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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第1部:無限と有限が重なり合う中で~schicksalhaft Begegnung~
17/96

15章:侵入作戦、立案


「……以上が今回の内容だ。わかんねぇ奴はいるか~?」

 ミッションに参加するチルドレンの前で、ラグネルは適当な感じで言った。もっと真面目にやれと言いたくなるが、まぁよしとしよう。

 今回のミッション開始は、17:00。場所は太陽系内を浮遊する移動型コロニー「UnknownH-1665」……どの宙域政府にも属していない、正体不明のコロニーだ。何度かSICから通信での接触を試みたものの、一度も応答はないとのこと。しかし、LEINEからのデータによると、ここ付近での宙域に身元不明の宇宙船や戦艦などが確認されており、このコロニーに出入りしているらしい。それがFROMS.Sなのかどうかはわからないが、MARS系改造居住コロニーにて起きたテロに近辺を漂流していた宇宙船らの情報と一致しているため、ほぼ100%で奴らであろう。

「それにしても、数百人程度の組織にしては保持してる宇宙船の数が多いな」

 俺の隣で、配布されたデータを見ながらディンは言った。先週のことがあってから、俺たちは会話はするものの、目を合わせようとはしなかった。互いに謝ることなどしていないからだ。

「設立当初は欧州連合が後ろ盾としてあったからじゃねぇのか?」

 彼と同じように、俺もデータを見つめながら言った。1000人収容可能な宇宙船が5隻、正規軍級の戦艦が3隻……普通、ここまでのものをたかが保護団体が手に入れることはできない。

「それはジェームズが生きていた頃の話だと思う」

「けど、LEINEの映像からすると、設計デザイン的にはGHっていうよりも、欧州系に見えるぞ」

 欧州連合の戦艦などは、昔ながらのデザインで、機械的な形といえる。SICのものは逆に、イルカや鳥といった動物的なデザインのものが多い。

「もしかしたら過去に使っていたものを基に、自分たちで設計・建造してるのかもしれないね」

「としたら、やっぱし裏で支援してんのはGHってことか」

 GHが使う宇宙船などは独自のものが多い。もちろん過去に拿捕したものを転用していることもあったが、基本的には自分たちで設計しているようだ。それだけ組織の規模が大きいということになるのだが、一体どこから資金を得ているのかという謎が残る。GHを影で支えている組織があるのかもしれない。とすると、それなりに大きな組織でないと無理だろう。やはり、最近の胡散臭さから言って……。


「サラ、ちょっと」


 考え事をしていると、ディンが彼女の名を呼んだ。100人近いチルドレンがいるこのフロアは、既に作戦会議が終了しているせいか、それぞれが会話などをしていて賑やかになってきていた。その中からサラは、俺たちの方へ歩み寄って来た。一瞬、俺と目が合ったが、すぐに背けやがった。

「ディン、どうしたの?」

「サラはどこから戦闘に入るか、教えてほしいんだ」

 きっと、ディンは彼女から目を離さないために訊いたのだろう。

「えっとね、私は……」

 彼女はディンが映し出した地形図に覗き込みながら、場所を確認していた。

「そっか、了解」

「うん。じゃあ、また後でね」

 サラはそう言って、手を振ってフロアから出て行った。

「……心配か?」

 足を組み、腕を組んで傍目には機嫌が悪そうな俺に、ディンは言った。

「そりゃあな」

「だよね。なんだかんだ言って、ゼノはそういう奴だから」

「…………」

 彼は小さく笑った。それは、普段どおりの彼の笑顔だった。

「本当は……少し、怖いんだよ」

 周囲が賑やかな中で、俺は静かに言った。まるで、自分だけが別の空間にいるかのように。

「あの頃は、殺した時の感触が体中に残されていて、いつまでも拒否反応を起こしていた。……いや、未だに変わっていないのに、ただ感覚が麻痺してきてるだけなのかもしれない」

「それは僕も同じだよ。僕だって、本音を言えば参加したくなかったんだ」

 彼の方に目をやると、ディンは視線を落としていた。

「僕にとっても、FROMS.Sはある意味で特別だからね。今までの感情だとか、いろいろなものがそこにあるような気がするんだよ」

「いろいろなもの?」

 そう問い返すと、彼は視線を落としたまま、頷いた。

「前を向くための勇気だとか、たぶん、そういったものさ。だから、僕がこの作戦に参加するのは……サラのことを建前にしているだけにすぎないんだ」

 過去のこと。あの作戦で、俺たちは何かを置き忘れてきた。ヒトとしての本質――様々な感情。俺たちが「兵器」として存在しているならば、それでいいのかもしれない。欠落している方が、SICとしては便利なのかもしれない。だが、俺たちはあくまでも人間。あの時に“ずれた”ことを修復しなければ、本当の意味で前を向けないのではないか。

「お前に比べて、俺は弱いな。……俺は、逃げようとしたからな」

 思わず、俺は笑ってしまった。自分でも、それが自分を蔑むものであるとわかっていたのに。

「それでも、ゼノは参加するじゃないか。それが、サラを護るためだとしても」

「そりゃそうだが……」

「それでいいんだと思う。当時とは理由が違ってでも、もう一度向き合うことができるんだからさ」

 俺はディンの方に視線を向けた。彼も俺と視線を合わし、普段どおりの笑顔をさらけ出した。それは、自然と俺の笑顔を引き出すものだった。約一週間ぶりに、彼と視線を合わせたような気がする。

「まぁ、頑張るか」

「ああ」

 俺とディンは、互いを認め合うかのように拳を軽くぶつけた。




 移動にはLEINEを利用したワープ航法を使うため、かなり大規模な戦艦で向かうこととなった。

「こりゃまた、大がかりなミッションになるっぽいね」

「…………」

 なぜか、あの女が俺の部屋にいやがる。しかも、ディンの机に座って。

「てめぇ、何勝手に寛いでんだ」

「しょーがないでしょ。ディンの家にいたって暇なんだから」

「これまた手厳しいね」

 ハハハ、とディンは笑っているが、普通怒るところなのではないだろうか。

「たかが1000人規模の組織を潰すのに、フィラデルフィアを使うんだ」

「お前、知ってんのか?」

 そう問うと、女はクスッと笑った。

「そりゃそうよ。だってSICの主力戦艦の一つでしょ? 敵の私が知らないわけがないって」

「まぁ、たしかにな」

 戦艦フィラデルフィア――SICが保有する紛争制圧用の戦艦で、「三叉槍トリアイナ」の一つ。他の戦艦が緊急時には民衆を収容するものであるのに対し、フィラデルフィアは常に戦闘に使われる。そのためかなりの兵器を装備しており、まさに「戦艦」の名に相応しいものであると言われている。

「50年前だっけ、フィラデルフィアが登場したのは」

 ディンのパソコンでフィラデルフィアの画像を見つめながら、女は言った。

「そう言えばそうだね。あの戦いで唯一無事だったのが、フィラデルフィアだけだったのかな」

「やっぱし、あの戦いのことはお前らでも知ってるもんなのか?」

 俺が訊ねると、女は頷く。

「世界的に有名な戦いだったっぽいし、一応教えてもらうのよ。詳しいことはほとんどわかんないけど」

「ふーん。あれでお前らを駆逐できてりゃ、こんなに苦労することはなかったんだけどな」

「あら、互いにそうでしょ? 結局、休戦を申し込んできたのは“あなたたち”なんだから」

 俺が皮肉をこめて言ったってのに、女は軽く微笑みながら受け流した。むかつく返答だが、事実なのだから仕方がない。

 50年前……SD949、SICは欧州連合・東アジア共栄圏軍・アメリカ自治政府コロニー軍と協力し、PSHRCI――GHの完全駆逐作戦を決行した。当時のGHの本拠とされていた通称「エデン」と呼ばれていた巨大コロニーに、500隻以上の巨大戦艦で攻め入ったのだ。その時、最新鋭の兵器を搭載し、最大の駆逐艦としてフィラデルフィアが投入されていた。

 結果としては、引き分けだった。いや、それはSICの強がりになる。双方の被害は過去最大であったが、SIC側の損害は尋常ではなかった。10万人以上の死者と、フィラデルフィア以外の戦艦は撃墜されてしまったのだ。GHの底力というものを、まざまざと見せつけられた戦いだった。もちろん、休戦を申し入れたのはSIC。あれから欧州連合などは、GHとの直接対決を避けるようになってしまった。

「50年も昔のことだから何とも言えないけど、お互いあれが原因で大きなことは起こせなかったのよね。ま、私には関係のないことだけど」

「何言ってやがる。十分大きなこと起こしてんじゃねぇか」

「セフィロート襲撃や事務次官暗殺未遂とかだね」

「……二人とも手厳しいね」

 女は思わず、苦笑いしていた。あれらの事件を無かったことにされては困るからな。

「あのさ、ちょっと二人に相談なんだけど」

 すると、女はイスに座ったまま俺たちの方へと180度回転した。なんとなくだが、嫌な予感がする。サラのせいで、こういった先見の明が付いたのかもしれない。

「……なんだよ?」

「あのね、そんな嫌そうな顔しないでくれる? まだ何も言ってないじゃんか」

 どうやら俺の顔が彼女の言う「嫌そうな顔」になっていたようだ。自分ではよくわからないのだが……。うーん、条件反射かもしれん。

「それで、相談っていうのは?」


「あ、実はさ、私も連れて行ってほしんだけど」


「……はぁ?」

 この女は何言ってやがる、としか思えなかった。わけわかめとはまさにこのことだ。

「いくらなんでも、それはちょっと難しいと思うんだけど」

 仏のディンも苦笑せざるを得なかった。俺もだが、たぶん彼も俺と同じように危機感を抱いていたとは思う。

「今度はGHが裏でからんでる可能性があるんでしょ? それだったら、ついでにあっちに帰ろうかなって」

 そう言えば、こいつを逃がしてやるってのが最初の目的だったな。共同戦線を張ったりしたもんだから、いつの間にか馴染んでしまいやがった。

「それに、何かあったら協力もできるしさ」

「……やけに協力的だな。なんか企んでんのか?」

「まさか。そんなこと考えてるんだったら、こっそりと忍び込むに決まってんじゃん」

 そう言いながら、女は笑った。どこまでが本気かはわからないが、企んでるのかと訊かれて「そのとおり」などという奴はいねぇか。

「ともかく、さすがに無理だろ。今回は正規軍とフィラデルフィアを動員するんだ。特別教典局主導じゃなく、軍部主導だしな」

「そこをあんたたちでどうにかしてほしいってことなんだけど」

「……図々しいにもほどがあると思うんだが?」

 なんだか頭が痛くなってきた。俺が今回の作戦司令部に属していたなら、ある程度はどうにかできると思うが。

「協力してもいいんだけどね」

 ディンの言葉に、衝撃が広がる。俺は驚きだけだったが、女にとっては笑顔を呼ぶものだった。

「ホントに!?」

「おいおい、何言ってやがる。どうやって中に入れんだよ……」

 俺は頭を抱えた。まぁ何度もこういうことがあれば少し慣れてきたんだが、それでも驚嘆せずにはいられない。

「秘匿ルートがあるだろ、たしか」

「……そういや、そんな話を聞いたな」

 ディンの言葉で、俺は以前、ラグネルが言っていたことを思い出した。

 戦艦は有事の際、民間人を収容し退避させる役目を担っている。そのためのフロアや居住区、通路なども用意されている。

「けど、フィラデルフィアは完璧な戦闘用じゃなかったか? そういう設備は搭載していないはずだろ」

 あれは唯一、民間人を収容する役目を負っていない。最後の防波堤――殿として機能するためだと聞いている。

「そうなんだけど、三叉槍にはLEINEを通じて、CNへアクセスできるようになってるじゃないか」

「ワープ航法ができるってんだろ? だから何なんだよ」

「つまり有事の際、一番迅速に避難することができるってことさ」

「……あぁ、そういうことか」

 俺は指をパチンと鳴らした。

「ん? どーいうことよ?」

 どうやら女はわかっていないらしく、口を弓なりに曲げてクエスチョンマークを浮かべている。

「CNを利用できるってことは、現状世界で最先端の技術を搭載してるってことだ。どんな化物級のエンジンを搭載してる戦艦や宇宙船でも、ワープ航法に勝てっこねぇんだよ」

「つまり……仮に大事件が起きたとして、お偉いさんをすぐさま安全宙域へ避難させることができるってこと?」

 さすが、と思いながら俺たちは頷いた。

「僕の予想だけど、フィラデルフィアにも緊急時用の出入り口と居住区が整備されているはずなんだ」

「そういや、昔に見たフィラデルフィアの内部の地図に、使われていない箇所があったな」

 武器庫か何かだと思っていたが、たぶんあそこが居住区なのだろう。

「民間人には内緒で作っていました、ってか。どいつもこいつも、自分のことしか考えねぇんだな」

「まぁまぁ。まだ仮説なんだし、実際に見てみないと分かんないだろ?」

 イラつき始めた俺に対し、ディンはなんだか楽しそうに宥めてきた。こいつのことだから、俺がイラつくことを見越していたのだと思う。

「それで、あんたはどうすんの?」

「あ?」

 女は突然、俺に話を振った。

「私の逃亡劇に協力してくれるかどうかに決まってんでしょ?」

「嫌だね」

 俺は舌打ちを混じらせ、彼女から顔を背けた。その様子は、さながら子供のようだと自分でも思ってしまう。

「はぁ!? なんでここまできて協力してくれないのよ!」

 そんな俺の態度に、女は立ち上がって怒り始めた。まさかこうも簡単に起こるとは思ってもいなかったので、ちょっと驚いてしまった。

「別に協力しなきゃならない義理はねぇだろ?」

 それに、今回ばかりはめんどくさい。赤の他人への協力をしながらやっていけるほど、心の余裕がないのだ。

「ここまできて、協力しないなんてケチな奴!」

 ふん、と女はそっぽを向いた。いつになく子供っぽい姿が、ちょっと面白いのだが。

「ま、まぁまぁ。それに、僕だって協力するとは決まったわけじゃないし」

「へ?」

 俺と女は、同時に口を開けてしまった。ディン、お前……協力する気じゃなかったのか?

「ディ、ディンまで……。なんでよ!」

 仏のディンに断られてしまっては、こいつもショックを隠せないようだ。きっと、ディンを利用して俺も巻き込もうとしたのだろうが、そうはいかんぜ。

「だって、フィーアは約束を破ったじゃないか」

「……約束ぅ?」

 女は首をかしげた。そして俺に顔を向けるが、そんなことされても俺にはわからんぞ。

「ご、ごめん。約束ってなんだっけ?」


「ほら、『帰ってくるまで家にいる』って約束」


「…………あり?」

 女は腕を組み、さらに頭をかしげる。まぁ、俺も思い出せないのだが。はて、そんな約束……いつしたっけな……。

 あっ、あれだ。ジュピターでの事務次官護衛任務の際、ディンの家に寄った時の約束だ。

「そう言えば、そんな約束してたな。お前、見事に破りやがったけど」

「う……」

 女は顔を引きつかせ、顔を背けた。俺が「ざまぁみろ」と思ったのは言うまでもない。

「ご、ごめんね。軽い気持ちというか、なんというか……暇だったのよ。ま、まぁちょっとした出来心よ。それに、結果的に役に立ったじゃない」

 女は無理に作った笑顔で俺の方に顔を向け、同意を求めてきた。たしかに役に立ったのだが、俺の性格上、ここでうなずくことなんて絶対にしない。ということで、思いっきり顔を背けてやった。

「あんた! 助けてやった恩を忘れるっていうの!?」

「あーあー聞こえねぇー」

「聞こえないって言うなら、せめて耳を隠しなさいよ!」

 む、たしかに。

「フィーアがいてくれて助かったのは事実だけど、約束を破ったことには間違いないからな」

 ディンはニコッとほほ笑みながら言った。この場面では、女にダメージを与えるものでしかないってのに。

「というわけで、今からする約束を守ってくれるっていうなら、協力してあげてもいいよ。もちろん、ゼノも」

「はぁ? なんでだよ」

 俺は思いっきり嫌な顔をした。ただでさえ考えることがたくさんあるってのに、余計な問題を増えるのはめんどくせぇ。

「別にいいじゃないか。フィーアはしっかりしてるから、内部に入れさせたら後は自分でどうにかしてくれるよ」

 そりゃそうかもしれねぇが、しっかりしてたらディンの家から脱走してここに来ることなんてことしねぇだろ……。

「あの~、一応訊くけど、約束の内容は?」

 女は、なんだか恐る恐るといった様子で訊ねた。


「今回は、ゼノと一緒に戦ってほしいんだ」


「ゼノと?」

「おいおい、何言ってやがる」

 女にしてもディンにしても、訳のわからんことを言いやがって。

「なんでこいつと一緒に戦わなきゃならねぇんだよ」

「今回のミッションでは、たぶん、サラが自分一人で任務をこなそうとすると思うんだ」

「だからなんだってんだよ」

 俺はため息を混じらせた。それがこの女と協力する要因になるとは到底思えないんだが。

「ゼノが護ろうとすることを、嫌がると思うんだ」

「…………」

 たしかに、言われてみればそうかもしれない。あいつのことだから、俺がいないところで、一人でやり遂げようとするだろう。自分ではそこまでの力がないっていうのに。

「サラのことは僕に任せて、ゼノには僕の分までやってもらいたかったんだけど、さすがに一人じゃきついだろうし」

「そのくらい、俺一人でどうにかできるっての。それに、一人でやる方がやりやすい」

「そうかもしれないけど、僕たちはSSSクラスだ。他のチルドレンに比べて、内容的には難しくなってるだろ?」

 複数のクラスが参加するミッションでは、ハイクラスになるほど危険度・凶悪度が増すようになっている。

「そうだけど、今回のミッションはさほど難しいわけでもねぇしな」

「つまり、ディンが抜ける穴を私でカバーしてくれってこと?」

 俺がしゃべってる時に、入ってきやがった……。なんかムカついてくるのだが。

「そうだね。本当は、フィーアにサラを護ってもらいたかっ――」

「無理。私、あんなわがままな子を護れるような戦い方しないし、柔軟な性格してないから」

 女は舌を出して子供のように否定した。恐ろしく素早い断りのセリフだな……。サラとこいつとじゃ性格が違うし、以前のこともあるから、あっちも気になってミッションどころじゃねぇだろうな

「だ、だよな。とりあえず、僕の代わりを務めてほしいんだ」

「……百歩譲って、そいつがお前の代わりになるのはいい。さっきも言ったが、今回は軍主導だ。正規軍だって参加する作戦に、一人だけSICの服装をしていない奴がいたら怪しまれるだろうが」

 この作戦には、正規軍が約2万人投入される予定らしい。それだけいて、ばれないってのもおかしな話なのだ。

「フィーアならなんとかなるって。だろ?」

「もっちろん」

 ディンと女は顔を合わせ、ニッコリとほほ笑んだ。どうしてこいつらは楽観的なのかと疑問に思うが……まったく、頭が痛くなりそうだ。

「ったく、しょうがねぇな。乗りかかった船だ。潜入させるくらいは手伝ってやる」

 俺はため息を混じらせ、言った。結局こうなってしまうのでは、と最初からなんとなく思っていたので、さほどめんどくさいとは思わない。

「さっすが! じゃ、さっそく作戦をたてましょうか!」

 なんだか、女は活き活きとし出した。まるで、子供が悪戯を計画する時のような、そんな笑顔を含ませて。

「そうだね。さて、フィラデルフィアの内部構造を把握しないとね。フィーア、ちょっとそこ座らせてもらうよ」

「あ、はいはい」

 ディンは女が座っていたイスに座り、パソコンを使い始めた。

「どうするの? そもそも、あれだけの戦艦の詳しい情報は軍事機密とかじゃないの?」

「ちょっと参謀部のコンピューターに侵入して、データを盗むんだ」

「……無理でしょ。本部のコンピューターには、LEINEが管理・監視を行ってるって聞いたし」

「実は僕の父さんがFGI社の役員でさ。そこが参謀部から様々なものの製造を請け負っていて、設計図や構図を把握するためにアクセスする権限があるんだ」

 そう言えば、昔そんなことを聞いたことがある。そもそも、SICと関連を持っている会社の上層部は、ほとんどが元チルドレン――或いは、元官僚だったりする。最近になってそういった「天下り」というものが問題視されており、拡大派が与党に対して追及しているというニュースが流れていた。

「密着な関係を持ってる企業のお偉いさんとは言え、SICの軍事関連の情報に触れるのを許されるの?」

「父さんは元々軍人だからね。それもあって、IDは破棄されていないんだ」

「ふーん……」

 女は、ディンのパソコンのディスプレイを覗き込むように見ていた。

 ……それにしても、正規軍2万か。たかが四桁に届くか届かないかくらいの組織を潰すのに、それだけの人員を要するのは少し違和感はある。GHが絡んでいる可能性があるということで、“念の為”なのだろうが。

 ただ、その“念の為”にフィラデルフィアまで使うっていうのが些か大げさな気もする。それを使ってまで、奴らを潰しておきたい理由があるのか? 正確な犯行声明も何も出していない組織を、壊滅しておきたい理由……。


 GHとの結託を恐れて?


 いや、以前カールと話した時に、それはないと断言した。結託したところで、GHの力が格段に上がるというわけでもあるまい。

 じゃあ、真意は一体何なんだ? 俺たちの知らないところで、SICは何をしようとしている?

 そもそも、このような作戦を「ミッション」にして、大多数のチルドレンを招集することもおかしい。正規軍でもない俺たちを、その正規軍に混じらせて戦闘を行わせることも。

 そう考えると、4年前の掃討作戦もおかしくなってくる。当時は思いもしなかったが、あれだって100人以上のチルドレンを投入していた。あの時の相手も、やはりFROMS.Sだった。




「お父さん!」

 少女が叫ぶ。その声が、頭の中で反響する。

「許さない……絶対に、許さない!!」

 絶望が広がっていた双眸は、黒く、暗い想いに支配されていた。

それは憎しみ――。

「殺してやる……! 絶対に、お前を殺してやる!」



 ――人殺し――




「…………」

「ゼノ?」

 ふと気が付くと、ディンは俺の方へと振り返っていた。女も。怪訝そうに、俺を見つめている。

「どうした、考え事か?」

「まぁ、そんなところ。大したことじゃねぇよ」

「そうか。それより、これ」

 ディンは自分のパソコンのディスプレイを指さした。そこには、巨大な戦艦と思しき内部の構造が描かれた設計図のようなものが映し出されていた。戦艦は何層にも分かれていて、小型宇宙船などを収納するための巨大なフロアもある。

「フィラデルフィア――トリアイナ……『NOAH-SYSTEM』……?」

 画面の隅に、そう記述されている。聞き慣れないワードだ。

「ノアシステム……なんのことだ?」

「初期段階の名前でしょ」

 俺の疑問に、女は適当な風に言いやがった。

「そうなのかもしれないけど、もしかしたら“何か”の一部なのかもしれないね。この戦艦自体が」

「三叉槍のことだとは思うがな」

 CNを搭載しているんだ。もっと他の、軍事的な何かに使役するために作られたと言っても過言ではない。

「あ、それでなんだけど」

 ディンはキーボードを打ち、内部構造の一部を薄いピンク色で塗りつぶした。

「この区画、以前見たものと同じじゃないかな」

「……あんまし覚えてねぇけど、見るからに居住区だな。それも、高級ホテル並みの個室までもあるぜ」

 アホな奴らだと思い、俺は少しだけ笑ってしまった。そんな無駄なことをせず、共同のものにすればもっと人が入るというのに。

「ここに入るためには、近くにある制御センサーを解除する必要があるね」

「となると、解除キーを持っているIDの保持者は今回の指揮官クラスになるってことか」

「ラグネルさんのIDなら可能じゃない? チルドレン引率の総主任だし、作戦の一部を指揮するって聞いたから」

「じゃ、大人しく取っちまえばどうにかできるってわけか。楽なもんだぜ」

「そうだね。あとは、その秘匿ルートからフィーアを入れればいいか」

「あ、あのさ、そう簡単に総主任の奴からIDなんか取れるわけ? 普通は無理でしょ」

 今度は女が、俺たちの楽観ぶりに驚いていた。というよりも、不安になっているように見える。

「んだよ、今さら怖じ気ついたのか?」

「そうじゃないって。あまりにもあんたたちのやり口が適当だからに決まってんでしょ」

 と、なんだか女は呆れ顔だった。

「そうかもしれないけど、とりあえず信じておいてほしいかな。僕たちに任せて!」

「…………」

 胸を張るディンに対し、女は呆れるを通り越して頭が痛くなってきたかのように、頭を押さえた。それも無理はないが、言いだしたこいつが悪い。

 こうして、女を中に入れる作戦は完成した。俺もあちこち適当のような気がしなくもないが、まぁこんなもんでどうにかなるだろう。ばれたところで、俺たちにはどうにもできないしな。

 この時、俺はふと気付いた。フィラデルフィアの設計図の隅に、別の文字があることを。




“Weit reichende stuck der Lade Gottes”




 それがどういう意味なのか、どこの言語だったのか、よくわからなかった。



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