14章:いつかの傷口
「ハアァ~~」
俺は大きなため息を吐いた。その陰気が俺とディンの部屋の隅々まで広まり、一緒にいるノイッシュやディアドラの苦笑を誘った。
「……ゼノでも落ち込むんだね」
イスに座っているノイッシュは、ベッドの上で落ち込む俺を見ながら言った。
「いや、言われたことに対してはしょうがねぇから、あんまし気にはしてねぇんだけど……」
サラの奴、あの日からの3日間、俺のことを完璧に無視してやがる。そういう風にしてしまったのには俺のせいなのだが、続きの話をしようとしてもスル―するし、俺を見ると走って逃げるし……あやつは野良猫かっつーの。
「サラは頑固だから、ああいう風になったらとことん無視するだろうね」
ディアドラは笑って言っている。まったく、人事だと思いやがって。
「言い過ぎるとは思ったけど、やっぱり言い過ぎだ」
そして、ディン。こいつは俺がサラを泣かしたってんで、ちょっと不機嫌になっている。俺と反対側にあるベッドでムスッとしている表情は、なぜか子供っぽくなってしまう。
「うっせぇな。そもそも、お前はあいつのこと甘やかしすぎなんだよ」
俺は舌打ちを混じらせ、言った。こっちもイラついているため、少し反抗的になってしまった。
「そうかもしれないけど、それは君が厳しすぎるからだ。僕まで同じようにしたら、彼女は本当に壊れてしまうかもしれないだろ」
「ハッ。そうやって、お前は自分を偽ってまで好かれようってか? くだらねぇにもほどがあるぜ」
彼を蔑むかのように、俺は膝を叩いて笑った。すると、ディンはカチンときたのか、
「自分を偽って無理に嫌われようとしているのは、同じようにくだらないことだと思う」
俺を睨みつけながら、そう言った。その言葉という刃が、俺の胸に突き刺さった気がした。それと同時に彼に対する怒りも湧き出し、俺はディンを睨みつけた。
「…………」
「…………」
俺とディンは睨みあった。俺は自分が間違っていないと信じており、それ故目をそらさないようにした。そらしてしまえば、負けを意味する。もちろん、それは彼も同じだった。
「ちょ……ちょっと、二人とも?」
ディアドラは不穏な空気にどう対処すればいいかわからず、俺を見たりディンを見たりしていた。
「……コンビニに行ってくる」
しびれを切らしたのか、ディンは立ち上がって部屋から出て行った。ドアが閉まった瞬間、ディアドラが大きなため息を漏らした。
「あーあ、なんか私が緊張しちゃったし。あんまし慣れないことさせないでよね」
彼女は苦笑しながら言った。顔には安堵の表情が浮かんでおり、ディアドラとしては今の空気から早く抜け出したかったのだろう。
「サラのことでイラついてるってのに、あいつが余計なことを言うからこんなことになんだよ。怨むんならディンの野郎を怨め」
ふん、と俺は突っぱねた。どうも俺たちは、サラのこととなると冷静にはいられない性質のようだ。
「ま、まぁまぁ……。それにしても、ノイッシュは妙に落ち着いてるね」
ディアドラは自分の様子と、隣のイスに座っているノイッシュの様子が違うため不思議だったようだ。
「こういう時は落ち着いておかないと。第三者の俺たちまでうろたえてちゃ、解決するものも解決しないと思うしね」
「……悪かったわね。馬鹿みたいにうろたえて」
ディアドラは頬を膨らませ、彼からプイッと顔をそらした。その様子がとても子供っぽく、自分と同い年とは思えないため、俺は少しだけ笑ってしまった。
「え? い、いや、そういうわけじゃ……」
なぜか機嫌を悪くしてしまった彼女を、ノイッシュはどうすればいいのか分からなくなり、当惑してしまっている。
「なーんでディアドラが不機嫌になるんだよ。意味わかんねぇって」
二人の様子がそれぞれ面白く、俺は笑ってしまった。
「ゼノたちのせいでしょーが。少しは反省しなさい!」
「あいよ、マダム」
シュッと、俺は手を上げて答えた。
「マダムは余計!」
すると、パソコンが置いてある机にあった時計が俺に飛んできた! 気を抜いていたので、それは俺の顔面に直撃。い、いてぇ……!
「お、お前、人の部屋のもん投げんじゃねぇよ」
鼻に当たったため、俺はそこを手でさすった。
「悪いことは悪い。きちんと躾しないとね」
ディアドラはニコッと微笑んだ。躾って……俺はあなた様の犬ですかい。
「おーい、なんかあったの?」
その声が聞こえた方向――窓の方へ、俺たちは一斉に視線を向けた。そこにいたのは…………
「フィ、フィーア!?」
ディアドラが女の名前を発したのと同時に、フィーアはベランダから出て部屋に入り込んできた。
「げっ……お前、なんでここに居んだよ」
「あんたね、人が現れる度に『げ』って言わないでくれる?」
女は俺を睨みつけ、小さくため息を漏らした。
「いつも変な出現の仕方するからだろうが」
「その変質者みたいな言い方も止めてほしいんだけど」
「いや、ほぼ変質者じゃねぇかよ」
「ほぼ変質者ってどういう意味よ!」
「そ、その前に、どうやって入って来たのかを突っ込むべきだと思うんだけど」
ノイッシュが苦笑いしながら言った。
「へぇ、ケンカしちゃったんだ」
女は頷きながら、俺の方をチラッと見た。ディアドラも、いちいちこいつに説明なんかしなくてもいいってのに。
「『変な詮索すんな』、とかって思ったでしょ?」
視線をそらした俺に対し、女は言う。そのくらいわかってくれるんなら、詮索すんなよ……。そんな俺の様子を見ながら、女はクスッと笑った。
「ま、たまにはいいんじゃない? あんたたち気持ち悪いくらい意思疎通ができてるから、ケンカでもした方が健康的だと思うよ」
「うっせぇよ。わかった風な口きくな」
俺はそっぽを向き、舌打ちをした。
「それも言うと思った」
「…………」
女は笑った。してやったり、の顔をしているに違いない。
「ゼノの方に加担するわけじゃないけど、私からしたらサラのしてることはわがままにしか見えないけどね」
そう言いながら、女は壁にもたれかかった。
「自分の力量を把握できない奴はただの馬鹿だし、聞く耳持たないんだったらこれ以上言ったって意味ないでしょ」
「そこまで言わなくてもいいじゃない。サラだっていろいろ悩んで、自分の力で挑戦しようとしてるんだから」
女の言葉に対し、ディアドラが反発するかのように言った。まさかとは思うけど……ディアドラの奴、怒ってるのか?
すると、女はまるで嘲笑するかのように小さく笑った。
「サラだって――なんて言葉は、体のいいきれい事よ。誰もがそうでしょ? 自分だけでなく、他の人たちもみんなそれなりに考えて行動してる。結果としてそれが間違っている場合、否定してくれるだけまだマシなの。それがどういう意図でしてくれるのかを理解できないなら、これ以上関わらない方がいいだけ。無駄な労力でしかない」
女の言っていることは、俺が考えていることに近かった。もちろん、全てというわけではないが。
「フィーアが言ってることもわかる。……でも、それって優しさとか、そういうものじゃない気がする」
「へぇ、だったらお馬鹿な考え方に同調して、調子に乗るように持ち上げるような言葉をかけてあげた方が優しいって言うんだ?」
女は嘲笑するかのようにディアドラへ言葉を放った。すると、彼女は立ち上がって声を張った。
「そうじゃない! その人の意思を尊重して、自分の意見を発言することが大事だって言ってるの。暴力的な言葉で真っ向から否定したって、本人は抵抗しようとするだけなのよ!」
ディアドラの言葉は、フィーアだけでなく俺にも向けているのだと思った。
「たとえあんたの言う『暴力的な言葉』であっても、聞き入れられないならただの馬鹿だって言ってんの」
「言葉は選ぶ必要がある。わかってほしいから、酷い言葉になったり、乱暴になったりするんだと思うから……。自分への嫌悪感を大きくさせたって、かわいそうなだけじゃない!」
「まったく……あんたも馬鹿だね」
女は腕を組み、ため息を漏らした。
「好かれたいってんなら、相手を傷つけないように『最善の言葉』を投げかけりゃいいさ。けど、それは本当の意味での優しさ? 傷付いたり、傷付けたり……悲しませたり、怨まれたりされても、自分を偽らず、自分をぶつけることが大事だと私は思うけどね」
相手にどういう風に思われようと、自分を曲げることは絶対にしない。それこそが、あいつの中にある『優しさ』の一つなのだろう。
ディアドラはふん、と突っぱね、「もういい! 帰る!!」と言って出て行ってしまった。
「あらあら、ディアドラも子供ね。もうちょっと器の広い人かと思ってたけど」
女はどこかこうなることを予想していたかのようだった。というより、今さっきの口論を楽しんでいる風でもあった。
「あんまし虐めんな。ディアドラは、お前とは考え方が違うんだよ」
「ていうことは、あんたもあんまりディアドラとは思考が合わないってことだね。全部じゃないにせよ」
「…………」
それはあまり否定できない。寧ろ彼女のような考え方の方が、大多数の人たちの賛同を得るものなのだろうから、自分の思考など普通の人では理解しがたいのかもしれない。良いにせよ、悪いにせよ。
「フィーアは直球だなぁ」
ハハハと、それまで静かだったノイッシュが笑い始めた。唐突なことで、俺も女もクエスチョンマークを浮かべてしまうほどだった。
「回りくどい真似は、あんまし好きじゃないんだね」
「まぁね。そういうの見てると、なんだかイライラしちゃうしさ」
回りくどいこと――。
もしかしたら、俺がサラに対する言動などは回りくどいのかもしれない。だが、そう思っている俺は、どこが回りくどいのかということがわからなかった。それさえわかれば、もっと自分の心情や想いといった、言葉にしにくいものを彼女に伝えることができるのではないだろうか。
「でも、みんながみんな、フィーアみたく直球で勝負することができるわけじゃないんだよ」
「え?」
ノイッシュは少しだけ微笑みながら、言い始めた。
「育った環境だとか、近くにいた人たちとか、そういったもので人の考え方って違ってくるだろ? 俺たちはそういうものの中に在るわけで、どれが正しいのか、最良なのかを判断するのは難しいと思うんだ」
「…………」
「ほとんどの人が自分の思考が正しいと思っているし、それは長年積み重ねられてきたものだから、仮に間違っているとしても、簡単に容認はできないと思う。それはフィーアも……ディアドラも同じだよ」
ノイッシュの言葉を、俺と女は瞬きもせずに聞いていた。聞き逃してはならないと思ったのだ。
「どれが正しいのかなんて、どうせわからない。それを考えるよりも、もっとうまく他人に考えを伝えられるようになるべきだと思うんだ。もちろん、ゆっくりでね」
「ゆっくり、ってどういうこと?」
女は冷淡でありながら、敵意を滲ませないように言った。
「自分の考えを伝えるというのは、押しつけるものじゃない。少しずつ理解してもらうだけでいいと思う。急な変化を受け入れられるほど、僕たちは強くないんだからさ」
そう言い切り、ノイッシュはニコッと笑った。屈託のないその笑顔が、やはり童顔だと思わせる。しかし、その中には俺よりも大人に近い彼の心というものが、潜んでいるような気がした。
「……ふーん。そっか」
女はフッと笑い、俯いた。
「ノイッシュは予想どおりの人ね」
「そ、そう?」
別に褒められているわけでもないのに、彼は顔を少しだけ赤くしてしまっていた。それが少し面白く、俺はちょっとだけ笑ってしまった。
「ちょっとディアドラの様子を見に行ってくるよ。後でストレス発散に付き合わされてもあれだし」
「ハハハ、たしかにな」
俺とノイッシュは同じように笑い、彼は部屋から出て行った。
「……彼って、意外と大人なのね」
女はそう言いながら、ノイッシュが座っていた椅子に腰かけた。
「やっぱり、人間を表面の姿で把握するのは難しいわね」
「……あいつは、たぶん俺たちの中で一番大人だろうよ。昔っからそうだったからな」
俺は昔のことを思い出した。あの時も……あの時も、あいつは落ち着いて行動をしていた。冷静ではいられなかった俺たちに代わり、やるべきことを遂行してくれた。自分だって傷付いていたはずなのに。
「ところで、サラのことはどうするの?」
女は足を組み、膝の上に肘をついて言った。
「お前には関係ねぇだろ」
「たしかにそうなんだけど……なんていうのかなぁ」
俺はすぐにあきらめるのかと思ったが、なぜか女はうーん、と唸りながら天井を見上げた。
「なんだかんだ言って、あの子って放っておけないのよね。傍にいさせないと危なっかしいというか、目に見える場所に置いておかないと落ち着かないというか」
そう言う彼女の表情には、なんでだろうという疑問が浮かんでいた。女の言うとおり、気にかけてしまうからこそ言ってしまうのだ。そうでなけりゃ、ここまで口出しなんてしない。俺も含めて。
「当然、イライラしちゃうのもあるんだけどね。まぁそこらへんは私の性格の問題だし、とにかく気になっちゃうのよ」
「……意外な優しさだな」
俺は小さく笑ってしまった。それを見て、女は少し機嫌が悪そうに俺を睨みつけた。
「失礼ね。……でも、自分でもそう思うよ。あんたもそうなんじゃない?」
「何が?」
「サラを放っておけない。理由なんていくつもあるように見えて、その実、重要な部分がよくわからない……みたいなね」
人を寄せ付ける――それがサラのすごいところだと、昔から思っていた。誰とでも気軽に話せるし、積極的に話しかけていこうとするその社交性。孤独が最大の恐怖である人にとって、それは羨望さえも抱かれてしまうほどの能力だ。
だが、俺は思った。サラは人を寄せ付けるというよりも……孤独にさせたくないと周囲に思わせているのではないかと。しかし、それがよくわからないというのも事実だった。
ともかく、サラは人に囲まれる人間だ。その中でも、俺は彼女にとって身近な存在であることには間違いない。護る理由なんて無数にある――――はずなのだが。
「まぁ、そうかもな……」
自分でもよくわからない。そのせいか、ため息にも似た吐息が俺の口から出てきた。
「たぶん、他の人もそうなんだろうね。だから、ああやってみんなが気にかける。それってすごく幸せなことなんだけど……あの子は、そういうことに一切気付いていないんだよ」
不機嫌そうに女は言い、眉を寄せた。
「普通、そういうもんじゃねぇのか? 平和な時だと平和ってのがいまいちわかんねぇし、逆に戦争時だとそれが『普通』だと思うだろ」
「そういうもんかねぇ……」
女は遠い目をして、窓の外を見つめていた。俺もきっと気付かない部分があるだろうし、それは誰にだって当てはめることのできるものだ。その『気付かないもの』が失って初めて、俺たちはそれがいかに大事であったかということに気付くのだから。
「それでどうすんのさ」
そう言いながら、女は立ち上がった。そして、もっとセフィロートの街並みを見ようと思ったのか、窓の方へと歩み寄り始める。
「何が?」
「サラに決まってんでしょ。何回も言わせない」
やれやれといった表情をして、彼女は苦笑していた。
「このまんまにはしねぇよ。ただ、ディンとかがやけに庇ってるから、これ以上詰め寄ったってただの無駄骨だ」
「じゃあどうすんの?」
「……俺も参加するしかねぇだろ」
ため息を混じらせながら、俺は言った。
本当は参加しない方がいい。……というよりも、参加したくはない。当時のことを思い出してしまうというのもあるし……。
――殺してやる――
――絶対に……お前を殺してやる――!
「…………」
「どうかした?」
女は顔だけ俺の方に向け、訝しげな表情を浮かべていた。
「いや……ちょっとな」
「ふーん。あんたって、たまに他のことを考えてるよね。上の空になるっていうか、心ここに在らずというか」
「うっせぇ。いちいち詮索すんな」
「へぇへぇ、悪ぅござんしたねぇ~」
なんでババア口調なのか気になるところだが……。でも、そういったところも懐かしいと思えるわけだし。
――懐かしい?
これは、いつかのものと同じだと思う。そう、グレースとその母親に会った時に。どこがどう同じなのか、その片鱗さえもわからないのに、本当の意味で「同じ」だということがわかる。それはまるで、水を水としか認識できないことや、星はただの星でしかないことのように、当たり前のことなのだ。疑う余地などない。ないはずなのに……。
「そう言えば聞きたかったんだけど、『FROMS.S』ってのが今回の敵なの?」
気付けば、女は俺に背を向けていた。また、さっきみたいにボーっとしてしまっていた。
「ああ。元々、宇宙環境の保護を訴えていたどこにでもある保護団体だったんだがな」
欧州連合議員の一人であった「ジェームズ=カスティオン」は、10年ほど前にSIC特別外国議員となるが、そこで蓄えてきた資金を用いて「FROMS.S」を設立。祖国の環境省にも勤めていたことがあるため、頻繁に太陽系内で宇宙環境保護を訴え続けた。もちろん、討論会や講演などだけであった。しかし、息子のチャールズが国際武器商船団の一員として活動しており、いつしかその仲間たちがFROMS.Sに流れるようになった。温厚な人物として知られるジェームズは、それを止めることができなかった。結果、FROMS.Sは武装化し、SICから反政府・国際犯罪組織として指定される。
「それが5年ほど前の話だ。その頃はお前らGHと小規模な交戦状態が続いていたし、枢機院もあまり問題視していなかった」
ふんふん、と女は頷きながら聞き入っている。知識が豊富だと思っていたが、昔のことはあまり知らないようだ。なにせ、自分たちが12~14歳の頃だからな。
「だが、SD995――4年前、GHの動きが鎮静化したところで、FROMS.Sの掃討作戦が決定された」
「急だね。それまでにFROMS.Sがなんか怒らせるようなことしたの?」
「そりゃそうさ。詳しいことは知らねぇけど、MARS系コロニーでSIC政府関係者を拉致して殺害したんだと。んで、とうとう枢機院も動き出したってわけさ」
そう言うと、女は「なるほど」と言った。当時のニュースは見たが、ジェームズの旧知の議員が殺されたのだとか。それが参謀部の上層部の一人で、それなりに偉い人だったらしい。
「……まぁ、結果的にFROMS.Sのほとんどがその場で殺害、或いは犯罪者として捕縛され、組織はほぼ壊滅した」
「だから今まで放ってたの?」
女の問いに、俺は小さくうなずいた。
「世界にはかなりの数の反政府組織があるからな。小さい組織なんざ、基本的に後回しなんだよ」
「そりゃそうか。私たちの方が厄介だもんね」
と言いながら、女はクスッと笑った。たしかにそうなのだが、いちいち笑顔になる場面ではあるまい。それもSIC軍の仮戦闘員である俺の前で。
「話を元に戻すけど、その息子のチャールズっていうのが現在の代表者なわけ?」
「らしいな」
あの時の掃討作戦で、ジェームズだけでなく上層部の人間が死んだ。その内の一人であったチャールズだけが、逃げおおせた……らしい。
「それにしても、どうして今さらSICにケンカ吹っかけようと思ったんだろうね。どれだけの戦力差があるのか、はっきりわかってるはずなのにさ」
女の疑問は、俺の――いや、俺たちの疑問でもあった。GHからS兵器を手に入れたといっても、それだけでSICに敵うはずがない。そんなこと、戦争を経験しなくたってわかるようなものなのだが……。もしかしたら、SICも簡単に鎮圧できるとふんでいるからこそ、今回のミッションを募集制にしたのかもしれない。
「勝てると考えているのか、それとも別の思惑が潜んでいるのか……だね」
「なんだよ、その別の思惑ってのは」
そう訊き返すと、女はほくそ笑むような表情を浮かべた。まるで、訊き返してほしかったかのように。
「憶測でしかないけど、勝ち負けを求めてるんじゃないかもね。戦闘をすることで何かを得る――武器の性能とか、そういうものを」
「なるほど……あり得ない話じゃない。新しい兵器を使用してみたいだけかもしれないな。S兵器なんて、そんじょそこらの奴らじゃ触れることさえできない代物だし」
「そういった戦闘データは必要なのよ。S兵器は半分程度がエレメントが動力源なんだし、E兵器のためのデータ収集かもね」
「E兵器……。まだ実用段階にさえ至ってない兵器だぞ?」
現代兵器であるS兵器の上をいく、近未来兵器――E兵器。最近になってようやく研究が最終段階に入り、近い将来SIC軍に配備されるだろうとのこと。エレメントを利用するだけでなく、ASAともリンクさせると聞いたが、実際のところはまだあまり情報が公開されていないため、よくわからないのが現状だ。
「そういう情報くらい知ってるよ。GHが絡んでるってことは、E兵器の情報もFROMS.Sに伝わってるはずだから」
「……GHがFROMS.Sと協力することで、一体なんのメリットがあんだ?」
結成されて数百年、GH――PSHRCIは他の組織と結託することなんて一度もなかった。それがここにきて、かなり小規模な組織でしかないFROMS.Sと繋がるってのはおかしな話だ。
「さぁね。私にはわかんない」
女はお手上げをするかのようにして言った。
「上層部の奴らが考えてることは昔っから理解できないのよ。とりあえず、目標成就のための行動の一つとは言えると思うけど」
ため息交じりというのが、GH幹部らに対するイラつきに繋がっているように見えた。それは子供の親に対する反抗のような、幼じみたものに近いと感じた。
「そんくらい誰でもわかることだろ」
「まぁたしかに。でも、他に思い当たることなんてないのよね」
女の言うとおりだった。他にGHにとってメリットとなることなどないはず。あるとしても、S兵器を持たせることでSICとどれだけ戦えるか、くらいなものだ。
「ディンも参加するのかしら」
女は俺の方に振り返り、微笑を浮かべていた。
「参加するみたいだけどな」
「ふーん。結局、みーんなあの子に振り回されちゃうんだね」
やれやれとでも言いたげな顔で、女は言った。
振り回される……か。今も昔も、あまり変わっていないのかもしれない。それがいいことなのか、そうでないのか……。その結論を、俺はいったいいつになったら出せるのだろうか。
それから約1週間後の7月半ば、ミッション前日になった。