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BLUE・STORYⅡ  作者: 森田しょう
◆第1部:無限と有限が重なり合う中で~schicksalhaft Begegnung~
10/96

8章:紫苑の濃霧


 施設全体が揺れるほどの爆音だった。それは間違いなく、外からだった。俺はすぐさま、アームのボタンを押してディンと連絡を取ろうとした。しかし、データを受信することができない。爆発か何かで、このコロニーのASAの受信装置がいかれたのかもしれない。

「まさか、お前らの仕業か?」

 俺は女を睨みつけるように言った。

「何言ってんのさ。GHかどうかはともかく、私は関与してないよ。見りゃわかるだろ?」

 と、呆れたかのように女は言う。

「あぁ? その根拠は――」

 俺が女の胸倉を掴んだ時、再び爆音が轟いた。それと共に施設は大きく揺れ、思わず手を女から離してしまった。それから断続的に爆音が響き、弱弱しい振動が体中に伝わる。

「……ここでケンカしてても、埒があかねぇな」

「そーいうこと」

 女は待っていたかのように、ウィンクをして俺を指さした。俺は女にはっきりと伝わるように悪意を含ませた舌打ちをして、さっきの道を引き返した。



『エラー』


 ドアのパネルに手をかざしても、認証されない。まさか、セキュリティシステムが故障したのか?

「あら、私のでもダメだね」

 と、女はIDをかざしたものの、ダメだった。静脈とIDカードで認証できるものなのだが……お前のじゃねぇだろ。

「ぶっ壊せないの?」

「んな乱暴なことできるかよ。それに、無理に壊して別のセキュリティシステムが発動されたら閉じ込められる」

 無理やりこじ開けたりでもすると、システムが俺たちを侵入者と判断して、それ用のシステムを発動する。基本的にはそういう風になっているものだ。

「しょうがない、別の道に行くしかねぇな」

「って言っても、どこにあんの?」

 女は首をかしげて言った。嫌でもこいつと一緒に行動しなきゃならないってのがあれだが……まぁ、仕方ないか。

「……走りながら説明するから、行くぞ」

「あら、親切」

「…………」

 俺たちは再び、内部へと進んだ。



 白い通路の中、俺はアームに情報を送りながら走っていた。その隣で、女も走っている。

「ここは軍港内部。ここらの通路は非常通路なんだが、ずっと進んで行けば管理センターに行けれるようになってる」

「ふーん。そこまで行ってどうすんの?」

 女は周囲に目をやりながら言った。

「非常口がいかれてるってことは、他の扉もいかれてる可能性が高い。管理センターに行って、システムの解除をすんだよ」

「……なーるほどね」

 クスッと、女は笑った。

「今のでわかったのか?」

 こうした状況だからか、俺は思わず訊ねてしまった。すると、女は前方に目をやりながら、

「普通、いかれただけなら内部の人が既にシステムの回復を行ってるはず。でも、まだできてないってことは、敵がここを占拠してる可能性があるってことだね」

 俺は思わず、小さくため息を漏らした。

「あら、そのため息は何?」

「……拍子抜けってことだよ」

 別の意味で、だが。さすが、GHの戦闘員だけはある。サラなら、ただの故障って本気で思っていそうだが。

「ともかく、既にここの人たちは殺されてる可能性が高い。管理センターを取り返せば、まだなんとかなる」

 ここは軍港の本部のようなもの。外の状況がどうなっているかはわからないが、今の俺にできるのはここの奪還。そうすりゃ、たとえ苦しい状況でも覆すことは可能だ。

「それって、ここの地図?」

 走りながら、女はアームを指さした。

「ああ。事前に情報は入れといたんでな」

「……あんたらのミッションは護衛で、内部の地図はダウンロードしちゃいけないんじゃないの?」

 どこか呆れたように、或いは予想どおりなのか、女は微笑を浮かばせて言った。

「バーカ。念のために決まってんだろ? 結果的に役立ってんじゃねぇか」

「まったくそのとおりね」

 女は俺の意見に賛同したかのようにうなずいて笑った。

 俺は地図を見ながらこの迷路のような内部を突き進んで行った。管理センターまではそれなりに遠く、思ったよりも時間がかかる。

「それにしても、あの子は大丈夫かな」

 女は俺に向かって言ったのか、そう漏らした。

「あの子って誰だよ?」

 俺が頭の上にクエスチョンマークを浮かべると、女は目をパチクリさせた。


「わかんない? サラよ」


「……なるほど」

 思わず、俺は苦笑した。意外だったってこともあるが、まさか俺の考えていることの一部分をこの女が言うとは思わなかったからだ。

「まさか、お前があいつの心配をするなんてな」

「しょうがないでしょ。あの子、すっごくバカなんだもの」

 バカって……それを否定できないところが少々申し訳ないと思いつつ、サラらしくて俺は少し笑ってしまった。

「心配じゃないの?」

 女はそんな俺を見てか、そう言った。その顔には、怪訝そうな女の表情が浮かんでいる。

「心配じゃない――って言ったら嘘になるな。まぁ、あっちにはディンがいる。大丈夫だろ」

 あいつのことだから、事務次官の護衛よりもサラの傍に行くことを優先するだろう。それはそれでダメなことではあるが、俺がもし逆の立場だったら、事務次官なんか放っておいてサラの確保に行くに決まっている。

 だから、ディンがどういった行動をするのかわかる。見ていなくても。

「かわいそうね、オルフィディア事務次官」

 クスクス笑いながら、女は前を向いた。

「しゃーない。サラの方が大事だからな。それに、事務次官の方には大勢のガードマンと兵士がいるんだ。俺たちが護らなくても大丈夫だろーよ」

 俺は皮肉も交えて言った。そもそも、警備をたかだか十数人増やすこと自体、意味のないことだったわけだし。

「……わかんないわね」

「あ?」

 女はちょうどT字路の所で立ち止まった。


「あんたは、どうしてそんなにディンのことを信頼してるの?」


「…………」

 女は訝しげに顔を曇らせ、言った。

「そんなにおかしいことか?」

 そう問い返すと、女はより顔を曇らせた。

「おかしいかどうかはわからないけど……私にとってはおかしい。……ただ単に、私が知らないだけなのかもしれないけど」

 自分にとって、それがどうなのか。本当に、信頼・信用するに値するのか。味方にしても、家族にしても、兄妹にしても……それは当てはめることができるのかもしれない。だからこそ、俺たちは無為に生き続けているのだろうか。


 ふと、そんな疑問が浮かんだ。


「……どうして、か」

 俺は女に背を向け、天井を見上げた。

「お前に言うようなことじゃねぇよ」

 それはもしかしたら、誰に対してもそうかもしれない。俺にとってのディンは、サラとは違うまた別の何かなのだから。

 たぶん、そういうもんだと思う。自分にとっての大事なもんとか、信ずるものとかは。


 その時、俺は気配を察知し、左手を前方に掲げ、右手で腰に付けてあったグラディウスを取り出した。


「シールド、レベル4!」

 障壁が展開されたのと同時に、弾幕が襲いかかってきた。銃丸はシールドに当たり、俺はT字路を左に曲がり、アームに目をやった。それでも、銃の嵐は止むことを知らない。

「ちっ……いつの間に来てたんだよ、こいつら」

 パネルの地図には、通ってきた道から何十もの人が列をなして俺たちの方に向かってくるのが映し出されている。少し目を離していた隙に。


「ゼノ! 後ろ!!」


 向こうの通路にいた女が叫んだ。俺が後ろに振り返ると、俺の方に銃を向けている敵がずっと向こうに見えた。だが、奴らは何かに打ち抜かれたのか、体が光るのと同時に、その場に勢いよく倒れていく。

「まったく……アームばかり見てちゃダメでしょ」

 ため息交じりに言う女の方に目をやると、奴は二つの銃をそれぞれの手で握っていた。

「お前、それは……」

「説明は後。あんたはレーダーの敵を駆逐して。ここらはどうにかすっから」

 淡い光が二つの銃を漂う中、女は直線の通路を指さした。俺はうなずき、グラディウスの刀身を具現化させた。アームに目をやると、さっき銃を撃ってきた敵は約20人程度。そのずっと後ろには、それの倍の数がレーダーに映し出されている。

 俺は当面の敵を排除すべく、通路に飛び出した。

「! ネフィリムだ!!」

 敵は一斉に銃口を俺に向けた。

「シールド、レベル6」

 無数の弾丸が襲いかかる中、俺はシールドを発生させながら突撃した。一直線の通路のため、左右に隠れる場所もないからだ。

 銃弾が体全体を覆う透明なシールドに当たる度に、火花が散るような音が響く。それは止むことがなく、貫くこともない。俺は高速で先頭の敵の腹部を貫き、一回転して体を裂き、その勢いのまま他の敵を切りつける。一撃で命を絶つには、首。俺は瞬きをせず、その場にいた敵の首を狙ってグラディウスを素早く振った。

 真っ赤な血が俺にかかるよりも速く、速く! そしてコンパクトに斬りつける。そして、そこには骸だけが転がっていた。

 アームには、どんどん近付いてくる敵の姿がある。……これじゃきりがねぇな。


「フリーズ、レベル7」


 掲げた左手を水色の円環が包み込み、周囲に冷気が立ち込めた。そして、氷が通路を塞ぐ壁のようにして出現した。俺はその氷の壁をこの通路に、一定の間隔を空けながらいくつか造り出した。あまり耐久性はないが、それなりの時間稼ぎにはなるだろう。

「こっちはOK。どうやら、あっちの敵はレーダーに反応しない装置でも付けてるようね」

 いつの間にか、女は俺の横まで歩いて来ていた。

「だろうな。チルドレンがアームを使うってことを知ってんだろ。……行くぞ」

 俺たちは再び、管理センターの方へ向かった。




「お前の銃、『星煉銃エレメンタル・ガン』か?」

 俺は女の腰に備えてある二つの銃に目をやりながら言った。一つが白銀、もう一つが黒く光る銃だった。

「うん。珍しい?」

「ああ」

 得意げな表情をする女に対し、俺は前へ顔を向けてうなずいた。

 星煉銃――ここらではあまり見かけない代物だ。なぜなら、素材が特殊であるから。俺たちが持っている武器からの攻撃だけでなく、爆発にも耐えられるほどの強度を持ち、ほぼ無限に銃を撃ち続けることが可能だとか。もちろん、マシンガンと同じくらいの連射機能があるわけではないが、それでも弾丸を詰め替える必要がないため、普通の銃よりかなり高価だと聞く。

 ……まさか、それをGHの下っ端程度が持ってるなんてな。

「ところで、奴らはお前の仲間か?」

「……それは、私を疑っての言葉? それとも、ある程度の予測を立ててのもの?」

「後者に決まってんだろ」

 そう言うと、「なるほどね」と女は呟き、小さく笑った。

「あんたの予想通り、GHだね。それも相当の数さ」

 服装とかを見て判断したわけじゃないが、奴らが持っている銃は普通では手に入らないものだった。だからこそ、俺はシールドレベルを上げて突撃せざるを得なかった。おかげで、普段よりも体力を消耗してしまった。

「何のためか、わかるのか?」

「さぁね。ま、強いて言うなら事務次官殺害でしょーよ」

 たしかに、普通に考えればそうなる。しかし……。

「なんか、引っかかるところでもあるわけ?」

 走りながら考え込んでいる俺を見て、女は微笑しながら言った。

「だとしても、わざわざ警備を増やしている時に襲撃してくることが理解できねぇところがある」

 チルドレンを警備として増員しているということは、失敗する確率も低くなるということ。

「それでも襲撃をかけたってことは、俺たちが増えようがなんだろうが関係ないってことなんだよ」


「……内通者でもいるってこと?」


 その問いに、俺はこくりとうなずいた。女は顎に手を添えて、「ふーん」と唸り始める。

「けど、それだったらこんなに事を大きくしなくてもよかったと思うけどね。爆弾とか使うってことは、騒ぎを大きくする意図があるように思えるけど」

「だから、事務次官殺害が目的とは思えねぇってことだよ」

「……なるほど」

 混乱を大きくさせ、事務次官を狙うふりをして別の何かを狙っている。……だが、その「何か」がさっぱりわからないため、頭の奥が詰まっているような感覚に囚われ、思わず眉をしかめてしまう。

「爆弾を使ったってことは、宇宙船が破壊された可能性が高いわね。そうなると、軍港にいる人が出入り口として利用できるのは……都市部と軍港を繋ぐ、あのトンネルだけか」

 と、女はぶつぶつ呟いていた。

「お前、よく知ってんな」

「これでも事前に調べてんのよ。すごいでしょ?」

「…………」

 子供のような笑顔を浮かべる女に対し、俺は顔を振りながらため息を漏らすしかなかった。なんつーか……俺と同い年には思えなくなってきた。もうちょっと大人っぽくあってほしいというかなんというか。


 あれ?


 俺はこの時、ふと思い出した。俺はどうして、こんなにも落ち着いているのかということに。

 いや、落ち着いているとかそういうのではなく……なぜ、俺はこの女を少なからず信用しているのだろうか。爆音がするまでの俺だったら、まずこいつを斬り捨ててから行動をするはずだったのに。

 その瞬間、俺の脳裏にあの感触がよぎる。女の唇が、俺のそれに触れた時の感触が。女の、桃のような唇が……俺の……

「どしたの?」

「へ? あっ……いや、別に」

 やばい、マヌケな顔をしていたような気がする。

「なんか顔赤いけど」

「気のせいだ」

「……気のせい…………?」

 俺はブンブンと顔を振り、あの感触を脳みそのずっと奥に吹き飛ばした。

くそ……この女がいきなし変なことするもんだから、なんか勝手に一人で恥ずかしくなっちまったじゃねぇか。

 俺は心の中で文句を呟きながら、先へと進んだ。




 ようやく管理センターに到達した。通ってきた道は非常用の施設であり、一つのシェルターとしての役割を持っていたのだろう。

 管理センターには予想通り、GHの奴らがあちこちにいる。まるで研究所のようなセンター内部は、非常通路とは違って藍色の壁ばかりで、暗い雰囲気を漂わせている。それでも、通路の角に置かれている針葉樹などは自然の空気を少なからず含ませる役割を担っていた。

「あーあ、やっぱり殺されてるね」

 女は壁から少しだけ顔を出し、小声で言った。そこから見えるのは透明なガラスで囲まれた広間で、様々なコンピューターが置かれているところだった。藍色の床には、管理センターの人だったのだろう、軍服を着た骸が転がっている。

「GHってのは皆殺しがモットーか?」

 俺は嫌味を含ませて言った。だが、女はそれに動じることもない。

「さぁ、どうかしら。私たちは隊によってやることが異なるし、思想もまた変わってくるのさ」

「……思想?」

 俺がそう問い返すと、女は通路の方から顔を引っ込ませた。

「世界を変えたいとか、人を殺したいとか。……いろいろよ」

 小さく鼻で笑い、女は顔を振った。どこか馬鹿馬鹿しいとさえ思っているように感じるその表情は、何かを告げているような気がした。

「お前にもあるのか?」

 どうしてか、そう質問をせざるを得なかった。後になって思えば、この質問は愚問でしかない。

 女はしばし何も言わずに俺の顔を見、そしてクスッと笑った。

「なければ、こんなことしちゃいないよ」

「…………」

 こんなこと――それはどれを指すのか、その時には理解できなかった。いや、寧ろ敵対するSICの人間を殺すことが、彼女の思想に繋がるのだろうと考えた。

 ただ、彼女は殺すことを好んではいないように思えたのはたしかだ。好きで人殺しをしているのではない――と、その背中が物語っているように見えた。


 ……俺とは違う。


 俺は殺さなければ気が済まない。もちろん、好きで殺しているわけではないが……。

「んで、どうすんの?」

 女はいつの間にか、普段の冷淡な表情に戻っていた。

「……とりあえず、突っ込むしかねぇだろ」

「え?」

 女はがっくりと頭を垂れた。謝っているわけではなく、落胆しているのはよくわかる。

「あのね……んな方法、最善だと思う?」

「うんにゃ」

 と、俺は顔を振った。

「少しは頭を使いなよ。まず、あんたはエレメントを使って……」

「いちいち考えて行動すんのはめんどいんだよ。やりながら考える。そんだけだ」

「…………」

 女はいつかの俺に負けないくらい大きなため息を漏らした。あからさまにそれがわざとなのだということがわかる。

「ディンも大変だね……こりゃ」

 手を広げて、女は苦笑した。

「ハハ、今さら気にすんな」

「……笑うところじゃないでしょ」

 まぁ、呆れてしまうのも無理はないだろう。だが、ちまちまと行動していては時間がかかるばかりだし、何より人質を取っているようには見えないってところがポイントだ。人質がいるなら少しは考えて行動せざるを得ないが、いないってことは気にせずに暴れてもいいってこと。エレメントも何もかも、ぶっ放してやりゃいいのさ。……コンピューターがあるから、それはダメか。

 それに、後方にはこいつがいる。星煉銃は他の銃とは比べ物にならないくらい威力が高い銃で、殺傷能力はずば抜けている。それを操れるこの女なら、きっとうまくしてくれる。……まぁ、万が一に裏切られる可能性はあるが、負ける気なんて毛頭もない。

「とりあえず、最初だけ命令させてくれ。後は好きに殺していいから」

 俺は声を小さくした。

「あの強化ガラス、お前なら割れるだろ?」

 俺は少しだけ笑みを浮かばせながら言った。すると、女はあの紅い双眸で、俺を睨みつけてきた。まるで、「当たり前だろ!」と言わんばかりに。

「ご期待に添えてみせるよ」

 女は二つの銃を取り出した。すると、左手が緑色――いや、黄色になっていくかのように光り出し、そこから粒子のようなものが浮かび、握られている黒い銃に吸い込まれていく。

「さーて、ぶっ飛ばしてやるか!」

 女はそう言って、左手の銃から弾丸――白い光線を弾き出した。それは一瞬にして強化ガラスを撃ち抜き、粉塵と共に辺りに散らばった。

「な、なんだ!? 敵か!!」

 敵がざわめく中、俺はレベル5のシールドを展開した。見た限りでは、このシールドを撃ち抜くほどの武器を持った敵はいないからだ。

 俺はガラスに囲まれていた広間に突っ込んだ。それは白い霧に突っ込むようなものであったが、黒い戦闘服を着たGHの奴らはわかりやすい標的だった。逆に、俺の服は白い。

「ギャアァァ!」

 グラディウスを振り抜くと、それと共に悲鳴が響く。それに気付いた別の敵は焦ったのか、銃を乱射し始めた。

「ちっ、やめろっての!」

 俺はすぐさまそいつらを斬り殺した。血しぶきが舞う中、俺は「ランスレベル5」を発動させ、離れた場所の敵を貫いた。

「ったく、コンピューターに当たったらどうすんだよ」

 俺はそう言って、周囲に目をやった。まだ粉塵が舞い上がってはいるが、既に敵の気配はない。するのは……

「終わったよ。こっちは?」

「ああ、大丈夫だ」

 女は銃をベルトの金具に装着させ、コンピューターの前に歩み寄ってきた。

「ところでさ、あんたはこれ操作できるの?」

 中央に巨大なモニターと、その周囲に小型のモニターがいくつもある。管理センターのため、あちこちの監視をしているのだ。しかし、今は特に何も映っていない。

「まぁ、似たやつならいじったことはある」

 俺は女に顔を向けずにそう答え、キーボードを打つようにボタンを押し始めた。管理システムに入り、各地のセキュリティは……と。

「やっぱし、全部閉ざされてんな」

 中央のモニターに、各地の扉の場所と現在のシステム状況が映し出された。

「外に一番近いのは、ここかしらね」

 と、女はとあるポイントを指さした。そこからだと、発着場の前にある広場の中央に出られるようだ。

「だな。さて、少し外の様子を――」



「珍しいお客さんね」



 誰かの声が後ろから聞こえ、俺たちはすぐさま振り返った。そこにいたのは、黒いコートを見に纏った、長身の女性。紫色の長い髪が床に垂れ下がるほどまであり、肌は凍りついたかのように白い。

 ……気配が一切しなかった。

「任務で来ていたはずのネフィリムは、全て外にいると思っていたけれど……違ったようね」

 口元に手を添え、その女はクスクスと笑った。俺よりも年上で……たぶん、エリィ教官くらいの年齢、つまり20代半ばだろうか。その余裕じみた表情が、より年上に感じさせる。

「ふふ、そんなに睨まなくたっていいのよ。別に、取って食おうとしてるわけじゃないんだから」

「…………」

 ちっ……見透かしてやがる。ここでグラディウスを取り出したって、逆にやられる。そうだとわかるほど、あの女は強い。瞬きもせずにいる俺を見て、奴は覆い尽くすかのように微笑んでいるのだから。

「それにしても、ここにあなたがいるとは思わなかったわ」

 すると、奴は視線を俺から少し横にずらした。


「ねぇ? ジュリエッタ」


「…………」

 ジュリエッタ――この女のセカンドネームだったか。

「あんたこそ、わざわざこんな僻地に来るなんてね。……エルダ」

 女は小さくため息を漏らし、そのエルダとかいう女を睨みつけた。面識があるということは……奴もGHか。それも、幹部クラスの。

「あの作戦で死んだと思っていたけれど、さすがウルヴァルディの飼い猫ね。生命力は、そこらの雑魚共とは比べ物にならないわ」

 エルダは赤い口紅を塗った唇を弓なりに曲げ、微笑む。そして、奴の瞳は紅く、禍々しく光っていた。

「皮肉はそれだけ? あんたにとって屑でしかない私に皮肉なんて、幹部の名が廃れるわよ」

 女もまた、あの紅い双眸をぎらつかせて言った。

「……ホント、いちいち勘に障る女だこと。私の部下になれば、もっとうまく使ってやるっていうのにさ」

 エルダは妖しく揺れ動く紫の髪の毛に触れながら言った。

「勘弁願いたいもんだね。私はあんたたちのすることには興味ないし、協力する義理もない。まぁ、ウルが許したのならやらなくもないけど」

 女は手を広げ、苦笑する。こいつの口ぶりからすると、やはりGH内でも思想や目的というのは違うようだ。もちろん、共通の敵は俺たちSICなのだろうが。

「……残念ながら、これは『あの方』の要望なの。そうでなければ、こんなコロニーに私が足を運ぶ必要なんてなかったのよ」

 エルダは不満げな表情を浮かべた。

「……お前らの目的はなんだ?」

 俺は腰のグラディウスに手を添えたまま、訊ねた。エルダはゆっくりと、あの紅い瞳を俺に向ける。

「あなたがゼノ……ゼノ=エメルドね?」

 エルダは小さく微笑み、言った。

「なんで俺を知ってる?」

「有名だからよ。私たちGHの中では……ね」

 俺は舌打ちをした。この女、嫌いだ。あの笑みが無性に俺の精神を逆なでしているような気がしてならない。



「オメガとアルファ……遥か蒼空から堕ちた、二つの螺旋に連なる黄金の楔……」



「あ?」

「なるほど……全ては未来で交叉し、アーネンエルベに導くため、か」

 俺を見ながら、エルダはわけのわからないことを呟いていた。嬉しいのか、より笑みを大きくして。

「さっきの質問に答えろ。意味のわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ」

「せっかちな人ねぇ」

 と、エルダは口を手で隠しながら笑った。

「でも、わかってるでしょ? 私とあなたは敵同士。その時点で、あなたの質問には意味がないのよ」

「……だろうな。まぁ、決まり文句みたいなもんさ」

 予想通りの答えとわかり、俺は苦笑しながら言った。


「私たちは相容れないの。我らGHとSIC――いいえ、ネフィリム…………同じであって、そうでない。互いに行き着き、その凍てついた言霊の堕ちる場所が『マクペラの地』であってもね」


「…………?」

 さっきから俺たちチルドレンのことをネフィリム……とかって呼んでいるのか? 他のGHもそう言っていたような気はするが……。

 その時、一瞬にしてエルダは距離を詰め、俺の唇に指先で触れた。


「なっ――!」

「……かわいいわね」


 その微笑だけでなく、触れているその指先さえもが冷たく感じ、俺はいつの間にかグラディウスを引き抜き、斬り付けていた。しかし、それは大気を裂くものでしかなかった。目の前にいたはずのエルダは、さっきの場所へと瞬間移動していた。クスクスと、さっきと同じ憤りを感じさせる笑みを浮かべて。

「あなたに出会えてよかったわ、ゼノ」

 すると、エルダの体が光の粒子になっていった。それは霧のように見えた。

「!! 待て!」

 俺は再びグラディウスを振り抜き、衝撃波を飛ばした。しかし、それは粒子をすり抜け、向こうの壁に激突しただけだった。

「何……!?」

その時、空中に広がった粒子は、まるで俺の体をなでるようにして流れ始めた。




「……また会いましょうね。崩壊の歌声を奏でる時に……」




 風が吹くはずがないのに、俺たちの間を風が吹き抜けた。それは感じたこともない悪寒を漂わせるもので、どこからともなく笑い声が聞こえてきた。

「……消えた……?」

「GH第4師団長、エルダ=ゼルトサム。今回の司令官、といったところかしら」

 女は粒子が消えて行った天井を見上げ、腕を組んだ。

「薄々、あの女だと思ってたんだけどね。そこらの雑魚の服に、『№4』って記されてあったから」

 俺は自分が殺したGHの服に目をやった。……たしかに、肩のあたりに赤色でそう記されてある。

「……幹部と面識あるんだな」

「まぁね。……なんか知らないけど、私はあの女に嫌われてるからさ。嫌でも覚えちゃうわよ」

 そう言いながら、女は苦いものを飲んだ時のように舌を出した。

 幹部と面識があるということは、こいつは下っ端なんかじゃないかもしれない。しかし、たしかにあのエルダって女は、やけにこいつを敵視しているようにも感じた。

 だが、この時の俺はそんなことよりも、エルダが消えたことに気を取られていた。

「それにしても、どうやって消えやがったんだ? あの女」

 自分の体を霧のようなものに変化させやがった。普通の人間にできることじゃない。つか、人間技じゃねぇぞ……。

「たぶん、あんたたちが使うエレメントと同じさ」

「……エレメントと?」

 チルドレンだけが持つ特殊能力って説明されたが……GHの幹部にも使えるってことか? そうだとすれば、GHがなかなか駆逐されないのも納得できるってもんだが。

「なんにしても、俺はあそこでお前が裏切ると思ってたんだがな」

 俺はため息を交え、再びコンピューターのボタンを押し始めた。

「あら、そんなに信用できない?」

 ふふっと微笑みながら、女は俺を見る。

「共同戦線を張るとは一切言ってねぇからな」

「あ、そう言えばそうだね」

 何を思ったか、女は自分の指の先をかじった。すると、彼女の赤い血が少しだけ滲み出てきた。


「ほら」


 女はその指を、俺の首筋に付けた。ぞくりとした感覚が湧き立ち、俺の首に赤い血の跡が刻まれた。そして、女は同じように自分の首にもその指を押しつける。

「契約の証。知らないでしょ?」

「……契約?」

 俺は首をかしげた。「どっかの人たちがやってる儀式みたいなもん」と言いながら、女は指先をペロッと舐めた。

「今回に限っては、あんた……あんたたちと協力するってこと」

 俺はさらに顔をしかめた。というより、そうなってしまうのは当たり前だろう。

「わかんねぇな」

「何が?」

 わかっているようで、わかっていないような顔。どうしてか、俺はそれが嫌ではなかった。

「自分の味方がここらにいるってのに、どうして逃げようとしねぇんだ?」

 そうすれば、簡単に俺たちから解放される。わざわざ俺たちが逃がそうとしなくてもよくなるのに。無為に時間を費やす必要がないのだ。

 すると、女はクスッと微笑んだ。


「だって、約束したじゃない」


「約束?」

 そう問い返すと、女はこくりとうなずく。

「ディンとの約束。帰るまではいてくれって」

「…………」

 まぁ、たしかにそうなんだが……もう破っているようにも思える。それを言ったら元も子もないので言わないが。

「っていうか、私はエルダが嫌いなんだよ」

 と、女は一瞬にして歯ぎしりをし始め、その顔に似つかわしくない表情を浮かべた。――なんだ、結局お前の本音はそれじゃねぇか――と、少しだけ心の中で呆れてしまった。

「……そんな私怨は置いておいて、私はあんたたちのこと、それなりに気に入ってんのさ」

「は?」

 俺は思わず、口をポカンと開けてしまった。

「だから、今回だけは最後まで協力してやるよ。とことんね」

「…………」

 ニッコリと微笑むその顔と、いつの間にか宝石のように煌めいている瞳は、ずっと昔……それも、気の遠くなるような時間の狭間に忘れてきた宝物のような気がした。一つの色――青色だけで塗りつぶされたキャンバスの中心に置かれているような、そんな感覚だった。



 どこで?


 ――目まぐるしく移ろいゆく時間と、運命という世界の中心に。



 どこに?


 ――ちっぽけな宝箱の中、そこにはあらゆる星の雫が詰め込まれていた。



 違う?

 違わない。



 ――紡いだ全ての証は、永遠に輝いているはずだった――

 ――何もかもが癒されるまで――




 再び、何かが瞬く。周囲で何かが起きているわけでもないのに。

「くっ……」

 視界が揺らいだ。俺は思わず、顔を抑える。

「どうしたの? なんか顔色悪いけど」

 女は特に心配そうな表情をしているわけでもなく、逆にわざとらしささえも含ませて言っているように感じた。

「……いや、なんでもねぇよ」

 俺はボタンを押し、モニターに広場の光景を映し出させた。そこには、黒煙と小爆発、そして銃から弾丸が発射されている時の発光が、そこかしこで起きていた。

「ハハ、こりゃあ戦争状態だな」

「……笑ってる場合じゃないでしょ」

 女は呆れた風に言い、モニターの光景に目をやる。その時、

「あれは……!」

「どうした?」

 俺は女が釘付けになっているものに気付かずに言った。

「まずいわね……早く外に行かないと」

「あぁ? どういうこった」

 俺には女が焦ってしまっている理由がわからなかった。その理由のあるものが画面にあるはずなのだが……。

「実物を見た方が早い。行くよ」

 女はそう言って、通路の方へ走り出した。俺は小さく舌打ちをして、その後ろを走った。

 まったく、お前が命令すんじゃねぇよ……と思いながら。



 そう言えば、さっき……俺は何を感じたのだろう。ついさっきのことであったのに、なぜか思い出せない。わかるのは、その記憶の中で煌めいた光が白かったということ。ただ、真っ白だったような気がする。


 なぜ、思い出せないのか。


 俺にとって、それは他愛のないことなんだろうと思っていた。






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