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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第1部:無限と有限が重なり合う中で~schicksalhaft Begegnung~
18/96

16章:侵入作戦、実行


 7月17日。作戦の主な内容は「特定過激組織FROMS.Sの代表者”チャールズ=カスティオン”の捕縛及び、特殊兵器の回収・破壊」。

 俺たちはセフィロート第一軍港へと集合した。ここには、様々な戦艦が停泊している。三叉槍の「サマルカンド」、「ベルン」もあり、その中で最も巨大な戦艦が「フィラデルフィア」である。どれもかつて地球に在った都市の名前からきているといわれている。

 サマルカンドのイメージは、たしか虎だっただろうか。白と黒、そして黄色が波のように艦体に塗り分けられている。形は全体的に丸みを帯びているものの、先端部分が牙のように鋭利になっている。ベルンのイメージは、馬。全体の色はほぼブラウンで、色の濃さで様々な模様を映し出している。たてがみの部分が、艦橋になっているようだ。

 そして、フィラデルフィアはクジラのイメージだ。その巨躯な体で地球の大海を泳いでいたと言われる生物を模範にしているため、世界最大級の戦艦となっている。全体的な色は「海」を彷彿とさせる青や水色などで統一されている。そのフィラデルフィアが、テレビなどでしか見たことのないその戦艦が、今、俺たちの目の前にいる。

「実物を見ると、本当に化け物みたいなもんだな」

 思わず、そんな声が漏れた。首が痛くなるほど、上を見上げなければ把握できないくらい巨大だ。

「これが動員されたのは、実験を除いて4回だけだっけ」

 俺の隣で、同じように見上げているノイッシュが言った。

「えぇっと、エデン戦役にボツフォラス紛争、カルタゴ事変、ベツレヘム事件だったかな」

「カルタゴ? あそこも行ってたのか?」

 俺がそう訊ねると、ディアドラはフィラデルフィアを見上げながら頷く。

「たしか欧州から要請があったのよ。そもそもフィラデルフィアは、太陽系だけでなく他の星系での有事にも協力するっていうのが基本じゃなかった?」

「ああ。それに、カルタゴの件についてはSICも重要視していたらしいからね。あそこの星系をILASに取られては、貴重な物資調達が困難になるし」

 ノイッシュは思い出すかのように、顎に手を添えながら言った。ILASとは、3000年以上昔から続く宗教を信仰する、アラブ系の諸国連盟のことだ。

 今回のミッションには、約200人近いチルドレンが参加することになった。もちろん、ノイッシュやディアドラも一緒だ。彼らもサラが心配ということで、参加したとのこと。こういう結果もまた、サラの能力――不思議な力故なのだろう。

「ところで、ディンは?」

 と、ディアドラは周囲をキョロキョロと見渡した。

「ああ、サラのところだろ」

「ふーん……。そう言えば、フィーアはどうするの?」

「どうするのって、あいつはモノかよ」

「そ、そういう意味じゃないって」

 小さく笑う俺に対し、ディアドラが軽く肩を叩いてきた。

「ほら、以前みたく勝手に来るのかなって」

「たしかに、彼女ならしそうだな。ディンの家に軟禁状態なんだし、暇とかって言いながらさ」

 ハハハ、とノイッシュは笑う。

「勝手に出ていくんだから、軟禁する意味がねぇっての」

 あれを軟禁と呼ぶのかはわからないが、簡単に出たりするってことはちょっと違うと俺は思う。ジッとしていられる性格ではないのは、身に染みてわかったが。

「彼女が持ってる銃……“星煉銃”って、ほとんど市場には出回ってないはずだよな? なのに持ってるってことは……」

「たぶん、GHが独自に開発したんだろ。あの機動兵器とかを見てみれば、それだけの技術力があったって不思議じゃないが……」

「もしかしたら、どこからか技術そのものが流出しているかもしれない――ってこと?」

 ディアドラは、どこか不安げにそう言った。

「可能性としては、な。ただ、50年前にぶっ潰そうとしたってことは、やるつもりはあるってことだろ」

 俺としては、一部の奴らが手引きしている――ような気がする。与党である「維持派」が国際法などを無視してまですることには思えないし、最大野党の「拡大派」が考えるようなことではあるまい。あそこは”ASAの干渉範囲を拡大してからCNの増大を目指すべき”という考えだ。それとこれが、どういう関連性を持っているのか……まったく想像できない。

「PSHRCI……結局、彼らが何をしたいのかよくわかんないよね」

 ディアドラは小さくため息を漏らした。

 奴らが戦おうとする真意――理由を知りさえすれば、俺たちはほんの少しでも分かり合えるかもしれない。互いにその心に近づくことをしなければ、近づこうと思わなければ、永遠に血を流し合うだけなのかもしれない。人類が地球にいた時から、それは今尚続く闇色の連鎖なのだろう。

 だけど、俺たちはその努力を続けていないのだ。それがこの結果なのだから。

 フィラデルフィアを見上げながら、俺は見たこともないGHの導師のことを考えた。500年もの間、何を俺たちに伝えようとしているのだろうか。何を伝えたら――何を手に入れたら、満足なのだろうか。




「騒ぎの一つでも起こせば、簡単に入れるんじゃねぇか?」

「……無茶苦茶だな」

 俺たちチルドレンは、列を成してフィラデルフィアへと乗り込んでいた。巨大な隔壁から内部に入る際、認証センサーに自身の静脈――IDをかざすと解析され、内部に進むことができる。ここは通常の出入り口だが、秘匿ルートへの入り口は反対方向にある。

「さすがに賛成しかねるかな」

 と、ディンは歩きながら苦笑する。

「最後まで聞けって。まず、格納庫で兵器の誤爆を引き起こすんだ。あっち側は搬入口の方だから、秘匿ルートの所とは反対だろ? 注意がそっちに惹きつけられたら、内部に入れるのもやりやすくなる」

「誤爆……って、ゼノ、大ごとにするつもりだな?」

 行進していく中、ディンは呆れつつも小さな声で言った。

「ちょっとくらい平気だろ。だってフィラデルフィアだぜ?」

「そ、その理屈はよくわかんないかな」

 ここまでディンが苦笑するのも珍しい。まったく、今さらビビったってどうしようもねぇってのにな~。

 フィラデルフィアの内部に入ると、そこは本当に要塞だった。内部の色は外壁と同じように、海やクジラをイメージした深めの青色。だからといって暗いわけではなく、天井に設置されている電灯の白い光が隅々にまで行き渡っているため明るく感じる。

 内部は10層もの階層に分かれており、それらが更に7のブロックに分かれているため、フロアの数は艦橋などを合わせると70以上にもなっている。収容できる人員は、10万人を超えると言われているが、実際にそうなることはまずないだろう。

「ともかく、出航するまであと1時間もないから、今のうちに下調べしとかないとな」

 と、ディンは呟いた。

 俺たちはまだ準備している今がチャンスであると思い、行動を開始した。

 まず、機動兵器――もちろんエルダが造ったようなものではなく、人型に近い二人乗り用の中規模なもの――が収納されている船尾にある格納庫へと向かった。それらの兵器は全てに人工知能(AI)が搭載されており、自動で動くことも可能なのだ。そいつらの脳みそ部分にハッキングし、暴走を起こす。本来は不可能だが、この戦艦の中にある兵器全てがFGI製――ディンの父親の会社で造られたもの。つまりその人のIDさえあれば、緊急時に稼働できるように設計されているのだ。FGIの役員クラスだけが可能らしい。

「なんだかんだ言いつつ、お前は賛成なんだな」

 格納庫へと通じる、通気口の中をほふく前進している俺たち。

「しょうがないじゃないか。今のところ、ゼノの方法以外思いつかないんだから」

 ディンは俺の後ろで、ため息を混じらせながら言った。

「それに、この方法だったら意外と手っ取り早く事が済みそうだしね。大騒ぎになるのはまずいけど、そういう方が好きだろ?」

 振り向くことはできないが、俺にはわかる。ディンはきっと笑っているに違いない。

「……まぁ、あながち間違っちゃいねぇけど」

 と、俺は思わず声が小さくなった。すると、後ろから彼のクスクスと笑う声が漏れてきた。

「しかし、ゼノもあれだよな」

「あれって?」

「なんだかんだ言いつつ、賛成なんだな」

「…………」

 あの女に協力する――ということについてだろう。俺はとくに返事はせず、進んで行った。

「最初はどうなるかと思ってたけど、僕の期待どおりだったよ」

「俺がお前以外の奴と協力するってことか?」

 今までのミッションで、ディン以外の奴とミッションをしたことはそれなりにあるが、その内容は“協力して行った”と言えるようなものではなかった。俺はパートナーがディンでない場合、ほとんど独自で行動していた。もちろん、相手の位置などは把握するようにはしていたが、誰もがこれを”協力”とは言わないだろう。……例外もあるが。

「まぁ、そうなるかな」

「ふーん……。認めたくはないが、あいつはハイクラスのチルドレンと比べても遜色ないだろうよ。いや、寧ろ俺たち並みかもしれないな」

 俺は少しだけ笑ってしまった。自分でもこれほど他人を褒めるってことは、おかしなことだと思ったからだ。

「それはよかった」

 その言葉の真意がわからず、俺はほふく前進を止め、後ろへ振り向いてしまった。彼はどこか、微笑んでいるように見える。

「どういう意味だ?」

「ゼノがそう言ってくれて、という意味さ」

「……?」

 余計わからなくなってしまった。そんな俺の表情を見て、彼はさっきよりも笑顔になっている。

「ほら、先に行こうよ」

 ディンは顔で促した。


 天井の通気口から出ると、そこは薄暗い紺色の巨大な空間だった。戦車や機動兵器だけでなく、小型飛行船なども収容されるためドーム並みの広さになっているのだ。この空間がいくつもあり、それらが戦場へと投入される姿は、まるで母体から無数の子供たちを産み落とされていくかのようだという。そういう意味で、この戦艦は有機的な――生物的な形にされているのかもしれない。

「すげぇ数だな」

 機動兵器……いや、人型兵器か。実物をこんな近くで見るのは初めてだが、なかなか大きい。3メートル以上はあるだろうか。

「正規軍が2万もいるんだ。これくらいは普通だろうけど……」

 ディンはそう言いながら、どこか訝しげに兵器たちを見渡している。兵器たちは整然と並べられており、それぞれの間隔は人が二人ほど通れるほどだった。

「どうかしたか?」

 そう問うと、彼は目を細めた。

「これは無人機だ。……一部だよ」

「一部?」

 ディンは小さくうなずく。

「一つの兵器の一部。ここにある人型兵器全てが、ある制圧兵器の機動端末として機能するように設計されているんだ」

「制圧兵器……って、まさか“あれ”か?」

「ああ」

 今度は、大きくうなずくディン。

 以前、小耳にはさんだことだ。俺ではなくディンなのだが、彼が父親と軍部のトップ――オリバー=ハワード長官と会話しているのを聞いてしまったらしい。

 新兵器の製造……1万機以上の人型兵器を統べる、最新の制圧システム。無人機であるため、人員を要しなくて済むという代物。ディンは全ての会話を聞き取れたわけではないが、そういうものが開発されていることは理解できたのだ。

「既に完成していたのか……」

「いや、まだ完全にはできていないと思うよ。今回の作戦で使用し、その戦闘データを基に完成されるんだ」

 ざっと見ても、ここにある人型兵器は1000に満たない。この艦にあるもの全てを含めても、1万機には至らないだろう。

 だが、ある意味で“完成”していると言える。実戦に使えると判断したから、わざわざフィラデルフィアまで投入したのだろう。

「S兵器を持ったFROMS.Sは、格好の餌食ってことか」

 ただのテロリストどもなら新兵器は使わないだろうが、相手は現代兵器を所持している。ちょうどいいデータ収集ということなのだろう。

「2万の正規軍は、この兵器が“意図しない行動”を取った場合に備えてのものなのかもね」

「それだったら中途半端な人工知能じゃなく、LEINEを搭載すりゃいい話だと思うがな」

「……そう言えばそうだな。まぁ、予算とかの問題で使えないんじゃないか? LEINEはレーヴェンの直轄だし、ASAとの連結で負荷が相当なものと聞いたけど」

 枢機卿直轄の機関――レーヴェン、か。あそこの情報はほとんどないため、憶測でしか言えないんだよな。

「ところで、こいつらは起動できるのか?」

「おっと、そうだった」

 ディンは思い出したかのように言って、自分のアームを取り出して兵器の足元部分に接続した。すると、何かを解析するような音がし始めた。

「……NA-G試作機…………よし、やっぱり父さんのIDで大丈夫だ。ここでこいつを潜り込ませてと」

 アームを操作しながら、彼は事前に作っておいたプログラムを挿入した。このプログラム――というよりウィルス――は、10分後に格納庫と他のブロックとの隔壁を攻撃するようになっているもの。指示することも可能だったのだが、それを追跡されてばれては仕方がない。

「さてと、後はこのアームを処分するだけだな」

「は? それ、支給品じゃないのか?」

 ディンはアームを兵器に接続したまま、立ち上がった。

「僕のアームを使ったらばれるじゃないか。だから新しく買っておいたんだ」

 と言いながら、彼はニッコリと微笑む。自爆プログラムが組み込まれてるから、解析されることはないと思うが、念の為ということか。

「それじゃあ、集合場所に行くか」

「ああ」

 爆発する時間、作戦に参加する人員全てが中央フロアに集合するようになっている。その時に稼働してくれれば、かなりの混乱を招くことはできるはずだ。



「二人とも、どこ行ってたんだよ?」

 中央フロアには、既に溢れんばかりの人たちが集まっていた。人ごみの中から、ノイッシュは俺たちに気付き、こっちこっちと手招いている。

「お、ちょうどいいじゃねぇか」

 そろそろ作戦本部長の激励という名の長い話が始まる頃か。

「ちょうどいいじゃなく、ギリギリって言うのよ」

「そう言うなって、ディアドラ。間に合えばなんだっていいだろ?」

「ゼノは相変わらず過ぎて、逆に安心するよ」

 はぁ、とため息を漏らしながらも彼女は笑った。この笑顔から、やはり一抹の不安を抱いているのがわかった。たとえAクラスであっても、ディアドラは女性だ。人殺しをするとわかっているミッションに、平静な心で挑むことなど難儀なものなのだ。

「後で支えてやれよ」

 と、俺はノイッシュの耳元で囁いた。すると、彼は当たり前じゃないかと言ってきそうな表情をして見せる。

「もとよりそのつもりさ」

 その言葉で、俺は笑顔になった。彼の眼鏡の奥にある双眸には、彼自身の強さがある。それは何にも物怖じしない心。優しそうな彼の雰囲気からは、想像できないものではある。

「静かに!」

 その時、前方に起立している軍服の男性が大声を放った。しゃがれた声だが、遠目では若く見える。

「これより、作戦本部長・ゴンドウ中将より挨拶をしていただく」

 彼がそう言うと、白い軍服姿の男性が登壇する。

「今回の作戦は、軍部だけでなく特別教典局との合同で行う。チルドレン、諸君らはこれをミッションの一つだと思っているだろうが、これはれっきとした“掃討作戦”である。諸君らの今までの訓練の成果を十二分に発揮しなければ、己の命を失うことになりかねない。心して臨んでほしい」

 威圧感のある声――まさに、軍部のお偉いさんといったところか。

「ゴンドウ中将が指揮を執るなんて、やっぱり今回の作戦はそれなりに大規模ってことなんだね」

 小さな声で、ディアドラが言った。

「ゴンドウ中将は“三叉槍”の正式な指揮官だったはず。フィラデルフィアが出るってことは、彼が出てくるってことさ」

 ノイッシュは少し体を屈めて言った。

 ゲンジ=ゴンドウ中将――まだ40代で、軍人でありながら評議員でもある唯一の男。7年前に起きた「カルタゴ事変」では、三叉槍の指揮官として活躍し、ILASを撃退したことで有名だ。その戦いで左耳などを失い、その部分は鉄のマスクのようなもので覆われている。その後、三叉槍の主として任命された。

東アジア系移民の子孫で、彼の肌の色と瞳の色がそれを表している。軍部長官・オリバー=ハワード長官の側近としても知られ、将来の軍部長官として期待されているとか。

いずれは俺の上司になる人だろうが、なんというか……遠い存在の人間に感じる。俺にいくら能力があろうと、処世術がない限り上に行けないからだ。

「以上、作戦の内容だ。これは“正義”である。皆、それを肝に銘じておけ」

 そこで、中将の言葉は終わった。そして、これから出航の最終確認が行われるまで、それぞれ指定された部屋に戻れとのこと。

「ディン、そろそろか?」

「ああ。あと……5、4、3、2、1……0」

 彼が言い終わるのと同時に、艦が揺れた。大した揺れではなかったが、爆発音も響く。すると、警報を鳴らすベルが作動し、緊急事態の音が鳴った。

「なんだ!?」

「格納庫で爆発です!」

「システムの異常確認! 試作機の誤作動と考えられます」

 フロアがどっとどよめくも、パニックというほどではなかった。しかし軍人は所定の位置に速やかに移動をし始め、事の確認を急いでいた。

「ビンゴだが……ちょっと急がねぇとやばいっぽいか」

 俺がそう言うと、ディンは苦笑した。

「意外に早いね。ちょっと見くびってたかも」

「ハハハ、そりゃ言えてる。さて、今のうちに抜け出すとするか」

 俺たちは他の人たちの間を縫い、秘匿ルートへと向かおうとした。その時。

「ちょっと、ゼノ!」

 俺を呼ぶ声と同時に、後ろから服の袖を誰かが引っ張りやがった。振り返ると、そこに立っていたのはサラだった。俺は思わず、少しだけ当惑した表情をしてしまった。まさか、ここで彼女が出てくるとは思いもしなかった。

「まさかとは思うけど……ゼノがしたの?」

 どこか弱腰の、彼女の声。周囲のガヤガヤとした会話や鳴り響く警報で、かき消されてしまいそうだった。

「お前には関係ねぇさ。気にしない方がいい」

「やっぱり、ゼノなんだね」

 笑う俺に対し、彼女はどこかご立腹のご様子。いつも何かを起こす俺に対し、苛立ちを抱いているのかもしれない。

「……後でディンに訊きな。お前も、いちいち俺と会話したくねぇだろ?」

「…………」

 彼女は視線をそらし、俯き加減になった。これ以上何を言えばいいのか、わからなくなっている。……それは俺も同じだった。

「ゼノ、早く」

「ああ」

 ディンに急かされるまま、俺たちは中央フロアから抜け出した。

なんとなく、俺はサラを置き去りにしてしまった気がした。俺とディンは昔と同じように一緒に行動しているのに、彼女だけが一緒でないのだ。



 秘匿ルートへの入り口――それは、乗組員の居住区から無理やり行くことが可能だった。ここも通気口を抜け、お偉方の居住区へと行くことができるのだ。ライフラインを使う場所はまとめていることが多く、ここフィラデルフィアでも隣接している。

 特別居住区の方に降り立つと、そこはさっき通った居住区とは別格のものだった。ホテルのスイートルームか、それ以上の設備だ。軍艦であるはずなのに、ここは高級マンションの中のようなものだった。一室覗いてみたが、人一人が住むにはあり余るほど設備が整っているのだ。キングサイズのベッドにしても、天井からつり下ろされているシャンデリアにしても。

「こういうところに民衆の血税が使われてると思うと、モチベーションが下がっちまうな」

 俺は大きくため息をついた。こういうのを見ると、怒りを通り越して呆れるというか、いろいろとやる気が損なわれてしまう。

「そう言うな。こういうのはしょうがないとしか言えないんだから」

 と、ディンは俺を宥めるかのように苦笑する。

「まぁな。……俺たちが仮に偉くなったとしても、こういったところは変えられねぇのかもな」

「…………」

 できれば、そういったものは無くしてしまいたい。しかし、それを無くしたいという者が現われても、簡単に現実は変わらない。昔から続くものであればあるほど、慣習というものは保守的な人たちによって守られているもんだ

 俺たちは特別居住区を抜け、外と繋がっている出入り口へと向かった。そこの巨大な扉には「緊急用」と書かれており、扉の隣に開閉のためのセンサーがある。

「そういや、ラグネルのIDは?」

 俺がそう言うと、ディンはカード型のIDを取り出した。それは、ラグネルのものではなかった。

「それは……親父さんのか?」

「ああ。これだけでいいなら、ラグネルさんに疑われる必要性もないからね」

「なるほど。それじゃ、女と連絡取るか」

 俺はアームを起動し、女へと繋いだ。既にあいつには通話だけしか使えないようにさせているアームを渡している。


『遅い! いつになったら開けんのよ!!』


 繋いだ瞬間、女の怒声が放たれた。何怒ってんだこいつ……。

「うっせぇ奴だな。つか、もう扉の前に居んのかよ?」

『当たり前でしょーが! さっきから外の軍人も慌ただしくなってんだから、さっさと中に入れてよ!!』

 本当にうるさい。俺は思わず、ディンに思いっきり嫌そうな顔を向けてしまった。すると、彼はお手上げをしながら苦笑した。

「ディン、開けてやれ」

「はいはい」

 彼はおじさんのIDをセンサーにかざした。そして、「OK」と表示されると、扉が瞬時に開く。そこに立っているあの女の表情には、嬉々としたものが浮かんでいた。

「やっと開いた!」

 彼女は「いやっほーい」という感じで、中にステップをしながら入って来た。それと同時に、ディンは扉を閉じた。

「まったく、あんたらが遅いから冷や冷やしたじゃないのよ」

「てめぇなぁ、こちとら慈善事業をしてやってんだ。文句ばかり言ってんじゃねぇよ」

「ふん。最初は非協力的だったくせに、何恩着せがましく言ってんのさ」

 女はふんと突っぱねた。こ、この野郎……。

「お礼ぐらい言うのが筋ってもんだろうが! このすっとこどっこい!」

「はぁ!? 誰がすっとこどっこいよ!」

 俺たちは怒りの顔で睨み合い、互いの額が当たるくらいだった。そんな俺たちを宥めようと、ディンが苦笑しながら引き離そうとした。

「どうどう。二人とも、落ち着け」

「俺たちゃ馬か!」

「私たちは馬か!」

「…………」

 俺と女は同時に言い放ち、ディンは目をパチクリさせている。

「ま、まぁともかく、無事に入れたんだからよかったじゃないか」



「よくなんかねぇよ」



 その時、聞き慣れた声が響いた。後ろに振り向くと――白い服を着た男が立っていた。

「ラグネル……!?」

 腕を組み、10メートルほど離れた場所に立っている。

「二人してこそこそとなんかしてるとは思ったが、まさかウィルスを組み込んだとはな。それもこれも、ジョセフさんのIDを使ってか」

 ジョセフ――――ディンの父親の名だ。元々軍人で、それなりに有名だった人だ。特別教典局のラグネルが知らないはずがない。

「おかげで、新兵器の貴重な試作機の一つを破壊しかくちゃいけなかったんだ。あれって結構お高いんだぜ?」

 などと言いながら、ラグネルはため息を漏らす。

「あの人、誰?」

 女はラグネルを指さして訊いてきた。このタイミングで、そんな子供みたいな質問をするとは……思わず、俺は肩をガックシ落としてしまった。

「彼はラグネル……僕たちSSSクラス担当の教官だ」

 ディンは苦笑しながらも、落ち着いて説明した。

「ふーん……じゃ、私の敵ってわけか」

「は?」

 すると、女は猛スピードでラグネルの方へと突っ込んで行った。そして跳躍し、そのまま足蹴りを繰り出した。だが、ラグネルはそれを左腕で防ぐ。

「いきなり手荒いねぇ、お嬢ちゃん」

「反応、いいのね。けど……」

 女は左足で前蹴りをした。それは簡単に防御されるも、女はその反動で後ろへ下がり、銃を取り出した。それと同時に白い光線が銃口から弾き出され、ラグネルに直撃した。爆音が生じると、そこから白煙が広がり始めた。

「おい、てめぇ! 何してんだ!?」

「何って、攻撃してるに決まってるでしょ。あいつは敵。SIC。あんたたち以外、信用なんかしない」

 女は振り向かず、あの時――初めて会った時のような口調で言った。戦闘員としての、あいつの声だ。

「やれやれ、とんだ災難だなこりゃ」

 白煙から出てきたラグネルは、無傷だった。それどころか、彼の白い服も一切汚れてはいなかった。

「“星煉銃”か。それを扱える女の子がいるとは、ちょっと驚いた」

 と、ラグネルは笑いながら言った。

「私も驚いた。エレメントの攻撃を相殺できる奴が、SICにいるなんてさ」

「そりゃそうだ。これでも一応“司教”だからな」

「司教位!? ……なるほど、あんたが……」

 女は驚いた様子だった。それが何を意味するのか、今の俺にはわからなかった。


「ラグネルさん、フィーア、ストップ!」


 二人の間に入って行ったのは、ディンだった。

「攻撃はやめてください。フィーアも、銃をしまうんだ」

「…………」

 それでも、女は銃口をラグネル――ディンに向けたままだった。

「フィーア、頼む」

「……わかったよ」

 はぁ、とあからさまなため息をつき、女は銃を下げた。

「ラグネルさん、すみません。これには訳がありまして……」

「わかってるさ、そんなこと。大方、殺すに殺せなかったってところだろ?」

 ディンの性格を把握しているのか、ラグネルはいつも通りの笑顔をして見せた。



「なるほどな。まぁ、ディンの性格ならしょうがねぇだろ」

「しょうがないで済む話じゃないと思うけど?」

 女は壁にもたれかかりながら言った。

「“SIC”としてはな。だが、俺はこいつらの教官だ。こいつらが“正しい”と思ってしてることに、あんまし干渉したくねぇんだ」

「偉そうなことほざいてるけど、本当は軍部に差し出したいんじゃない?」

 こいつは異常なまでに敵意を剥き出しにするな……。まるで、初めて会った時のようだ。まぁ、それ以外でも突っかかってくることは多々あったが。

 ラグネルは頭をポリポリとかきながら、顔をしかめる。

「そりゃ、一応あんたはGHだしな。SICの人間としては、捕縛しなきゃならんが……」

 そこで、ラグネルは俺とディンをチラッと見た。そして、小さく笑う。

「殺すも生かすも、俺はこいつらに任せるね。面倒なことは嫌いだしな」

「ラグネル……教官のあんたが、そんなこと言っていいのか?」

 俺は少し心配だった。ラグネルのこういう性格が、特別教典局内――若しくはSICという巨大な組織の中において、煙たがられているのではないかと。自分に敵意むき出しの奴を放っておいて、“もしも”のことは考えていないのではないかと。もちろん、俺たちを信用してくれているのは嬉しいのだが……。

「いいんだって。固いことは嫌いなんでね。職場での肩書なんぞ、どうでもいいことだしよ」

 ラグネルはそう言い、子供のような笑顔を広げた。30代後半に差し掛かってるおっさんのくせに、不相応な笑顔をしやがって。思わず、俺は笑ってしまった。

「ま、お前らが傍に居るってんなら悪さはしねぇだろ。したらしたで、俺が責任もってどうにかしてやる」

 彼は腰に手を当て、偉そうに言い放った。

「おいおい、本当に大丈夫なのかよ?」

「まっかせなさい! ぬははは!!」

 なんだこのおっさん……。なんか、信頼度が低くなってきたんだが。

「結局、私のことは通報しないわけ?」

「ああ。あんだけ強けりゃ、こいつらの足を引っ張るどころかお釣りが返ってくるくらいだろうし」

「…………」

 女は小さく息を漏らし、そっぽを向いた。それとほぼ同時に、ラグネルは自分のアームに目をやった。

「ん? 事態が収拾したようだな。ほら、お前らは戻るぞ」

「フィーアはどうするんですか?」

「特別居住区の方にいれば大丈夫だろ。あそこは、余程の事がない限り使われない場所だからな。何かあれば俺がお前らに連絡してやる」

「えぇ? 私また一人で待ってなきゃいけないの?」

 なんだその年老いたババアみたいな顔は……。余程嫌なのだろうか。

「しょうがねぇだろ。ちょっとは我慢しろってんだ。いっつもいっつもわがまま言いやがって」

「そ、そんなにわがままじゃないけど? これでも十分我慢してるんだから」

 そう言いながら、女は俺から視線をそらした。それなりに自覚があるようだから、まぁ良しとしよう。

「ごめんな、フィーア。また時間がくれば連絡する。出航して現地に着くまで1時間もないはずだからさ」

「ならいいけど。とりあえず、ネズミのように潜んでおくよ」

 女はそう言うと、スタスタと特別居住区の方へと向かって行った。変な捨て台詞だが、突っ込まないでおこう。

「……あんな少女まで、戦闘員として扱っているんだな」

 ラグネルは女の歩いて行った先を見つめながら、言った。

「SICも俺たちくらいのガキを戦闘員として使ってんだから、どっこいどっこいだろ」

 普通じゃあ考えられねぇもんな。エレメントのような特殊能力が使えなきゃ、国際問題に発展していても不思議ではないのだ。

「そういや、彼女から内部の話は訊いたりしたのか?」

「いや、特にしていません。僕たちは一応“敵同士”ですし、彼女自身そういうのを嫌がるみたいで」

 ディンがそう言うと、ラグネルは「ふーん」と呟きながら、髭を触り始めた。

「俺が知ってるのは、あいつの上司の名前くらいだ。もしかしたら、ラグネルは知ってるかもな」

「へぇ、誰だそりゃ?」

「たしか……“ウルヴァルディ”とか言ったか。あとは、部隊が違うが“エルダ”ってやつもいた」

 ウルヴァルディとは顔を合わしたことがないが、エルダが現れた時、そんなことを言っていた。

「なるほど。そりゃ知らねぇな」

「……そうか。ただ、そいつらはVISION内で俺に襲ってきた奴と同等か、それ以上だと思った方がいい」

 エルダと対峙した時でさえ、「こいつには敵わないかもしれない」と思うほどだった。エルダは前衛的でないかもしれないが、エレメント能力などが突出した奴かもしれない。

「ゼノが敵わないんだったら、今の僕ではどうしようもないな……」

 そう言いながら、ディンは苦笑する。その表情の中にかつての悲哀と絶望が潜んでいることは、容易に理解できるものだった。

「今はしょうがねぇよ。もっと強くなる。それでいいんだ」

 誰かを護れるほど強く。そう誓った。“もう護れない”のは、嫌なのだ。

「……ま、将来のお前らに期待するか」

「なんだよそりゃ」

 俺が問い返すと、ラグネルは嬉しそうに笑った。

「今はまだ無理でも、時間はある。その中で、お前たちにできる精一杯のことをすりゃいい。お前たちなら、昔の悲しみを憎しみだけに染めることはしないだろうしな」

「…………」

 昔の悲しみ、か。

「ほら、戻るぞ」

 ラグネルに促され、俺たちは戻って行った。








 特別居住区の一室――薄暗い部屋の中で、フィーアは白いベッドの上で横になっていた。自分の金色の髪に触れながら。

「……あいつ、強いな。私じゃあ敵わない」

 あの男――ラグネル。へらへらしているが、蹴りを繰り出した時に見せたあの“目”は本物だった。今まで多くの人を殺してきた目。隠そうとしているのではなく、必要な時に現すことができるようにしている。そうそうできることではない。

フィーアは敵である彼に対しても、尊敬の意を少しだけ抱いていた。ここまで早く自分がそう思うのは、特別なような気もする。特別と言えば、ゼノたちもそうなんだけれど。

「ウルが言ってた司教位ってのは、あそこまで強いのか。……ウルとどっちが強いかな」

 愚問ではあった。自分では簡単に答えが出るはずだったのに、出なかった。予測ができないせいもあるのかもしれない。

「でも、どこかで会ったような気がする……。どこだったかな……」

 彼女は寝返りを打つかのように動き、天井を見上げた。

 あの瞳を、どこかで感じたことがあった。それだけでなく、もっとたくさんのものに触れていたような気もする。それはずっと昔――記憶があいまいな時期だったはず。それが幼い時分だったのか、それとももっと別のものなのかさえ、彼女にはわからなかった。いや、彼女はそれを引き出すことができないのだ。

彼女の奥底にある“何か”が、それを拒否していた。まるで、触れてはならない大切な宝物を“護る”かのように。

フィーアはそのことに気付くことさえできない。だから、考えるのを止めた。





 中央ブロックへと戻る中、ラグネルは考えていた。

フィーアという少女のこと。そして、彼女の上司という人たちのことを。

 ――まさか“奴”の娘ではあるまい。長い年月の間に、奴自身がそういった機能を排除している可能性もある。

 金色の癖の付いた髪。ルビーのように煌めく双眸。それらは一致するものもあるが、彼にとってそれは考えてもしょうがないことだと気付く。

 ……まぁいい。それにしても、ここで奴の名が出てくるとは……。これもまた、最初から決められていたのかもしれねぇな。

 ラグネルは自分の後ろに歩いている二人に気付かれないよう、小さく笑った。それはまるで、自分を蔑むかのようなものだった。

 こうなるのも、もしかすると意図されていたのか。……それにしても、50年もの間、姿を見せなかったが……今回は“どのようにして干渉してくるつもり”なんだろうな。

 その時、その瞬間、自分はどうするのだろうか。彼らはどうするのだろうか。それを考えても答えなどわからないが、当時のことを思うと、考えずにはいられなかった。

 言霊たちが、未だ自分の奥底で嘆いているから。





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