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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第2部:覚醒への御印~Wander der Geist und Seele zu führen~
27/96

24章:生命の祠 レーヴェン

 そこは工場のような、研究施設のような場所だった。

 通風口から出ると群青色の壁と床が広がっており、巨大な造形物――おそらく機械、或いはコンピューターの一部なのだろうが、淡い翡翠色の光に包まれており、それがいくつもある。コンピューターにしてはかなり大きく、この空間はかなり広いということがわかる。

「なんの施設、ここ?」

 フィーアは誰にでもいうわけでもなく、そんなことを言いながら周囲をキョロキョロと見渡していた。床はツルツルの大理石のようなものでできており、まるでパズルのように不規則な形で組まれていて、それぞれの隙間が若干開いているのか、黒い線のようなものが伸びている。そこを翡翠色の光がゆっくりと移動していて、それはあちこちで同じように動いていた。

「たぶん、レーヴェンっていう機関の施設だとは思う。確証は持てないけど」

 ノイッシュも彼女と同じように、忙しく辺りを徘徊しながら言った。

「枢機院独立機関レーヴェン。ASA統制システムLEINEを管理している特別機関だって言われてる」

 ディンに背負われているメアリーは、淡々とした口調で言った。

「……悪いんだけど、テープはがしてもらえるかな。逃げたりしないから」

 と、急に彼女は言った。

「それはできない。僕たちは君を信用しているわけじゃないからね」

「たしかにそうだと思うわ。でも仮にここから逃げ出せたとして、このコロニーから逃げることなんて無理よ。それはあなたたちが一番わかってるんじゃない?」

 メアリーは得意げにして言った。たしかに、仮に俺たちから逃げ出せたとしても、ここセフィロートから脱出することはほぼ不可能だ。おそらく、SICが封鎖するだろうし、万が一そうでないとしても、IDを持たない彼女が行ける場所など一つもない。

「何言ってんのよ。あなたにはエレメント――封呪を扱える。エレメントの使役には手指の動作が不可欠だから、拘束を解くわけにはいかない」

 以前、メアリーは封呪式のエレメント――それは体内のエレメントの流れを封じ、一時的に身体を麻痺状態にさせるエレメントの一種――を使って、俺やフィーアの動きを封じていた。

「安心して。あなたのように軍人さんも考えてくれて、ご丁寧に着けてくれているわ」

 メアリーは自分の首を見えるようにするためか、頭を横に少し傾けた。彼女の首には輪っかが付いている。あれはたしか……。


「それ、“天使の輪”?」


 メアリーのそれを指差しながら、フィーアは言った。

 “天使の輪”。正式名は「リミッター」。金色に輝く輪っかで、首に装着できるようになっている。エレメントの流れを遮断し、発動できないようにさせるもの。元チルドレンの人間が犯罪をしないわけではないため、その時のための装置なのだ。俺も訓練で何度が付けたことがあるが、まったくと言っていいほど使役することができなかった。

「たしかにそれがあるなら、どうやったってエレメントは行使できないね。でも、だからと言って拘束を解くのはちょっと……」

 ノイッシュは腕を組み、うーんと唸った。下ろして歩いてもらった方がディンも楽だし、移動も早くなるというメリットはある。

「ま、その天使の輪が付いてるっていうなら、解いてあげてもいいと思うけど」

 と、フィーアは言った。

「おいおい、何言ってんだお前」

 俺は思わず、呆れたように言ってしまった。さっきは反対してたじゃねぇかよ。

「ディンだって怪我してるからね。それにここの施設がどれくらい広いのかもわからないんだから、長い時間歩き回ることを考えたら、メアリーを担いで移動していたらカールが待ちぼうけ食らうわよ」

 別にカールとデートの約束してるわけじゃねぇんだけどな……。

「けどな、フィーア」

「まぁまぁ、大丈夫よ」

 俺の言葉を阻むかのように、彼女は俺の方へ手を広げて見せた。

「私が見張っておくから。手の拘束はそのままで、もし変な行動でもしようものなら、私が片足をブッ飛ばす」

 そう言って、彼女は不敵な笑みを浮かべた。甘いんだか残酷なんだか……よくわからんやつだ。しかし、彼女の言うように時間がたくさんあるわけではない。フィーアが近くで監視しているならば、おそらく大丈夫だろう。

「しょうがないな……まぁ、たしかに助かるんだけどね。でも、足だけだ」

 ディンはばつが悪そうに、頭をかいていた。そしてメアリーの足の拘束テープのみを切り、床に立たせた。彼女は足だけでも自由になり解放されたのか、ブラブラと足先を動かしていた。

「……それじゃ、監視お願いね」

 メアリーはほくそ笑みながら、フィーアに小さく頭を下げた。

「こちらこそ。できれば変な動きしてね。ブッ飛ばしたいから」

 営業スマイルとはこういうものなのだろう。フィーアの笑顔が異様にきれいで、逆に違和感を覚える。俺が思っている以上に、イラついているのかもしれない。……この女、他の女性とうまくコミュニケーション取れないのだろうか? サラといい、ディアドラといい、いつも喧嘩吹っかけてやがるし。







24章

――生命の祠 レーヴェン――








 それから俺たちは、その施設の東側にあると予想される出口を目指して、歩き始めた。

 施設内は全くと言っていいほど人気がなく、さっきのような群青色の壁と床が広がっており、フロアを抜けて出た通路も同じようにできていて、先へ進んだのかどうかわからなくなってくるほどだった。研究施設なのだろうが、それにしたって人の気配がしないというか、どうもそれらとは違うような気がしてならない。その“違和感”がどこから来るのかはっきりと言えないが、もっと――そう、禁忌を犯しているような、人としての範囲を超えてしまっているような、そんな緊迫感が充満しているような気がするのだ。

 異様なのだ。この空間に広がる雰囲気が。その静けさがそれを一層際立たせており、俺たちは自然と口数が少なくなっていった。

 長い、長い通路を抜けると、広々としたフロアに出た。そこは多くのコンピューターが並んでおり、宙には巨大なモニターが――ここでは、光子モニターと呼ばれており、何もない空間にモニターそのものを映し出している――浮かんでおり、難解な文字列が所狭しと映し出されている。

「何を現しているんだろう」

 と、独り言のようにノイッシュがボソッと言った。

「あれは……二重螺旋かしら」

 メアリーも同じように宙を見上げ、呟いた。宙の光子モニターの一つに、赤と青の二重に絡み合った螺旋が表示されている。それは3D映像として作られており、ゆっくりと回転しながら何らかの文字がいくつも浮かんでは、消えていた。

「読めない文字ばかりだな……。どこの言語だ?」

 英語は読めるのだが、この言語はわからない。英語に似ているような気もするが、どうもそうじゃないような気もする。

「ドイツ語かなー。……ラテン語?」

 はて、とフィーアは首をかしげた。

「今どき、ドイツ語やらラテン語を使う奴ら、いるのか?」

 学会などではラテン語が使われていると聞いたことがあるが、今は基本的に英語が世界共通語だ。すると、フィーアは「たしかにそうなんだけど」と前置きを敷いて、言った。

「いやね、フィラデルフィアの設計図盗んだ時があったでしょ? その時に資料の一部が“ドイツ語”だったなーと思ってね。もちろん読めないけど」

 そう言えば――“Weit reichende stuck der Lade Gottes”とあったが、あれがドイツ語なんだろうか。たしかに、彼女の言うように英語以外の言語があったのは確かだ。

「……あ、あのさ。もしかして……フィアデルフィアの一件、ゼノたちが?」

 まるで恐る恐る挙手する子供のように、ノイッシュは小さく手を挙げていた。しまった……と、俺とフィーアは同じような顔を浮かべてしまった。それを見て、ノイッシュは「やっぱりな」と言って、苦笑し始めた。

「最初はまた急襲でもされたかと思ったけど、あの時、ゼノとディンの姿が見えなかったからね。もしかすると、もしかするかもなーって」

 ノイッシュはそう言いながら、笑っていた。ラグネルも俺たちが犯人だと簡単に分かったらしいし、俺たちが“そういうことをする奴ら”だと知っている人には、容易にわかってしまうのだ。それを上に告げ口しないでいてくれる人たちということも、幸運なことであるようだ。


「……静かに」


 ディンは腰をかがめ、小さな声で言った。

「人の声がする」

 そう言って、彼は俺たちにアイコンタクトを送った。俺たちはこくりと頷き、ディンが忍び足で行く先を追った。耳を澄ますと――男たちの声が聴こえる。光子キーボードを入力する際の、ピピピという機械音も聴こえてくる。俺たちは大きな機械の裏に行き、その先にいるであろう人たちの声に耳を傾けた。

「――塩基配列も、シェムハザのものと酷似している。生まれてくるE.S.I.Nが持つ、特殊な形そのものだ。間違いなくそうであろう」

 若い男性の声。おそらく、20代かそこらのものだ。だが、ただの若い人ではない。威厳に満ちた――年齢を重ねたが故の説得力のある、熟年のものだ。声が若いだけで、老齢の人だろうか。

「ということは、やはりあの時の……?」

 今度は、高齢の男性の声。こちらはそれこそ60代、70代の男性のものだ。しかし、さっきの男の声とは裏腹に、“積み重ねたもの”が違うように感じる。普通であれば、逆なはずなのに。若い人の方が“高齢であるかのような”感じがするのは、なぜだろう。

「うむ。CNによって転移されたか、或いは故意に――か」

「故意? ……いったい、誰がですか?」

 不思議なことに、その高齢の男性が若い男性に対して敬語を使っていた。それもまた、逆なのではないだろうか。

「さて、誰であろうな。どちらにせよ、マテイの計画を滞らせたのだ。おかげで要らぬ足労を重ねる羽目になったのだからな」

 若い男性は、クククと笑った。

「しかしこれで、ようやくE.S.I.Nが揃った――と考えるべきなのでしょうか。ファーストとサードは既に取り込んではいますし」

「最後の御印……ティファレトの覚醒を促すための、最後の鍵ではある。マテイが望んでいた“結果”の一つにはなり得るだろう。それが“アルファ”になるか“オメガ”になるか、見物だがな」

 そう言いながら、その若い男性は小さく笑っていた。何かを嘲笑するような――卑下にしているかのような、そんな感じだった。

「では、セカンドはいったいどうされるのですか? フォースが発現してしまった以上、あれが生きている意味は無に等しい。早々にシステムに取り込んだほうがよろしいのでは」

 老人がそう言うと、若い男性は顔を左右に振った。

「それは私が決めることではない。それにシステムはサードの結合によって、既に安定している。これ以上増幅させれば、余計なオーバーロードを引き起こしかねん。そもそもあれは、お前が思っている以上に“力”を持つように作られているからな。あれもまた、シェムハザの力を受け継ぐには相応しい“器”だったということだ」

「左様ですか……。同時に誕生した片割れも“ダアトの器”としてなかなかのものだった。しかし、どうもうまくいかないものですな。どれも“理論上は同調する確率が8割以上”だというのに」

 老人の言葉に対し、若い男はこくりと頷く。そして天井を見上げるかのように、大きく天を仰いだ。

「これも古の盟約――ということだ。思わんか? “始めからそうなるように仕組まれている”のだと。求め続けてやまないものは、結局のところ最後の扉が開くまで得られないのだと」

 男はため息をつき、天井を仰いだ。天井はかなり高く、ゆうに10メートル以上はあるのではないだろうか。光が行き届いていないのか、天井の方はほとんど漆黒に塗りつぶされてしまっている。

「いったい、何の話をしているんだ?」

 限りなく小さな声で、ノイッシュは言った。それに対し、誰もが顔を横に振る。

「わからない。……でも、SICの極秘機関の人たちの話だから……かなりのレベルの情報なんだと思う。確かめようがないけどね」

 と、ディンは言った。枢機卿直轄の研究機関レーヴェンなのだから、相当な機密情報なのだろう。だが如何せん、俺たちには根本的な情報がない。憶測さえも立てられない。

「どれどれ、とりあえずどんな顔をしているか拝んでおかないとね」

 すると、フィーアはゆっくりと俺たちが隠れ蓑にしている巨大な機械と、隣にある機械の隙間から覗き込み始めた。俺たちは一緒になって、同じように覗き込んだ。

 二人は宙の光子モニターを見上げており、高齢の男性は白衣を着て、想像通り真っ白な白髪のじいさんだった。

 もう一人の若い男性は茶色の髪をしており、ディンと同じくらいの耳にかかるかかからないくらいの長さで、紫色のコートを纏っている。……はっきりと顔は見えないが、若いように見える。しかし、どう考えても隣の座っている老人に敬語を使われるのは違和感を抱く。

「アブラハムの遺した、神々の境地へ至るための数多のパーツ。それを拾い集めるために、マテイは何百年もこの世界を彷徨い続けている。……哀れなものだ」

 口元を押えながら、あの男性が再び笑い始める。遥か高みから、誰かを嘲笑っているのだ。

「……あれは……」

 その時、後ろで覗き込んでいたメアリーが何かを察したかのように、小さく呟いた。

「誰かわかるのか?」

 俺は振り返り、そう訊ねた。

「……知らないの? 若い男はわからないけど……あの老人は知ってる。世界的に有名じゃない」

 少しため息を交え、彼女は言った。

「じゃあ誰なのさ」

 フィーアは早く言えと言わんばかり、不満そうな表情を浮かべていた。


「……リヒャルト=ジーヴァス。現DRSTS最高責任者・4代目長官よ」


「DRSTSの!?」

 あの老人がDRSTSの長官!?

「まさかとは思うけど、世界的に有名なジーヴァス博士を知らなかったってわけじゃないわよね?」

 俺たちの驚くさまを見てか、メアリーはどこか呆れた面持ちで言った。

「名前くらいは知ってるけど、顔までは知らないわよ。DRSTSの人って、世間に顔はほとんど出さないじゃない。知ってる方が少ないと思うけど」

 強がりなのか、フィーアはそう言って突っぱねた。

「……でも、そのDRSTSの長官がどうしてここに?」

 と、ディンは疑問符を浮かべながら言った。



「ネズミさんたちが、何の用かしら?」



 ――――!?

 俺たちは一斉に、横へ視線を向けた。巨大な機械の上に寝そべる女性は――!

「お前は……エルダ!」

「うげ」

 3メートル以上はある機械の上部に、奴は寝そべっていた。ゆっくりと上体を起こし、生足をさらけ出した。

「相変わらず下品な顔するのね、ジュリエット」

 エルダはクスッと笑い、そう言った。フィーアの方に顔を向けると……めちゃくちゃ面倒くさそうな表情を浮かべてやがる。よっぽど奴が嫌いらしい。

「おや、エルダか」

 彼女に気付いたのか、若い男性が言った。そして二人はエルダの近くへと寄って行き、俺たちに気付いた。

「なんだ、お前たちは? どこから入ってきた!」

 老人――ジーヴァス博士は俺たちを見渡して、大きな声を発した。

「警備は何をしている。こんなコソ泥どもを入れおって……」

 ジーヴァス博士はそう言いながら、携帯電話を取り出した。警備の人間に連絡しようとしているのだ。しかし、その時――


「まぁ待て、リヒャルト」


 その手を止めたのは、隣の若い男性だった。若い青年の彼が倍以上の年齢のジーヴァス博士を止める姿は、凡そ見間違いなんじゃないかと思う光景だった。普通はあり得ないのだから。そして、彼は俺たちの方へと視線を向けた。

 ――金色の瞳。輝くような、宝石の如き双眸だった。だが、それは純粋に美しいものではないことはすぐにわかった。一瞬で、あの瞳の奥には“野心”が詰まっているのだと感じた。全てを利用し、食らいつくすような――獰猛な瞳なのだ。

「し、しかし……」

「そう急くな。……なるほど、そうか」

 男は俺たちを見渡しながら、何度か頷いていた。その視線はディンと俺に向けられている。

「お前たちが例のネフィリムだな。ディン=ロヴェリアに、ゼノ=エメルド…………なかなか素晴らしい力を持っているそうじゃないか」

「――!!」

 彼は小さく笑いながら、俺たちの名を言った。なぜ、俺たちの名を知っている……! 思わず、俺たちは身構えた。すると、男性はハハハと笑い始めた。

「そんなに身構えるな。お前たちを“どうこうしよう”などとは思ってはいない。私はお前たちに敵意はない。エルダはどうかは知らぬがな」

 そう言って、彼は微笑を浮かべながらエルダを見上げた。

「私に振らないでくれるかしら。組織的には敵だけれど、私個人としてはどうでもいいことだもの」

 エルダはため息を混じらせて言った。

「それで、どういうこと? どうしてSICの研究施設にDRSTSの長官がいて、あんたがいるのよ」

 パン、と手を叩いてフィーアはみんなの視線を向けさせた。

「それに、ここはなんなの? ここはSICの極秘機関レーヴェンなんでしょ? ここで何をしてるっていうの?」

 彼女は建て続けざまに、質問を飛ばした。

「教えてほしい?」

 エルダは足を組んで肘を太ももに付き、頬杖をついた。

「教えてくれるならね」

「うふ、なら教えてあ~げない」

 エルダはウィンクして言った。その瞬間、フィーアは星煉銃を取り出して銃口を奴に向けた。顔面は鬼の形相という奴だ。

「……いい度胸してるじゃないの、エルダァ……!」

「やだわぁ、ジュリエット。ひどい顔がますますひどくなってるわよ?」

「はあぁぁぁ!?」

 うふふと笑いながら、エルダは畳み掛ける。あの女……フィーアに対しては、挑発の天才だなと俺はなぜか感心していた。

「フィ、フィーア、落ち着け!」

「ハハハハ! あのデカパイエロ女は、私が葬る! 離しなさい!」

 ぶち切れんばかりの声を上げながら笑うフィーアを、なんとか止めようとするディンだった。それにしても、その悪口は如何なもんだと思うんだが……。

「おいおい、ここで星煉銃なんかぶっ放されちゃ敵わん。やるなら外でやってくれよ」

 苦笑しながら、若い男は言った。

「……それで、あんたらはなんなんだ? SICの施設にあんたらがいる理由、話せよ」

 俺は激昂したフィーアをよそに、質問を再び投げかけた。すると、エルダはあの紫色が混じったような、妖艶の紅い瞳を俺に向けた。ぞくりとするような、冷たい瞳だ。


「ここは“マクペラ”――――命が生まれ、消える場所」


 そんなところかしら――と言って、奴はクスクス笑い始めた。

「マクペラ? なんだそれは」

「……わからないなら、それでいいのよ。知ったところで何かが変わるわけじゃないもの。“真実”はいかなる場合においても、自らを傷つける刃になり兼ねない。全てを背負う――咎を負う決意ができない者に、知ることなんて何一つないの」

 奴はため息を混じらせ、言った。

「……彷徨える子羊たちに、一つだけ教えといてあげるわ」

 すると、エルダは霧状になって消えた。その瞬間、何かが唇の先に触れる感触がした。

「――!?」

 俺は咄嗟にグラディウスを抜き、目の前を切り付けた。しかし、何も感触はない。ただ空を切っただけなのだ。

「“生命の祠”とは名ばかりの、“廃棄場”よ。わたしにとってはね」

 背後から声が聴こえた。振り返ると、奴はいつの間にかさっきと同じような形をした機械の上に座っていた。――まったく目で追えない。どういうことだ!?

「私は戻るわ。あとはよろしくね、博士」

 エルダは長いコートを翻し、宙に浮かんだ。

「結果を見に来ていたんじゃないのか?」

 ジーヴァス博士が、大きな声で言った。しかしエルダは、振り向かずに頷いた。

「わかるわよ。お目当ての結果だったんでしょう? そう報告するわ」

 何の結果だ――と言おうとした瞬間、ずいと誰かが前に出た。


「待て!」


 メアリーがエルダに向かって、声を張り上げた。すると、奴はゆっくりと体をこちらに向けた。冷徹な双眸が、メアリーを貫くかのように。

「……お前たちPSHRCIは、私の兄と何をしようとしている? 何を隠している!」

 いつかのように、彼女は大きな声を出した。それに対し、エルダは蔑むかのように微笑を浮かべた。

「理解力に乏しいわね。隠すも何も、あなたのお兄様が判断したんじゃないかしら? “あなたのようなガキには、知らせる必要性がない”って。それがたとえ、妹であっても――ね」

「な、なんだと……!?」

 メアリーは歯を食いしばり、キッと奴を睨んだ。

「言ったでしょ? “真実”を知るにはそれなりの傷を負うって。あなたにはそれだけの覚悟があるの? 全てを捨て去るくらいの――自分の命を投げ打つくらいの決意が」

「…………」

「世界や歴史には途方もないほどの数の生臭い策謀と、血塗られた意思によって形作られている。あなたが思っている以上に、あなたやそれに関わるものは“血に塗れている”っていうことよ」

 エルダはクスッと笑った。自分の頬に指をなぞらえた。艶めかしいその動きが、奴の微笑も相まって挑発的なもののように感じる。

「何が言いたいのよ、あんたは!」

 すると、フィーアは銃を構えて発砲した。それはレーザービームのように、白い光線がエルダに向かって放たれた。するとエルダはスッと右手の人差し指を突き出した。

「もう、せっかちね」

「!?」

 フィーアの光線はその指先に当たった瞬間、霧状になって散り散りに消えてしまった。思わず、俺たちは何が起きたのかわからず、呆然とその光景を見ていた。

「お返しよ」

 エルダが左手広げた刹那、彼女の姿が歪んで見えた。――というよりも、空気が歪んだような感じだった。その時、隣にいたフィーアが後ろへと吹き飛ばされた。

「フィ、フィーア!」

 ディンの声とともに、彼女は後ろの壁に叩きつけられた。

「……何しやがった?」

 俺はギロッと、エルダを睨みつけた。

「“弱き者よ、汝の名は女なり”。……けれど、私の――“弱き者”の力は、こんなものではないわ」

 奴の妖艶で突き刺さるような冷徹な瞳が、輝くようにして俺たちを一瞥する。すると、エルダは更に高く宙へ舞い始めた。


「また会う時まで……さようなら、子羊たち」


 そして、奴は今までと同じように霧となって消えて行った。

「フィーア、大丈夫か?」

 ノイッシュは後ろへ飛ばされたフィーアに駆け寄った。フィーアは衝撃波を受けた腹部をさすりながら、ゆっくりと上体を起こした。

「ちっくしょ……あいつの力の正体がわからないことには、どうにもできないわね」

 減らず口が叩けるのだから、思ったよりも彼女は平気なようだ。吹き飛ばされたことよりも、光線が簡単に“消されてしまった”ということの方が問題なのだ。


「お前たちではエルダに勝てまい」


 すると、あの若い男性が俺たちと飛ばされたフィーアの間に入ってきた。

「あれは肉体のシステム、そのものが変異してしまっている人間だ。生身で戦うには、今のお前たちは弱すぎる」

 男は両手を後ろに回し、まるで気取った教師のようにして言い放った。

「なんだと……?」



「求めよ、さらば与えられん」



 男はそう言って、俺たち――いや、俺の方に目を向けた。黄金の瞳が、俺の中のずっと奥の“何か”見つめるかのように。

「お前たちにはそのための“力”が備わっているのだ。答えを求め、己の生と死の意味を得るがいい。さすれば、“覚醒への御印”を手にできるだろう」

 俺は――ハッとした。どこかで、この声を聴いたことがあると。いつだったのかも、どこだったのかもわからないが、それだけがハッキリしていた。

 男は小さく微笑み、頷くかのように頭を動かした。

「扉を開くための鍵――全てが集いし時、星の心に辿り着く。それを集め、もがき続けよ。……神々の子供たちよ」

 すると、男はゆっくりと右手を掲げた。

――その時、光がパァッと瞬いたような気がした。一瞬だけ、視界が真っ白になったのだ。










「……ん?」

 俺たちは気付くと……地上に立っていた。静かな夜の街路樹の中で、俺たちは何が起きたのかもわからずに、顔を見合わせていた。通りに人の姿は全くなく、道路にも車などは一切は知っていなかった。

「ど、どういうことだ!?」

 目を見開き、ディンが言う。

「ここはセフィロート……だよな。あれ、FGI本社じゃねぇか!?」

 俺はこの街路樹とその先にある道路を挟んで向こうにある大きなビルが、目指していたFGI社の本社ビルだということに気付いた。正面玄関入口に社章が付いており、セフィロート内で最も高いビルだと言われているからだ。

「今のはワープ? で、でも、エレメントを発動したような感じじゃなかったわよね?」

 床に座ったままのフィーアは、そのまま転送されたのか、さっきと同じように座っている状態だった。ノイッシュもその隣にいる。

「俺たちは一気に転移させられたってことか? そんなエレメント、聞いたことねぇぞ……」

 俺たちは5人。それだけの人数を一瞬にしてワープさせるようなエレメントなど、俺は見たことも聞いたこともない。エルダや中将のように、自身のみをワープさせたりすることは可能なのかもしれないが……。

「……エレメントとは違うかもしれない。何か、もっと別の……」

 メアリーは自分の顎に指で触れながら、うーんと唸っていた。


「ゼノ、ディン!」


 その時、後ろから声が聴こえた。振り返ると、人が駆け寄ってくる。暗闇からやってきたのは、カールだった!

「ちょうど今着いたんだ! よかった、早く出てきて。もっと遅くなると思ってたんだけどな」

 と言って、カールは若干息を切らせていた。天枢学院の寮からここまでだと、結構な時間はかかるはず。きっと走って来てくれたのだろう。

「無事だったか、カール。ホッとしたぜ」

「ハハ、それは俺の台詞だ。ゼノたちの方がやっばいことしてるんだからさ。軍部に侵入して大騒ぎなんて、SICができて初めての事件じゃないか?」

「おいおい、それを言ったらお前だってなかなかのもんだったぜ? お前がいなきゃできなかったことだしさ」

「これ、仮に裁かれたら俺の罪の方が重いんじゃないか?」

 と、カールは呑気に笑っていた。俺も思わず笑ってしまっていて、どうにかこうにか会うことができてお互い安心した結果なのかもしれない。

「おっと。それより、会わせたい人がいるんだ」

 何かを思い出したのかカールは手をポンと叩いて、この道に並んでいる建物と建物の細い道に入って行った。

「ほら、早く来いって」

「で、でも……」

 誰かの――女性の声がするとともに、カールがその人を引っ張って再び戻ってきた。そこに立っていたのは――。

「ディアドラ!?」

 思わず、俺は声を出してしまった。カールに連れてこられたのは、なんとディアドラだった。伏し目がちにして俯いていて、恥ずかしいのか若干顔が赤くなっていた。

「お前、どうしてここに?」

「え、えっと……」

 彼女は頬を指先でかきながら、戸惑っていた。

「大方、手伝いたいってことなんじゃないの?」

 その時、フィーアが立ち上がってこっちに歩み寄って来ていた。冷たい視線をディアドラに送りながら、腕を組んでいる。前回、二人は大喧嘩をしたのだ。フィーアの存在に気付き、ディアドラは余計に顔を強張らせてしまっていた。喧嘩をしたのは、彼女だけでなく俺もだが。

「カールから聞いてると思うけど、私たちはめちゃくちゃなことをしたよ。SICを完全に敵に回したようなもんだと思う」

 そう言いながら、フィーアは俺とディアドラの間に割り込むようにして立った。

「フィーア、お前あんまり……」

 言いすぎるな、と俺が言いかけた瞬間、彼女は指を立てて俺の口の前で止めた。それはまるで「大丈夫」と言っているかのように。なぜかその時、俺は任せようと思った。いつもなら言葉で完膚なきまでに叩きのめそうとするはずなのに、この時だけは“そうでないような”気がしたのだ。直感とかそういうものなのかもしれない。

 俺は一歩、後ろへ下がった。それと同時に、フィーアは言い始めた。

「これがあんたの言う“がむしゃら”にやった結果。おそらく、世間一般の人は非難するだろうし、賛同する人なんていないだろうね」

 フィーアの言葉を聞きながらも、ディアドラは俯いたままだった。それでも、フィーアは続ける。

「これが最善の選択だったかどうか、わからない。でもたぶん、大事な人を助ける術を見つける“切っ掛け”にはなったんだと思う。私はそう信じるよ」

 メアリーを奪ったことで、何かを掴めるかどうかわかるのは、これから。まだ手がかりは掴めていないのが現状なのだ。

 フィーアは頭をポリポリとかいて、小さく息を吐いた。

「あなたも、信じてくれないかな。その“切っ掛け”を」

「えっ……?」

 フィーアの言葉に、ディアドラは顔を上げた。彼女と同じく、俺も驚いていた。いや、俺でなくディンもノイッシュもカールも同じなのではないだろうか。フィーアがそんなことを言うなんて、想像していなかったからだ。きっとディアドラも罵詈雑言、若しくは嫌味をたっぷり言われるんじゃないかって思っていたはずだ。


「あなたにも協力してほしい。とても助かるしさ」


 戸惑うディアドラに向かって、さらに当惑させるような言葉を出すフィーア。そして、あの紅い双眸―――誠実で、穢れを持たない瞳で、ディアドラを見つめた。そこにはまるで、愛おしく子供を抱くような、優しさに満ち溢れたもので満たされているような気がした。

「悪かったわね、あの時。何も知らないのに、私の価値観でひどいことを言って」

「……フィーア……」

 ディアドラは目をパチクリさせながら、彼女の名を呼んだ。恥ずかしそうな、嫌味を言われると思い怖がっていた表情は消え、代わりに嬉しそうな感情が段々と込みあがっていくように見えた。そんなディアドラの顔を見て照れてしまったのか、フィーアはさっきのディアドラみたく頬をポリポリとかいていた。

「まぁ、えっと。とりあえず、一緒に行こう。うん、それだけ」

「ほ、ほんとに?」

 ディアドラの顔は嬉しくて紅潮して、小さな声で言っていた。

「何度も言わせない。一緒に行こうって言ってんのよ。わかった? はい、おしまい」

 そう言って、彼女はパンと手を叩いた。まるで合図を掛けるかのように。

 なんじゃそのツンデレは……と、思わず俺はそう感じた。しかし、こんなことをするとは思わなかったため驚くのもあるが……正直、すごく嬉しかった。だからなぜだか、俺も笑顔になってしまっていたんだと思う。

「お前、やるなぁ」

 俺は微笑みながら、彼女に声をかけた。

「うるさいわね。やるときゃやるのよ」

「……なんだよ、そりゃ」

 彼女のわけのわからない弁明に、思わず笑ってしまった。

「ふん」

するとフィーアはくるっと横を向いて、歩き始めた。たぶん、恥ずかしくて居ても経っても居られなくなったのだろう。逃げようとしているのだ。

「フィーア!」

 と、ディアドラは急に彼女に向かって走り出し、後ろから彼女を抱きしめた。

「おわっ!」

その瞬間、予想していなかったためかフィーアはぐらりと倒れそうになった。

「私の方こそごめん! ひどいこと言って、ごめんね! 本当にありがとう!」

「む、胸! 胸押し付けないで! あんた巨乳!」

 この深夜に、なんつーことを言ってんだあの女は……。




挿絵(By みてみん)




 その時、トントンと誰かが俺の肩を突っついた。いつの間にか、隣にディンが立っていた。俺が彼の方に顔を向けると、ディンはニコリと微笑んだ。ディアドラとフィーアの様子を眺めながら、ディンは言う。

「フィーア、優しいね」

「……ああ、そうだな」

 彼の言葉に、俺はこくりと頷いた。時折見せる、あいつの優しい一面。俺が思っている以上に、あいつは人を見ているのだと思う。俺には、ああいう風に言葉をかけることができないと思う。





 俺たちは、サラを助けるために動き始めた。

それは今まで知らなかった膨大な謎と、痛みを伴う悲惨な真実を知る連続となることを、俺はまだ知らなかった。

 世界には――この次元には、それこそ俺たちでは抱えきれないほどの痛みや、苦しみ、怒りや喜び、愛おしさというものが渦巻いていて、それが複雑に絡み合って歴史となり、一年――百年と積み重ねられていき、今を生きる俺たちに何かを知らせようとしている。

 俺たちは、それを少しずつひも解いてゆくのだ。歴史の――物語の一部として。







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