表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第2部:覚醒への御印~Wander der Geist und Seele zu führen~
24/96

21章:得られるものと、失うもの



「やっぱり、乗り込むのは夜に限るわね」



 ウキウキしながら、女は俺たちの部屋で準備を始めていた。長くウェーブのかかった癖のある髪を束ね、ピンクの紐で縛っている。そう言えば、髪をほどいた姿をほとんど見たことがない。今だって、気付いたら髪を解き、結び直していたのだから。一度、じっくり拝んでみたい気はする。

「フィーアって、こういうの好きなんだな」

 ディンはニコニコしながら、奴の準備する様を見ていた。

「こういうのって?」

 横目でディンに視線をやり、女は頭をかしげた。

「そりゃお前、犯罪に決まってんだろ。知り合ってから、てめぇはいっつも犯罪に手を染めてやがる」

「あんたね、これから同じ罪を背負うってのに、他人事のように言うんじゃないよ」

 女はジト目で俺を見、呆れたかのように言い放つ。

「それに、その犯罪に手を貸してるのはどこの誰かしらね~」

「……うっせぇな。サラのため、少々の犯罪なんざ気にしていられるか」

 俺には大義名分がある。こいつみたいな愉快犯と一緒にされても困る。

「少々どころか、とんでもない大犯罪なんだけど」

 ハハハ、とカールはパソコンのキーボードをテンポよく打ち込みながら言った。

「あら、カールは私よりも大きな罪を犯すことになるんだけど?」

 女は唇に指を添え、不敵な笑みを浮かべた。流石に、カールも苦笑いをするしかなかった。何せ奴の言うとおりだからな。

 今回の作戦の内容は、システムのアップデートを行う夜にジオフロント内に忍び込み、中央管理局内に進み、そこから繋がっているとされる軍部の地下へと進む。






「ジオフロント、特に出航する辺りの警備はLEINEの管轄っぽいんだが、どうやら電気設備区域に関しては民間に委託してるらしい。それが、システムの穴を生んでるんだ」

 昼間、部屋に呼び出されたカールは、戸惑いながらもそう言った。内容が内容だからな。

「その会社の管理サーバに侵入して、監視範囲を調べる。ついでにアップデートに見せかけた偽のプログラムを流し込んでおくから、アップデートをされている時間帯の監視範囲は完璧な空白期間になる」

「え、そんなこともできるの?」

「ああ、それくらいちょろいもんさ。こちとら、どれだけのハッカーたちと戦ってきたと思ってるんだよ」

 女のセリフに、カールは自慢げに言った。確かに、彼は俺たちがそこらの犯罪者どもと戦っている間に、情報処理や通信の分野で多くの“見えない敵”と戦っていたのだ。

「へぇ……私、頭のいい人って好きよ」

「……は?」

 女の言葉に、俺はものすごい顔で反応してしまった。自分がどんな顔をしているか、他の奴らの表情を見ればわかる。相当、眉間に皺が寄っているのだ。

「何よ、あんたに言ったわけじゃないんだけど?」

 女も同じように、めちゃくちゃ嫌そうな面を浮かべた。

「んなのわかってんだよ。気持ち悪いこと言うなって意味だ」

「……あなた、いつか月までぶっ飛ばしてやるから」

 吐き捨てるように、女は言ってそっぽを向いた。俺に勝ったことが無いくせに。

「ゼノとフィーアって、仲良いんだな」

「はぁ!?」

「えっ……」

 カールの言葉に、俺と女は完璧に揃ってクエスチョンマークを浮かべた。どこをどう感じて、俺たちが仲良いと思うんだ? どう考えても仲が悪いようにしか見えないんだが。

「ふざけないでよ、なんで私がこんな人と……」

「おいおい、そりゃこっちのセリフに決まってんだろ。そもそも、SICに突き出さないで匿ってやってるのは、どこのどいつだと思ってんだ?」

「ディンに決まってるでしょ。あなたは寧ろ殺そうとしてたし」

 と、女は恐るべき速さで反論した。てか、本当のことすぎて反論できん。

「そりゃそうだが、結果的に助けてやってんじゃねぇか」

「それはお互い様でしょ? どれだけ協力してやってると思うのよ。逆に感謝してほしいくらいなんだけど」

「おいおい……調子に乗ってんじゃねぇぞ。囚われの身のくせして、その態度はなんだ、その態度は」

「うるさいわねー。いい加減にしないと、本当にぶっ殺すわよ?」

 女は腕を震わせ、俺を睨みつけてきた。こいつ、マジで調子に乗ってやがんな……。

「……てめぇ、ここいらで自分の立場ってもんをわからせてやる」

「あら、やれるもんならやってみなさいよ」

 ふふん、と女はニヤついた顔で言った。これに俺はもう立ち上がるしかなく、女も同じように立ち上がり殴りかかるために構えた。すると、

「ほらほら、ケンカするならメアリーのところに行ってからな」

 ディンがやれやれといった顔をして、割って入って来やがった。

「ちっ……命拾いしたな」

「それはこっちのセリフよ」

「二人共、ケンカ売りすぎ買いすぎだ。ちょっとは自制してくれ」

 腰に手を当て、ディンは呆れたように言った。まぁ、たしかに彼の言うとおりだ。

「……カールが悪い」

 ディンに怒られ、若干動揺している女は、ぶすっとした表情をしていた。

「えぇ!? お、俺は関係ないだろ!」

 発端はカールのため、俺も同意。うん、と大きく頷く。

「ほら、さっさと準備して。もうそろそろアップデートの時間だぞ」

 ディンはそう言って、立ち上がった。システムのアップデートの時間は深夜2時――。俺たちは普段入ることのできないジオフロントに、緊急用通路を通って入り込む。そこは天枢学院から繋がっており、学院IDさえあれば入り込むことのできる範囲ではある。しかし、そこからが問題なのだ。

「ここの緊急通路、ジオフロントの監視塔と繋がってるんだけど、そこは警備員が常駐しているんだ」

 と、ノイッシュはアームの画面に表示された地図を指差しながら言った。

「ここの監視塔を抜けないと、ジオフロントには入れないし……」

「入るには警備員を倒せばいいんでしょ? 簡単じゃない」

 怪訝そうな表情を女は浮かべて言った。

「それができりゃ苦労しねぇよ。倒してみろ、騒ぎになる。するとアップデートなんで中断、入るどころじゃなくなる」

「いや、だからそれさえも止めちゃえばいいじゃない。監視塔ってことは、ジオフロントの警備を包括してるんでしょ? システムを止めることとかできると思うんだけど」

「さっきカールが言ってただろ、ジオフロント内の監視システムは民間に委託してるって。監視塔はあくまで“監視しているだけ”。監視塔の機能が消えても、ジオフロント内の監視システムは死なない。民間会社自体が潰れない限りな」

 たぶん、民間に委託しているのはそういう理由もあるのだろう。不測の事態に備えるという意味で、全てをLEINEに任せていては問題がある。LEINE自体に問題が発生した時に、バックアップ的な意味合いもあるのかもしれない。

「じゃあどうするのよ。メアリーのところに行くには、ある程度強攻策は必要だと思うけど」

 暴れたくてしょうがないだけじゃねぇのか……と思ってしまうが、女の言うことには一理ある。これだけの人員で、それも資金も何もない状態で、SICの軍部に入り込むんだ。それ相応のリスクを背負う必要がある。

「うーん……そうだな……」

 カールは自分の顎に手を添え、唸った。

「まず、監視塔――管制室を制圧しよう。そしたら俺がシステムに細工を施す」

「細工って……何をするんだ?」

 と、ノイッシュが問い返した。

「簡単なことさ。要は異常を知らせないように、“通常営業してますよ”ってことにしておくのさ」

「お前、そんなこと出来んのか?」

 俺は思わず怪訝そうな表情で言ってしまった。すると、カールはニッコリと微笑んで言った。


「出来るか出来ないかじゃなく、やるかやらないか――だろ?」


 そう言われたら、やるしかない。やらないと、何も始まらないのだ。



「さてと、こっちの準備はオッケー。今から管理会社の方にハッキングを掛ける。30分後にはシステム全体を“落とす”から、そしたら連絡する」

 カールはそう言って、さらにパソコンの画面に乗り込んでいった。俺はディンたちを見渡し、合図を送るように頷いた。

「よし、それじゃ侵入開始といこうか」





21章


――得られるものと、失うもの――









 深夜2時を回り、俺たちは動き始めた。

 ジオフロントはここ、セフィロートの最下層の所にある。軍部の地下収容所は最下層ではないのだが、そこと内部で繋がっているとのこと。軍人や要人たち専用の宇宙港であるため、俺たちチルドレンはほとんど利用したことはない。先日行われた、FROMS.S残党狩りのミッションで使用された戦艦“三叉槍”フィラデルフィアは厳密に言えば民間企業「FGI」の所有物であり、一般の港から出航したためジオフロントは利用していないのだ。とは言っても、あの戦艦に関してはLEINEを介してのワープ航法を採っているため、港を利用する必要性がないともいえるのだが。

 俺たちは暗くなったセフィロートの市街区を抜け、ジオフロントへと向かった。市街区の下は基本的には下水道や地下鉄などが敷き詰められており、普通に考えれば入ることはない。どうも軍人がジオフロントへ行く場合、わざわざワープを使っているようだ。このただっ広いコロニーにおいて、移動が面倒くさいというのはわからんでもないが、そんなことのためにワープを用いるのは些か疑問の残るところではある。

 今回の作戦では、俺とディンとノイッシュ、そしてフィーアの4人が侵入し、メアリーを探し出す。カールは侵入する際と、脱出する際の監視システムハッキングを行ってくれるため、天枢学院の寮内で待機だ。

「前から思っていたんだけど、質問していいかな」

 闇に紛れるため、俺たちは普段の白い学院生の服ではなく、黒装束を身に纏って動いていた。そんな中、地下に通じる場所、絶対に入ることのない所だと思っていた「下水道」へと入り込む際、ノイッシュが言った。

「どうして、フィーアはGH……PSHRCIに入ったの?」

 素朴な疑問――というより、彼がずっと抱いていた疑問なのかもしれない。気に留めようとしなかっただけで、俺やディンも内に隠していた問いではあったと思う。

「どうしてって言われてもねぇ……」

 フィーアは腕を組み、うーんと唸った。

「ほら、PSHRCIって“人類による宇宙への汚染・蹂躙を阻止する”っていうのが世間一般で言われてる目的だろ? フィーアもそうなのかなって」

「ハハハ、そんなわけないじゃない」

 ノイッシュの言葉に、彼女は小さく笑った。人工的な明かり――それは、月光を真似て創られた青白い夜の光――が照らす中、思わずノイッシュは苦笑していた。

「それは所詮、大義名分。SICによる太陽系の資源独占、DRSTSとの共同で開発した技術などの独占。それに反感を抱く国家や組織はたくさんあって、それらの支援を得るためのものでしかないよ」

「SICに敵対してんのは、お前らみたいな組織だけじゃないっていうことか?」

 俺がそう問うと、彼女はこくりと頷いた。

「そりゃそうさ。……DRSTS初代長官・ヴォルフラム=ヴィルスが開発したCN、LEINE、ASAを絡めた、宇宙全てを網羅するためのシステム。それはある意味で、世界を牛耳るための代物――古代から人類が求め続けた、“神の遺産”そのもの。それを“単独で保持している”SICに対し、不満とか反感を抱くとこなんて、腐るほどいると思わない?」

 フィーアは手を広げ、ため息交じりに言った。膨大なエネルギーを持つエネルギー循環型システム・ASAと、それを統制・制御する超電脳LEINE、それらを利用して世界――宇宙全てを繋ぐネットワークシステム・CN。この3つは、彼女の言うとおり“使いようによって”は世界そのものを支配することのできるものであることは、周知の事実。いつの世にも支配者層というのはいるものだが、ここまで“力”を持つことは、恐れられているのだ。

「でも、開発したのはDRSTSだよな。SICにそんなことするつもりは無いんじゃ――」

 ノイッシュが言いかけた瞬間、女はそれを阻むかのように、彼の鼻頭に人差し指で触れた。

「DRSTSが設立する直前、ヴィルス博士は資金援助を世界に求めたわ。推定300兆ドル。そんなお金、ILASにも欧州連合にも、東アジア連盟にもなかった。それに、確実に作れるだなんて、当時の人は思わなかったでしょうし。けれど、資金の全てを出資したのはSIC。“宇宙開発という大義名分で得ている支援金”と、太陽系資源を各国に売り捌くことによって得ている金を使って、ね」

 目を何度も瞬きしているノイッシュから離れ、彼女は再びため息をついた。

「まるで最初っからSICからの支援を得るようにしか見えなかった。初めから、SICとヴィルス博士は結託していた――。そう思ってしまう人間が出てくるのは、必至だったのさ」

 たしかに、300兆なんて金……先進国の国家予算を遥かに超える金額だ。現代において最も先進的な国々と言えば欧州連合だが、いくらかき集めても100兆くらいが関の山だろう。仮にあったとしても、そんな金「はい、これでいろいろ開発してね」と簡単に渡せるもんじゃあない。

 すると、フィーアはくるっと俺の方に振り向き、指差した。

「あんたたちの行政機関「枢機院」、トップが今年変わるんでしょ?」

「ん? まぁ、そうだな」

 現枢機卿のエルバート=ボルドウィンが任期満了に伴い退くため、今年は10年ぶりの枢機卿選挙が行われる。GHがテロを本格的にするまでは、それに関連するニュースで毎日埋め尽くされていた。

「次のトップの最有力候補って、誰?」

「保守党のジークムント=オルフィディア事務次官だな。ぶっちゃけ、今だって老齢でまともに仕事のできないボルドウィン枢機卿に代わって、議長務めたりしているわけだし」

「その事務次官って、枢機院最大派閥の維持派でしょ?」

「ああ。……それがなんだってんだ?」

 俺が頭をかしげていると、彼女は「やれやれ」といった感じで頭を小さく振った。



「鈍いわねー。維持派……名称とは裏腹に、CNを世界に広げようとしている集団。事務次官はそのトップみたいなもの。もちろん、CNはSICの所有物。そうなれば――世界に網羅させれば、全世界を掌握したも同然じゃない」



「……!」

 各国を監視し、情報を管理し統制する――。ある意味、完全なる“管理社会”の実現ともいえるのだ。

「旗頭の次期枢機卿候補筆頭のオルフィディア事務次官を殺そうと考えるのは、私たちだけでなく“パトロン”もそうだっていうこと、忘れない方がいいわよ」

 彼女はそう言って、下水道へ通じる道路の蓋をこじ開けた。こいつの言葉は、まるで俺たちへの“警告”かのようだった。

「ほら、行こうよ。あと20分もないよ」

 女に急かされ、俺たちは下水道の中へと入って行った。






CNなどの基礎に関しては、約600年前の宇宙開発黎明期に完成していたと言われたが、その全てを実際に利用できるようにしたのは、稀代の天才科学者・ヴォルフラム=ヴィルス。特殊技術開発機関「Development and Reformation by Science and Technology in Space」――通称“DRSTS”を設立した、初代長官だ。“宇宙時代の奇才”と謳われ、彼が先頭で指揮し開発したものは多岐に渡る。理論的には不可能と言われたCNを、LEINEを開発し不安定だったASAを制御し、それでネットワークシステムを構築させ、実装させた。それは今から50年ほど前の話であるが、彼がいなければできなかったことではある。現代の宇宙史の教科書には必ず載っている人物なのだ。

「ヴィルス博士って、エデン戦役で亡くなったんだっけ?」

 下水道内部を走っている最中、ノイッシュが言った。下水道は複雑な迷路のようになっているが、カールから送られてくるデータによってどれが最短でジオフロントへ行けるか、きちんと理解できているのだ。

「たしかそうだったと思う。エデン戦役には、CNを搭載しているフィラデルフィアが初めて配備されたから、博士もそれに乗っていたんだったかな」

 と、少しずつ思い出しながらディンが言った。

「あれはSIC……いや、全世界最大の喪失だよねぇ。あんな人間、二度と生まれないわよ」

 フィーアはわざとらしく、大きなため息をついた。まるで俺たち、SIC側がきちんと守らないからと言わんばかりに。

「SICだってまさかあそこまでやられるなんて思わなかっただろうさ。てか、殺したのはてめぇらGHの奴らだろうが」

「……そ、それを言われちゃあ、反論のしようがないわね……」

 自ら墓穴を掘った彼女は、しょぼーんと顔を俯かせた。そのまま走ってると、こけるぞと言いたいところだが、敢えて放っておく。

「そう考えたら、GHは博士の殺害も目的だった――と考える方がいいのかな?」

 すると、ディンが思いついたかのように言った。

「スポンサーやパトロンの意向も反映し、SICに加担する科学者……敵の一人だといえども、かなり厄介な人物であることは間違いないわけだし」

「うーん、そりゃたしかにな。あの博士、武器開発にも結構手を出してたから、これ以上は危険って思われたのかも」

 現代兵器であるS兵器を改良させ、エレメントを利用したE兵器を開発したのも、ヴィルス博士。俺がGHだったら、できるだけ早く抹殺しておきたいって思うな。厄介にもほどがある人物だ。

「それにしても……下水道だっていうのに、下水道らしさがまったくないわね」

 ふと、フィーアが言った。セフィロートの地下下水道は巨大な空間になっており、地上の下水が通る巨大な管があちこちに張り巡らせているだけで、広々としたものになっている。基本的にはコンピューターが管理しており、人の手はほとんど煩わせないようになっているとか。

「これだけ広いと、いくら誰もいないからって、どこかで見られているような気がしなくもないわよね」

「……なぜ笑う?」

 えへ、と笑顔になる彼女に対し、俺は思わず問い返してしまった。見られたい願望でもあるのか、こいつ。

「他意はないわよ。でも、少しは“なんらかの障害”がないと、つまらないっていうだけ」

「今回に関しては、その方が助かるんだけどな」

「ディン、“今回だけ”っていうのもおかしいと思うよ……」

「え? ど、どうして?」

 と、ディンはノイッシュの返しに、ポカンとした表情をしていた。いや、これまでの犯罪etc……考えたら、こんだけじゃねぇしなぁ……。

『おーい、まだ着かないのかー?』

 すると、俺のアームからカールの音声が入ってきた。

『こっちはほとんど準備できたけど、あと10分で作戦開始するぞ。これに関しては早くも・遅くもできないから』

「すまん、もうちょっとで出入り口に着く」

『了解。着いたら連絡頼むぜ』

 再び、カールとの通信は切れた。

「少し急ごうか。システムハッキングなんて、最初で最後の方法だしね」

 ディンがそう言うと、俺たちはこくりと頷いた。ジオフロントに通じる出入り口扉まで、凡そ5分程度。何事も、早めに着いておく方が好ましいものだ。

 それにしても……この地下下水道、無駄に広い。下水処理場が別の所にもあるんだろうが、それにしたってここまで広くする必要性はないようにも思える。この空間を、もっと別の用途に利用できるんじゃないだろうか。敢えてしていないのか、若しくは“隠された目的”とやらがあるのか……。

考えたってしょうがないことではあるが。






「ここだな」

 広い空間から急に路地裏のような細い通路になり、そこを抜けると暗証番号で封鎖されている堅牢な群青色の扉が佇んでいた。

 俺はアームを起動し、カールのそれと繋いだ。

「カール、扉の前に着いたぞ」

『よし、待ってました。それじゃ、解除コードは……と』

 カタカタとキーボードを入力される音がするや否や、扉に備え付けられている暗証番号を入力するためのタッチパネルがチカチカと光り始めた。

『はい、解除完了』

 カールの言葉が届くのとほぼ同時に、そのパネルに「ACCESS OK」と表示され、扉が横滑りにサッと開いた。

「へぇ……いとも簡単に。これから、カールにはいろんなこと頼まないといけないわね」

 感嘆しながら、彼女は言った。

『おいおい、これ以上どんな犯罪を頼むつもりだよ?』

 と、カールの苦笑がアームから漏れてくる。

「あら、だってもう同罪じゃない。最後の最後まで、手を悪事に染めてもらうわよ?」

 うわ……ひでぇ女だ。これでもう、カールは俺たちからの頼みを断ることができない……。

『……ぜ、ゼノ……』

「俺に振られても困る。俺たちは一蓮托生ってことだ。……悪いな、カール」

「悪いとは思ってるんだね、ゼノ……」

「うむ」

 ディンの言葉に小さく頷き、俺は扉の先へと進んでいった。





 ジオフロント――

 一般の宇宙港と同程度の広さであるが、配備されている宇宙艇や宇宙船が数だけじゃなく、本質が違う。どれもが軍事用のものであり、物々しい殺気を放っている。

 ジオフロント内は暗闇に包まれており、監視センターのみ明かりがついているものの、全体は月明かりのような、青白く暗い色に染まっていた。地上と同じように、雰囲気だけは地球と同じようにしているのだ。

『それじゃ、今からプログラムを流し込む。そのあと、空白箇所へ誘導するから、言うとおりに動いてくれ』

「了解。頼むぜ、カール」

「……もし捕まっても、俺のことは言わないでくれよな?」

「何言ってるのよカール。もちろん、真っ先にあなたの名前を言ってあ・げ・る」

 まるで語尾にぶりっ子ハートマークが付いてるかのようで、俺はある意味恐ろしさで寒気がした。たぶん、カールは別の意味で寒気を感じているだろうが……かわいそうに。

『……わかったよ。それじゃ、始めるよ』

 心なしか、カールの声が弱くなっている気がする。

『よし、これで大丈夫。さぁ、行こうか』

「え、もう終わったの?」

 あまりにも何事もなく終わってしまったからか、女は思わず驚嘆していた。

『地味だけど、システムのハッキングなんて見えなきゃこんなもんさ。こっちでは必死に格闘しているんだけどね』

 カールのパソコンのモニター上では、きっといろいろなデータやプログラムと戦っているのかもしれない。

『可視化できないのが残念だけど、こっちは任せて。ほら、誘導するから行こうぜ』

 カールの誘導に従い、俺たちはジオフロント内へ歩を進めた。走っている時、カールからは「右」、「そこから45度左に曲がって」と、様々な指示が伝わって来ていた。民間の監視はどうにかできても、LEINEだけはどうにもできない。LEINEと民間との空白部分――そこを今、進んでいるのだ。

 そうやって進んでいくと、だんだんと監視塔に近づいて行った。発着場から随分と離れている場所に、それは建っており、人工的な月明かりを受けて、長細い建物は天井の方へと繋がっている。ここでの天井というのは、つまりセフィロート市街区の地下にあたる場所。俺たちも地下を通ってきたわけだが、それは本来であれば使用されることのない通路で、監視塔とは反対側の方にある。

 ジオフロント、いや軍港と言った方が正しいのだろうか。軍部の人間や、政府の要人しか使えない場所になるため、おそらく天枢学院を管理している特別教典局の人間では、出入りできないところかもしれない。ただ、評議員としての資格を持つヴァレンシュタイン局長だけは、ここに入ることはできるのだろう。元は軍部長官であり、特別教典局の上層部と軍部の癒着は昔から噂にはなっていた。

「ところで、お前は本当にGHを手引きした奴らを知らないのか?」

 ほぼ早足に近い速度で進む中、俺は小さな声で彼女に訊ねた。

「知らないわよ、残念だけど」

 フィーアはお手上げのポーズをして、苦笑した。

「でもSICの上層部なのは間違いないんじゃない? ここにあれだけの人数と飛行船を入れ込んでも、怪しまれないようにしてくれるほどだから」

「そうなると、かなり上の人になるんだよな……」

「たとえば?」

 ディンの呟きに、フィーアが質問する。

「そうだね。各部署の長官や幹部クラス、枢機院で言えば、枢機卿、事務次官、大臣クラスかな」

「殺されかけたってのに、事務次官が手引きするもんかね?」

「どうかな。わざとそう思わせているのかも」

 ノイッシュの言葉に、俺たちは頭をかしげた。

「もし仮に、SIC内に事務次官――維持派を潰そうと本気で考えている人がいたとして、事務次官がそれに気付き、わざと内部に侵入させ、テロを起こさせる。さらに、ジュピターでの急襲事件。あれだけ大事にすれば、“事務次官が狙われている”と世間に思わせることができる。そうなれば、秘密裏に彼を殺そうとしてた人たちは、逆に動きを制限されるだろ? 今はあまり行動できなくなるんじゃないかってことさ」

 しばらく何も事を起こさない――ということか。今何かすれば、ちょっとしたことでも世間は反応し、誰もがその動向を気にしてしまう。世間の目が“事務次官暗殺”の方から背けられるまで。

「……そうだとすれば、今回のFROMS.Sの事件は、別の奴らの仕業ってことになるんじゃねぇか?」

「それは、あの場所に事務次官や維持派に関係する人がいないから?」

 ディンの言葉に、俺は大きく頷いた。

「あそこでの出来事――もし本当にサラを連れ去ることが目的だとしたら、維持派だの拡大派だの、中央の派閥のことは関係ないように見える。別の目的としか思えないんだが」

「……一連の事件は、全てが繋がっていると考えちゃいけないのかもね」

 と、フィーアは呟くかのように言った。

「一つ一つの事件には、それぞれの目的があり、何らかの意図――何かを確認するためとか、本来の目的を見えさせないためのものでしかないとか、ね。ま、そういう風に考えれば考えるだけ、迷宮にどっぷりはまっていってしまうだけなんだけど」

 はぁ、と彼女はため息をついた。そうやって考えてしまえば、本来見えるはずのものが見えなくなることはよくあるのだ。物事は意外にシンプルであり、一つ一つの翻意を見透かそうとすれば、痛い目に合う。

 セフィロートにおける、初めての外部からの侵入。そして襲撃。

 ジュピターでの、事務次官を狙ったかのような急襲。

 そして、FROMS.S掃討作戦での、GHの介入とサラ誘拐……。

 通じるものと言えば、この女が所属するGHだけなのだが。もしかしたら、そればかり見てしまっていて、簡単に見えるはずのものが見えないのかもしれない。或いは、逆に本質を見抜こうとするあまり、本当の意図を見逃してしまっているのかも。

 どちらにせよ、今の俺たちができることは考えることと――行動すること。今の“行動”は、そのためのものなのだ。


 監視塔の裏口に辿り着き、カールの指示通りに暗証暗号を入力すると、さっきとは違い薄っぺらいガラス張りのドアが音も立てずに開いた。

『よし、それじゃあ放り込んだプログラムを回収するから、そこからは忍び足で頼むよ。監視カメラくらいは細工できるけど、警備の人たちはどうにかしてくれ』

「いや、それだけしてくれりゃ大丈夫さ。あとは俺たちに任せな」

『ゼノたちなら、なんだかんだで大丈夫だとは思うけどね。それじゃ、幸運を』

 カールの言葉が届くのと同時に、通信は途絶えた。彼に連絡するのは、メアリーをさらうことに成功してからになる。

 これからこの監視塔内部を進み、ずっと登っていけば軍部の地下収容所に辿り着ける。所要時間は、目安で15分程度。あまり時間はかけていられない。

 監視塔内部は光に満ちており、とても夜とは思えないほど。壁や通路までもが白いもんだから、さっきまで暗い場所にいた俺たちにとっては、少々目に堪えるものだった。ただ深夜ということもあり、あまり人の気配はしない。残念ながら、今回は監視塔内部の地図を得ることができなかったため、アームで人のいる場所などを把握することはできない。

「さて、ちゃっちゃと行きますか」

 フィーアは何度か屈伸をして、うーんと大きく体を伸ばした。まるで、今さっき起床して動き出そうとした人かのように。

「フィーア、少しは緊張感持ってやれ」

「そんなものあってもなくても、結果なんて変わらないわよ。それ、古い根性論みたいで私嫌いなんだよね」

「てめぇの好き嫌いなんざ知るか。根性論を認めるつもりはねぇが、気持ちは大事ってことだ」

「はいはい、いちいち細かい男だよねぇ」

 ぶつぶつ言いながら、忍び足で動き出した俺の横を歩きだすフィーア。ただ単に文句垂れたいだけなんじゃないのか、と言いたくなるが。





 その時、走り始めたゼノとフィーアの後ろで、ディンは目をパチクリさせていた。

「ディン、どうした?」

 そんな様子を見て、ノイッシュは訊ねた。それで我に返ったのか、ディンはハッとした。

「い、いや、なんでもない」

「……ディンらしくないな。ほら、行こうよ」

「ああ」

 ノイッシュに急かされ、彼も音をあまり立てないよう、走り始めた。

 ――ゼノが、フィーアの名前を“言った”。そこまで気になるはずのことでもないのに、なぜか驚いてしまっている自分がいる。

 なぜなのだろうかと――ディンは思った。些細なことなのに。





 監視塔内部を突き進み、「フロア7階」まで達すると、そこからは螺旋階段になっていた。上を見上げると、屋上――収容所に通じるフロアに繋がっているような気がした。この建物の大きさから考えて、この長い螺旋階段は他にはないだろう。この螺旋階段を登る際、フィーアが「うわ、また登るんかい」と、いやそうな顔をしたのは言うまでもない。

「結局聞きそびれたんだが」

「んー?」

 螺旋階段を登っていく中で、俺は女に訊ねた。

「ノイッシュの質問に乗じて聞くが、なんでお前はGHに所属してんだ?」

 地階に入り込む際、結局その質問はうやむやにされてしまった。なんとなくではあるが、こいつがGHの掲げている“人類による宇宙への汚染・蹂躙を阻止する”という目的のために入ったわけではないのだろうと感じていた。

 フィーアは階段を登りながら、俺を見て、小さく息を吐いた。

「身の上の話をするのはあまり好きじゃないんだけど……ま、あんたたちなら信用できるから、いっか」

 どことなく微笑んで、彼女は紅い双眸を俺のそれ――彼女と同じような、紅い瞳――に向けた。

「私が孤児だったって話、言ったよね。私は孤児だけど、母代わりの人がいてさ」

 それだけ聞いていると、サラと境遇がよく似ていると――思った。

「私はこの太陽系からずっと離れた、欧州連合の領域内にあるコロニーに住んでいたんだ。そこはベツレヘムαっていうコロニーで、SICの研究施設がたくさんある、少し特殊な所だった。なんの研究をしているのかは知らなかったけど、どうして自分たちが管理している太陽系ではなく、そこで実験しているのか……別にそれを気にしている人なんていなかった」

 SICからの莫大な補助金が入るから、と嘲笑するかのように、彼女は言って笑った。ベツレヘム……聞いたことがあるような気がする。何かの授業で……。

「私はそこで3歳くらいまで住んでた。記憶なんてないけど」

 俺が思い出す前に、彼女は言った。隣のディンとノイッシュも眉間にしわを寄せているから、おそらく俺と同じで思い出せないのかもしれない。

「15年前、ある事件が起きた。それはCNを利用しての実験。ブラックホールを生成し事象の地平線を発生させ、次元を歪ませるものだった。でも――」

 フィーアは立ち止まり、険しい顔をして前を見つめた。螺旋階段は監視塔の壁や通路と同じで、真っ白だった。ただ手すりなどは黒いメッキで装飾されており、白と黒でやけに目立つコントラストとなっていた。

「実験は失敗した。局所的なブラックホールを制御しきれず、コロニーそのものを飲み込んだ。コロニーにいた人は、私を含めて3人しか助からなかった。私の母代わりの人も、もちろん“消えた”。死体なんて見つかっていないけど、ブラックホールに飲み込まれて生きてる命なんてないからね」

 ハハ、と彼女は笑った。


 CN、ブラックホール……思い出した! ベツレヘム消失事件だ!


 行方不明者約20万人、工業衛星として機能していたベツレヘムはSICに接収され、CNの実験が行われていた。主にワープ航法――次元と次元の壁を歪ませることで、瞬間的に移動を行う航法で、その実験があそこで行われていたと聞く。あの事件は当時、世界を震撼させ、SICに対する批判の嵐は相当なものだったという。しかし、SICはその強大な力を使って内外の反論者を粛清・追放し、その数年後にはワープ航法が実装された。失敗する確率は、ゼロではない。

「まさか、あの事件での生存者が……君だったなんて……」

 ディンも思い出したのか、呟くかのように言った。顔は驚きに満ちている。

「それが理由でSICを恨んでいる――わけじゃないけど、切っ掛けはそれさ。結局のところ、人が手にするべきものじゃないんだよ」

 フィーアはそう言いながら、腰に手を当てて俯いた。

「言っただろ、“神の遺産”だって。エネルギーをほぼ永久的に利用できるASA。それだけでも化け物みたいな存在なのに、制御できるようにしてしまうシステム・LEINE。それらを利用して、遠大な宇宙を紡ぐネットワーク・CN。……人の手には余る存在なんだよ。まるで神様の力を、“技術”や“科学”といった形で手にしてしまったようなもの」

 彼女は頭を左右に小さく振った。

「どれだけ前に進んでも、その探求心が潰えることはない。ウルはよく言っていたよ。“科学技術は神々への無謀な挑戦であり、人類の罪にして罰だ”って。……高みへ辿り着くための“術”を生み出してしまったヴィルス博士は、一番の大罪人なのかもしれないけどね」

 人類史上最大の功労者が、人類史上最大の大罪人――皮肉よね、と彼女は笑った。

「人は離れるべきじゃなかった。母なる星から」

 フィーアは頭上を見上げ、目を細めた。白い壁が続く中、黒い階段――まるで暗黒の螺旋が、白い世界を渦を巻いてだんだんと中心に収束していくような、どこか不安を煽られるような光景だった。



 ――ヒトはどうして、星を離れたのだろうか――

 


 どこからか、声が聴こえる。



 ――星の下を離れ、ヒトは未来への活路を見出そうとした――

 ――滅びの扉は開いているのだから――

 ――僕は信じた。可能性を。未来への君たちに――



 男の声が聴こえる。いつもの声だ。



 ――全てを捨て去らねばならなかった。神々はその罪を、人類に押し付けたのだ――

 ――これはヒトが、己が足で“歩く”ためのもの。神に対抗するための――



 これは……違う。今までとは違う男の声だ。誰だ……?



 ――アベルの都に沈みし、神々の英知。私は古代の遺物を呼び起こしたにすぎん――


 ――ゼノ=エメルド――


 ――わかるか? 貴様も奴らの駒でしかないのだよ――






「――フィーアは、SICを葬ってしまいたいのか?」

 ディンの言葉に、俺は呼び戻された。まただ……また、一瞬の間だけ意識が飛んでしまっていた。俺は頭をはっきりさせるために、頭を何度か振った。

「憎んでもいないし、恨んでもないわ。そんなことしたって、意味のないことだからね。どこかの誰かさんとは違って、それくらいはわかってるつもり」

 フィーアは嘲笑するように、クスクスと笑った。それは誰のことを指すのか――と考える前に、彼女は再び歩を進め始めた。

「私はこれ以上、人類を“手の届かない神々の領域”へと進まないようにしたいだけ。それだけよ」

 神の産物――

 あまりにも強大すぎるが故に、ヒトはそれに恋そがれ、手放したくなくなるものだ。それを護るために、突き進むために多くの犠牲を払い続けるのもまた事実。

 所詮は、何かを得、何かを失うということ。それだけのことなのかもしれない。それが行き過ぎているのだ。だが……。

「でもそれで多くの人を殺すっていうのは、本末転倒じゃないのか?」

 ディンは小さく頭を振った。まるで、否定するかのように。

「どんな理由があるにせよ、人の命を奪うのは許せないことだ。SICだって、GHだってね。……だけど、叶えたい望みとか、実現したい未来とか、そういった夢を語るなら……暴力や武器で解決しようとしても、結局はそれと同じような報復を受けるだけだと思う」

 すると、彼女は階段の中腹で立ち止まり、振り向いた。

「馬鹿ね。それは大昔から続けていることよ。どちらが覇権を握り、世界の方向性を定めるか。悪人が支配すれば、その人は“善”となる。所詮、正義なんてものはこの世に存在しないのよ。この螺旋は永遠に続く。ヒトなんて何千年も、何万年も同じことを繰り返している。今更変えられるとでも思っているなら、相当おめでたいと思うけど」

 フィーアの紅い双眸が、ディンを睨みつけているように見えた。ありきたりな正義を語るな――といわんばかりに。

「……誰かがやらなきゃ、誰もやらないじゃないか。どこかでその“螺旋”を断ち切らないといけない。でないと、ヒトはその破壊範囲を広げ続けるだけだ」

 螺旋、ずっと続く螺旋。どうして、ヒトはそれを断ち切れないのか。

 すると、彼女はハァー、と大きなため息をついた。

「もういいわよ、そういうのは。正義も悪もないのよ。世界に満ちているのは、絶対的な悪だけ。神様なんてものは存在しないし、していても高みの見物をしているだけで助けちゃくれない。平和な世を希う人々がいても、その人たちを永遠に幸福な人生を歩ませることなんて、ありもしない。こんなにも不完全に作っておいてね」

 それは俺たち、人類のことなのだろう。

 不完全、あまりにも。それが故に、求めてやまないのだ。

「……気分を害したわね、ごめん。時間がないのに」

 フィーアはそう言って、俺たちの方に向けて小さく頭を下げた。そして、すぐに向き直り、「行こう」とだて言って、階段を一人で登り始める。俺たちも無言で、その後に続いた。


 闘う理由。命を懸ける意味。

 俺たちはどうして、争い続けるのだろう。何を求めているのだろうか。

 その果てに得られるものは、本当に代償に見合ったものなのだろうか。


 答えが得られるのは、本当にずっと後。数千年も先のことなのかもしれない。

 いや、もしかしたら、永遠に彷徨い続けるだけなのか。

 この広い宇宙の中で。


 螺旋階段を登り、辿り着いた場所には扉があり、そこを抜けると少し広いフロアが広がっていた。何もない、まっさらな空間で、先には「地下収容所」へと通じる扉がぽつんとあった。

「やれやれ、長い階段だったな」

 俺は大きくうなだれ、汗を拭った。女も同じようにして息を吐き、「もう登るのはこりごりよ」と言っていた。以前もあの山に登ったばかりで、飽き飽きしていたのだとは思う。





「本当にここから来るとはな」








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ