序章:俺とあいつと彼女のいる場所
第1部 無限と有限が重なり合う中で
あの頃から求めていた。
私たちが本当の意味で、共に笑い、共に泣き、共に喜ぶその時を。
だからこそ、この果てのない漆黒の空間の中で彷徨い続けたのだ。
ずっと遠く、光よりも遠い場所から零れ落ちたお前を……
きっと、手に取ることができるのか?
「なぁ、ディン。グラディウス-βの資料ってどれだ?」
「あれは……たぶん、P‐0755だよ」
「P‐0755…………あったあった。サンキュ」
白い部屋、ここはディンと俺の部屋。つまり、同室ってやつだ。同室とは言っても、部屋の広さはどこぞの一般家庭の部屋よりも広い。昔の言葉で言えば、15畳らしい――と、5年生の時の担当教師が言っていたっけな。
俺はパソコン――キーボードがあり、その上に光のディスプレイが表示されているもの。すでに「画面」という概念ではなく、空間に表示されている――の前で、とある資料にアクセスしていた。
「えぇっと……B用回路05に、レアメタルExか。これくらいなら、そこらのコンビニで買えそうだな」
アルターという、ある機械。俺はその部品を調べていた。
「たしか、ベルネックは学院店舗にも売ってなかったっけ?」
ディンは白いベッドの上で仰向けになって、本を読んでいた。
「馬鹿。ここで買ったら、たけぇだろうが」
俺は苦笑しながら、ディンの方へ顔を向ける。
「それにしても、お前も好きだな。それ」
「ん?」
その言葉にディンは読書を止め、俺に視線を向けた。
「今時、そんな紙でできた本を読む奴なんて、あんまりいないだろ?」
今の世、電子タイプの本が主流だ。持ち運び可能なキャラメルサイズの機械に触れると、空間に電子ディスプレイが表示される。これに指先で触れ、本を読んだり映像を楽しんだりできる。大昔には、ケータイと言われる産物が似たものであったらしいが。
「いや、ほら……あんまし目が疲れないしさ。ていうか、ゼノの性に合わないだけだろ?」
と、ディンは苦笑する。
「いちいち手に持って読むってのが、めんどくせぇだろ?」
そして、俺は再びパソコンのディスプレイに顔を向けた。そこの中心に指先で触れると、文字ばかりの画面から、一つの物体が表示された。
「あーあ、作りてぇな~」
俺はそれを見つめながら、そう呟いた。
「ゼノにはα式が支給されてるじゃないか」
ディンの言葉に、俺は顔を振った。
「α型はダメだ」
「何言ってんだよ。ただ単に、新型が欲しいだけだろ?」
再び読書を再開していたディンは、ニヤニヤして笑っていた。
「うっせぇな……お前はいいよな、クレセンティアα式だし」
ディンが持っている武器は、普通では手に入らないものだ。無論、俺の武器も結構なものなのだが、それでもディンのものには及ばない。
「俺の方がCG値がたけぇってのに、なんでお前の方がいい武器なんだよ?」
「そんなの、僕が知るわけ無いだろ? 文句なら中央に言いなって」
クスクス笑い、ディンは再び読書の世界に入り込む。
ディン=W=ロヴェリア……俺のルームメイトで、幼馴染の18歳。俺より数センチ低いが、それでも180センチ手前で、髪は銀色。瞳は紺碧の色をしており、西暦時代の欧州系である。
ここは「セフィロート」と呼ばれる巨大人工惑星――通称「コロニー」と呼ばれるもので、現代の人類はこういったところに居住するか、あるいは元々ある惑星を改造して人間が住めるようにした場所に居住している。
このコロニーは「SIC」と呼ばれる宇宙国際連邦によって管理されているコロニーである。というのも、今から千年ほど昔まで続いていた「西暦」と呼ばれる時代、世界には多くの国が存在していて、それらが宇宙へ進出した頃、所有する惑星の数や領土(宇宙空間で領土っていう表現もおかしいが)を巡って、争いが起きたんだと。
んで、このSICという中立組織(とはいっても、西暦時代の「国連」が基の組織)が仲裁に入り、バランスを保つためにいくつかの惑星・コロニーを管理している……らしい。
このセフィロートはSIC管理下のコロニーの中でも、群を抜いて巨大なコロニーである。人口は約500万人を収容でき、内部の幅は数百キロ、高さは約5キロという破格のもの。
俺とディンは、このセフィロートで生まれ育った。
第8市街区という場所で生まれ、いつも一緒に行動していた。それは、「天枢学院」に入ってからも同じ。西歴時代の「学校」や、他の国にある「大学」に似ているが、厳密には違うとか。
天枢学院はセフィロートで生まれ育った子供だけが入門でき、勉学だけでなく格闘術・剣術・銃技……等々、まるで戦争を行う兵士の特訓のようなことまでさせられる。
俺たちは10歳の頃からここに入っており、今年で8年目――8年生になる。10年生になると卒業し、SICに勤務することとなる。とはいえ、8年生である俺たちは、既にSIC仮勤務ということで、専ら戦闘員として活動をしている。
この学院の生徒は外部から「チルドレン」と呼ばれており、基本的にSIC管理下に置かれている。そのため、こうやって天枢学院内の「寮」という所で生活しているのだ。
なぜ俺たちが「チルドレン」と呼ばれたり、ここだけが兵役のようなことをしているのかは、両親だけでなく、セフィロートに住むほとんどの人が知らない。ただ、ここを卒業したチルドレンは普通の人よりも能力があり、ほとんどがSICという巨大組織に勤務、あるいは世界でも有数の大企業に就職したりする。
そう、俺たちは心・技・体、全てを兼ね揃えた「エリート中のエリート」らしいのだ。まぁ、自分でそう言うのはただの傲慢でしかないが。
「そう言えば、今日って誰とミッション行うんだっけ?」
俺は自分のベッドに仰向けになり、ディンに訊ねた。
「えぇっと……、たしか――」
ディンが言いかけた時、部屋のチャイムが鳴った。それは、誰かがこの部屋に訪問してきたという合図。音だけでなく、一瞬部屋の明かりが点滅する。
「? まだミッションの時間じゃねぇよな?」
「17時からの予定だからね。誰だろ……」
ディンはベッドから降り、壁に取り付けてある液晶パネルに触れた。そこに、人の姿が映し出される。
げっ、あれは――
「やあ、サラじゃないか」
「あ、ディン。今大丈夫?」
彼女の問いに、なぜかディンは俺の方に顔を向ける。まるで、「どうする?」と問いかけてくるかのように、
(ぜってぇ入れんな)
と、俺は首をぶんぶん左右に振った。それを見たディンはニッコリ微笑み、パネルに顔を向ける。
「ああ、大丈夫だよ」
「そっか。じゃあ、開けてよ」
彼女は笑顔になり、言った。
ディンの野郎……わざと俺に訊きやがったな……。俺の嫌がることをやるなんて、親友の風上にも置けん!
ディンはパネルの傍にあるボタンを押す。それによって部屋のドアは横へスライドし、あいつが入ってきやがった。
「なんだ、ゼノもいるんじゃない」
と言いながら、彼女はなぜか俺のベッドに座る。
「なんで俺ん所に座んだよ?」
俺は体を起こしてあぐらをかき、思いっきり嫌な顔をして言う。
「いいじゃん。細かいことは気にしないの」
微笑みながら、彼女は俺の肩を叩いた。これ以上言っても無駄なので、俺はため息だけを漏らすことにする。
「何よ? そのため息!」
癇に障ったのか、さっきの笑顔が消える彼女。
「べっつにー。お前にゃ関係ねぇよ」
俺は彼女の目の前で手をひらひらさせた。
「私が来ちゃいけないっての!?」
「んなこと一言も言ってねぇだろ? いちいちうっせぇんだよ」
「なんですってぇ!!?」
拳を振り上げた彼女から、俺は跳躍してベッドの後ろに下がった。すると、彼女はベッドから降りて追いかけてきた。
「うっさいとは何よ、うっさいとは!!」
俺を追いかけながら、彼女は叫ぶ。
「それがうっせぇんだよ。耳付いてんのか?」
ガキのようにべろを出し、俺は彼女を煽る。
「この……馬鹿ゼノ!!」
彼女は俺のベッドの枕を掴み、それを俺に向かって投げた。俺はひょいっと避ける。
「バーカ。お前の速さじゃ俺に当てられねぇよ」
「馬鹿っていう奴が馬鹿なの!」
一体いつの時代のセリフだよ……。
「サラ、ストップストップ」
苦笑しながら、ディンは彼女の腕を掴んで制止させる。
「用事があったんじゃないの?」
彼がそう言うと、サラはしばらくうーんと唸り、ポンと手を叩く。
「そうだった。いっけない」
そして、再び俺のベッドに座る。……なんでいちいちそこに座るのか問いただしたいが、めんどくさいのでやめておこう。
すると、サラは俺をキッと睨みつけた。
「ゼノ! この勝負はお預けね!」
「……ハイハイ……」
まったく……16にもなって、この子供っぽさはどうしたもんかね。幼馴染なのに、こいつだけがどうも成長していないように思える。
「用事ってのは、今回のミッションのことなんだけど」
「――は?」
パソコンの前のイスに座った俺は、思わず滑ってしまいそうだった。
「まさか……今回のミッション、お前とやんのか!?」
「何よ? 嫌なわけ?」
サラは不敵な笑みを浮かべて言った。
……まさか、今回のミッションがサラと一緒だとは思わなかった。
「ゼノ、まさかとは思うけど……昨日の教官の話……」
既に呆れ顔のディン。俺はその問いに対し、昨日を回想し始めた。指を眉間に当て、ぐるぐる回す……が、思い出せない。
「……まったく、ゼノは人の話を聞かないからなぁ……」
やれやれと言いながら、ディンは俺と自分のベッドの間にある、透明な素材でできたテーブルに置かれていた小さなサイコロサイズのものを手に取った。ディンはそれの中心を押し、空間にディスプレイを表示させた。
これは、「ノート」と呼ばれるもので、特殊なペンで書いたものを全て保存する機械である。これ一つで、西暦時代のノート数万冊になるとかならないとか、歴史関係の教官が言っていたような気がする。
「今日のミッションは、C-068とC-069のチルドレンと一緒だってさ」
「……つまり、サラとサラのルームメイトと一緒ってことか?」
そう言うと、ディンはうんとうなずく。俺は予想だにしなかったことに対し、頭をかきながらため息を吐いた。
「いちいちため息つかないでくれる?」
むっとした表情で、俺を見るサラ。さっきからの俺の態度により、イライラして来ているようだ。
「別に、お前が嫌ってわけじゃねぇよ。ただ……」
それを言っちまったら、サラはショックを受けるかもしれない。だが、これはある意味、俺たちが「チルドレン」という同じ空間にいる限り、彼女が何度もぶつからなければならない壁なのかもしれない。
「……俺たちとお前、CG値にかなりの差がある。俺たちはSSSクラスだが、お前はCクラス。能力差は歴然だ」
俺とディンはCG値と呼ばれる、個々のチルドレンの能力を数値化したものが半端なく高い。基本的に100程度と呼ばれるのが、俺とディンは双方1000を超えている。それは、チルドレンの中でも特別な存在であることを示している。
「俺たちのMLは、お前たちCクラスの奴らのMLとは段違いに難しいんだよ。んなの、わかりきったことだろ?」
俺たちの責務であるミッション――任務。戦闘員として育成されているチルドレンは、別のコロニーや惑星に行ってミッションを遂行する。それは、SICと敵対するテロリストや犯罪者を駆逐すること。他にも、戦争地域になったコロニーでのボランティアなどもある。
一般人よりも秀でた能力を持つ俺たちは、そうすることを義務付けられている。
「足手まといってこと?」
サラは声が震えていた。それが怒りなのか何なのか、顔を見ればわかる。
「私じゃ……お荷物って言いたいの?」
俺を睨みつける空色の瞳。他のチルドレンにはない、珍しい色。ディンと同じ、銀色の髪をしている。
「私はゼノと違ってCクラスだから、一緒に行ったって役に立たないって言いたいの!?」
声を張り上げ、彼女は立ち上がる。
「一言もそんなこと言ってねぇだろ?」
「言ってるのと同じじゃない!」
震える彼女の瞳を見て、俺は何を言っても無駄だということを悟り、イスから立ち上がった。
「お前には、俺たちのMLははえぇよ」
「やってみなくちゃわからない!」
それに対し、俺は再びため息を漏らす。
「その楽観的な思考、やめろ。命取りだ」
「ゼノ、言い過ぎだ」
止めようとするディン。俺は彼の方に顔を向けた。
「お前はサラを甘やかし過ぎなんだよ。ここは、あの頃とはちげぇんだ」
俺はそう言って、出入り口の方へ歩いた。
「どこ行くんだ?」
「レアメタル買いに行ってくる」
彼に顔を向けず、俺はそのまま外へ出て行った。
「……ほら、泣くなよ」
ディンは自分のベッドに座り、言った。
「ゼノ……いつも、私にはきつい。私だって、二人との能力差には気付いてる……」
顔を俯かせ、彼女は涙を拭う。
自分だってわかっている。でも、二人とは同等でいたい。昔のように、いつも一緒だった頃のように、
「ゼノだって、言いたくて言ってるんじゃないよ」
「え?」
彼の言葉に、彼女は顔を上げた。
「僕たちSSSクラスのMLは、サラたちのレベルの最高クラス。精神の不安定な犯罪者や、極悪なテロリストばかりが相手だ」
チルドレンのCG値によって分けられるクラスは、それぞれのMLがある。G~Sレベルとあり、SSSクラスのML「G」が、CクラスのML「S」に相当するのだ。
「ゼノはゼノとしてではなく、君の先輩として言ったんだよ」
「……?」
「いずれわかるだろうけど、ゼノがサラに対してきついのは、想いやりさ」
ディンは微笑みながら言った。だが、サラの表情はそれでも暗い。
「でも……ゼノ、ここのところ、私のことを避けてるような気がする」
サラにしてみれば、そう思えるところは多々あった。
「……まぁ、今はわからなくていいよ。僕が教えたって、なんにもならないんだし」
それは、彼女自身で気付くべきこと。ディンはそう思いながら、ベッドから立ち上がった。
「サラはサラなんだから、君なりに頑張ればいいだけだよ」
「ディン……」
ディンの子供のような微笑みが、サラの中の不安を少なからず払拭する。
「ありがとう、ディン……」
白い通路。白い壁に白い天井。
どうして、学院の中ってのはどこも白いんだろうか。まぁ、たしかにきれいだとは思うが。俺たちチルドレンの服装は、基本的に白が基調だし。
約2メートルほどの幅の通路――上から見ると、この通路は伸ばしていくと、一つの円環のようになっている。要はホテルのようなものだ。
こういったものが一つの階層で、それぞれ百人程度のチルドレンの部屋が備えられている。
「おっす、ゼノ」
声をかけてきたのは、隣の部屋に住むカール。白っぽい金髪で、爽やかな同い年の青年だ。
「今日のミッション、サラちゃんと一緒なんだって?」
「ああ、らしい」
カールは第4市街区の出身で、知り合ったのはこの学院に入ってから。彼はサラと同じCクラスのため、彼女と仲がいいのだ。
「いいよなぁ、サラちゃんみたいなかわいい子が一緒でさ」
「なんだそら」
俺は思わず、笑ってしまった。そう言えば、サラの奴は学院でも指折りのかわいさを持つってことで有名だったな。昔っからのあいつを知っている俺としては、どうも信じがたいものだが。
「お前だって、うれしいんじゃないのか?」
と、カールはニヤつきながら俺の肩を突っついて来る。
「んなことあるか。寧ろ、うれしくねぇって」
彼の冗談に対し、俺は苦笑した。
「へぇ、そりゃなんでまた?」
「わかりきったことだろ? 言っちゃ悪いが、あいつじゃあ足手まといにしかならない。ミッション遂行に支障をきたす」
本心……まぁ、半分本心だが、とりあえずはこう言っておくしかない。とはいえ、友人であるカールには、それが本心ではないことをすぐに悟られてしまいそうだな。
「ふーん」
その顔を見れば、案の定……わかっている顔だ。思わず、俺は苦笑してしまった。
「お前も、相変わらずだな」
この通路の壁にある窓から、カールは外を見つめた。ここの寮は、長いタワーのようになっており、セフィロートの街並みを眺めることができる。
「わかってんなら早い。まぁ、お前たちが理解してくれんなら、俺の気も楽になる」
俺も彼と同じように、外を見つめた。
天枢学院は、このコロニーの中に浮かんでいる巨大な建造物。重力システムを施しているコロニー内で、なぜかこの施設だけが宙に浮かんでいる。それがどういった技術なのか、誰も知らない。
「あんまりきついことを言ってると、彼女、本気で思うんじゃないのか? お前に嫌われてるって」
外を眺めながら、カールは言う。
「俺には関係ない。あいつには、ディンがいるからな」
俺にとって、サラは妹だ。昔っから、やんちゃな坊主……じゃなくて、女の子だった。目を離すと、何かと事を起こしてしまうトラブルメーカー。
幼い頃から、天枢学院に入ってしばらくは俺が面倒を見ていたようなもんだが、そろそろわからせなくてはならない。
俺は、お前と違う存在だってことを。俺たちの後を付いてくるだけじゃ、一向に成長しないってことを。
「お前は優しいんだかそうじゃないんだか、時折わからなくなってくるよ」
「ハハ、そうか?」
カールは眉を八の字にし、俺を見る。
「ゼノは、ある意味でサラちゃんの父親代わりってか?」
「さぁな。そうだとしたら、さっさとその任から解放されてぇもんだ」
いい加減、あいつの面倒を見るのに疲れてきたところだ。そろそろSICでの本格勤務も始まるってのに、あいつのことを気にかけている暇はない。
「お前はエリートだもんな。彼女とは、行く道が違うか」
どこかやるせないように、カールは言った。
「ああ。俺はどうせ、SICの特殊戦闘課に配属されるからな」
特殊戦闘課――今、俺とディンたちがやっているミッションの延長のようなことを行うところ。S~SSSクラスは、卒業したらそこに配属されることが多い。もちろん、俺も例外ではない。
「まったく、エリート様は違いますねぇ」
思ってもみないことを、笑いながら彼は言った。
「はやし立てんなって。どうせ、それ以外にやりたいことなんてねぇし、丁度いいよ」
「やりたいこと、か……」
小さくため息を漏らしながら、カールは再び窓の外を眺めた。
「俺たち、セフィロートで生まれた子供は、天枢学院のチルドレンになることを義務付けられている。他のSIC管理コロニーにはない、ここだけのものらしいな」
「ああ、そう聞いた」
セフィロートはSICにとって、一番巨大なコロニー。そして、SICの本部が置かれている場所でもある。そう、「枢機院」……あるいは「中央」と呼ばれるものが。
「別に辛いと思ったことはないけど、どうしてチルドレンにならなきゃならないんだろうな」
「…………」
カールの言葉には、今までチルドレンとして生きてきた半生を否定するかのようなニュアンスが含まれていた。それに気付いたのは、少なからず俺も同じようなことを思っているからだろうか。
「SICのために戦って、勉強して……」
ふぅと息を吐き、カールは窓に触れる。
「俺たち、何のために生きてんだろうな」
つい、漏らしてしまった疑問。それは、誰でも抱えている疑問でもある。
「何言ってんだよ、カール」
俺は窓とは反対の壁に寄りかかり、天井を見上げた。
「何のために生きようがなんだろうが、俺たちは生きてんだよ」
カールはゆっくりと、俺の方に顔を向ける。
「チルドレンにしても普通の人間にしても、根本的にやってることは同じさ」
みんな生きている。それだけにしか過ぎない。
「まぁ、普通の人間の暮らしってのを知らない俺が言ったって、意味ねぇけどな」
俺の両親も、ディンの両親も、SICに勤務している。セフィロートの住人の9割が、SIC関連の仕事をしているのだ。
――そう、セフィロートに住む全ての人間が、元はこの天枢学院のチルドレンだった。俺の父も、母も。
それが何を意味するのかはわからない。ただ、セフィロートの人間が別のコロニーに定住したという話は、ほとんど聞かない。もちろん、SICに勤務した方が給料がいいけど。
「何にしても、とりあえずは目先のことをやるしかない。それが、チルドレンである俺たちの仕事だからな」
まだ生徒とはいえ、一応は命を張る仕事なのでお金がもらえる。……まぁ、未成年のためか、全て親の口座に入金されてしまうが。高い学費払ってもらってんだから、いちいち文句は言えないけどな。
「……そうだな」
カールはそう答え、しばらく外を眺めていた。
ここから見える、セフィロートの街並み。天枢学院はコロニー内標高500メートルほどの高さに位置しており、眺めはかなりのもの。初めて見た時は、びっくらこいたものだ。
「……今日の大気はきれいだな」
思わず、俺は呟いた。いつもここから見える風景は、白く霞んでしまっている。それは、コロニー内の空気が汚れているということ。
なのに、今日は町の先まで見える。人工的に作った山や、SICセンタービルまでもが見える。
ズラリと並ぶ、セフィロートの白い町。ここから見れば、そこに住む人間なんてちっぽけに見えてくる。何年もそんな光景を見ていると、そのうち自分がそこの人間と同じ人間じゃないって思ってきてしまいそうで、怖くなってくる。
傲慢。驕り。
「ゼノって、チルドレンには珍しい瞳の色だよな」
唐突に、カールが言った。
「なんだよ? 今更」
8年近く一緒だってのに、その質問はおかしいだろーよ。
「ほら、ほとんどのチルドレンがエメラルドグリーンとか青色なのに、ゼノとディンとサラちゃんは違うだろ?」
「俺たちだけじゃねぇだろ。ノイッシュにしても、ディアドラにしてもさ」
「そりゃそうだけど、特にゼノは珍しいよな。ルビー……ていうか、赤紫っていうのか? それ」
と、カールは俺の顔を指差す。
「いちいち目の色なんか気にすんなって。それより、飯でも食わねぇ?」
俺はカールの肩に手を置き、言った。
「なんだ、まだ食ってないのか? かくいう俺もだけど」
「んじゃ、カレ―食おうぜ、カレー」
「好きだなぁ、ホント」
来年は宇宙歴「SD」1000年。
そして、俺はその年からSIC特殊戦闘課に仮配属される。俺とディンのようなエリートは、卒業の前から卒業後に配属されるであろう管轄場所で働く。他にも数人いて、他のチルドレンより一足先にSICへ入ることとなる。
天枢学院に入って、自分のCG値というよくわからない値が高いことを知り、俺はエスカレーター式の人生を悟った。
「苦労せずとも、俺はエリートだと認められている」
そう考える。努力をしなくても、努力をした奴よりも結果が付いて来る。それはそれで、いい気分ではないが。
……サラの奴、泣いちまったな。まぁ、しょうがないことだ。
ディンが余計なことを言わなければいいが……
そんなことを思いながら、俺とカールは食堂へと入って行った。