体を向けた。彼女には手のみ、拘束具を付けている。彼女と視線が合った瞬間、鋭く睨まれた。
「メアリー、どうしてあのミッションの内容を知っていた? お前たちがしようとしていたのはなんだ? ……もちろん、お前が“知る範囲”でいい」
「…………」
兄のチャールズから知らされていない部分は多いにあるだろう。しかし、それでもメアリーが握っている情報だけが、今の状況を打破するものなのかもしれないのだ。彼女は俺を睨んだまま、口を閉ざしていた。
「頼む、サラを救い出したいんだ。君だってあのことだけは、何も知らされていないんだろ?」
ディンが彼女に詰め寄り、言った。
「……私は彼――ゼノに父さんを殺された。だから復讐をしたい。私の目的はそれ」
口を開いた彼女は、強い口調でそう言った。しかし、その後少しだけ顔を俯かせて、小さく顔を振った。
「でも兄さんには、別の目的があった。組織としての目的――というよりも、それが一番だったと思う。復讐なんてこと、興味がないらしかったから」
「別の目的って?」
と、フィーアが尋ねた。するとメアリーは顔を上げて前を見つめた。
「地球へ行くこと」
「……なんでまた、あそこに? 地球は特別宙域として指定されているから、入ることなんてできないと思うけど」
ディアドラはそう言って、頭をかしげた。
「そう、SICが指定特別宙域だとしているために、入ることのできない“唯一の惑星”が地球。兄さんはあそこに“パンドラの匣”があるって睨んでる」
パンドラの匣――彼女の父・ジェームズが持っていた“何かしらの情報”とやらのこと。SICだけでなく、世界中を震撼させるような、大きなものだという。
「そのパンドラの匣っていうのは、地球に行けばわかるのか?」
俺の質問に、彼女は「わからない」と即答した。
「でもSICが入れないようにしている“あの惑星”に何かがあるのは、間違いないことだと思う。兄さんは地球へ行くための道を探していたのは確か。そのために、“装置”が必要だとも言っていた。……おそらく、それがあの子だったんだと思うわ」
サラのことか――!?
「どういうことだ? どうして地球に行くのに、サラが必要なんだよ」
俺は思わず、口早に質問した。
「……私にもわからないわよ。てっきり、あなたたちだと思っていたから」
メアリーはそう言って、俺とディンに対し交互に視線を向けた。
「ゼノ=エメルド、SSSクラス――1280。天枢学院始まって以来、最高のCG値を持つ人間。それに次いで高いのが、ディン=W=ロヴェリア――1211」
俺たちのCG値を言い当て、彼女はほくそ笑んだ。それは驚いた表情をした俺とディンを見てのことだ。
「それだけのCG値を持つチルドレンが生まれたのは、凡そ50年ぶり。1200代なんて、父さんの話だと“初期のチルドレンで生まれた人間一人だけ”らしいわ」
そんな話こそ、俺たちは初めて聞いた。確かに、かなりの高数値だと言われ続けていたが……。
「地球へは行くことができない。それを知っているのは、ごく一部の人だけが知っている情報のはず。なぜ、君が知っているのだね?」
支部局長は、割って入るようにして言った。
「行くことができないって、どういうことです?」
と、カールが質問を投げ返す。
「特別宙域に指定されているから、SICの許可を得ないと入ることができない。それは第3次世界大戦の影響で、環境汚染が進んでいるためだと聞いていますが」
カールの言うように、俺たちはそのように教えられている。第3次世界大戦では大量の破壊兵器が使われ、地殻変動が起き多くの地表が海に沈んだと聞く。特別な人たち――それは富豪や政財界のトップたちなど――だけが、多額の資金をSICに援助することによって、ようやく許可が得られるという。俺の身近な人で、地球に行ったことのある人はいない。月にあるコロニー群「ルナ」から地球を見たことはあるが。
「それもある。しかし、普通ではあそこには行けられないのだよ」
「……それは、どういう意味ですか?」
ディンがそう訊ねると、支部局長は小さく頷いた。
「あそこは外部の侵入を入れさせないために、特殊な防壁が張られている。おそらく、エレメントを利用しているものだとは思うがね」
いわゆる“見えない壁”なのだそうだ。侵入者を絶対に入れないために。そもそも、そんなことが可能なのか? エレメントとはいえ、惑星一個まるごとを隠してしまうほどの防壁とやらを。
「待ってください。どうして、そんなことをしているんですか? する理由が見当たらないんですが……」
戸惑いながら、ディンは質問を続ける。
「それは我々もわからない。これは各国との取り決めにより、600年以上昔に定められたものだ。各国の政府関係者でなければ、知ることのできない情報だがね。……そうか、ジェームズが教えていたのか。あれほど子供を巻き込むわけにはいかないと言っていたのに……」
そう言いながら、事務局長はため息を吐いた。
「どうして地球を“隠す”のかがわからないのよ。あそこには、SICの秘密……父さんを殺そうとしていた“本当の理由”があるはず」
メアリーはまるでそれだけを信じるかのように、眉間にしわを寄せて険しい表情で言った。
「……SICが施したその防壁を打ち破り、地球内への道を開くためには、強力なエレメントが必要だと――兄は仮定したわ」
「それがゼノたち、SSSクラスのチルドレンだと思っていたわけね」
唐突に、フィーアは言を発した。彼女はいつの間にか室内の壁に寄りかかり、腕を組んでいた。
「その防壁とやらを突破するのに、どうしてエレメントなの? それも、チルドレンの。もっと他にやりようがあるんじゃない? あなただって多少のエレメントは扱えるわけだし」
彼女の言うように、メアリーは封呪式のエレメントを扱っていた。おそらく、フィーアのように訓練によってその能力を開花させたのだろう。
「私たち普通の人種と、チルドレンは違う。うまく言えないけれど、チルドレンが持つ力の奥底には……もっと別の“何か”がある。SICがチルドレンを育てるのも、そこに理由があると思うわ。父さんも昔からあなたたちのことを調べていたから」
「……違う、ねぇ……」
フィーアは呟くように、ぶつぶつ何かを言っていた。
「兄さんは世界の秘密を知るために、地球へ行こうとした。父さんもそうだったから。……だから、PSHRCIと協力してあなたたちをおびき出そうとしたわ。PSHRCIにはSICの内部の人間と繋がっているから、そこから情報を得てね。あの“塔”みたいなものは、宇宙船。戦艦みたいなものだけれど」
やっぱり、内通者がいたのか……。大方、そのあたりは予想通りではあった。
「そのSICの内通者、君は知っているのか?」
と、ディンが尋ねる。そこはある意味、最も重要なことではある。メアリーは顔を上げて、ディンの方に目をやった。
「ええ。私も会ったことはあるから」
メアリーはこくりと、大きく頷いた。
「たしか……ヴァレンシュタイン、という人だったと思う。本名かどうか知らないけれど。兄がそう呼んでいたわ」
その場に、衝撃が走る。いや、フィーアのみが頭をかしげていた。彼女以外は、その人間のことを絶対に知っているからだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。……本当に、局長なのか?」
ノイッシュは信じられず、問うかのように言った。
「ストーップ! 誰よ、そのヴァレンシュタインってのは?」
大きい声を発し、驚嘆している俺たちをよそ目にフィーアは仁王立ちしていた。まるで「私だけが知らないなんてムカつく」とでも言わんばかりに。
その時、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「帰ってきましたぜ、ジョージさーん!!」
藍色の服装の男性が、笑顔で入ってきた。突然の来訪に、俺たちは再び当惑して固まってしまったのは言うまでもない。
「お、おぉ、ローランか。もう戻って来たのか」
「おうよ、俺ってば仕事早いだろー!」
なんなんだこのテンションの高い男は……。藍色のジャケットを羽織っており、爽やかな茶色の短髪の青年。年齢は、俺よりも若干上といったところか。
「てか来客中だったのか? これはこれは、お忙しいところどうもすみませんねー!」
俺たちを見渡しながら、彼はハッハッハと笑う。
「あの、支部局長。これ、今回の」
すると、そそくさと入ってきた別の女性。メガネをかけたポニーテールで、秘書のような恰好をしている。彼女から手渡された資料を見ながら、支部局長は「うーん」と唸り始めた。
「……みなさん、悪いが話は後程でも構わんかね? それまで、うちでゆっくりしておいてほしい」
どうやら、彼女の資料に目を通し、優先事項ができてしまったのかもしれない。
「ですが……」
ノイッシュが言いかけると、支部局長は「大丈夫」と言って制止した。
「時間はまだある。SICにここへ立ち入ることはできんから、安心して滞在してくれ。それと、ローラン」
「はいはい、なんでございましょ?」
元気よく返事をした彼は、ニコニコとしながら挙手をした。
「彼らに施設の案内をしてあげてくれ。また後で、“これ”の報告も頼む」
「了解っす!」
と、彼は敬礼のように手を挙げた。それを見て、支部局長は先ほどの女性とともに出て行った。
「……というわけで、なんかわけもわからず案内役を任せられました!」
ドアが閉まるのと同時に、彼は俺たちに顔を向けてとびっきりの笑顔を作った。まるで子供のような笑顔で眩しく感じる……。
「ローラン=アルタイルと申します! 22歳男性、独身!」
腰に手を当て、元気よく自己紹介をしだす彼――ローラン。俺たちとのテンションの高さの違いがありすぎて、既についていけれないところがあるのだが。しかも、こいつが出てきたせいで話が中断してしまったんだし……。てか独身とかの情いらねぇよ。
すると、突然フィーアが彼の方へと歩き始め……
「うげっ」
フィーアは彼の首根っこを捕まえたのだ。あの女、初対面の人間になんちゅーことを……。しかし、それを止めようとしない俺も彼にイラついていた人間の一人ではある。
「あんた、その異常なまでに高いテンションどうにかしないと、その能天気な頭に風穴開けるわよ?」
唯一ヴァレンシュタインが誰なのかもわからず、それをこんな形で止められたのだ。意外にイラついているようだ。
「お、おいおい御嬢さん、そんな怖い顔したらだーめ」
「……ムカつくわね、その話し方」
苦しそうな表情を浮かべながらも、彼は笑顔を消さない。いや、ある意味感心してしまう。
「ゼノ、止めないと……」
と、ディンが言ってきた。
「そう言うんなら、お前が止めろよ」
「いや、そうなんだけど……ね」
苦笑いをするディン。お前もお前だぜ……。
そんなわけで、俺たちは彼に支部内の案内をしてもらっている最中なのだ。話したいことはたくさんあったのだが、支部局長も忙しい身のようで、俺たちの話にばかり時間を割けていられないのだ。それはそれで、しょうがないことではあるが。
「基本的にはこっちの客室が、君たちが利用できる部屋になってる。全室冷暖房などなど、オプションは完備してるから何日、いや何年でも宿泊できるぜ!」
「いや、何年も宿泊しねぇよ」
俺は思わず、突っ込みを入れてしまった。
「そんなつれないことを言うなよ、青年!」
「…………」
どういう意味だ、わけわからんぞ……。すると、彼は一人で手を叩き、何かを閃いたかのように目を見開いた。
「俺さ、まだ君たちの名前聞いてなかった! 悪いけど、教えてくれないか?」
そう言えば、まだ言ってなかったっけ。ディンと顔を見合わせ、とりあえず頷く。
「俺はゼノ=エメルド」
「ゼノか! 目つき悪いな!」
「…………」
笑顔で言ってくるあたり、ムカつく野郎だ。そんな即答で言うんじゃねぇよ……。
「ディン=ロヴェリアです。よろしくお願いします、ローランさん」
「なんだか爽やかイケメンって感じだねぇ! 俺はいけ好かねぇぜ!」
「えっ」
いけ好かねぇのかよ! 満天の笑顔で、そんなことを言われるディンが不憫だった。てかこいつ、言ってることとやってることが正反対じゃねぇか。
「えっと、ノイッシュ=ガラントです。初めまして」
「おお、君も優等生って雰囲気だな! そのメガネ、伊達?」
そう言って、彼はノイッシュのメガネになぜか指を二本立てての目潰しをしようとした。
「ディアドラ=アームリスカです」
それを止めようと、ノイッシュの前にずいと出て阻むディアドラ。その瞬間、彼の顔がぱあっと弾けるかのように明るくなった。いや、それ以前に明るいのだが、より明るくなったのだ。
「おお! 君、何歳?」
「え?」
急に興味を示したのか、彼は目をキラキラさせながら彼女に訊ねた。ディアドラは急なもんで、目をパチクリさせている。なんか嫌な予感がするのは俺だけだろうか。
「じゅ、18歳ですけど……」
「いやー、初々しいなぁ! それにしても君、でっかいな!」
「!!!」
その言葉の意味を、容易に理解できる。しかし、それを言っていいのは、仲の良い女性くらいだろう。男が言ったらただのセクハラでしかない。
バチン。
予想通りの結果、と言えるだろう。ディアドラは顔を真っ赤にして、彼の頬にビンタをお見舞いした。
「……カール=ベイントレーです」
呆れた表情で、カールは言った。
「カールか! 普通すぎでつまらんな!」
「………ディアドラ、もう一発やっておいてくれないかな?」
「え?」
それはもう一回ビンタしろ、ということなのだろう。カールの気持ちはよくわかる。
「フィーア」
ぶすっとした表情で、名前だけ言うフィーア。嫌なら名前言わなけりゃいいのにと思うが、それはそれで絡んできてうざったいだろうな……。
「え!? 全然聞こえないぜ嬢ちゃん!」
ローランは耳に手を当て、もう一度プリーズみたいな表情で催促してきた。そんなことをすれば、また痛い目に合うとしか思えんのだが。
すると、フィーアはローランの耳を引っ張り、大きく息を吸い込んだ。
「フィーア=エディバーラ!! わかったかこのハイテンション男がぁぁあ!!」
部屋中に響き渡るほどの大声が、彼の鼓膜を突き抜ける。頭がキーンとしているのか、ローランは思わずうなだれて頭を抱えてしまっていた。
「お前、やりすぎなんだよ……」
「うっさいわね。こういう無駄に元気な奴、嫌いなんだよ」
ふん、と突っぱねて彼女は言った。そういうのは、心の内に秘めておくもんなんだと思うんだが。
「で、では最後に君……頼むぜ」
弱りながらも、彼は立ち上がってメアリーに向かった。
「私は彼らとは仲間じゃない。そこは履き違えないで」
彼女はため息を混じらせ、そう言った。彼に限らず、俺たちとは馴れ馴れしくするつもりはない――という意思表示にも見えた。改めて、というように。
「ハハハ、なるほどなぁ。でも、たった一人でどうにかできるような相手でもないと思うぜ? ましてや君みたいなお嬢ちゃんが」
ローランは愉快そうに笑っていた。その言葉はどこか、彼女を馬鹿にしているようにも感じる。おそらく、メアリーは俺よりもそれを大きく感じていて、彼を睨んでいるのだ。それに気付いてか、彼は再び笑い始めた。
「人間一人なんて、ちっぽけなもんさ。だけどな、固まってやればどうにかできることは増えるもんなんだよ。敵だろうがなんだろうが、利用できるもんは利用するくらいの図太さがなければ、君が倒そうとしている相手にひっかき傷一つ付けることできねぇぜ?」
それは恨んでいる相手であっても――ということなのだろうか。彼はメアリーの親の仇が、俺であるということを知らないはず。でも、遠回しにそう言っているようにも感じた。
「メアリー=カスティオン、だったけな」
「え――!?」
急に、ローランは笑みを消して鋭い眼光でメアリーを見つめた。深緑の双眸が、狼狽える彼女を捉えている。
「19歳、元欧州議員ジェームズ=カスティオンの娘。兄は武器密輸会社に勤めていたチャールズ。君がエレメントを扱えるのは、協力関係にあったPSHRCIの訓練を受けたから。思ったよりも素養はありそうだな。その“リミッター”を見る限り」
彼に先ほどまでの愉快さは消え、まくし立てるように言葉を並び始めた。
「リミッターの強度、そこそこのものだ。チルドレンのCG値でいくと、大体700~800前後か。“チルドレンではない人間”にしちゃ、かなり高い数値だね」
凡その数値までわかんのか? 彼は喋りながら、彼女に近付いて行った。
「……どうして、そんなことまで……!?」
「さぁてね~。これでも、情報通なんでね」
後ずさりする彼女に、ローランは笑みを浮かべて顔を近づけた。
「外してやるよ、それ」
「え?」
彼はそう言って、リミッターに触れた。パチパチ、と電流が走ったかのように見えたが……。
「よし、これで完了っと」
ローランがリミッターを引っ張ると、簡単にバラバラになって分解していった。まるで、脆くなっていた石造物が触れただけで崩れ去ったかのように。
「君ら、こういうのはさっさと外した方がいいぜ。この中には、発信機・盗聴器やら犯罪チックなものがてんこもりなんだから」
床に落ちた部品を拾い、彼はじーっと見つめた。
「どこの誰が盗み聞きしてるのか知らないが、カムロドゥノンには入れないぜ?」
彼は手に持った部品に向かってそう言うと、それを指で潰してしまった。そしてゆっくりと、俺たちを見渡した。
「ゼノ、ディン、ノイッシュにカール。そんでディアドラ、フィーア、メアリー。よろしくな、これから」
再び、子供のような――無邪気な笑顔を浮かべて、彼は手を挙げた。愉快な性格を出しておいて、その内には冷静な分析力を持っている、ということか。全部計算ずくのものだったのかもしれない。
「それじゃ、俺は支部局長に仕事の報告に行かないといけないんでね。この階の部屋は全部空いてるから、各自適当に使っておくれ。アディオス!」
華麗に敬礼したかと思うと、彼は走ってエレベーターの方まで行った。ここは3階で、支部は5階層になっている。
「変な男ね」
「え、えぇ」
フィーアの言葉に、彼が走り去っていたところを見ながら苦笑するディアドラ。
「それにしても、CG値700以上ってことは、ディアドラよりも高いってこと?」
ため息を混じらせながら、フィーアはメアリーの方に目をやった。ディアドラのCG値は確か、Aクラスでも真ん中くらいの数値――400代だったと思う。ノイッシュはギリギリ500に行っているくらいだったと思うが。
「……悪いけれど、自分の数値なんて調べたことはないわ」
「でも、封呪式のエレメントを連続して操れるということが、その証明になるのかもね」
ノイッシュは頷き、そう言った。封呪式のエレメントは扱いが非常に難しく、後衛系統の扱いに優れたノイッシュでもあまり使いこなせない分類のものだ。
「GH――PSHRCIが君たちにエレメントの扱いを教え、今回の計画を実行させた。……奴らも、地球に行くことが目的なのか?」
ディンは腕を組んで言った。
「チャールズに協力しているってことは、そういうことだろ」
SICが地球に隠している“何か”。チャールズも、PSHRCIもそれを狙っているということだろうか。
「フィーア、お前の知り合いに地球へ行くことを目的とした奴はいたか?」
「うちに? そうねぇ……」
俺の質問に、フィーアはうーんと唸り始めた。
「いなかったような気もするけど。ただ……幹部は地球に興味があるような感じはしてたわね」
「興味?」
そう訊ね返すと彼女はうん、と頷く。
「第3次世界大戦のこととか、何やらいろいろ調べていたみたいだし。言ったじゃない、それが原因でエレメントを扱う人間が生まれたって。地球にはそのことに関する“秘密”があるのかもね」
第3次世界大戦<アルマゲドン>を皮切りに誕生した人種。“それがどういうことなのか”という謎を解明するには、地球へ行かなければわからないということだろうか。
「それに、あなたたちチルドレンを育成“できる”のはSICだけということも考えれば、SICが何かを地球に隠しているのは間違いなさそうね」
フィーアは意味深にそう言って、「やれやれ」と呟きながら壁にもたれかかった。
「とにかく、今日は少し休もう。深夜いろいろありすぎて、疲れちゃったわよ」
たしかに、彼女の言うように俺たちはずっと気を張り詰めて行動していた。ふとアームの時計を見ると、時刻は午前6時前。普通ならば起きる時間まで、俺たちは動き回っていたのだ。
「それもそうだね。休ませてもらおう」
ディンはそう言って、この階の客室を覗き込み始めた。いざ休もう――と考えると、急に疲れが出てきたような気がする。
カナンの民――マクペラ。そして、地球のこと。たくさんのことがありすぎて、考えることでさえ非常に労力を使うような状況だ。
――ねぇ、知ってる? 地球っていう星――
ふと、幼い少女の声が脳内に響き渡る。俺は思わず何度か瞬きをして、少しだけ顔を上げて天井を見た。そこに彼女の姿が映るわけでも、声が優しく降り注いでくるわけでもないのに。
ああ――そうだ。お前に教えられたんだよな、地球が俺たち人類の母なる星なんだってことを。その星がそうであることなんて、普通のヒトならあまり気にしない。でも、どうしてか――。
なぜか、地球という星が、俺たちの故郷であると思うと、そこで実際に住んだわけでもないのに“帰らなければならない”ような気がするのは、どうしてだろう。たぶん、彼女に教えられたからなのだと、俺は思うことにした。
その時――
――遥か古の時代、ヒトは神に捧げたのだ――
キィン……と、俺の目の前が真っ暗になった。突然。ただの暗闇にいるのではなく、自分自身の意識が“ありもしない深淵”に堕ちて行ってしまったかのように。
――ヒトは己を護る“神”を得、そして滅びた――
――ここは、古代の夢が眠る地――
今までの声とは違う、男の声。
しかし、俺は知っている。……いや、俺の“魂”が知っているのだ。忘れてはならない“声の主”であると。
――お前たちが狂わせたのだぞ? この星の未来を――
――これは私たちと、貴様ら“神々の眷属”との戦い――
――セヴェスよ。なぜ力を失って尚、抗うのだ――
「いつっ!」
突然、針で刺されたかのような鋭い痛みが、頭を突き抜けた。あまりの激痛で、俺はその場に膝をついてしまった。
「ゼノ!?」
「ぐっ……あ、あぁ……!」
――貴様らがヒトの、“生命”の未来を定める権利があると思うか――
――私は、貴様らを消し去るために――
「ゼノ、大丈夫か!?」
ディンの声が聴こえる。俺は頭を抱えたまま、うめき声を出してしまっていた。今まで感じたことのない痛みが襲うたびに、俺は声を漏らした。
気が、遠くなる……。
「おい、しっかりしろ!」
みんなの声が、遠くなっていく。俺は微かに聞こえるそれらに手を伸ばそうとしながら、ただただ遺体に耐えているしかなかった。
視界が――徐々に暗くなっていく。
俺は、その場で気を失ってしまった。
「今回の調査、ご苦労だったな」
ジョージは椅子に座り、机を挟んで座っているローランから受け取った資料に目を通していた。内容を見れば見るほど、彼の眉間のしわは増えていく。
「なかなか身の危険を感じたよ、さすがに。ま、それだけ連中にとっても大事だってことなんだろうけど」
ローランは足を組み、大きく体を伸ばした。
「君でなければできない仕事だ。毎度毎度、助かっているよ」
と、ジョージは苦笑せざるを得なかった。彼にはいつも、危険な仕事をやってもらっている。大きな報酬を与えてもいいはずなのだ。
「いいさ、俺個人にも関わることだし」
彼は若干謙遜しながら、再び自分が持ってきた資料を手に取った。並んでいる文字列を見ながら、小さくため息をつく。
「今回のこと、裏でリンドが動いてると思ったけど……あまり絡んでないみたいだね」
「そうだな。エルダと……やはり、ウルヴァルディか?」
ジョージの問いに、彼はこくりと頷く。
「血塗られし堕天使……ウルヴァルディ=ユーダリル……」
ローランは頬杖を突き、再びため息を漏らす。あんな化け物が出てきたんじゃ、俺ではどうにもできない。というよりも、“人間”では奴に敵わないだろうなぁ。何せ、相手は不老の“バケモノ”なのだから。
「奴直々に――――ってことは、2年前と同じなんじゃないの?」
資料を一枚めくり、彼は言った。
「おそらく“器”に関わることだろう。FROMS.Sと一緒に動いているところを見るに、ジェームズの残した“鍵”にも関連していることなのかもしれん」
「彼らが言っていたあの……。あれが、それだったって言うのかい?」
うむ、とジョージは頷く。
「奴らが600年以上、求め続けていた“希望”そのもの。全てはベツレヘムで頓挫したが……奴らは再び、同じことをしようとしているのではないか?」
希望、か――。
ローランは“希望”だと言われるそれが、結局のところ聖書にある「審判の日」を誘うパンドラの匣なのではないか、と思った。個人や組織の希望が、必ずしもあらゆる者たちの希望――未来に通じるとは限らない。どこかで、毒をまき散らすものなのだ。
「それにしてもあのおっさん、どこに隠したんだろうねぇ。おかげで、俺たちはあっちこっち探し回っているっていうのにさ」
ローランは資料を机にポイと投げ、椅子に大きく寄りかかった。
「あれがなければ、いくら集っても意味がない。彼がしたことは、そういった意味において功績なんだよ」
「そうかもしれないけど、連中も躍起になってやってきたらどうすんのよ? さすがの俺でも、執政官クラスには太刀打ちできないぜ?」
ローランは困った顔で、お手上げのポーズをして見せた。その姿がおかしくてか、この部屋の隅にいる秘書の少女――セシルは、口元を押えて笑ってしまっていた。
「おいおい、そんなことを言うな。君以外に互角で戦える人はこの組織におらんのだから」
ジョージの言葉に、ローランは思わず顔を振ってしまっていた。そこまで俺を評価してくれるのは、あんたしかいないと思いながら。
「いくら“あれ”を使役できるとは言っても、リンドがいる以上ちょっと無理があるんだよ。……親父が全部わけてくれれば、どうにかできんこともないのかもしれんけど」
どこか遠い目をして、彼は小さく微笑んでいた。
「それをしてしまえば、狙われるのは君だ。彼は君を守るために、姿を消しているんじゃないか」
ローランの父を称えながら、ジョージは優しく笑った。
「……ま、わかってはいるんだけどね」
ニコッと笑い、ローランは小さくため息をついた。
物語は、大きく動き出している。俺もその流れに、身を任せるしかないのだろう。
これが親父の言う“運命”なのだとしたら。