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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第1部:無限と有限が重なり合う中で~schicksalhaft Begegnung~
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9章:二つの意志と優しき瞳

 管理センターでのセキュリティシステムを通常に戻し、外へと向かった。途中で何度も敵に遭遇したものの、俺たちはそれらを斬り伏せて出口に辿り着いた。

 そこは一つのエレベータで、ずっと上に昇って行った。そして、ドアが開いたその先には、爆音と銃撃音、そして炎と黒煙があちこちで広がっていた。

「ちっ、ボロボロじゃねぇか」

「……ディンとは連絡取れるの?」

「いや、受信装置そのものが破壊されてた。自分たちで探すしかねぇよ」

 管理センターのASA受信装置だけがやられていた。このコロニーの人工衛星にアクセスできれば、連絡が可能だとは思うんだが……どうも、このアームではそれだけの能力がないようだ。

「GHは発着場のようね」

 激しい音がする中、女はこのエレベータ内で銃の点検をしていた。

「宇宙船で紛れ込んできたってことか?」

「でしょうね。ASAとレイネのセキュリティシステムのないこのコロニーじゃ、簡単に突破されたってことかも」

 たしかに、SIC管理下のコロニーとはいえ、ただの資源開発コロニーにはコストのかかるASA――レイネ連結システムを搭載させることはSIC的にめんどっちぃのだろう。こういう事態に陥ると、それはバカなことだったって思ってしまうが。

「しっかし、戦地のど真ん中にエレベータがあるとはな」

「文句言うなら、個々の設計者に言いなさい。こんな樹木の中に作るなって」

「そりゃ御尤もだ」

 樹木……公園のようなこの広場の中心に、大きな樹木が立っていた。実はこれがレプリカで、地下から軍港内部に繋がっていたのだ。緊急時のためなんだろうが、こういう場合に限って言えばかなり迷惑だ。

「ともかく、ディンとサラを探す」

「……そう言うと思ったよ」

 俺たちは戦場と化した広場へと出た。普段ならば、あちこちに戦車や軍関係の乗用車が武器などを運んでいるのだが、今は様々な声が飛び交っており、敵のものなのか味方のものなのか、さっぱりわからない。

「ゼノ、気を付けな!」

「はぁ? 何に?」

「前だよ、前の!」

 前と言われ、俺はそこに目をやる。

「……な、なんじゃこりゃ?」

 俺は思わず、走りながら口を半開きにさせた。そこにあったのは、巨大な機械。というより――

「ありゃなんだ!?」


「機動兵器『アーミー』だよ!」

「あーみぃ?」


 その瞬間、「それ」は俺たちに向かって巨大で太い鉄棒を振り下ろしてきた。俺たちは左右に飛び、それをよける。

「うおっと……なんだ、意外に動きがはえぇな」

 俺は広場の白い床に着地するのと同時に、周囲に目をやった。既に、あの兵器――5メートルほどのカエルをそのまま無機物な兵器に変え、左右に鉄の棒のようなものが備えられている――が5、6体ほどで俺たちを囲んでいた。

「……暇だね、わざわざ俺たちを狙うなんて」

 そんなことを呟きながら、俺はため息を漏らした。他にもお宅らのたくさん敵はいるだろうに。

「あんまし、時間をかけたくは――」

 すると、アーミーはその長い手を振りかざし、攻撃してきた。

「俺がしゃべってんだから攻撃すんなっての!」

 俺はそれをステップしてよけたり、ジャンプしてよけた。ふと、後ろから何らかの気配を感じた。後ろに振り返ると、他のアーミーの手の先が開き、俺に向けられている。

「ちっ! シールド、レベル6!!」

 空中では避けられない――と判断した俺は、障壁を展開した。それとほぼ同時に、その開いた手から無数の弾丸が発射された。やっぱし、あれは巨大マシンガンか! なんつー物騒なもんを備えてやがんだよ……。

 俺はブンブン丸のようにして振り回す奴らの手に飛び移り、さらに飛び移りながら、銃弾から逃げていた。ずっとこうしているわけにもいかないのだが……見るからに、アーミーを操縦している奴は兵器の中にいる。だが、そこまでこのグラディウスが到達できるとは思えないし、ましてや一刀両断することはできない。


 ならば……。


 俺は一気にスピードを上げ、弾丸を乱射しているアーミーに突撃した。そして、目一杯の力でグラディウスを振り抜いた。

「うらぁ!!」

 アーミーの腹の辺りに、横一文字の裂け目が生じた。と同時に、そこから電流がほとばしる。

「バースト! レベル5!!」

 俺はそこへすぐさま炎の――爆発系のエレメントを発生させた。すると、裂かれた内部で爆発が起き、一瞬にしてアーミー自身の爆発へと誘った。大きな音と共に、周囲に炎に包まれたアーミーの一部が飛び散る。

「さーて、他の奴らも同じようにぶっ壊してやるか!」

 俺は空中で回転し、別のアーミーの上部に着地した。別のアーミーが手を振り下ろしてきたところで、そいつの方へと跳躍した。すると、その手はさっきのアーミーの頭に直撃し、凹んでしまった。

「馬鹿が! ちったぁ学習しやがれ!」

 この声が聞こえてるのなら、敵は怒って行動をワンパターン化してもらいたいんだがね。

 そんなことを思いながら空中をあっちこっち跳躍していると、女の姿が見えた。女もまた、俺と同じように敵の頭や手に乗り移りながら攻撃を避け、逆に攻撃をしている。光の弾丸――そして、光の光線は敵の腹部や上部を貫き、爆炎を引き起こしていた。表情を一切変えずに銃を撃ち続ける女の姿は、俺も負けてはいられないと思わせるものだった。

 俺は降り立った敵の上部にグラディウスを突き立て、ジャンプするのと同時にそこへ爆発のエレメントをぶち込む。再び巨大な爆発が引き起こされ、アーミーは崩壊していった。

「死ね!」

 俺は高速でアーミーの上空をすり抜ける瞬間にグラディウスを振り下ろし、そこに裂け目を作った。勢いで回転する中、手を掲げてエレメントを発生させる。赤い円環と共に、その裂け目に爆発が引き起こされた。そして、アーミー本体が爆発し、操縦者と共に焼け落ちて行った。

「さすがね」

 俺が地上に降り立つと、女も同じように降り立って来た。

「……ふん。まぁ、少し焦ったけどな」

「あら? そういう風には見えなかったけど」

 焦ったんだよ……でっかいから。さすがに、今までのミッションでこんな兵器と闘うようなことはなかったからな。

「つか、あちこちにいやがるな」

 俺は周囲に目をやった。まだあちこちで巨大なアーミーが暴れている。

「思ったよりも数が多いわね……」

「ともかく、行くぞ」

 俺たちは再び、遠くに見えるアーミーへと向かった。





 いくつもの戦車に炎が立ち昇る中、そこで2体のアーミーと誰かが闘っている。そいつは、誰かを腕に抱いたままだった。

「あれは……ディンか!」

 俺は思わず口に出した。遠くに見える銀髪は、ディンだ。そして、まるで持ち物のようにして振り回されているのはサラに違いない。

 ディンはすり抜けるようにして移動し、一体のアーミーの腕を斬り落とした。本体と接合されている部分は薄かったからだ。

「任せな!!」

 すると、俺の傍にいた女が左手の黒い銃をそのアーミーに定めた。そして、一瞬にしてそこから白い光線が発射され、敵の体を撃ち抜いたのだ。

「ゼノ、もう一体をお願い!!」

「言われなくてもわかってら!」

 俺は高速で突撃し、もう一体の足元へと移動した。

「ぶっといの刺してやるよ!」

 俺は下から真っ直ぐ、グラディウスを突き刺した。電流がほとばしる中、それを引き抜き、手を掲げる。


「バースト、レベル5!」


 赤い光が渦を巻いてその傷口に入り込み、爆発が起きる。そして、アーミーが爆発し、周囲に炎に包まれた破片を吹き飛ばした。

「……あっちぃな」

 火の粉が腕に付き、俺はそれを払った。


「ゼノ!」


 その時、サラが俺に飛びついて来た。思わず、後ろによろめく俺。

「よかった、無事だったんだ!」

「いや、それは俺のセリフ」

 笑顔満天のサラのほっぺたをつねりながら、俺は言った。「イタイイタイ!」と言いながらも微笑んでいる彼女の顔を見て、ホッとした。ケガらしいケガもないし。

「まったく、どこに行ってたのか心配したじゃないか」

 と、今度はディンが呆れ顔で言ってきやがった。心配してたんなら、もっとその想いを言葉に乗せろって言ってやりたい。

「いろいろあったんだよ。お前は、きちんとやれてたっぽいけどな」

「ハハ、当たり前じゃないか。……さすがに、飛び回るのはきつかったけど」

 その言葉に、俺は笑ってしまった。護るとはいえ、さっきみたいに担いで動き回るってのは難儀だったのだろう。それでも、ちゃんと護れてるところがディンのすごいところでもあるのだろう。俺だったら、途中で彼女を落としてしまいそうだ。

「みんな無事みたいね」

 銃を腰に装着しながら、女は俺たちの方に歩み寄ってきていた。その様子を、ディンとサラは驚いた面持ちで見ている。

「どうして、フィーアがここに……?」

 サラは目を見開いた状態で言った。

「暇だったんでね。まさか、こんな状況に巻き込まれるとは夢にも思わなかったけど」

 女はサラに目をやりながら、苦笑した。

「敵はGHだった。なのに、君は協力したのかい?」

 いつものように落ち着いた声で、ディンは訊ねた。まぁ、そういった疑問を持つのは当たり前か。

 女はくるっとディンの方に振り向き、笑顔でうなずいた。

「ゼノと約束したの。今回に限っては、協力するって」

「約束……? ゼノと?」

 ディンは訝しげな表情を浮かべ、女から俺の方へと視線を移した。

「よく許したね……」

 と、サラが言う。彼女の顔にも、怪訝そうなものしか浮かんでいなかった。俺はそれから逃げるように視線をそらし、頬をポリポリとかく。

「しょうがねぇだろ。緊急事態だったんだし」

 正直、一人ではこうもスムーズに事は運べなかったと思う。それに気付いているのか、女は俺を見ながらほくそ笑んでいた。

「……ところで、事務次官はまだこっちに来てねぇのか?」

 そう訊ねると、二人は小さく顔を振った。

「まだ隣のコロニーにいるの?」

 次に女がそう言うと、ディンは「実は……」と言い始めた。

「事務次官はもう来てるには来てるんだけど、民間空港からこのコロニーに入ったらしいんだ」

「……一般の方からだと?」

 そんなこと、一言も聞いていない。民間人が殺到する可能性があるから、わざわざ軍港を利用するということにしたのに。

「爆発が起こる前に、駐屯軍から連絡があったの。『事務次官は急遽、民間空港から入港し、広域公園にて演説を行う』って」

 と、サラが言った。

 いきなり予定を変更するってのは、どうも腹立たしい。それでは、護れるものも護れないというものだ。

「あっちの空港も既に制圧されているはずだ。けど、敵は都市部に進んで行ったから、事務次官は広域公園にいるのかもしれない」

 なるほど、退路を断つってわけか。

「他の奴らはどうした?」

 まだ辺りで戦闘しているようだが、ノイッシュたちの姿は見えない。

「受信装置がやられて、他の人とは連絡が取れない。この混乱で、うまく統制がとれていないんだ」

 と、苦い顔をするディン。彼は彼で、この困難の中でサラを探し、護りながら戦うというのはかなり大変で、他のことには手を回せない状況だったのだろう。

「サラ、お前は他の人とかを見なかったのか?」

「う、うん。最初の爆発が起きた時、近くにディアドラがいたはずだったんだけど……車とかが飛んできて、逃げ回ってたら……」

 思い出したのか、少し不安げな表情をサラは浮かべた。車が飛んできたって……それはたしかに怖いが。

「まぁ、サラ以外はAクラス以上の奴らだ。自分たちでどうにかできるだろ」

「さすがに、あの巨大兵器と闘うのはきついと思うよ……。ゼノは一人で何とかできるから、そんなこと言えるんだよ」

 サラはなぜか、不満そうな面持ちで言った。

「……つか、さっさと離れろよ」

「え? あ、ごめん」

 今さらだが、サラは俺をずっと抱きしめたままだったのだ。いい加減、腰のあたりが痛くなってきちまった。

「そんなことより、これからどうすんの?」

 女は腕を組み、何やら待ち合わせでもしているかのように足先をパタパタと動かしていた。

「できれば、ノイッシュたちの安全を確認したいんだが……」


「僕が探すよ」


 ディンは軽く挙手をした。

「ゼノは都市部に行って、事務次官の護衛に行ってくれ」

「……はぁ?」

 なんで俺が――という言葉が今にも出てきそうな時、ディンはニッコリと微笑んでそれを遮った。

「暇だ暇だなんて言ってたから、暇じゃない方がいいと思ってね」

「いや、今はそういう時じゃねぇだろ」

 というより、めんどくさい。事務次官の護衛なんざ、他の奴らに任せておけばいいってのに。それに、俺たちを軍港に配属しておいて、勝手に予定を変更して危険に晒されたなんて、自業自得もいいとこだ。

 そんな俺の気持ちに気付いているのか、彼は俺の肩を軽く叩いた。

「僕たちはここで他のチルドレンと合流し、兵器や敵を駆逐する。その後に、僕も都市部に行くからさ」

「…………」

 なんの意図があって俺をあっち側に行かせようとしているのかわからないが、ディンの決めたことだ。素直に受けざるを得ない、か。

「フィーア、君は?」

 俺がため息をつくと、ディンは女の方に目をやった。

「……正直、事務次官とかはどうでもいいんだけど……」

 その時、女は俺の顔をチラッと見て、

「彼と一緒に戦うって決めちゃったからね」

 と言い、微笑を浮かばせた。俺は彼女から視線をそらし、小さく舌打ちをする。……まるで、俺が来てほしいって言ってるみたいな感じがして気分が悪い。別に、俺一人でもいいのに。


「私も行く!」


 すると、サラが手を挙げた。思わず、俺は顔を右にガクッと曲げてしまった。

「……どこにだよ?」

「私もゼノと一緒に行く」

 俺の質問に即答するサラは、笑顔。……何言ってやがんだという気持ちを目一杯心に込め、俺はため息を漏らした。

「お前はディンと一緒に行動すんだよ」

「なんで?」

 またもや、俺は力が抜けてしまった。

「なんでって……その方が安全だからに決まってんだろ」

 事務次官が都市部の方にいるってことは、あっちの方が敵が多い可能性がある。それに、都市のため住民もおり、その中でサラをかばいながら行動するのはめんどくさい。それよりも、ディンとこっちで行動し、他のチルドレンと合流した方がいい。

「私だってチルドレンだよ。やれることはある!」

 俺の気持ちを無視するかのように、彼女は俺に掴みかかる。

「……お前じゃ意味ねぇよ。大人しく、ディンと行動してろ」

「でも!」

 サラは俺の服を掴み、強い眼差しで訴えかけてきた。まったく、いちいちめんどくせぇ奴だな……そう思いながら、俺が彼女の肩に手を置こうとした瞬間――



 パンッ



 乾いた音共に、サラの体が揺らぐ。……女が、彼女にビンタをしたのだ。

「いた……っ」

「いい加減にしな」

 ため息を混じらせ、女は言った。

「あんたの力じゃ、何のプラスにもならないってことがわからないの?」

 女は目を細め、叩かれた頬を抑えるサラを見つめる。

「自分の限界を知りな。いくら吠えたって、今のあんたじゃ死ぬだけ。それがわからないのなら、チルドレンなんかやめなよ」

「…………」

「そうやってわがまま言えば、自分の思い通りにできるとでも思ってんの? そんなんじゃ、いつまで経っても二人の傍にはいられない」

 腕を組んだままの女は、何度もため息を混じらせる。俺は、これ以上は――と思い、女の腕を掴んだ。

「それくらいにしとけ」

「あんたは黙ってな」

 俺を御すかのような視線を送り、何を言っても意味はないと確信した俺は、大人しく引き下がった。それを見て、女は再びサラを睨みつける。

「サラ、あんたには『闘う』ってことがまだよくわかってないよ」

「…………?」

 サラはゆっくりと、女の方へ視線を向けた。

「人を殺し続けること、護り続けること……ゼノとディン、二人の気持ちを一切わかってない。そして、与えられた任務のことさえわかってない」

 女は小さく顔を振った。

「少しは二人の気持ちに近づこうと思いなよ。……あんたのことを誰よりも心配してるから……わかっているからこそ、ゼノはディンと行動しろって言ってるんだよ。そうでしょ?」

 と、彼女は俺にチラッと視線を向けた。それに対し俺もディンも、何も言うことができなかった。それが返答だと思ったのか、彼女は再びサラへ顔を向ける。

「あんたには今のあんたにすべきこと、できることがある。今の自分の限界を知りな。そこんとこ把握しておかないと……死ぬよ?」

 冷淡――そして、鋭い刃のような言葉を送ると、女は背を向けて歩き始めた。その方向は、トンネルへ続くエスカレーターだった。

「……ディン。管理センターの敵は潰しといたから、そこにも行っておいてくれ。まだシステムは生きてっから」

「ああ、わかった」

 ディンはこくりとうなずく。俺は瞳の中に涙を溜めているサラを一瞥すると、女と同じ方向へと進んだ。

 俺の後ろの方にいるはずのサラは、きっと涙が溢れるのを我慢している。そこに優しい言葉をかければ、すぐにせき止めていたものが壊れ、涙がぽろぽろと下へ落ちていくだろう。

 ……俺が彼女にかけられる言葉は、あるのかもしれない。だが、今は言ってはいけない。何も言ってはいけない――確信にも似た何かが、俺の中にはあった。良いのか悪いのかは、別として。




 俺はいつの間にか、女と同じ速度で走っていた。急がなければならなかったというのもあるのかもしれない。俺も彼女も、何も言わずに。

 そんな沈黙を破ったのは、女だった。

「イライラするんだ」

「……サラにか?」

 そう問い返すと、彼女は小さくうなずく。

「恵まれてるってことに、一切気付いてない。自分がどれほど幸せなのか、その現状に目もくれてない」

「…………」

 恵まれてる、か……。もしかしたら、そうなのかもな。

「ホントは、もっと言いたいことがある。でも、あの子はまだガキだし……」

 少しだけ言葉を止め、彼女は俺を一瞥した。

「……たぶん、これ以上は私が踏み入れていいテリトリーじゃないから」

 女はそう言って、再び前を向く。その時の言葉が、いつになく優しく感じたのは、気のせいではないと思う。

 それにしても……少し驚いたな。この女が、少なからずサラのことを気にかけてるってことに。

 この女は、あんましサラのことをよく思っていない――と、俺は思っていた。だから、どうしてか俺はホッとしていた。サラを気にしているということは、同時に心配もしていたということになるからだ。

「……なんか、悪かったね。勝手に言っちゃってさ」

「ん?」

 彼女に目を向けると、さっきと表情は変わらないままだった。それでも、言葉に含まれている感情は、些か変わっているようだった。悔やんでいるようにも、罪悪感を抱いているようにも。

「別にいいさ。たまには、いいんだと思う」

 俺が言っても、ただ泣かせるだけしかない。第三者に言われる方が、気付きやすいこともあるだろうし。

「……たまには、かぁ……」

 意味深に女は呟いたが、俺はそれを訊こうとは思わなかった。今は、まだいい。ともかく、都市部の方に行かなければ――と。





 長いエスカレーターを跳躍しながら進み、軍港と都市部を繋ぐ巨大なトンネルへと入って行った。天井は透けていて、宇宙の星空が見える。普段ならそれらを見ながらゆっくりと歩くのだが、そんな余裕があるはずもなく、俺たちはひたすら先へと進んだ。トンネルの中にはあちこちで人が倒れており、それはSICの人であったり、GHの奴でもあった。銃で撃ち抜かれた死体、或いは何かに踏みつぶされ、内臓が辺りに散らばっているものもあった。たぶん、アーミーにやられたものなのだろう。

「黒煙が上がってる」

 女の言うとおり、ずっと向こうに見える都市部には、赤い爆発と共に黒煙が上空へ舞い上がっている。

「めんどくせぇことになったもんだ、ホント」

 思わず、俺はため息を漏らす。これは今日で一体何回目だろうと、ふと思ってしまった。

「今さらじゃない」

 と言って、女はほくそ笑む。

「お前の時も、めんどくせぇことだったんだよ」

「え?」

「お前が市街区を襲撃した時のことに決まってんだろ」

「……ま、たしかにね」

 俺が苦虫でも噛んだような顔をすると、女はクスクス微笑みながら小さくうなずいた。




 都市部では軍港よりも酷かった。

 道路にあった車やトラックはひっくり返っていて、破壊されたものからは炎が立ち昇り、それと共に黒煙が大気に混じろうと泳いでいた。周囲のマンションやビルも同じように破壊されており、中には真ん中の辺りから上が全て崩れているものもあった。そして、都市の奥の方から銃撃音が聞こえる。

「あっちはたしか……」

 俺たちは物陰に隠れ、アームの地図を確認した。

「中央公園か。あそこで戦闘してんのか?」

 事務次官が演説するなら、まぁそこなのだろうが……既に国際基地は襲撃されたのかもしれないな。

 俺たちは周囲に注意を配りながら、公園の方へと進んだ。




 阿鼻叫喚の声が、あちこちから聞こえる。仕事をするビルやオフィスとは違い、緩やかな空気が流れているはずの「ジュピター広域公園」は、公園の姿とはかけ離れたものになっていた。白い地面には多くの住民がまるでゴミのように散らばっていて、真っ赤な血が水溜りのようになっていた。所々に設置された噴水も破壊され、水が上空へ勢いよく噴射してしまっている。

 そして、公園の中心には――


「で、でけぇ……」


 そこには、機動兵器……アーミーの数倍はあるであろう大きさのものだった。単にそれを巨大化させたのではなく、足は四本脚になっていて、手のような長い鋼鉄も倍の四本になっていた。その周囲には、さっきのアーミーが四体ほどいた。

「お、おい……これってなんだよ?」

 俺は思わず立ち止まり、首が痛くなるほど見上げた。それはまさにビルのように大きいのだ。

「えと……機械」

 と、女は言う。

「いや、見りゃわかるよ。こんなでかい生物がいたら人類滅んでるだろ?」

「……だね。どーしましょ」

 どーしましょと言われても、どないすんねん。


『貴様ら、ネフィリムだな?』


 でっかいマイク音が、周囲響き渡る。これは……あの巨大兵器から出ている声か? 中で操作してる男が言ってんのか。

『我らのアーミーが時間稼ぎをしていると思っていたが……やはり、貴様らの力は侮れんな』

 褒めているのかいまいちよくわからないが、なんか余裕一杯の言葉だな。つか、兵器の上部の辺りをずっと見上げているので、首が痛くなってきた。

『お前ら、事務次官を探しに来たのだろう』

「……まぁそうですけど、何か?」

 ちゃんと聞こえるように俺は口元に手を添え、なるたけ大きな声で言った。

『フフフ……そうはさせん。事務次官の命は、我らが貰い受ける!』

 貰い受けるって、なんか古風なセリフを吐く奴だな。なぜかはわからないが、どうでもよくなってきてしまった。

「ところで、この兵器って何なの~?」

 隣で同じように見上げていた女は、これもまた俺と同じようにして声を大きくして言った。

『よくぞ訊いてくれた!』

 訊いてほしかったのか……。


『これぞ、我らがGH第4師団が開発した機動兵器……超蛙型特大ゴッドマシンver5だ!!』


「…………」

 なんつー下手くそなネーミングだ……。笑いを通り越して哀しくなってくる。

「……おい、お前知ってたか? あれ」

 そう問うと、女は顔をブンブン左右に振り回す。

「バージョン5らしいぞ?」

「らしいね」

「なら、結構前から制作してたんじゃねぇの?」

「……知ってたとしても、自分と同じ組織の奴が造ったものとは思いたくない」

……それには激しく同意だ。

『何をぶつぶつ言っている!』

 ぶつぶつって……普段通りの声の大きさで会話してただけなんだけど。そんな不満の視線を送ったって、見えちゃいないだろうな。

 そう言えば、第4師団とかって言ってたか。つーことは、あれはエルダ=ゼルトサムが造ったもの……なのか? だとしたら、かなり変な趣味してんだな……。



『エルダ様に借りたこの力で、貴様らを屠ってくれるわ!!』



 その合図と共に、巨大兵器は機械音を奏でながら、鉄の塊のような四本の手を動かし始めた。周囲にいるアーミーもまた、俺たちに焦点を定める。

「チビどもは私に任せな。性に合ってる」

 後ろから女の声が聞こえた。いつの間にか、俺たちは背中合わせになっていた。そして、自然とグラディウスを掴んでいる自分もいた。

「でかい奴は俺がやれってか」

「そーいうこと。好きでしょ? 派手なこと」

 顔は見えないが、なぜか微笑んでいる表情を想像できてしまう。だからなのか、俺も少しだけ笑っていた。

「勝手に決めんなよ……ったく」

 俺はグラディウスを強く握り、特殊な成分で構成されている光の刀身を出現させた。

『行くぞォ!!』

 その時、巨大兵器が空中から鉄の手を振り下ろしてきた。俺たちは上空へ跳躍してそれを避けた。しかし、巨大兵器の別の手が横から攻撃してきて、俺はそれを剣で防御するも、遥か横へと吹き飛ばされた。

「ちっ……なかなかの力だな」

 俺は空中で回転しながら地上に着地した。すぐに巨大兵器は俺に向かって来て、鉄の手を勢い良く振り下ろしてきた。それは俺に当たらず、白い床は砕け散り、宙に舞う。俺は跳躍せず、腰を低くして高速で奴の足元周辺を移動した。奴は俺のスピードについてこれず、玩具のように鈍重な足を動かすだけだった。

『ぬぅぅ! ちょこまかと!!』

 闘う時もマイク使ってんのか……と思いながら、俺はグラディウスを奴の下部に突き刺した。

「――!!」

 俺はすぐさま引き抜き、移動した。……装甲が厚すぎるため、剣を突き刺しても意味がない。裂け目にエレメントを加えても、アーミーのように本体の爆発には繋がらないだろう――と判断した。

『スピードアァップ!』

 と、操縦士の声が轟くのと同時に、巨大兵器はさらに動きを早くさせ、大きな足を器用に動かし、俺を踏みつぶそうとした。それを避けながら足場から出ると、今度は奴の四本の手が執拗に攻撃してきた。

 くそ……こうなったら、上から攻撃するしかねぇな。

 俺は攻撃を跳躍してよけ、敵の頭のような上部へ着地した。すると、奴はそこへ自分の手を振り下ろしてきた。それを横へ移動して避けた時、まるで金具を金具で叩いた時のような音――それの数倍の――が周囲に響き渡った。そのあまりの大きさに、思わず俺は顔を歪ませてしまった。

「ぬあっ! み、耳が!!」

『き、貴様ァ! よくもやってくれたな!』

「い、いや、自分でやったんじゃねぇか!」

 人のせいにするとはこんちくしょうな野郎だ。俺は振り払おうとする奴の攻撃をよけながら、奴の頭にグラディウスを突き立てた。しかし――

『ふはははは! 効かんわ、そんななまくら刀! 喰らえぃ!』

 再び、奴の巨大な手がまるで鉄塔が飛んでくるかのように襲いかかってくる。それをジャンプして避けたり、しゃがんで避ける。

 ったく、さすが機動兵器ビッグバージョンだな。ちょっとやそこらの攻撃じゃ、意味がないか……。

『このビッグマシンの装甲を貫くことなど、貴様らではできんわ!』

「だぁー! てめぇの上にいる時にマイクでしゃべんじゃねぇよ!! 耳がいてぇっつの!」

 近くにスピーカーがあるせいか、かなり声がうるさい。こっちの方がダメージが大きいような気がしてきた。

『貴様こそ降りんかァ!』

「だからうっせぇんだよボケ!」

 俺は奴の攻撃を回転しながら避け、その勢いで上部の装甲に攻撃をした。しかし、大した深さにもならなかった。

 こーなったら、接合部分を狙っていくか!

 俺は十数メートルはある高さから、壁を垂直に走って行った。それはなかなかスリルのあるもので、みるみる地上が近づいてくる。俺は中程で跳躍し、奴の上部と下部の接合部分に左手を掲げた。それと同時に、奴の手が俺に振り下ろされる。


「バースト、レベル10!!」


 俺は剣で攻撃してきた手を逆に攻撃し、その反動で横へと吹き飛んだ。発生した炎のエレメントは接合部分を中心に、爆発を起こした。

『ぬおっ!!』

俺はその爆風でさらに吹き飛び、回転しながら地上へ着地した。

『効かん、効かんぞォ!』

 エレメントによる粉塵が晴れても、特に外傷はなかった。……くそっ、俺のエレメント能力じゃああの装甲はぶち破れないか。

 その時、奴の右側の二つの手が重なり、一つの鉄棒のようになった。そして、その先端がサッと開いたかと思うと、そこに妖しい光が集い始める。


『喰らえ! 我がゴッドスレイヤーショット!』

「はぁ? 馬鹿なネーミン――」


 すると、光は一瞬にして巨大な光線として発射された。

「うおっ!!」

 俺は横へ転がるように避けた。その巨大な光線は公園を突き抜け、遠くにある都市へと直撃した。大きな音と共に、爆発が起きる。まるで、爆弾でも投下されたかのような。

『ぐははは! どうだ、この力! 一瞬にして都市を破壊したぞ!!』

 あらら……たしかにスゲェな、こりゃ。エネルギーを凝縮して、砲弾のように放出しているのだろう。

「さすがに、ちとやりすぎじゃねぇのか?」

 俺は立ち上がり、上を見上げた。

『ふん、何を言っている。これは戦争だろ?』

「……戦争ねぇ……」

 俺は顔を振って、大きくため息を漏らした。奴にも届けばいいのだが、と思いつつ。

「お前らが勝手に手を出してきたくせに、そりゃねぇだろ。俺たちがなんかしたってのか?」

 そう言うと、巨大兵器は両足を少しだけ動かし、その先を俺の方に向けた。

『相反するもの同士、戦うのが宿命。そうではないか?』

「宿命とかって決めつけんな。勝手に因縁付けやがって、大勢が迷惑してるってことに気付かねぇのか?」

 俺は操縦士がいるであろう、上部の真ん中辺りを睨みつけながら言った。

『わからんか? 貴様らSICによって虐げられし者たち……その恩恵を受けることのできない人々……我らは、そのために戦っているのだ!』

「はぁ? そうやって大義名分を掲げれば、人殺しをすることが許されるとでも思ってんのか?」

 俺は再びため息を漏らす。

『貴様らネフィリム……チルドレンも、我らの同胞を殺しているではないか。貴様の言い分であれば、貴様らも許されんのだ』

 奴は誇らしげに言っているように聞こえた。俺の弱点を付いて、調子に乗っているように。……だから、俺は怒りを覚えた。いつの間にか、俺は奴を睨みつけていた。

「……いい気になんなよ。てめぇらが意味もなく人を殺すから、俺たちがてめぇらを殺すことになるんだよ。好きで狩ってんじゃねぇんだ!!」

 俺は拳を強く握りしめながら、叫ぶように言った。奴らさえいなければ、俺たちも奴らを殺さなくてもいいのだ。こんなことさえしなければ――。

『だからこそ、我らは引き下がれんのだ。目的が違うもの同士……目指す理想郷が違う我らは、戦わなければならないのだ!』

「…………」

 目指す場所が違うから、わかり合えない? なんでそう勝手に決め付ける。なんで、違うものだと決めつける。……ディン辺りが聞けば、本気で怒りそうなセリフだな。

『貴様らにはわかるまい。ASAとレイネ……人類が生み出した【最高の知識】に触れることもできず、朽ち果てていく者たちの想いが!』

 最高の知識……そのために、か。

 その言葉を聞いた俺は、小さく笑い始めていた。顔を俯かせ、肩を上下に小さく揺らしながら。

『……何を笑っている?』

 蔑視しているかのようにも聞こえるその声が届くと、俺は顔を上げた。


「決まってんだろ。……くだらねぇからだよ」


『くだらない、だと?』

 今までのように覇気のある声ではなく、落ち着いた――静かな声が聞こえると、俺はハッと笑い、目を細めた。

「くだらねぇよ。お前らの言う理想ってのは、人をゴミのように殺さないと実現できねぇことなのか?」

『…………』

 俺はその場に唾を吐いた。

「そんな理想は、理想なんかじゃねぇよ。ただのテロ……殺戮でしかない」

 俺は再び声を出して笑った。まるでどこぞの馬鹿のようなことを言うGHが、本当に馬鹿で笑えてしまうからだ。成人しているはずの男が、理想と殺戮の区別もできないってことに。

 それと同時に、胸を焦がすような炎が揺らめいていた。それが何なのか、よくわかる。――憎悪だ。

「それがわからないうちは、てめぇらは何も変えられない。何一つ変えられない。俺たちを滅ぼすなんてこと、絶対にできない。だから、結成されて数百年、SICを変えることさえできないんだろ?」

 俺は手を広げて、笑った。それは、嘲笑うかのように見えるだろう。

「……残念でした、としか言いようがねぇよ」

 変えようと願っているくせに、無差別テロを繰り返すなど、愚の骨頂でしかない。大義名分を掲げるならば、それ相応のことをするべきなのだ。

『貴様の言うことにも一理ある。……だが!』

 巨大兵器は大きな機械音を立てながら腕を振り回し始めた。

『これこそが我が理想! 阻む者は容赦せん!』

「ハハハ! そのセリフ、どこの侍だよ」

 俺は笑いを落ち着かせるために息を大きく吐き、奴を見据えた。



「いいぜ、とことんやろうか。……血を撒き散らすほどになァ!」

『やってみせろ!!』



 その瞬間、奴の四本の手が同時に上から襲ってきた。俺はそれをバックして避ける。

「お見舞いしてやらァ!」

 エレメントを剣の切っ先に集中させ、振り払うのと同時に発射した。それは閃光の刃となり、一つの手を真っ二つに切り裂いた。

『な、何ィ!?』

 正直、これは使いたくなかった。しかし、これ以上は被害を大きくさせるだけしかない。さっきの砲弾を何度も使われたら、都市部が滅ぼされかねない。

 俺は直進し、エレメントを纏ったグラディウスを瞬時に動かした。それは一瞬にして、奴の残りの手を切り刻んだ。それらはイカの足のように宙に舞い、地表に落ちた。

『こ、こうもたやすく……!』

 驚きの声を隠せない奴に向かって、俺は再びグラディウスを振り抜いた。巨大な刃となった衝撃波は奴の上部に直撃し、巨大兵器に尻もちをつかせた。ズシーンという音が響き、周囲に粉塵を舞い上がらせる。

「少し見くびってたんじゃねぇのか? チルドレンをさ」

『ぬうぅぅ……!』

 俺は切っ先を奴に向け、ほくそ笑んだ。鋼鉄をも切り裂くエレメントを纏ったグラディウスなら、内部にいる操縦士にも届くだろう。

「これで理解できたはずさ。……いくら頑張ろうが、お前らじゃ『世界』を変えることなんてできねぇってことに」

 そう、何をしようがSICには敵わない。こいつらは、所詮「数打ちゃ当たる」などと思っているのだから。

「ゲーム・オーバーだ」

俺はとどめを刺すために、剣を振りかざした。その時、

『……舐めるなァァ!!』

 奴が叫んだ瞬間、上部の真ん中辺りが開き、光の粒子が集結し始めた。それは一瞬にして光の玉となり――


「なッ!?」


 そこから巨大な光線が放出され、俺に突撃してきた。目の前はあっという間に真っ白になり、俺は巻き込まれた。

 約数十メートルの所まで吹き飛ばされ、公園を囲む壁に当たることでようやく止まることができた。

「クッ……な、なんだよ今の……!」

 あんな高速に巨大光線を放てるとは思わなかった……俺のミスだ。瞬間的にシールドを張ったが、それでも服は破れ、あちこちから血が出ている。口の中は鉄の味で一杯だ。

『馬鹿めが! とどめを刺してくれる!!』

 再び、奴の中心にエネルギーが充填されていく。また、さっきの光線を放つつもりだ。俺は瓦礫に挟まれ、うまく立ち上がることができない。

『死ねェェい!』

 放たれた巨大光線は、俺に直線してくる。シールドを最大限発動させれば、まだ致命傷にはならない――と思った時、目の前に誰かが立ちはだかった。


「任せときな」


 そこに立ったのは、女だった。彼女は光線に向かって、同じような光線を銃から弾き出した。すると、二つの光線は互いにぶつかり、周囲に光の粒子を拡散させて消滅してしまった。まさか、相殺させたのか!?

『ミラクルエレガントビームが!?』

「ダサいんだよ!」

 女はそう言って、今度は右の銃から光線を弾き出した。それは奴の光線を出す場所に直撃し、爆発を引き起こさせた。

『ぬおおおぉ!!』

 巨大兵器はよろめきながら後ろへと後退した。俺はその隙に立ち上がり、奴の方へと高速で直進した。

「仕返しだ!」

 俺はそんなセリフを叫びながらジャンプし、グラディウスで斬り付けた。それは奴の上部に巨大な爪痕を刻んだ。

 その時――


「ランス、レベル10――1!」


 女性の声と共に、一本の光の槍が巨大兵器を貫いた。

「レイジング、レベル1!」

 その貫かれた場所に、男の声が響くと同時に焔の渦が出現し、爆発を引き起こした。あれは……ディアドラとノイッシュか!

「ゼノ、とどめを刺すぞ!」

「あ?」

 横を高速で通った誰か――それはディンだった。なぜか俺の足が勝手に付いて行ってしまい、俺はディンと一緒に巨大兵器をすり抜ける時に剣を振り、奴の上部と下部の接合部分を切り裂いた。




『わ、我がゴッドマシンver5が……!』




 上部と下部は切り離され、バチバチと火花を散らし始めた。そして、その火花は巨大兵器全体に広がって行き、小爆発を起こしながら砕け始めた。大きな体が倒れると、最後の爆発が起き、木っ端微塵に砕けてしまった。

「なかなか派手だね」

 と言いながら俺に歩み寄ってきたのは、ディンだった。

「ああ。最後の最後まで、うるさい奴だったよ」

 俺はそう言ってため息をつき、グラディウスの刀身を消した。そして、燃え上がるさっきの機動兵器を見ながら、少しだけやるせない気持ちになってしまった。

 ……結局、最後の最後まで、あいつは自分たちの理想が正義だと信じて疑わなかった。時間さえあれば――俺がチルドレンで、奴がGHでなければ、殺し合うこともなかったのに。

 その時、俺はクスクスと笑っているディンに気付いた。

「……んだよ?」

 彼をギロッと睨むと、彼はそれを打ち消すように笑う。

「いつになく、ボロボロだなって」

「……お前に行かされてこうなったんですがね」

 皮肉を交えて、俺は言った。

「あれ? そうだったっけな」

「お前……」

 わざとらしく腕を組んで首をかしげるディン。すると、他の奴らが歩み寄ってきた。

「なんとか倒せたね、ゼノ」

 と言ったのはディアドラ。白い服の制服があちこち汚れてしまっているが、あまり外傷はないようだ。

「ゼノがケガをするなんて、珍しいこともあるもんだな」

 俺を見ながらディンと同じように笑っているのはノイッシュ。小奇麗な眼鏡を壊したくなってくる笑顔だ。

「GH自慢の機動兵器だし、しょうがないでしょ」

 みんなの後ろから言葉を発したのは、あの女だった。俺は思わず、「うげっ」という顔をしてしまった。

 まずい……ディアドラのノイッシュはこいつのことを知らない。

「? あなたは……」

「チルドレン……か? その服も着てるし……でも……」

 二人は首をかしげながら、彼女を見つめる。

「その女については後で説明する。ところでディン、他の敵は?」

 俺は無理やりそう言って、ディンに訊ねた。

「さっきのが最後さ。都市部で暴れてたのは、この兵器たちだったらしい」

 ディンはアームを見ながら言った。たしかに、周囲にはアーミーとかは見えない……敵は駆逐されたってことか。

「教官やSICと連絡は取れたのか?」

「一応、教官には他のチルドレンをまとめて軍港の方で救出活動をしてる。僕たちは、都市部へ向かってくれって言われてね」

 どうやら、他のチルドレンも無事だったようだ。負傷者はいるものの、大事には至らないという。

「……サラは?」

 そう訊ねると、ディンは後ろの方に目をやった。そこに顔を向けると、どこか近寄りがたいのか、足を進ませようとしている少女の姿があった。

 よかった……サラも大丈夫みたいだ。俺はそれがわかると、自然と笑みを浮かべていた。だが、それをなるべく彼女に見られないようにしなければと思い、すぐにディンの方に向き直った。

「これから事務次官の捜索に行く。他のチルドレンたちと合流しよう」

 俺がそう言うと、みんなはこくりとうなずいた。


「……ゼノ、大丈夫?」


 歩き出した時、声をかけてきたのはサラだった。心なしか、声がいつになく弱弱しく感じる。

「平気さ」

 そうやって微笑んでも、彼女は表情を明るくはしない。

「けど……血が出てる……」

 肩や唇から出てくる俺の血を見てか、ほのかな驚きと怖さが浮かんでしまったのか、彼女の体が小刻みに震えていた。

「たまにはこうなるもんさ。いつもうまくいくとは限らねぇんだよ」

「…………」

 俺は俯く彼女の頭に手を置いた。そう、いつものように。

「ほら、行くぞ。まだやること残ってんだ」

 そう言って彼女はいつものように顔を上げて俺を見るのだろうと確信していた。だから、それを確認しないまま歩き出していた。

 いつものように、彼女は俺の後を付いてくると確信していたから。

「こりゃ、後で修復するのが大変だな」

 と、ノイッシュは紺色の髪を揺らしながら呟いた。足下に広がるのは殺された人の血だったり、瓦礫だったり。戦闘が行われた――というのが、はっきりとわかる惨状だった。

 灰色の瓦礫や砂利の上を歩きながら、俺は上空を見上げ、誰にも気付かれないように息を吐いた。ホッとしたものなのか、ため息なのか。それは、自分でもよくわからなかった。

 ただ、気付かれないつもりだったのに、気付いている奴がいるとは、この時の俺は予想だにしなかったが。



 ……やれやれ、疲れたな。















「あーあ……壊れちゃった。高かったのにな~」

 ゼノたちのいる場所からずっと離れたビルの屋上で、黒いローブを羽織った女性はため息を漏らした。その隣には、黒装束を身に纏った男が座っており、彼の緑色の髪がゆっくりとなびいていた。

「それにしても、思ったよりもやるわね……あの子たち」

 自分の口元に触れながら、女――エルダは微笑む。

「あれでか?」

 低く、どんよりとした声を男は発した。20代のように見えるその男には、似つかわしくない声だった。

 あれで大したことあるのだとしたら、奴らの目は節穴か――と、彼は思う。

「私のゴッドマシンたちを倒したのよ? すごいじゃない」

 彼女がそう言うと、男はフッと笑う。

「……もう少し、まともな名前にしたらどうだ?」

「いいでしょ、お気に入りなんだから」

 ふふ、とエルダはほくそ笑む。それを見て、男は小さくため息を漏らしながら目を細めた。

「あまり無駄なことに金を使うな。あそこの金があるとはいえ、潤沢ではないんだ」

「失礼ね、無駄じゃないわ。重要な『資料』よ? データを得るための……ね」

「……ふん」

 男は鼻で笑い、上空を見上げた。薄く、白い霧で覆われた上空には、青空など存在しない。

「こんな回りくどい真似をして、あの方々は何を為さるおつもりなのやら」

 ため息交じりに、男は言った。

「どうなのかしらね。まぁ……ベツレヘムでの調整を行うための調査、といったところかしら」

 立ったまま風になびかれるエルダは、男と同じように上空へ目をやる。

「あのババアは、俺たちに言おうとしない。……どうせ、『ファースト』のことを気にかけてるのだろう」

「重ねているのよ、きっとね」

「……哀れなものだ」

 男がそう漏らすと、エルダは小さくうなずいた。

「どう足掻いたって、届くはずがないのに……愚かな人だわ」

 エルダはそう思うと、笑わずにはいられなかった。未だ「その時」に心を囚われていることに、意味なんて一切ないのにと思いながら。


 ……「ヒト」としての哀しい性よねぇ……


「さて、私は『廃棄場』に行ってくるわ。ここでの用事はもうないわけだし」

 エルダがそう言うと、彼女の体が一瞬にして粒子――霧になっていき、空中に漂い始めた。

「リンド、あなたはどうするの?」

「……俺も帰ろう。無駄足だった」

「だったら、大人しく留守番していればよかったのに」

 空中から聴こえるエルダの声は、少しだけ響くように感じる。

「俺も暇だったんでな」

 リンドと呼ばれた男は立ち上がり、キラキラと輝く霧が飛び立つ方向とは違う方向へと歩き出した。





 

 凌辱される星と腐り果てた生命。

 砕け散った約束の欠片。

 創世より輝く光の軌跡。

 そして、無へと連なる神々の言霊セフィラ


 ……所詮、そこに現れるものは虚像でしかないというに。






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