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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第1部:無限と有限が重なり合う中で~schicksalhaft Begegnung~
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10章:苦い理由がわからない

 軌道衛星上に建設されたコロニー「ジュピターα-04」の中心都市部の被害は甚大で、数十億ドルの損失だとか。

 俺たちは他のチルドレンたちと合流し、引率の教官と共に事務次官の捜索に当たった。結局、事務次官はここに駐屯しているSIC軍に保護されたとのことらしく、俺たちは国際基地へと帰還した。

「勝手な行動をするとは、どういうことだ!」

 白い机を力強く叩いたのは、ジュピター駐屯SIC軍司令官・ミハイル。白髪の混じった髪と、角張った頬が特徴的だ。そんな彼の前に並ばされているのは言うまでもなく、俺たち。尤も、中心で罵声を浴びせられているのは俺だが。俺たちの後ろには、引率の教官が申し訳なさそうな顔をして立っている。

「お前たちの任務は、オルフィディア閣下の護衛だったはずだ。それを……どういうことだ!?」

 と、今度は窓の外を指さした。国際基地の会議室から見える都市部の風景には、黒煙やサイレンの音が混じっていて、さっきまで起きていた事件の大きさを物語っている。

「事務次官を護れない上に、GHの兵器と一緒になって暴れるとは……チルドレンの質も落ちたもんだ!」

 怒声とため息を混じらせてしゃべるのは疲れないのかねぇ……などと思いながら、俺はミハイル司令官の頭頂部を見つめていた。そろそろ禿げてくるな、この様子だと。

「貴様らのせいで、ワシらのキャリアに傷が付いたわ! まったく……どうしてくれる!!」

 やれやれ、結局は自分の責任になるのが嫌なだけか。まぁ、その気持ちもわからなくはない。次期枢機卿候補の身を危険に晒した挙句、GHを撃退したのは駐屯兵でもない俺たちなのだから。

「いいか? お前たち『が』きちんと任務を遂行しなかったために、こうなったんだ! 反省しろ、反省を!!」

 司令官は俺を指さした。俺は思わず、いつものように舌打ちをした。もちろん、司令官に伝わるように。

「貴様……言いたいことでもあるのか?」

「あるに決まってんだろ、デブ」

 俺がそのセリフを吐いた途端、場の空気が凍りついた。きっと、ディン以外は瞬きするのさえ忘れてしまうほどに。

「な、何!?」

 驚く司令官を前に、俺は腕組みをして見下ろした。彼は俺よりもかなり身長が低い。たぶん、ディアドラよりも低いと思う。

「仕事してないって言うが、お前らはどうなんだよ? 俺たちは指定された軍港で事務次官が来るのを待っていた。俺たちの仕事は、『軍港から都市部まで』の護衛なんだよ」

 だからこそ、俺たちは全員あの軍港で待機していたのだ。

「事務次官が襲撃されたのは広域公園で演説をしていた時。広域公園での護衛は、俺たちの仕事に含まれてねぇんだよ。わかる? そこんとこ」

 俺は指先で自分の頭を突っついた。それはあからさまな挑発行為で、司令官の顔がみるみる赤くなっていく。

「それに、俺たちは『事務次官は軍港に来る』と聞いていた。だが、事務次官は急に民間の方から入港するってなったんだろ? 俺たちは、そんな話一切聞いてなかったんだよ」

 連絡さえありゃ、俺たちはすぐに移動することだってできたはずだった。もちろん、突然の襲撃でどうにもできなかったということもあるのだろうが。

「聞いていなかったからと言って、責任逃れするつもりか!」

「責任逃れをしようとしてんのは、てめぇらボンクラだろ」

 俺は司令官を含む、周囲の駐屯兵を見渡した。彼らもまた、驚きのあまり口を半開きにしている。

「質が落ちたとか言ったよな? それは俺たちじゃなく、あんたらじゃねぇの?」

 俺はクスクス笑いながら、言ってやった。

「たかがあの程度のテロリストどもに歯が立たないなんざ、SICの軍隊も弱くなったもんだな、ホント」

「貴様、無礼だぞ!!」

 司令官の後ろにいた二人の男が、俺を抑えようと向かってきた。俺はそいつらに向かって、思いっきり拳をぶつけてやった。

「ハハ、こんなもんかよ。だから、GHにやられんだって」

 男たちの鼻は折れてしまっているのか、赤い血がとめどなく流れ出ていた。

「ちょ、ちょっとゼノ! やりすぎだよ!」

 暴れている(わけではないが)俺を止めようとしたのか、サラが俺に飛びついて来た。なぜか、サラの方がパニックになっているように見え、俺は思わず笑ってしまいそうだった。

「まぁまぁ、気にすんなって」

「き、気にするよ! それに、ケガしてるんだか――」

 言いかけた彼女の顔を手で覆い、俺は言葉を遮断した。

「良い子にしてな」

 俺は小さく笑いながら、顔を赤くさせたサラを自分の後ろに移動させた。まったく、こいつがいるとどうも怒る気がしねぇ。

 再び、俺は司令官の方に向き直った。

「少しは理解したか? あんたらがきちんと情報の伝達――そして、逃げ出さなければ、ここまで被害が広がることもなかったってことをさ」

「わ、ワシらが逃げ出しただと? 根拠のないことを言うな、若造が!」

「そうでなけりゃ、あの場にSIC軍がいなかったってことにならねぇんだよ」

 俺たちが公園に来た時、SIC軍はいなかった。ほとんどが国際基地へと逃げ帰ったのだという。それは、地下に避難していた民衆を救出する際、彼らから聞いた話だった。

「嘘かどうかなんて、今となっちゃどうでもいいが……」

 俺は司令官に一歩詰め寄り、ニヤリと笑った。

「もう少し訓練しろよ。だからこーんなに贅肉が付いてんだろ?」

「!!」

 司令官のはち切れんばかりの白い軍服を指さし、俺は言った。すると、後ろにいた誰かが、明るい笑い声を響かせた。俺はそれが誰なのかを確認するまでもなく、理解できていた。

「あんまり笑ってやんな」

 俺は後ろに振り向き、言った。

「なんだよ。ゼノだって笑ってるじゃないか」

 そう言いながら彼――ディンは俺を指さし、笑っている。そう言われるまで、俺は自分が笑ってしまっていることに気付かなかった。

「ちょっと二人とも! 笑いすぎだって!」

 そんな俺たちを見て、サラが再び止めようとする。

「ハハハ! これが笑わずにいられっかよ。見てみろよ、このおっさん」

 俺はもっとこいつを馬鹿にしてやろうと思い、奴の体を指さした。

「コロニー駐屯軍司令官っていうイスに付いて、ほとんど動かずに甘い汁ばかり吸ってた姿…………呆れちまうだろ?」

 その瞬間、何かが切れる音がしたような気がした。司令官は額に欠陥を浮かばせ、腰に備え付けてあった銃を俺に向けたのだ。

「図に乗るな、小僧が!」

「……ふん」

 思わず、俺は鼻で笑ってしまった。まさかこいつ、俺が銃口を向けられたからって、退くとでも思ってんのか?

「撃つなら撃ってみたらいいんじゃないかな」

「何ィ!?」

 ディンはクスクス笑いながら、首をかしげた。

「撃ちたいなら、撃てばいいんだよ。そうしなければ、自分の自尊心を取り返せないなら……ね」

「クッ……!」

 ディンの冷淡なセリフで、司令官の手は震えていた。そのせいで本当に発砲してしまいそうなくらいに。まぁ、既に俺はシールドを張っているので、撃たれたからと言って、痛くもかゆくもないわけだが。

「ほら、撃てよ」

 俺は手を広げ、司令官の持つ銃口の目の前に立った。

「それとも、司令官様は銃を撃つことすらできないほど運動不足なんですか?」

「き……貴様ァ!!」

 目を見開いた司令官は、血走っているそれで俺を睨みつけながら銃をかざす。これで、このおっさんはもうダメだな――と、俺は虚しい想いと共に、ため息をつこうとした。



「そのくらいにしてあげてくれ」



 その時、後ろから――司令官の後ろから声が聞こえた。そこにあるドアが横へスライドし、数人の男性が入ってきた。みなスーツ姿で、先頭にいる男以外はガードマンのようだった。

 先頭の男――青い髪に、黒いスーツ。細く、俺と同じくらいの身長を持った、端正な顔の男性。

「年下の君にそこまで言われては、司令官殿のプライドはボロボロだ」

 と、その男は苦笑を交えて言った。


 まさか、この人は…………オルフィディア事務次官。


「君の気持ちはよくわかった。後は、こちらで処理をしておくとしよう」

 彼はそう言うと、へたり込んでいる司令官の手を取り、立ち上がらせた。そして、僅かな笑みを浮かべたまま、俺の近くへと歩み寄ってきた。

「君が今回の立役者だね?」

「……立役者?」

 俺はそのワードに、思わず反応してしまった。――どの口が「立役者」などとほざいている。これは、演劇でもフィクションでもないのに。

「ゼノ=エメルド……聞いているよ、君の話は」

「……俺を知っているんですか?」

 そう聞くと、事務次官はゆっくりとうなずく。それがなぜか、あまりにもスローペースに感じた。

「君とディン=ロヴェリア。二人は最高の学院生だ――とね」

 彼は俺の後ろにいるディンの方にも目をやりながら言った。

「君たちがいなければ、私は死んでいたかもしれない。ありがとう」

 ニコッと微笑み、事務次官は手を差し出した。その笑みが朗らかで――それでいて、厳格なものに見えて、俺は一呼吸を入れてから握手を交わした。

「……俺たちだけの力じゃないです。チルドレンのみんなが協力してくれたから、巨大兵器を退けられたんです」

「なるほど、みんなの協力でか」

 事務次官は俺から手を離し、部屋全体を見渡すかのように、一人ひとりの顔をゆっくりと見る。

「……いずれ、君たちはSICの正式な一員として活躍してもらう。その時まで、命を落とすようなことはしないでくれよ」

 どこか――なぜそう感じたのかわからないけれど――哀愁を伴っているかのような、微笑。それはいつか見たような気がした。そんなに昔ではない、どこかで……。

「では、またどこかで」

 事務次官はそう言って、もと来た道を引き返そうと後ろへ振り返った。


「一つ、訊いてもいいですか」


 俺は小さく挙手をして、言った。事務次官は立ち止まったが、振り返りはしない。

「どうして、今回の任務に俺たちチルドレンを加えたんです?」

「……護衛にかな?」

「ええ。普通ならば、ガードマン……SIC駐屯兵だけでも事足りたはずです。それなのに、どうして俺たちチルドレンを護衛に加えさせたんですか?」

「セフィロートが襲撃され、派遣されるはずだった兵士が不足した――と聞いてはいなかったか?」

 事務次官は顔を横に動かしただけで、俺を見てはいない。

「たしかに、そう聞きました。……ですが、ならどうしてここの駐屯兵を使わなかったんですか? ここが不足しているようには見えなかったもので」

 キャリアの浅いチルドレンをわざわざ任務に就かせる意味がわからない。それも、俺とディンのような殺人ミッションを行うチルドレンを。

「……残念ながら」

 彼は体半分、俺たちの方に向けて言葉を続ける。

「君たちのミッションや配属……それらに私は関与していないんだよ。人員が不足しているから、という話は聞いたがね」

 なら、やはり今回のことは天枢学院上層部――特別教典局が決めたことだと言いたいのか。

「他にも聞いていないですか? なぜ、俺やディンのようなハイクラスのチルドレンと一緒に、ロークラスのチルドレンを一緒に組ませたのか……とか」

「…………」

 少しだけの沈黙。事務次官と俺は何も言わずに、瞬きもせずに、互いの瞳を見ていた。

 口を開いたのは、彼の方だった。

「申し訳ないが、私は知らないな。君たちチルドレンの育成と方針は、全て特別教典局の方々に依頼しているからね」

「……そうですか」

 俺は微笑を浮かべながらうなずくと、事務次官も同じように微笑み、うなずく。


「では、失礼するよ。……ゼノ=エメルド」


 その時、彼の瞳――水面を映し取ったかのような鮮やかなまでの青い瞳は、俺の奥底に触れた。ぞくりとした寒気……とも言えない何かが、心の中で広がった。

 俺は歩いてゆく事務次官の背中をじっと見ていた。理由もなく。




 

 結局、俺たちは処罰を下されることはなかった。事務次官の計らい――ということらしいが、そもそも処罰を下されるってのがおかしな話だ。自分たちの失態を、ガキの俺たちに押しつけてんだから。

 そんな怒りを抑えきれない俺を、ノイッシュたちはなんとか宥めようとしていた。

「そんなに怒るなって。もう済んだことだしさ」

「あぁ? あそこまで馬鹿にされて、我慢する方が……イテテ! す、少しは優しくしろ!」

「暴れないでよ。このくらい我慢しなさい」

 とか言いながら、消毒液がたっぷり染み込んだガーゼを、まるでえぐるようにして傷痕に押し当ててくるディアドラ。それなりの修羅場はくぐり抜けてきたつもりだが、これはなかなかの痛さだ。

「たしかに怒る方が普通だと思うけど、あそこは大人しくしておかないと」

 腕を組んで苦笑しているノイッシュは、痛がっている俺を見て楽しんでいるような気がする。

「俺はなんもわかっちゃいねぇ奴には言いたくなるん――」

 その瞬間、再び突き刺すような痛みが右腕に!

「いってぇぇ!」

「そんな大げさな」

 と、ディアドラはニッコリと微笑む。そこは笑うところじゃねぇ!

「ぜってぇ今のグリグリはわざとだろ!?」

「なわけないでしょ。人聞きの悪い」

 俺の涙を浮かべながらの追及を、彼女は屈託のない笑顔で跳ねのけやがる。お、俺、なんかひどいことしたかなと思ってしまった。

 あの巨大兵器の光線にやられて、俺は全身裂傷と火傷を負った。別に大したことではなかったのだが、「消毒はちゃんとしないと」と言ったのはディアドラ。彼女に連れて行かれるまま、俺たちは医務室にいた。この白い空間には他にもケガ人がいて、そのほとんどが包帯を巻いてベッドで寝込んでいる。窓の外からは人工的な太陽光が差し込んでいて、穏やかな時間を感じさせていた。

 なのに……俺は少しだけ涙を流している。消毒液が傷口に染みる染みる。

「それにしても、よくわからないな」

 ノイッシュは、俺が座っているベッドの近くのイスに座った。

「何が?」

「GHの狙いだよ」

 と、彼は即答する。

「GHの狙いは事務次官だったんでしょ?」

 ディアドラは新しいガーゼやら包帯を取り出しながら、言った。すると、ノイッシュは自分の顎に手を添えながら、唸り始めた。

「そう思うんだけど……なんか、気になるんだよねぇ……」

 意味深に言葉を発した彼を、俺たちは見逃さない。

「気になるってのは、以前言ってたことも関係してんのか?」

 俺がそう訊ねると、彼は小さくうなずく。――サラが俺たちと一緒のミッションをすることになった――ことだ。

 たしかに、それが脳裏をかすめなかったわけではない。サラが俺たちと一緒のミッションをすることになった日に、GHが襲撃をしてきた。そして、今回だってそうだった。

 ……これは偶然か、否か。

「よくわかんないよね」

 ディアドラはそう言って、包帯を巻き始めた。

「SICの中にGHと繋がってるっていう可能性があったとしても、だからと言って何をするつもりなんだろ」

「……そうだね。そもそも、GHが何の目的でSICを狙っているのかもわからないんだし」

 そう言えばそうだ。なぜ、GHは数百年経っても未だに俺たちSICを攻撃してくるのだろうか。その戦力の差は歴然としているし、今までのようにチマチマとゲリラ的なことをしていては、何もできやしない。セフィロートに入れた時だって、簡単に鎮圧されちまったし。



 ――最高の知識に――



 あの時、巨大兵器の操縦士はそう言っていた。

 人類が創りだした最高のエネルギー供給機関『ASA』――「Ain Soph Aur」と、制御機関『LEINE(レイネ)』。今、これらを利用することを許されているのは、SICの管理下にあるコロニーのみ。つまり、太陽系だけということになる。他の宙域で暮らしている国家は、未だ化石燃料やその惑星で発掘された資源を利用している。太陽系は、既にそれらを使う時代を捨て去っていた。

 生まれた時からSICの本部・セフィロートにいて、ASAとレイネの恩恵を受けて育っているためか、それらがないという生活を想像することはできない。他の宙域ではどうなっているのか、見たこともない。あるのは、血生臭い戦争の姿だけだ。

「本当に内通者がいるとしたら、やっぱり枢機院の転覆かな」

 ノイッシュは自分の眼鏡の縁に触れながら言った。その言葉で、俺は独りでの考え事を中止することができた。

「ありがちだと言えばありがちだが、まぁそれが妥当だろ」

「でも、トップ組織の枢機院を崩壊させてSICを滅ぼしたって、結局は太陽系の秩序が崩れていくだけじゃない?」

 唯一の行政部門である枢機院が潰れるということは、SICが機能しなくなるということ。それはディアドラの言うとおり、太陽系がただの無法地帯に陥ることを意味する。

「そんなことくらい、GHとか『内通者』だってわからないはずがないのに、どうしてSICと戦おうとするんだろう」

 と、ディアドラはうーんと唸る。その時、彼女は俺の腕を巻く包帯をずっと結んでいたので段々きつくなり、逆に痛くなってきてしまった。

「ディアドラ、強すぎるっての!」

「え? あ、ごめん」

 ニコッとディアドラは笑い、包帯を緩める。俺は思わず顔をそらしてしまい、それは少なからず彼女の笑顔に照れてしまったからだ。チルドレンの中でも美女と誉れ高い奴だからな。


「あらぁ? 照れちゃってまぁ」


 後ろから声が――振り返ると、そこに立っていたのは……

「げっ……てめぇ」

「『ゲッ』とは何よ。心配して来てやったってのに、失礼な奴ね」

 女は不満げな表情を浮かべながら、出入り口の方から俺たちの方へ歩み寄ってきた。心配も何も、そんな感情など持ち合わせていねぇだろうに……と思いつつも、いちいちめんどくさいので言うのはやめておく。

「あ、君は……」

 ノイッシュとディアドラは、思い出したかのような表情を浮かべる。そう言えば、本部に戻る直前に姿を消した(そうしないと、チルドレンを管理している教官にばれてしまう)ため、まだ二人に説明していなかった。

「お前……どうやってここに入った?」

 近づいてきたところで、俺は声を小さくしていった。俺の他にも患者がいるため、あまり迂闊なことはしゃべられないのだ。

「内緒♪」

「…………」

 と、女は自分の唇を指先で触れながら微笑んだ。思わず、俺は舌打ちをしてしまう。いちいち勘に障る女だ……。

「そうだ、君がゼノを助けてくれたんだよね?」

 ノイッシュは立ち上がり、笑顔で言った。

「助けたって言うか、一緒に戦ってただけだけどね」

 なぜか女は謙遜していて、俺にはそれがなんだか嘘っぽく見えた。本当は、恩を作らせたかっただけのような。

「ねぇ、ゼノ」

「あ?」

 ディアドラは俺の肩をちょんちょんと突っついた。


「彼女って誰なの?」


 うっ……それを俺が説明しなきゃなんねぇのか……。できれば、ここにディンがいれば、手っ取り早く説明役を買って出てくれるってのに。

「しゃーねぇな……。じゃ、とりあえず外に行こうぜ」

「え? なんでだよ」

 立ち上がる俺を見て、ノイッシュは訝しげに言葉を投げかける。

「ほらほら、行くって言ったら行くの」

 なぜか女がにこやかに微笑みながら、疑問を浮かばせている二人の背中を押し始めた。……さすがに、自分のことだから協力するってか。監視カメラのない所や人気のない所へ行かなければ、奴だけでなく俺たちも身が危うくなるからな。





 どこで監視されているのかはわからないが、人の多い所なら大丈夫だろうと考えた俺は、ノイッシュたちを連れて広域公園へとやってきた。いつもはこの広大な公園に、子供連れの大人がのんびりとレプリカの芝生の上で寝そべりながら、穏やかな空間を堪能しているのだが、今はセフィロートが襲撃された後のように、地元警察や軍人が瓦礫の撤去作業などをしているため、少々うるさい。

「ほら、自己紹介しろよ」

「はっ? まずあんたが説明しなよ」

 白いベンチに座っている女は、不機嫌そうに言う。

「まずてめぇから言えよ」

 そう言うと、女は小さく舌打ちをして頬をポリポリとかいた。俺だって舌打ちしたい気分だっての。

「……私はフィーア。あんたらと同じチルドレンじゃないけど、訳あって彼らと一緒に行動してる」

 一緒に行動っていうより、勝手に付いて来ただけだろうがと言いたくなった。が、それをノイッシュたちの疑問符を浮かべた表情によって発することはできない。

「じゃあ、一般人…………じゃないよな。使ってた銃は、普通じゃあ手に入れることのできないものだったから」

 ノイッシュはそう言って、腕を組んだまま首をかしげた。


「こいつはセフィロートの人間でも、SICの人間でもない。……GHの戦闘員だ」


 この言葉を発した時、女は必然なのか――ノイッシュたちから目をそらしていたように見えた。二人は、自然と驚きの表情と共に彼女に目をやったのだから。

「GH……!? どうして、GHがゼノと……?」

 訳がわからないといった表情で、ディアドラは隣に座っている女から俺へと視線を移した。そこで、俺はどういった経緯でこんな状態になっているのか、順を追って説明した。





「……んで、勝手にディンの親のIDを使って脱走したと」

 少しだけため息を混じらせ、ノイッシュは言った。その顔には、僅かな笑みが浮かんでいる。

「ディンも無茶苦茶だな。普通、しないよこんなこと」

「だよね。やっぱり、ディンって変わってるの?」

 ノイッシュの言葉に、女はクスクス笑いながら返答した。それがあまりにも別格のものだったためか、しばしノイッシュは見惚れていた……ように見えた。すると、彼は「ゴホン」と彼女から顔をそらし、喉を整え始める。……やっぱし、照れたのか。

「えぇっと……フィーアさん」

「そんな堅っ苦しい言い方しなくていいって」

 と言いながら、女は顔を少し赤くしているノイッシュに笑顔を向ける。それだと、余計にダメな気がするのだが……まぁ、ノイッシュのオロオロしている姿がそれなりにおもしろいので、良しとしておこう。

 彼は再び息を整え、言った。

「じゃあ……フィーア。君は、どうしてゼノたちに従おうって思ったの?」

「あ、それ私も気になる」

 ディアドラは小さく挙手をして、「ゼノたちはあなたたちGHの障害でしかないと思うしさ」と続けた。

「……まぁ、たしかにね。私だって、最初は隙を見て殺してやろうかと思ってたくらいだし」

 フフッと微笑み、女は言った。



「でも私、気にいっちゃったんだ。ディンとゼノのこと」



 まるで子供のように、ベンチに座ったまま女は両足をブランコのように揺らし始めた。

「気にいった……?」

「うん」

 ノイッシュの問いに、彼女は微笑みながらうなずく。何も知らない、無垢な子供のような表情……その顔があまりにも幼すぎていて、普段の奴の雰囲気とはかけ離れている気がした。

「変な話だけど、私は敵として二人のこと認めてるの。身体的な能力の高さのことでもあるけど、そうでない部分も……ね」

 女はそう言って、俺の方に視線を向けた。今度はそれがわざとらしく感じて、どうにも嫌な気分になる。

「でも、それってあなたたちの組織の方針に背くことになるんじゃないの?」

 ディアドラは小さく首をかしげ、言った。

「GHはSICを倒すことが目的……のはずよね?」

「そりゃそうさ。それこそが、私たちGHの『共通の目的』だから」

「……まるで組織内では個々がやろうとしていることが、所々食い違っているような言い方だね」

 ノイッシュは腕を組んだまま、少しだけ驚いたような口調で言う。たしかに、GH幹部のエルダが出てきた時、そんな感じはしたが。

「否定はしないよ。でも、私たちは互いに一つのことだけを求めてる。だから、それぞれの過程や方法なんて、知ったこっちゃない」

 やれやれと、女は苦笑しながら言った。あの操縦士のように、切実に世界を変えようと――恩恵を受けられない人々を救うために戦う者と、SICを倒すことで何かを得ようとするものなどがいるのだろう。……ん? 結局行き着くのは、俺たちの殺害かよ。

「そうであるにしても、そうでないにしても……今のところ決めてるのは、逃がしてくれるまではゼノたちの言うことを聞こうと思ったんだ」

 再び、無垢な――穢れを知らぬかのような、幼い子供のような微笑み。それは、男であっても女であっても、一瞬だけ心を奪われるものだった。もちろん、俺も例外ではない。

「……あ、あのさ」

 一番早く自分の心を己の中に取り戻したディアドラは、目をパチクリさせながら言い始めた。


「フィーアは、どうして戦うの?」


 その質問は、彼女だけでなくノイッシュも、俺も訊きたかったものなのかもしれない。

 女はディアドラをあの紅い瞳で見つめながら、表情を変えずにいた。

「……それは、あんたらに言うべきことじゃない」

 そう言いながら、女は小さく顔を振る。

「忘れないようにしておかないと。私はGHで、あんたらはチルドレン……SIC。互いに『違う』と思う限り、敵同士であることに変わりはないもの」

「…………」

 どこか遠い目をして言う女の言葉には、たしかな「意味」が込められていた。そう認識する限り、俺たちは血で血を洗うことしかできない。そういう風にしてきてしまったのだから。

「逆に訊くけど、あんたたちはどうして戦うの?」

 女はそう言って、微笑を浮かべた。そう返ってくるとは思っていなかった俺たちは、思わず互いに顔を見合わせてしまった。

「……チルドレンだから、かな」

 と、フィーアは心なしか弱気だと受け止められるほど小さな声で言った。

「あんまり考えたことはなかったかな、俺は」

「同意だな」

 うーんと唸りながら言うノイッシュの意見と、俺は同じだ。考えたってどうしようもねぇもんだし。

 俺たちの表情を一通り見渡すと、女はクスッと笑った。

「そういうもんよ。私もあんたたちも、変わりはしない。でしょ?」

「…………」

 まぁ、的確と言えば的確、か。これ以上、突き詰めていって答えが出るほど簡単な問題ではないのだ。それがわかっているからこそ、他の二人も何も言おうとはしなかった。

「それよりも」

 俺はそう言いながら、周囲に目をやる。

「お前はわかんねぇのか? 今回の襲撃の目的」

「うーん……どうだろ。事務次官暗殺が一応の目的なんだろうけど」

 女は自分の顎に手を添えながら、唸った。

「今回の事件に絡んでるのは第4師団だったけど、私は奴らが何をしようとしているのかまではわからない。最終的な目的は同じだけど、所属する師団以外の奴らの目的なんてどうでもいいのさ」

「……そんなんで、よくもまぁ一つの組織として成り立っていられるな」

 俺が皮肉交じりに言うと、女は「まぁね」と言いながら笑う。

「でも、一応あるんだよね。意味が」

「意味?」

 俺たち3人は、同じように頭をかしげた。

「何かをするには何かの意味があるように、エルダたちがしようとしていることにも意味がある」

 そんなことくらいわかってる――と言いたくなる前に、女は言い続ける。

「そして、一番偉い人が許可しない限り、私たちは行動することができない。それがどういうことか、わかるでしょ?」

「…………」

 一番偉い人――GHの「導師」と言われる人物だ。そして、そいつの最終的な目標は「SICを滅ぼす」こととされている。女が言っていることが本当だとすれば、今回の事件にしたってセフィロートの襲撃にしたってその目標に通ずることであるということ。

「つまり……事務次官が今回のターゲットじゃない可能性はあるってことだね」

 と、ディアドラは言った。結局、最初に戻ってきてしまったわけだが……まぁ、これ以上考えてもわかりはしないだろう。この女が言うように、エルダのやろうとしていることがわからない限り。

「そう言えば、一つだけ訊きたいんだけどよ」

「ん?」

 俺の言葉で、女はこっちに顔を向けた。

「なんで、GHは俺たちのことを『ネフィリム』って呼んでんだ?」

 幹部であるエルダや、他の戦闘員もそう俺たちを呼んでいた。

「さぁ……私はわからないかな」

 そう言いながら、女は顔を振る。

「……ただ、幹部たちはみんなそう言ってるらしいね。彼らがそう呼んでるから、私たちも『ネフィリム』って呼んでるだけよ」

 幹部――か。あのエルダ=ゼルトサムや、奴が言っていたこの女の上司「ウルヴァルディ」とかいう奴らのことだろう。他にも何人かいそうだが……俺が今まで見てきたのは、二人だけだ。今回のエルダと…………。

 ま、いいか。わかったところで、どうにかなるもんじゃねぇし。

「話は変わるけど、フィーアは何歳なの?」

 唐突にもほどがあるくらい、ノイッシュはそんな質問を投げかけた。

「私は今年で18歳になる。ゼノたちと一緒よ」

「そうなんだ。じゃあ、私たちとも同じじゃない」

「え? ディアドラも一緒なんだ。なんだか大人っぽいから、私より年上かと思った」

「えぇ~? そ、そうかな?」

 ディアドラは照れくさいのか、自分の髪の先に指で触れながら顔を少し赤くしている。談笑し始めた彼らの姿を見て、俺は少しだけホッとした。もう自分がいる必要もないなと思い、国際基地の方へと歩き始めた。

「ゼノ、戻るのか?」

「ああ。病室に戻って寝てくる」

 ノイッシュの方には振り向かずに、俺はそう言った。





 基地へと戻る中、俺はここの都市を見て回った。広域公園周辺や、あの巨大兵器に攻撃された地域などは建築物が瓦礫となって積み重ねられているが、それ以外の所では普段の姿があった。

 セフィロートとまではいかないが、二車線ほどある白い道路と白い住居が整然と経ち並べられており、その所々にレプリカの樹木が植えられていて、銀色の車が小さな音を出しながら走り抜けると、それらの葉っぱがゆらゆらと動いていた。俺が歩く歩道も車道と同じように白く、よく目を凝らして見るとあちこちに泥のような汚れが黒く残っている。ガムの包装紙やペットボトルなどが落ちていて、そこがセフィロートとは違うことを思い起こされ、ちょっとした誇りにも似た感情が湧き出た。

 いつもの日常であるようにも見えるこの風景の中には、まだ襲撃事件による緊迫感のようなものが漂っていた。それは通り過ぎる住民の顔から、走り抜ける車のスピード。そして、上空で飛んでいるいくつかの小型機から。

 GHは、何をしたいのだろうか――。そういう疑問は、奴らを知ってから今にかけて消えることのないものなのだが、周囲から感じる緊張や不安といったものから再び脳裏に浮かんだ。

 奴らの目的がSICを壊滅させることだとすれば、手っ取り早いのは事務次官の殺害だろう。彼が事実上のSICのトップなんだし。だとすれば、今回の襲撃に全戦闘員を投入してもよかったのではないだろうか。有能・天才と称される事務次官さえいなくなれば、これからの行動がかなりやりやすくなるはず。なのに、なぜあの程度の戦力で侵入し、攻撃を仕掛けたのか。俺たちチルドレンやSIC軍の力を考えれば、負けてしまう可能性が高いってことは想像に難しくない。

 だから、俺は考えられずにはいられない。GHの目的というのが、SIC壊滅ではないのではないか――と。まぁ、さっきノイッシュたちと考えても答えが得られないものだったので、俺一人でいくら考えようが、何も導き出せないのだが。

 ……あの女、言ってたな。「互いに『違う』と認識する限り、敵同士であり続ける」と。それを聞いた時、少しだけ胸の奥が冷たくなるような、よくわからない感覚が纏わり付いた。ぞくっとするほどでもないのだが、小さいものでありながらはっきりとした刻印を残すものではあった。かすれた音が過ぎ去る時のような寂しさと、一人でいる時の言い表せられない孤独感。あの小さな冷たさの中には、そんなものが込められているような気がした。

 どうして、俺たちは戦うのか。戦わなければならないのか。

 それはチルドレンの中で、胸を張って言えるほどの「答え」を得ている奴は、俺を含めて存在しないだろう。そう思えるほど、この問いは世界の真理を発見するよりも難題なのだ。尤も、これが希薄なものであったのなら、それを携えている人間は何よりも滑稽で、愚かな生命なのだろうが。

 あの時――俺たちに攻撃されて爆発した時、あの操縦士は何を思ったのだろうか。奴が抱いていた真理は、本当に誰にも侵害されることのない、自分だけの答えだったのだろうか。誰かに植え付けられたものでも、曖昧で大気のように透明なものでもなかったのだろうか。もしそうだったとしたら、俺はどうしてか残念でならない。もっと生きていれば、本当の答えを得られたのかもしれないのに。……殺したのは俺たちだから、意味のないことだが。


 俺が戦う理由ってのはなんだろう。


 そんなことを思いながら、俺は上空を見上げた。セフィロートよりも大気は汚れているのか、あそこよりも白く濁っているように見える空。母なる地球にはあるはずの色が、ここにはない。ここだけでなく、SIC管理下のコロニー全てに。

 だから、俺はため息をせざるを得なかった。考えても考えても見出せないGHの目的と、自分がここで戦う理由、サラのこと。いろいろなものが混ざり合って、一つの色と成している。しかし、それは赤でも緑でも青でもない、存在しない色のように感じる。不均等で、不確実で、不鮮明な色。まるで、今の自分を彩っているような気がしてならない。

 再びため息をついた時、火傷をした腕が少しだけ痛かった。




 あちこち歩き回って、俺は国際基地へと戻った。ここは軍港へと繋がるトンネルに程近い場所にあって、エントランスには多くの軍人と白いスーツを着たSICの関係者が、少しだけ慌てた様子で動き回っている。たぶん、事後処理やらなんやらで忙しいのだろうが、俺は奴らが心中で「めんどくさい」と思っているような気がしてならなかった。それはきっと、あのデブ司令官のことがあったからなのだろうと思ったが、忙しく働いている奴らの表情から感じてしまうものだということに気付く。仕事に真剣になっているというよりも、やらされているという顔。それが何よりも腹立たしかった。

 あまりこの基地の構造はよくわからないが、軍事施設というのはだいたいどこも似通っているもので、リフレッシュルームがどこかにあるはず。俺はそこでジュースでも飲みながら、ゆっくりまったりしたいと思っていた。最近、どうも付かれることが多いため、体の力を抜きたかった。

 通路の壁に表示されてあるパネルを見ながら、俺はリフレッシュルームへと進んでいた。透明な自動ドアを抜けると、そこにはまるで公園のような――中央にレプリカの樹木が一本だけあり、あちこちにベンチが置かれてある――白い壁と床の空間が広がっていた。天井はゆうに5、6メートルほどあり、それなりに広々としている。

 あまり人がいないなと、何人かの軍服を着ている人や関係者を見かけながら思い、俺はこの中庭のような空間を歩き回っていた。どっかに自動販売機が置かれているはずなのだが、思ったよりもこのフロアは広い。さっきの広域公園とまではいかないまでも、一般的な公園と広さは変わらないかもしれない。

 ようやく、一つの銅像の傍に置かれてある自動販売機を見つけ、俺はそのタッチパネルに触れ、自分のアームをかざした(電子マネー機能も備わっているため、こうやって簡単に品物を購入できる)。出てきたアイスコーヒーの缶を手にし、一口飲む。ほろ苦いいつものコーヒーの味が胃に到達しかけた時――


「そんな気にするなよ」


 聞き覚えのある声が、目の前にある銅像の後ろから聞こえた。俺は足音をたてないようにゆっくりと回り込み、ベンチに座っている人物を確認した。……ディンとサラだ。二人は水色のベンチに座り、何かを話している。

「気にするよ。……私は、そこまで馬鹿じゃないもの」

 サラの弱弱しい声。俺は彼らに見えず、ちょうど声が聞こえる位置で銅像に背中をかけた。どうしてか、彼らの前に出て行けなかったのだ。

「でも、私は馬鹿なんだよね。……フィーアの言うとおりだもん」

 自虐的なのか、サラは苦笑しながらそう言った。

「サラは馬鹿じゃないよ。馬鹿だったら、こんな風に悩みはしないと思う」

 ディンは逆に、本心であるかのような微笑みでそう言っているのだろう。簡単に彼の顔が浮かんできて、なぜか虚しくなる。なぜかはわからないが。

 ともかく、今の会話で彼らがどういった会話をしているのかは理解できた。きっと、サラはフィーアに言われたことを気にして、一人で佇んでいる時にディンがやって来た――というところだろう。

「……ディンは私のこと、どう思う?」

 そのセリフ……言っちゃっていいのかと思ったが、今の現状から察するに、「チルドレンとしてどうなのか」という疑問なのだと俺は解釈した。

「どうって言われても、少し難しいな」

「どうして?」

「その『どうして?』も難しいかな」

 とディンは言って、苦笑する。

「……ディンも、ゼノと同じように思ってるの?」

 顔を見なくても、彼女が恐れていることがわかる。サラの声に、できれば訊きたくない――という恐怖が含まれていた。声が少しだけ震えていたから、そう思ったのかもしれないが。

「……サラは、ゼノがどういう風に考えてると思う?」

「ま、待って。私が訊いてるんだよ?」

「まず、それを訊かないと僕もきちんと答えられない。だから、教えてくれないか?」

 彼はいつもよりも優しく、彼女に言っているように聞こえた。

「……ゼノは、私のこと……足手まといだって思ってる」

 さっきよりも声が震えていることがわかり、俺は意味もなく小さなため息を漏らしてしまった。

「ミッションをする中で、私は役に立たないって思ってる……と思う」

「…………」

「でも、ゼノは私のことを心配して言ってくれてるんだっていうのは、わかってるの。フィーアにも言われちゃったけど……」

 再び、自分が情けないのだと言わんばかりに彼女は苦笑をする。「いちいち笑うな」と言ってやりたいが、俺はそれを抑えながら、コーヒーと共に飲んだ。

「けど……やっぱり、辛い」

「辛い?」

「うん」

 少しだけ間を置いて、サラは続ける。

「本当は、ゼノと……ゼノとディンと一緒にいたいの。天枢学院に入る前みたいに、3人で遊んでた頃みたいにさ」

 入る前、俺たちは3人でよく遊んでいた。俺とディンが10歳になる、8年前までは。

「入ってからは、私は二人とクラスが違うから、あまり会わなくなったでしょ? 最初は年齢が違うんだし、しょうがないことだって思ってたんだ。……でも、だんだんそれが辛くなってきちゃって」

 その時、サラは小さく息を吐いた。

「私は……ゼノとディンと一緒にいる時が、一番幸せなんだ」

「僕たちと一緒にいる時が?」

「うん。だって、何も怖くないし、安心できるんだ」

 安心――そう思われていたことに、俺は少しだけ驚きを隠せなかった。そう言う風に思っているとは、思いもしなかったから。

「二人と一緒にいれば、なんでもできる気がする。将来の不安も現実の恐怖も、何もかもが消えちゃって、自分が強くなれてるような……不思議な感じ」

 フフッと、サラは笑う。

「ずっと一緒にいたい。それは、ミッションの時でも同じ。二人の傍で、自分にできることをしたい。実は、二人の役にも立ちたいって思ってるんだよ?」

「……そうなんだ」

「そうなの。そう思い始めたことにはきっかけがあるけど……とにかく、一緒にいたい。それだけなんだけど……」

 そこで、彼女は言葉を詰まらせた。そうさせてしまっているのが俺自身だということがすぐにわかり、言いようのない嫌悪感が広がる。思わず、コーヒーを飲むことを忘れてしまっていた。


「無理しなくてもいいよ」


 ディンはゆっくりと、はっきりした声で言った。

「サラは今のままで、十分僕たちを助けてくれてる。今も昔も、変わりはしない」

 今も昔も――そういう想いは、俺も同じだった。

「無理に僕たちに合わせようとしなくてもいい。等身大のサラのままが、僕たちにとっても、君にとっても大事だと思う。そうやっていかないと、自分の何かが崩れていく気がするんだ」

「等身大……?」

「ああ。サラはサラ、それだけでしかないだろ? さっき言ってたじゃないか。自分にできることをしたいって。まさにそういうことだよ」

 それを理解しろってのは、些か難しいんじゃないか――と、俺は思った。自分にも言えることではあるが。

「でも……私は今のままじゃ、ダメな気がする。このままだと、私は置いてけぼりにされていく気がするの」

「それは、サラ自身が成長してるからだよ。誰だってそうさ。ものを測る定規が大きくなってるんだ」

「そうかもしれないけど……」

 彼女は再び言葉をつぐんだ。

「ゼノ、言ってたじゃない。『俺とお前は違う』って。……そういう現実が、最近になって怖くなってきたの。だって、はっきりとした数字で表されてるでしょ?」

 CG値。絶対的な数値。俺たちチルドレンの評価そのものを決定づけるものであり、人生の道さえも決めてしまう。

「……どうして、私は数値が低いんだろう。どうして、ディンたちはこんなにも高いんだろう……。そう考える度に、私は二人とは一緒にいられない気がして……怖い」

「サラ……」

「どんどん離れていって、もう二度と昔みたいになれないんだと思うと……自分でも、どうすればいいのかわからなくなる時がある。だから、できるだけ二人の傍にいたいって考えて……それで……」

 声がどんどん小さくなっていくサラ。それと同じように、俺の心も暗くなっていくような気がした。それは、彼女に対する罪の意識に近いものではあった。

「サラはいい子だな、ホントに」

 クスクス笑いながら、ディンは言った。

「……馬鹿にしてる?」

 サラはムスッとした声で返す。そうなるのも当然と言えば当然だが。

「そうじゃないよ」

 彼は苦笑し、続ける。

「さっき、サラは僕がどう思ってるのか訊いたよね?」

「う、うん」

「……僕にとって、サラは大事な幼馴染であって、大切な女の子。どんなことがあっても、絶対に護りたいって思ってる」

 よくもまぁ、そんなセリフを本人に言えるなと俺は思いつつ、同時に羨ましいとさえ思った……。

「それは今も昔も変わらないし、手が届く以上は、自分の力でどうにかしたい。だって、サラと同じように、僕も一緒にいるとホッとするんだ」

「……ディン……」

「たしかに僕たちは昔のように無邪気に遊んで、一途な感情だけで生活することはできないけれど、『サラが大切』っていう気持ちは変わらない。CG値の差とかは、関係ないんじゃないかな」

 自身を持ってそう言えるディンが、心底すごいと感じた。俺にはできないことをやってのける。……だから、きっと俺は羨ましいと思うのだ。

「目に見えるものだけに囚われすぎだよ」

「……目に見えるもの?」

 サラがそう言うと、ディンは「うん」と言う。

「人間関係っていうのは、目に見えないもので成り立ってる。そうでなければ、何もかもが具現化されてしまって、そこには本来あるべき感情が消えてしまう。或いは、損得勘定で考えてしまうようになるかもしれない。そういうのは、間違ってると思うんだ」

「…………」

「どんなに立場が変わっても、どんなに時間が経ったとしても、サラは僕の大切な幼馴染。護るべき女性。それだけは変わらない。絶対にね」

 きっと、ディンは彼女に笑顔を向けているのだろう。そう確信できるほどに、彼の言葉には本心だけが詰め込まれていた。

「ディン……私……」

 サラの声が、より震え始めていた。

「焦らなくてもいい。サラは僕たちに合わせなくてもいい。そんなことしなくたって、大丈夫だから」

「ディ……ン……!」

 それ以上言葉が出なくなり、激しい嗚咽。泣き始めたサラを、ディンは優しく抱きしめているのだろう。

 俺はまだ二口ほど残っているコーヒーの缶を持って、その場を後にした。




 医務室に戻ろうと思い、自動ドアを抜けた。

「いいの? ほっといて」

 右手側の通路から、女は腕を組んだまま俺の方へ歩み寄ってきていた。いつの間にいたのかとは思ったが、そんなことで自分の心を揺らがせるわけにはいかなかった。

「何が?」

「……とぼけたいなら、無理に訊こうとは思わないけどね」

 クスッと女は笑う。

「まぁ……ああしていた方がいいんだよ。俺だと、あいつをもっと暗くさせちまうだろうし」

 俺は通路の壁に寄りかかり、コーヒーを一口飲んだ。そんな俺を見て、女は俺に聞こえるくらいのため息を漏らす。

「暗く、か」

「……言いたいことでもあんのか?」

 そう言って視線を向けると、女はあの紅い瞳で透明な自動ドアの方に目をやった。まるで、ここからは見えもしない二人を見ているかのように。

「あんたたちって、まるでおままごとをしてるみたいだよね」

「……ままごと?」

 女はうなずき、俺の傍に来て同じように壁に寄りかかった。

「助け船を出す奴と、悪役を買って出る奴。そして、その二人の心に近づけないお馬鹿なお嬢様。傍から見れば、それは仲良し――素晴らしい友人関係に見えるでしょう。でも、三人は自己満足でしかない物語を内々で続けているに過ぎません」

 どこぞの教師が子供に童話の内容を優しく教えるかのように、奴はニコニコしながら言い続ける。

「どうして、そんなに続けたがるのかわからない。もう少し、先に進もうとは思わないわけ?」

 そう言って、女はあの紅い瞳を俺に向けた。それに視線を合わせず、今度は俺が自動ドアの方へ目を向ける。

「……お前にどう見えていようが、関係ねぇだろ」

「関係ないって言ったって、意味はないさ。見えてるんだからしょうがないじゃない」

 こうなってしまうのが当たり前かのように言う女に対し、俺は少しだけ苛立ちを感じた。もちろん、それを漂わせないようにして。

「ままごとみてぇな馬鹿馬鹿しいこと、見ない方がいいんじゃねぇか?」

 俺は皮肉を交えて、言った。すると、女は俺をじっと見つめ、それから天井の方に視線を移した。

「そうしたいのは山々だけど、どうも気になってね。ここでは一番近くにいる人たちなんだしさ」

 と、ため息を混じらせる。

「だったら、大人しく放っておこうとは思わないのか?」

「…………」

 俺は再び、コーヒーを口に運んだ。その俺の姿を見ながら、女は眉間にしわを寄せる。


「そうやって自分たち――彼女を覆い隠そうとするのは、護ることでも何でもないと思うよ」


 女は俺の方に体を向け、俺を指さした。

「傷付けてるわりに、傷付けることを怖がってる節がある。どれも嫌なら、止めてしまえばいいのに」

「余計な御世話だ。お前も考えられる頭を持ってんなら、これ以上深く踏み入れないようにしといた方が身のためだ」

 俺は睨みつけるように女を見て、言った。しかし、そんなことくらいで奴が退こうとも、怖気づくわけでもないことくらいはわかっていた。

「……ホント、馬鹿馬鹿しいね。あんたたちって」

 大きくため息をつき、女は顔を振る。

「そりゃよかった。いい加減にしねぇと、指の一本でも斬ろうと思ってたところだ」

 俺は残りのコーヒーを飲み干し、自動ドア付近にあったゴミ箱に投げ入れた。カラン、という音から俺の怒りがほんの少しだけ滲み出ているような気がして、それが刺々しいものであると感じた。

「そういうセリフ、あんたには似合わないと思うんだけど」

 俺の感情を察知しているのか、女もそれに対する感情を少しだけ漂わせる。さっきの音のように、刺々しいものとして。

「気にするようなことでもねぇだろ」

 ハハッと笑い、俺は彼女に背を向けて通路を歩き始めた。ゆっくりしようと思っていたのに、結局できなかったことを残念に思いながら。


「……本当に、馬鹿馬鹿しい人……」






 医務室へと戻り、俺はベッドの上で仰向けになっていた。白い天井――どこにも汚れがなく、清潔感が際立っているように感じるが、それと同時に陰気臭いものも漂っていて、心なしか寂しくなってくる。病院とか、そういったところは同じような雰囲気を作り出しているものなのだろう。

「…………」

 俺はそんな大気の中に、自分の陰気臭いものを含ませたため息を吐き出した。

 ディンとサラの会話を聞いていて、俺は何か間違っていたのでは――と思い始めていた。それは徐々に、自分への嫌悪感へと繋がっていく。導き出したはずの答えは、彼女にとって何の意味もなさないものだったのではないか。そう思うと、今までしてきたことの全てが愚かしく感じる。

 俺はディンにサラの全てを任せようと思っていた。だが、それは果たして正しいのだろうか。

 どれが大事で、どれが違うのかはわからない。だが、俺にとってのサラはディンが言っていたものと同じで、それは今も昔も変わらない。なのに、それ自身が俺の心中で佇んでいる場所――そこだけが、変わったような気がする。

 だからか? だから、俺は距離を置こうとしているのか?

 事実、女がサラに言った時、ホッとしていた。自分が言おうとしていたことの何割かを、代弁してくれたからだ。

 ……自分の掌を見つめながら、俺は顔を振る。

 どこかで間違っていたとしても、今の気持ちが変わることはないのだろう。ずっと歩み続け、信じ続けていたもの。それが消えてしまわないように、光り輝けるものであるように、俺は護らなければならない。それは、形は違えどディンのそれと同じ。

 あいつ自身が、俺を必要としなくなるまでは……このままでいようと思う。俺には、ディンのように優しくはなれない。なぜそう思うのかはわからないが、俺が俺であるためだろう。そうすることは自分らしくないし、何より今までしてきたことを否定しかねない。

 うまく噛み合わない現実と自分。その中で、俺たちは彷徨い続けているのかもしれない。どこかにあるであろう、自分だけの真実を探し求めて。ただ単に、そうであるべくしてそうなっているのかもしれないが……。




 未だ、口の中はコーヒーの味がして苦い。




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