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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第1部:無限と有限が重なり合う中で~schicksalhaft Begegnung~
20/96

18章:燻ぶる闇色の焔

 俺は中腹の出口から出ると、もう一度アームで連絡を試みた。……くそ! 繋がらねぇ! 山から出ないと、連絡を取ることができないようだ。

しかし、周囲を見渡しても、耳を澄ましてもこの山で戦闘が行われている音などは一切しない。

「……頂上は、関係ないな。じゃあ、一体どこに……」

 俺は市街地の方へと目をやった。そこでは、赤い閃光や光の玉があちこちに発射されている。激しい戦闘が行われているようだ。

 もしかしたら、ディンたちは正規軍の救援のために市街地へ向かったのかもしれない。俺と連絡が取れないことから、既に他の敵と戦っているか、格納庫へと進んだと判断したのかもしれない。

 俺は距離にして2~3キロ離れた市街地へと向かった。



 山から下りると、俺は走りながらディンへ連絡を試みた。そして、ようやく繋がることができた。

「ディン! 今どこだ!?」

 俺は画面が出るや否や、すぐに声を発した。だが、映し出された画面の中に彼の姿はない。

『ゼノか!? よかった、無事だったんだな!』

 ディンの声が伝わってくる。しかし、どこか急いでいるようにも感じる。彼の声以外にも、銃声や爆撃音なども轟いてくるのだ。

「お前たちはどこにいるんだ? 市街地か?」

『ああ。さっき、司令部から市街地の救援に向かえって言われてね』

「そんなに苦戦しているのか?」

 チラッと、俺は市街地に目を向けた。たしかに、思ったよりも苦戦しているように見える。だが、まだ遠くて現状がわからない。

『敵が持っている機動兵器がなかなか手強くてね。それに、こっち側の新兵器もうまく動いてくれていないんだ』

 新兵器――格納庫にあった、あの無人機群のことだ。どうやら、あれは正規軍が苦戦した場合に備えて配備されていたものらしく、結局使うことにしたのだが、7割近くの機体が戦闘に不備があるということで使うことができず、残りの機体が異常をきたし、敵味方関係なく攻撃しているとのこと。

 ディンたちは、その破壊も兼ねて援護に向かったのだ。

『ともかく、すぐに――――』

 その時、画面が大きく揺らいだ。破片が飛び散り、黒煙が広がっていく。

「ディン!」

『気にするな! 僕たちは大丈夫だから、早く援護に来てくれ!』

「……了解! 待ってろよ!!」

 そう言うと、画面の中に彼の手だけが表示された。親指を突き立てたと思ったら、画面はすぐに切れてしまった。

 “僕たちは大丈夫”か。それは、サラも大丈夫ってことだろう。

 俺はアームで市街地の情報を探りながら、そこへと急行した。



 市街地――。そこは、どちらかと言うと廃墟に近いものだった。道路はひび割れ、マンションやビルなどはあちこちが崩壊してしまっている。地面には瓦礫などが無造作に散乱していた。それは過去に落ちたものもあるが、今の戦闘で落ちてきているものも多数あった。空中では、SICの無人機と思われる機体が飛び交っている。そのどれもがコントロールを失い、目的もなしに飛んでいるように見えた。そして、地上には――

「てめぇら……FROMS.Sか!?」

 あの蛙型の機動兵器4体が、俺を阻むように出現した。

『こいつ、チルドレンだ!』

『目的の奴とは違う。排除するぞ!』

 奴らは一斉に機関銃を発射した。俺は右へと跳躍し、崩れかけたビルの壁から敵の上空へと移動した。

「そんな攻撃が当たるかよ!」

 宙で回転し、俺はとっておきのエレメントを解放した。ここで足止めを食らってる暇はねぇんだ!

「プラズマ、Lv4!」

 俺のかざした左手が黄色く光り、一瞬にして地上に電気の球体が具現化された。それはすぐさま四散し、根を生やす樹木のように電流が機動兵器たちに纏わり付いていった。

『な、なんだこれは!?』

そして、電流が内部に入り込んだ刹那、引火して爆発を起こした。俺は地上に着地し、ただの鉄屑となった機体らを背に、再び走り出した。

 アームに表示されているディンの居場所は、ここから北東に400メートル。その方向へと目を向けると、大きな爆発音や銃撃音が響いている。市街地を右へ、左へと曲がりながら俺は走った。

 どこか、俺は不安を感じていた。“あの時”と同じような、妙な胸騒ぎを抱いていた。何が起こるのかなんてまったくわからないが、FROMS.Sは俺たちと戦うことを望んでいたということははっきりしている。この圧倒的な戦力差の中において、奴らは何かをしようとしている。それが“とてつもなく凶悪なこと”のような気がしてならない。杞憂であればいが、この緊迫感がその余裕さえも消し去っていた。

 みんな、無事でいてくれ……!




 そこは大きな交差点だった。信号は折れ曲がっており、灰色の煙や黒煙が周囲を覆っている。その中で、ディンは戦っていた。あれは……!

「ディン!」

「!! ゼノ!」

 俺に気付いたディンは巨大な鋼鉄の手の攻撃を避け、俺の隣へとやって来た。

「ディン、大丈夫か!?」

「ああ、大丈夫。それより、こいつをどうにかしないと!」

 機動兵器の足下に、正規兵と思われる人たちが無造作に横たわっていた。中には踏みつぶされたのか、ただの肉塊となって原形を留めていないものまであった。しかし、こいつだけで正規軍がやられるはずがない。他にも、同じような機体がいると考えた方がいいだろう。



「あら、お久しぶりね」



 その時、巨大機動兵器の上部の空間に霧みたいなものが集合し始めた。それは瞬く間に人の形へと変貌し、女性となった。それと同時に、機体の動きも止まった。

「お前は……エルダか」

「覚えていてくれたなんて、嬉しいわ」

 クスッと、その女――エルダ=ゼルトサムは笑った。あの時と同じように、紫色のローブを身に纏い、異様な空気を醸し出している。

「あなたも面白かったけれど、その子もとても面白いわね。あなたたちをこんな場所で戦わせるなんて、すごく勿体ない」

 エルダは俺とディンを交互に見つめ、口元に手を添えて笑う。奴の他に人がいるような気配は――――ない。来ている幹部は、こいつだけなのかもしれない。

「FROMS.Sに手を貸しているのは、お前か」

「私と言うよりも、“全て”と言った方が正しいわね」

 全て……それはつまり、GHが全面的にFROMS.Sをバックアップしているということだろう。

「あなたたちは、何が目的でFROMS.Sに協力しているんだ?」

 ディンはエルダの方を見上げ、言った。

「目的? ……まぁ、ただの“お遊び”と言ったところかしら」

 そう言いながら、エルダは廃墟の市街地を見渡した。未だ、戦闘の音がこの土地に響いている。

「そんなことのために、わざわざ僕たちを戦闘に巻き込んだのか!?」

 ディンは声を荒げた。正規兵が殺され、“もの”のように踏みつぶされていく様子を見てしまったのだろう。

「何を呑気なことを……。人というのは、所詮そういうものよ。私たちにしても、あなたたちにしても、互いを貪り、互いに穢し合う。これを“至高の娯楽”と考えることは、何も間違ったことではないわ」

「娯楽!? 人殺しが娯楽だって言うのか!」

「ディン、止せ」

 俺は怒りに震える彼の手に、自分の手を添えた。

「お子様ね。あなたたちがしていることも、同じこと。己の正義こそが真実と思い込み、それ故に殺し合いの連鎖を繋げてゆく……。ふふ、“永遠の円環”とはよく言ったものだわ」

 彼女は笑いを抑えることができないのか、大きく声を出して笑い始めた。そういった考えが許せないディンにとって、これほど挑発されたことはないだろう。だが、こういう時こそ冷静でなければならない。それでは奴の思うつぼなのだ。

「お前らがしようとしていることはなんだ? FROMS.Sを利用して、何をしようとしている」

 俺がそう言うと、奴は笑うのをゆっくりと抑えていった。

「思ったよりも冷静ね。“正義”が大好きなのは、彼だけではないでしょう?」

「…………」

 そりゃ、冷静にもなるさ。お前のような“強敵”を相手に、どうすればいいのか分からなくなっているのだから。

「質問に答えな。俺たちをおびき寄せ、何を企んでいる? ……あの“塔のようなもの”は、一体何だ?」

「あれを見たのね。それこそが、“彼ら”がしようとしていることの一つよ。もちろん、あれだけでは何も起こらないけれど」

 彼ら……? それは、FROMS.Sのことを指しているのだろうか。

「私たちは、そのお手伝いをしているだけ。“儚き命が求める、その先の真実”……そうしたところで、何も得られることはないのにね」

 エルダは嘲笑した。それが俺たちに対するものではないことは、すぐにわかった。この場にいない“誰か”に対するものなのだ。

「もういいかしら? あなたたちと話してる時間はないの」

 エルダはそう言って、右手をかざした。それと同時に、今まで静止していた巨大機動兵器が機械音を立てながら、動き始めた。

「エルダ!!」

「あなたたちの相手は、この子がしてあげる。存分に、その“欲望”を撒き散らしなさい……愚かな幼子たち」

 すると、エルダの体が薄くなり始めた。すぐに霧状となり、それは北の方角へと消えて行った。

「き、消えた……!?」

 ディンがその光景に目を奪われている時、巨大機動兵器は四本の腕を振り回しながら俺たちに突進してきた。

「ディン、やるぞ!」

「あ、ああ!」

 振り下ろされてくる巨大な鉄の塊を俺は右に、ディンは左に避けた。そして同時に跳躍し、エレメントを発動させる。


「バースト、Lv10!」

「バースト、Lv10!」


 互いの炎の爆弾が、左右で炸裂する。爆発と共に、巨大機動兵器の体が大きく揺れる。しかし、以前と同じようにまったく効いていない。機体の一部が黒ずんだだけだ。

「この程度じゃ効かない!」

「わかってる。クレセンティアの硬度を最大値に上げろ! そうすりゃ、腕くらいは斬り落とせる!」

 硬度を上げる――それは、自分のエレメントを武器に纏わせること。そうすることで威力が大きく増し、分厚いものでも斬り裂くことができる。

「ディン、お前は右腕の接合部分を頼む!」

「了解!」

 俺たちは地上に着地すると、機体の後方へと走り、腕と上部の接合部分に向かって跳躍した。

「うらあぁぁ!!」

 体重を乗せ、俺たちは接合部分目がけて剣を振り下ろした。一閃――巨大な奴の四本の腕は、大きな音と共に地上に落下した。

「よし!」

 俺たちが同じ場所に着地し、奴の方に振り向いたその時――――機体の中心部分が開き、光が一瞬にして集結していた。あれはまさか、あの時と同じ巨大光線!?



 ゴォッ――――



 閃光と共に、それは発射された。俺は自分とディンの前に、障壁を最大限発生させた。

「同じ攻撃にやられてたまるかァ!!」

 巨大光線が障壁にぶつかった瞬間、まるで地震が起きているかのように体が揺れた。それは、障壁が威力で振動しているだけで、うまく防げているということだ。数秒ほどで、光線は消えた。

「喰らいやがれ!」

 俺はグラディウスを思いっきり振り上げた。その斬撃で発生した巨大な刃は、巨大機動兵器のフロントに大きな爪痕を残した。そこに、ディンは俺と同じように大気を裂く衝撃波を発生させて叩き込んだ。

 ――よし、内部が開けたな!

 俺はディンに目で合図をし、俺は右手を、彼は左手をかざした。

「プラズマ、Lv5!」

「レイジング、Lv5!」

 俺が発生させた電気の球体と、ディンが発生させた炎の渦は機体に刻まれた巨大な爪痕に集まり、融合した。それは炎と電流が複雑に絡み合い、一瞬にして機体の内部に入り込んで行った。それらは切り落とされた腕の接合部分からも吹き出し、故障したかのように電流が表面を伝う。そして、巨大な爆発が生じた。

「派手だね!」

「そりゃ、融合煉術だからな!」

 爆風で吹き飛びそうな体をしっかりと抑えつつ、俺たちは笑っていた。爆風が止むと、宙に舞った破片が地上に降り注いできた。そのどれもが、未だ電流を伴っていたり、火の粉が纏わり付いていた。

「イテテ……ゼノの電気のせいで、指がびりびりするよ」

 ディンは苦笑しながら、その手を俺に見せた。

「ちょっと距離が近かったからな。それを言ったら、お前の炎だって俺の爪の先を焦がしてるっての」

 たんぱく質が焦げた時の、独特の匂いがした。ちょっと黒ずんでいるくらいだが。

「ディン、サラはどうした?」

 周囲に目をやっても、彼女の姿が見当たらない。戦闘をしている時は、見つけることを忘れてしまっていた。

「サラなら、ディアドラたちと一緒にいる。さすがに、彼女を庇いながら今のと戦うのはきつかったからね」

「そうか……」

 ディアドラが一緒なら、無事だろう。彼女は慎重な女性だし、戦闘能力がほとんどないサラを連れて、むやみに戦おうとはしないだろう。

「それで、どこにいるんだ?」

「たぶん、安全な教会地区あたりにいると思うんだけど……」

 と言いながら、ディンは自分のアームを開き、彼女たちの居場所を探った。

「東の方にある教会にいる。他に何人かいるみたいだ」

「とりあえず、そこに行こう」

 俺がそう言うと、ディンは頷いた。俺たちは、ここから200メートルほど東にある教会へと向かった。


 後になって思えば、俺はもっと慎重になるべきだった。これから起ころうとすることは、膨大な歴史――いや、それを測ることさえできないほど積み重ねられた――の一端でしかないにしても、それは本当に大きなことだった。


 俺にしても……ディンにしても。






「あ、ゼノ! ディン!」

 俺たちに一番早く気付いたのは、ディアドラだった。欧州風の古臭いレンガで建造された教会の中で、彼女たちはケガ人などの治療に当たっていた。彼女の声と共に、他の人たちも俺たちに目を向ける。もちろん、サラも。

「無事みたいだな、ディアドラ」

 俺はディアドラに歩み寄って行った。彼女は、ケガをして横になっている正規兵を包帯でぐるぐる巻きにしている最中だった。それにしても、包帯を巻き過ぎなのでは……。

「当たり前じゃない。だてにチルドレンをやっていないわよ」

 そう言って、彼女はニコッとほほ笑んだ。とは言え、正規兵だけでなく、何人かのチルドレンもケガをしているようだった。教会の中は、やはり廃墟だった。天井には十字架が掲げられていて、長机が並んでいるものの、ほとんどが破損して散らばっている。

「けど、ちょっと被害が大きいのは否めないかな」

「被害状況は?」

「正規軍の4割がやられた。チルドレンも、戦闘可能なのは100人もいない」

 既に何体かの巨大機動兵器を退けているものの、投入された新兵器群がうまく機能せず、敵味方関係なく攻撃をしてきたとのこと。チルドレンはそれによるケガが多かったようだ。

「フィラデルフィアとは連絡を取ったのか?」

 そう訊ねると、彼女は小さくうなずいた。

「そうなんだけど……どうも、宇宙空間で奇襲されたみたい」

 宇宙で待機していたフィラデルフィアは、GHの戦艦に奇襲されたとのこと。被害は少なく、撃退しつつあるがこちらの支援をするのは難しいらしい。

「ったく、新兵器のコントロールができなくて自爆したってんじゃあ、笑い話にもならねぇ」

 俺は思いっきりため息を漏らした。

「そう言うな。最初はうまくいっていたみたいだけど、途中からウィルスのようなものを仕込まれたみたいなんだ」

 と、ディンは言った。

「ウィルス? 司令部がやられない限り、ウィルスが全体に蔓延するなんてことあり得ねぇだろ」

「それが、列を成して飛んで行く無人機たちに霧みたいなものが纏わり付いた途端、コントロールができなくなって……」

 ディアドラは疑問を浮かべながら言った。そのため、汚染されたのは一部だったという。

 霧……まさか、エルダか? 内部に侵入して、独自のウィルスでも仕込んだってのか? そんなことができるとしたら、さすがのSICもお手上げだ。しかし、そんなことが可能なのは幹部であるやつぐらいなものだろうし、他に思い当たる節が無いのも事実だ。

「大体の無人機は破壊・停止させたから、もうちょっとよ。今、ノイッシュや正規軍が残りの機動兵器を破壊しているところ」

 正規軍のS兵器を存分に使えば、あの巨大機動兵器もなんとか破壊できるようだ。

「……ゼノ」

 その時、俺の隣にサラがぽつんと立っていた。怒られるのを怯えている子供のように、顔を俯かせて。

「大丈夫? ケガとかは……」

 心なしか、声も弱い。いつもの彼女ではないみたいだった。

「ああ、大丈夫。俺もディンも無事だ。な?」

 と、俺はディンに促した。彼も「もちろん」と言って、サラに笑顔を向ける。

「けど、腕から血が出てるよ」

「ん?」

 サラに指摘されたとおり、右腕から血が出ている。たぶん、メアリーに撃たれた時のものだろう。

「銃弾をかすめただけさ。気にすんな」

「そっか……」

「そういうお前は大丈夫なのか? 少し顔が青いぞ」

 少し俯き加減の彼女の顔を、俺は覗き込んだ。すると、サラはそれから逃げるように顔を背けた。いきなりで照れてしまったのか、それとも単に嫌だったのか、よくわからんな。

「ちょっと……気分が悪いだけ」

「…………」

 もしかしたら、多くの死体を見てしまったせいかもしれない。サラはあまり“戦場”というものに慣れていない。血や肉片が飛び散る光景や、さっきまで生きていた命がただの躯になる瞬間に。

 俺は彼女の頭に手を乗せ、ポンポンと優しく触れた。

「あんまり無理すんな。我慢するなんて、お前らしくもない」

「……我慢してるわけじゃない」

 ムスッとした表情で、彼女は言った。

「だったら、いつもみたいにしておけって。お前が笑ってくれねぇと、俺たちまで気が滅入っちまうし」

「…………」

 俺はニコッとほほ笑んだ。すると、彼女は再び俺から顔をそらした。頬が赤いところから見るに、照れているのだろう。そして、我慢しているのだ。涙が出てしまうのを、必死に。みんなの足手まといにならないように。

 サラはサラで、自分の足で前に進もうとしているのかもしれない。それが間違っているとしても、俺に非難されるとしても。……いや、俺に“非難される”からこそ、やろうとしていたのだろうか。自分は一人でやれるよという、意思表示をするために。

「サラ、悪いんだけど水を取って来てくれない?」

 そんな俺たちの様子を見ながら、ディアドラが言った。

「念のために、ゼノも行ってあげてね」

「え!? い、いいよ、そのくらい一人で行けるから」

 サラは顔を赤くしながら、手を振って否定した。何をそんなに照れてしまっているのか俺にはわからんのだが。

「念の為って言ってるでしょ? ゼノがいれば、ある程度は大丈夫だろうし」

「やけに適当な言い方だな……」

 信用されていると解釈していいのだろうか……。

「ここの水は出ないのか?」

「さっきまで使えてたけど、爆撃で破損してね。外を出て隣のビルに水道があるから、そこでお願い」

 ディアドラは、腰に手を当てて言った。ちょっと危険だが、ケガ人がいるなら水は必須だからな。しょうがない。

「おら、さっさと行くぞ」

「え? あ、うん……」

 俺が歩き出すと、サラは後から付いてくるように歩き始めた。

 どこかよそよそしいのは、最近あまり会話しなかったせいだろう。たしかに、ケンカして以来だったから、ちょっと会話しにくいのはしょうがないと言えばしょうがないのだが。


「ゼノは、こういうのやっぱり嫌?」


 俺の後ろで、サラは小さく言った。振り向くと、彼女は俺の顔を見つめていた。

「こういうのって、何が?」

「戦ったりすること」

 それは人殺しも含まれているのだろうか。俺にとっての“戦う”ということは、人を殺すことで何かを護るということなのだから。

「嫌というか、もう当たり前のようなもんかな。何年も同じようなことしてっから」

 14歳の時から、こういったミッションを繰り返してきた。4年前の時もそうだったが、既に大勢の人を殺しているせいで、感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。

「……本当は、こういうのは間違ってるのかもしれない」

 サラはそう言って再び歩き始め、俺の前へと行った。

「私、前まではゼノと同じように、やればできると思ってた。でも、実際はそうじゃなかった」

 彼女の背を見つめながら、俺は彼女の歩幅と同じ感覚で歩き始めた。実際はそうじゃない――そりゃ、残酷だがCG値がそれを示している。天枢学院に入学した、その時点で。

「どうして戦わなければいけないのか、どうしてこんなミッションを私たちみたいな“子供”にやらせるのか。……ゼノみたいに特別な人だけが、それをこなしていけるんだって思ってた」

 サラはゆっくりと前へ歩く。


「けど、やっぱりゼノも私みたく、苦しんでる」


 俺が、苦しんでる? どういう意味なのか、よくわからない。すると俺が訊ねようとする前に、彼女は立ち止まって俺の方に振り返った。

「そういう葛藤が、誰にでもあるんだってわかった。ゼノは自分を苦しめたとしても、私みたいな“何もわかっていない人”に教えてくれてた」

「……そういうつもりはなかったけどな」

「そうだろうね。だけど、ゼノがため息しているのを見て、最近なんとなくそう思ったの」

「ため息?」

 そう訊き返すと、彼女は小さくうなずいた。銀色の髪が、優しく揺れている。建物の隙間から入ってくる風が、そうしているのだ。

「いつのかは教えてあげないけど、ゼノもいろいろと考えてるんだなって」

 ニコッとほほ笑み、彼女は再び出入り口の方へと歩き始めた。……こうしてサラの笑顔を見たのは、ちょっと久しぶりだった。

「失礼な奴だな。俺だって、それなりに考えてんだよ」

 俺がそう言うと、彼女はクスクス笑い始めた。

「ごめんね。……気付くのが遅かったと言えば、それまでなんだけどさ」

「…………」

 気付くのが遅かった――。その言葉の中には、どこかサラ自身に対する罪悪感のようなものがあるように思えた。けど、俺にとってもそうだった気はする。“気付くのが遅かった”、と。

 彼女は出入り口の扉の前に立ち止まり、再び俺の方に振り返った。

「ゼノに護ってもらうだけの人間じゃなく、自分で自分の身を護れる人間になる。そうしないと、ダメなんだよね」

 彼女は笑顔を俺に向けた。いつもの彼女の笑顔ではなく、別のもののように感じた。


 ――別のもの?


 そう、今までの笑顔とは違うものだった。たくさんの優しさや、離れていくような寂しさ……それだけでなく、一つのものを求める純粋な想いが、そこにあるように見えたのだ。今までのサラではなく、一歩前の――先へ進もうとする、彼女の新しい姿なのかもしれない。なのに、どうして寂しいという感情があるように感じるんだ?

 そうか……。俺は、彼女と同じだったんだ。俺もまた、心のどこかで“寂しい”と感じているのだ。それは彼女が前に進もうとすることに対して、俺も寂しいと思っているのかもしれない。

「早めに、そうなってほしいかな。お前のお守り、いい加減めんどくさいってんだ」

「何よ、別にそこまで迷惑かけてないじゃない!」

 俺の皮肉に対して、サラはいつものようにイラっとした表情をして見せた。

「はいはい、本人は気付かないからいいですよね~」

「何よそれ!」

「ほら、さっさと先に行けっての」

「わかってるよ!」

 俺が促すと彼女はふんと突っぱね、出入り口の扉を押しあけた。



「封呪・連式――エレメンタリィ」



「なっ――!!」

 その時、緑色の淡い光が俺たちを包み込んだ。俺が咄嗟にグラディウスを取り出そうとする前に、体がうまく動かなくなった。麻痺してしまったかのように、体がしびれているのだ。

「くっ……、こ、これ、は……!?」

 俺はその場に片膝をついてしまい、グラディウスからも手を離してしまった。俺の前で、サラも体がしびれて床に倒れ込んでしまった。


「うまく体を動かせないでしょ?」


 外から姿を現したのは、あの緑色の髪を持つ少女――メアリーだった。

「お前……いつの間に……!」

「残念ね。彼女も、同じように動けないようにしたわ」

 メアリーは小さく笑い、俺を見下ろした。右手には拳銃……くそ、うまくシールドを張ることができない。エレメントごと使えなくしているのか……!

「ゼノ、サラ!」

「動かないで!」

 俺たちに駆け寄ろうとしたディンたちに対し、メアリーは声を上げてそれを制止させた。同時に、銃口をサラに向けている。

「この子の命を奪われてほしくなければ、そのままにしておくのね」

「てめぇ……! サラに手を出してみろ。女だからって容赦はしねぇぞ……!」

 俺はしびれている体で、必死に声を振り絞った。だが、俺のその言葉はただの強がりとしか受け止められなかった。

「殺すの? 4年前、お前が殺した人たちと同じように」

 メアリーは蔑視の目を俺に向け、小さく笑った。俺はただ、歯ぎしりをするだけしかなかった。また、あの時のことを掘り返すってのか……!

「殺した、人たち……?」

 俺の前に倒れているサラが、小さく呟くかのように言った。

「知らないの? この男が4年前にしたことを」

 メアリーはゆっくりと、サラに顔を向けた。彼女の表情には、俺への復讐心からの笑顔が浮かんでいた。

「じゃあ、教えてあげる。この男……ゼノ=エメルドはね、4年前に私たちFROMS.Sと戦ったの。今回と同じようにね」


「それを言ってどうするつもりだ!」


 その時、後ろからディンの声が響いた。メアリーは笑顔を消し、彼の方へと視線を向けた。

「教えてあげるのよ。この男がどんなに残虐で、非道なのかをね」

「……君はただ単に、それを憎しみのために言いたいだけだろ? そうやったって、何も変わらない。君が望んでいるような形にはならない」

「だからなんだって言うの!? 私はこの男がしたことを許せない! それだけで、十分な理由になるわ!」

 メアリーはそう言い放ち、再びサラに顔を向けた。

「彼はね、4年前のFROMS.S掃討作戦の折、たくさんの命を奪ったの。500人の命……その中には、戦闘要員でないただの民間人もいた」

「500人……も……?」

 あの時、たしかに俺は関係ない人も殺した。命令のままに、あの場にいた“味方以外の人間”を殺そうとした。その結果、民間人まで殺めてしまったのだ。

 悔やんだ。だが、それでも悔やみきれるものではなかった。

「女も子供も、老人も、男たちと同じように斬られていった。……私の父も、この男に殺されたの。私の目の前でね」

 そう言って、メアリーは小さく顔を振った。

「ゼノが……あなたのお父さん、を……」

「想像してみて。自分の家族たちが、大切な人たちが目の前で殺されていくのが、どんなに苦しいものかを。……だから、私は復讐をするの。父を奪った彼に、自分がしたことの意味を理解させるためにね」

 その言葉を聞いた瞬間、俺は小さく笑い始めてしまった。

 ……理解させるためだと? 笑わせる。小さく笑う俺に対し、メアリーはキッと睨みつけた。

「どうして笑っているの?」

「……お前は……そんなことを言いながら、同じようなことを繰り返すつもりだろ? 俺の大事なもんを奪って、その悲しみを与える。結局、お前も俺と同じなんじゃねぇのか?」

 俺は歯を食いしばり、体に力を入れた。体が小さく震えながらも、少しずつ立ち上がっていく。動かせなくなっている筋肉を、引き千切っていくかのように。

「お前と一緒にするな! 私は――」

「きれい事でしか、ものを言えないんだろ?」

 彼女の言葉を遮り、俺は大きな声で言った。彼女に対する憐れみや、怒りといったものがそうさせているのだ。

「お前は自分が一番憎んでることを、繰り返そうとしてるだけだ。それだけでしか、自分を正当化できねぇんだ」

「これは復讐だ! お前に私と同じ想いを与えることだけが、私の――」


「ハッ! 笑わせんなよ!」


 重症患者のように震える足を鞭打ち、俺は笑いながらメアリーに視線を向けた。汗が体のあちこちから噴き出してくる。

「それだけが……たったそれだけが、お前の“存在意義”だとでも言うのか? だったら、卑怯な手を使わねぇで俺と戦え! その銃口を、俺に向けやがれ!!」

「ゼノ……」

 サラの空色の双眸が、俺を見つめている。復讐だというなら、あの銃口は俺に向けるべきなのだ。サラに向けるものではないはず。

 そう、俺は気付いた。どうして怒りに震えているのか。それは、関係のないサラに銃口を向けているからだ。

「貴様……!」

「そんなに俺を殺したいなら、相手になってやるよ!」

 俺は未だうまく動かない手で、グラディウスを握った。それは俺の意思に反応し、刀身が出現した。

「近づくな! 近付けば……」

 メアリーは咄嗟に、倒れているサラを無理やり立たせ、人質を取るかのようにして彼女の抱きながら銃口を向けた。

「う、あ……!」

 サラは俺とは違い、体がほとんど動かせない状況だった。

「よっぽど、この子が大事みたいね」

「てめぇ……!!」

 いくらあの時の少女だろうと、俺は殺してやりたかった。こうなったのは当時の俺の責任とは言え、サラがそれを受けるいわれなどない。そうなることは……“あの時”と同じようなことは、絶対にさせない!

「あなたが斬りつけてきた瞬間、引き金を引く」

「ゼ、ノ……」

 人質に取られているサラと共に、彼女は教会の外へと後ずさりを始めた。ここには俺の仲間が大勢いるため、何かあってはいけないと判断したのだろう。俺は同じように、じりじりと近付いて行った。

「動かないで!」

 自分と同じ速度で近付く俺に対し、静止させるように銃口を向ける。

「それ以上近付いたら、この子を殺す」

「…………」

 メアリーの視線は、俺だけでなく俺の後方にも向けられていた。既に俺の後ろに、ディンが身構えていたのだ。

 俺たちは互いに瞬きせず、目をそらすことはしなかった。そして、メアリーとサラが教会を出て15メートル付近に到達した時――



「よくやった、メアリー」



 彼女たちの後ろに、一人の男が現れた。テレポートを使ったのか、まるで映像が映し出される時のように。メアリーは驚いた様子で、後ろに振り向いた。

「その少女は、俺が引き受けよう」

「……兄さん」

 その男は、小さく微笑みながら彼女に手を差し出した。メアリーと同じ髪の色で、短髪。黒に近い深緑の服装を身に纏っている。

「兄さん…………チャールズか?」

 俺の隣で、ディンは呟くかのように言った。俺は奴とは面識がないため、顔がよくわからなかったが……なんとなくではあるが、父のジェームズに似ているような気がする。

「どうした? 俺に渡せ」

 ぐったりとしているサラを渡そうとしないメアリーに、チャールズは訝しげな表情を浮かべる。

「何をするつもり? 私はただ、この子を人質にしているだけよ」

「余計な詮索はするな。お前は黙って、その少女を渡せばいいんだ」

 なぜ、サラにこだわっているんだ? チャールズの急かすような言葉が、俺にそう思わせる。いや、俺だけでなくディンにも。



「さっさとしろ」



 再び、声がするのと同時にチャールズの隣に男が現れた。

「急かすなよ。そこまで時間を押しているわけではないだろ」

「艦隊が破れるのも、時間の問題だ。少しは急いだらどうだ?」

 その男は、ため息を漏らしながら言った。普通よりも高い背に、顔を隠すかのように纏っている紫色のローブ。そして、あちこちに付けられた金色の装飾品。

見覚えのある、あの姿…………。


 ――あいつは……!!


「思ったよりも弱いんだな、お宅らの艦隊も」

「貴様の都合に合わせて、最小限の兵装であの“フィラデルフィア”に向かってやっているんだ。感謝くらいしてもらわんと困る」

 あの声。あの姿。ローブの隙間から出ている、紅蓮の炎のような髪の色。



 ――助けられるとは、運のいい奴だ――

 ――己の不甲斐なさを、死ぬ時まで味わうんだな――


 ――弱者が――



 その時、俺の中で何かが膨れ上がった。今まで抑え込んでいたもの――自分が気付かないくらい、薄く、小さくしていた感情――が、俺の殻を破らんばかりに。

「お前はああぁァ!!!」

「ん? 貴様は……」

 俺は叫びながら、グラディウスを持って突撃していた。すると赤い髪の男はメアリーたちを突き飛ばし、前に出てきた。

「あああァァ!!」

 俺はエレメントを既に纏っているグラディウスを、力の限り奴に振り下ろした。しかし、それは奴の左の掌で防がれていた。いや、手ではなくそこに発生している“光”に阻まれているのだ。

「ほぉ……エレメントによる束縛を、力技で振り解いたか」

「お前だけは、ぜってぇに殺してやる!」

 俺の心とは乖離したかのように、言葉が勝手に出てくる。内なる底に眠り続けていた、あの感情が噴き出している。当時の感情が――

「俺を殺すだと? 貴様のような弱者に、何ができる」

 男がそう言うと、刀身を受け止めていた光が爆発するかのように、その場で炸裂した。俺はその衝撃で後ろの方へ数メートル吹き飛ばされたが、宙で体勢を整え着地した。

「くっ……!」

「リンドにさえ傷を負わせることができん奴に、俺が手を下す必要もない」

 俺を馬鹿にするかのように、男は笑った。

 ……あの時と同じように、俺を笑うんじゃねぇ!!

 気付けば、俺は再び奴に斬りかかっていた。自分が出せる最大限の速度で。しかし――



 ガキィッ



 俺の攻撃は、またもや奴の“光の壁”によって阻まれていた。奴はただ左手を広げているだけなのに。

「――輝く白き光、ソルブライト」

 光の壁は白く発光し、俺の視界を包み込んだ。そして、目の前で何かが弾けた。その衝撃は凄まじく、俺は再び後方へ吹き飛ばされ、その場に倒れてしまった。と同時に、火傷のようになってしまった胸板に、激痛が走った。

「ぐ……!」

 くそ、今の衝撃のせいか、あのしびれが再び俺を襲いやがった。それと一緒に広がる激痛――悶絶するには、十分だった。

「ゼノ!」

 俺の所に、ディンが駆け寄る。

「何年経とうが、お前では俺に傷一つ付けることさえできんよ」

「くそが……!!」

 俺を一瞥し、男はチャールズの方に向き直った。それがあまりにも悔しく、俺は体を起こそうと、必死に力を入れているだけだった。

「いいのか?」

「いいも何も、あいつが目的ではあるまい。それとも、お前もその小娘と同様、父の仇を取ろうと言うのか?」

 男は笑みを浮かべながら、地面に倒れているメアリーに目をやった。

「……ふん、あいつの話はするな」

 チャールズは眉間にしわを寄せ、サラの手を掴んだ。しかし、メアリーが手を出してそれを止めようとする。

「兄さん! この子をどうするつもり!?」

「メアリー、いいからそいつを渡せ。お前が知る必要なんてないんだよ」

 チャールズは妹を押し退け、サラを抱えた。

「てめぇ! サラを離せ!!」

 俺は怒りを剥き出しにして、叫んだ。その時、誰かが奴らに向かっていった。

「動くな」

 赤い髪の男の声と共に、そいつは静止した。――そう、ディンだ。

「ディ、ン……」

「殺されてもいいのか? それ以上、動かないことだな」

「……彼女を離せ。どうする気だ?」

 彼の後ろ姿しか見えないが、声でわかる。ディンはかつてないほど、怒りを露わにしている。今にも野獣のように、剣という名の牙を突き立てようとしていた。

「ディン=ロヴェリア――残念だが、今は“お前”に用はない」

「え……?」

 その時、奴らを中心としてその場に暴風が発生した。砂ぼこりが一緒に舞い、視界が失われてしまった。

「お前はあの時と同じように、その場に倒れているだけだな」

 その声が聞こえてくるのと同時に、視界が開けた。あの男とチャールズは、サラと共に宙に浮かんでいた。

「てめぇ……降りてきやがれ!! サラを……サラを離せェ!!」

 奴らに向かい、俺は吠えた。あいつを護らなければ。なんのために、強くなろうとした! なんのために、今まで――

「ただそうやって、俺を睨みつけるだけしかできん。弱者はいつまで経っても、弱者のままのようだ」

 そう言って、男は俺を嘲笑った。怒りと憎しみが込み上げてくるも、それが今の体を動かすことはできなかった。さっきは動くことができたのに……!

「ゼ、ノ……ゼノ……!」

「サラ!」

 サラは必死に、声を振り絞る。彼女の空色の相貌には、涙が浮かんでいた。俺はそれを止めたい――彼女を救いたい。なのに、なぜ俺の体は動かない!


「兄さん!」


 メアリーは立ち上がり、叫んだ。

「何をすると言うの!? まさか、あれを……!?」

「メアリー。お前はこれ以上、“俺たち”と共にいない方がいい。このままでは、傷付くだけだからな」

「え……?」

 チャールズがそう言うと、彼は映像が切れる時のように消えて行った。サラと共に。

「サラァ――!!」

 俺が叫んでも、虚空に響くだけだった。涙を浮かべていた彼女は、どこかに消えてしまったのだ。

「…………」

 赤い髪の男も、俺たちを一瞥するとチャールズと同じようにその場から消えた。

「そう遠くには行っていないはずだ!」

 ディンはそう言って、自分のアームを開いた。サラのアームに付いているGPSを辿る。彼は俺にも見えるように、しゃがんで解析されるのを待った。

「ここは……」

 俺たちが行った、あの山岳地帯だ! まさか、あそこの施設で何かをしようって言うのか!?

「おい! あの施設は何なんだ!? ただの格納庫じゃねぇだろ!」

 メアリーに対して俺は叫んだ。しかし、彼女は自分の兄が消えて行った場所を、信じられないような眼で見つめているだけだった。

 体さえ普段どおりに動くことができれば、奴らを追いかけるのに。この体さえ言うことを聞いてさえくれれば……! 俺は自分に対する怒りから、太ももに自分の拳を打ちつけた。何度も、何度も。

 その時、大きな地響きが起きた。

「な、なんだ!?」

 ディンはバランスを保てず、その場に転んでしまうほどだった。それだけ大きな揺れが、このコロニーを襲っているのだ。俺たちは何が起きているのか分からず、ただ当惑するしかなかった。

「ゼノ! 見て!!」

 この地響きの中、ディアドラの声が轟く、彼女が指し示す方向――それは、山岳地帯の方だった。建物などで山を見ることはできないが、そこから何かが上昇してきている。黒い棒のような――巨大な物体が。


 あれは……まさか、あの“塔”か!?


 それはゆっくりと上昇していき、宇宙へと出る前に静止した。その瞬間、あの塔を中心として、空間が歪み始めた。それはあの空間が、何かに引きずり込まれるような――邪悪な存在によって、歪められているように見えた。

 そして、巨大な発光と共に、塔は消えた――。

 俺たちを残し、サラを連れて。




 これこそが、序曲だった。全てが終わりへと向かうための、序奏だったのだ。

 咎を背負いし者たち……。

 太古の時代より、俺たちはその流れの中にあったのかもしれない。


 今はただ、サラを護れなかったことが悔しかった。

 俺は、“あの時”と何も変わっていないのか……! 護れないまま、ただ傍観するしかなかったのか!




「サラァァ!!」




 虚しいだけの言葉が、静寂の空に響く。空は灰色の雲が、びっしりと広がっていた。































「……して、どうなった?」

 異空間。そこには、形あるものは存在しない空間だった。意識のみがそこに漂っている。まるで、死後の世界のように。

「まだ報告は受けていない。取り逃がすことはないと思うけれど」

 男の言に対し、女性の凛とした声が空間に優しく響く。その中には、独特の威厳さが含まれていた。

「“あの時”……よもや、方舟とはな。隠すには打ってつけだったということ、か」

 老人たちの声が、大気を震わせる。

「隠す――誰が?」

 別の老人が問う。

「我らに歯向かいし者――。サーティナの忘れ形見か、或いは……」

「クローヴィスだとでも? それはあるまい。彼奴はあの時、オメガに始末させただろう」

「奴が死んだとしても、サーティナの時だけ、我らは確認しておらぬ」


「それはない。“奴”との決着は、50年前に果している」


 彼らの声を阻むかのように、若々しい声が空間に響いた。

「――戻ったのか、イシュマエル」

 その青黒い“異空間”に、まるで炎がぼうっと点くかのように男が現れた。

「“アルバア・ハ=イマホット”は?」

 老人の問いかけに、イシュマエルと呼ばれた男はこくりと頷いた。

「予定通り。今から博士に検査してもらう。おそらく、間違いはないと思うがな」


「五百余年探し続けた、最後の“天使”……。ようやく、我らの下に舞い降りた」


 この空間の一番高み――イシュマエルという男性以外、姿のないこの空間において、高みという表現は些か誤りがあるが――が、赤く煌めいた。実体のない者たちを統べる、統治者の声かのよに。それは最も厳かで、羽を休める鷹のように静かで、しかしそこには何よりも“怒り”が内包されているような、低く轟くような声だった。

「絶対なる破壊者――次元の破壊は、阻めねばならん。もう猶予はない。“カリ・ユガ”まで一年とないだろう」

「わかっています。そのための“プロジェクト・ジェネシス”なのですから」

 イシュマエルは、頭を垂れてそう言った。


「古の楔……そこに通ずる、神々の言霊」

「全ての鍵が集いし時、生命と星が結ばれる」

「これは誓約。我らが誓約――悲願を達成するための、最後の希望」

「そう、長き混沌から人類を救う道標。……光だ」

 様々な声が、その空間に響き始める。全てが、年老いた男性――長い年月を経て、異様な雰囲気を纏った声だった。

「我らの光……まさに、光そのもの」

光。その光は、彼らにとって安息であり、安穏であり…………羨望であった。

「その時は近いといえども、“時”はまだ要る。始祖が遺した産物……その封印を解くには、“扉”が開くその寸前にならねばならん」

 他の声を制止させたのは、最初の声を発した男のものだった。

「残りの鍵……捜索せねばならん」

「彼奴が持ち出した、鍵を紡ぐ“橋”。あれを見つけないことには、鍵が揃ったところで意味はない」

 老人たちの声が、あちこちから交叉する。その中で、一人だけが小さく呟いた。

「時は震え、世界は瞬く。全てが星と命とを結ぶための、希望の一片でしかない。私たちはそれにすがり続け、終焉を謳う……」

 あの女性の声。この空間に響く声の中で、唯一若々しい声を保っていた。



 ここは異空間。


 全てを統べる者たちが集う場所。

 罪深き、咎を負いし者どもが夢を追う最果ての地――










    第一部、完

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