推し様が解釈違いでした!
全体的にふわっとした設定です。
ここはとある乙女ゲームの世界。
アルフォンス・フェクター王子。
作品のメインヒーロー。王道キラキラ王子様とは違ったクールな王子で、攻略成功してもクールを保っているキャラクター。別名『氷の王子』。
プレイヤーの過半数は王子がクールキャラだというギャップに惚れ込んでいた。
攻略者は全部で五人なのだが、王子が圧倒的人気を誇っており、少々他の攻略者が可哀想になってくる程だ。
他の攻略者もざっくり説明しておくと、
二人目は王子の侍従のセバス。メガネ担当。
三人目は下級生のシュラ。ショタ担当。
四人目は教師のジャスパー。お色気担当。
五人目は騎士のカイン。筋肉担当。
どのキャラも魅力的だが私もやっぱり王子推しだった。全てのルートをクリアしてグッズも全制覇。あまりにも大好き過ぎてこの作品の同人誌を買いに行く途中、私は事故で死んだ。
そして気がついたら悪役令嬢であるセルリア・オーキャスに転生していた。
***
転生して分かったことだが公爵令嬢であるセルリアは厳しい家であるが故に愛に飢えたお嬢様だった。そのため婚約者である王子に執着した。ゲームでは王子と仲の良いヒロインに嫉妬をして虐めを繰り返し、断罪後に良くて国外追放、悪くて処刑される救いのないキャラクター。
しかし幸いなことに私が転生したのは王子との婚約を結ぶ私の七歳の誕生日の前日だった。推しに捨てられることほど怖いものはない。
だからこそ――
「オーキャス公爵令嬢、私と婚約してくれませんか?」
「無理です。ごめんなさい」
私の即答に王子を含め周りの人たちが唖然としていた。ふふふ、どうだ私が考えた作戦は!捨てられる前に捨ててやりましたよ!私は推しに嫌われたら生きていけない面倒くさい女なので余生は推しを眺めていられればそれだけで幸せなんだよ。あわよくばお友達ポジションについてヒロインちゃんとのイチャイチャを間近で見れたら満足。
「えっと……?理由を伺ってもいいですか?」
「だって私恋がしたいんですの!お互いに愛し合える人がいいですわ!」
間違ったことは言っていない。現状王子への気持ちは恋というより崇拝に近い。それに前世でも一度も彼氏ができたことのない私には、恋がしたいというのは切実な願いなのだ。……自分で言っていて悲しくなってきた。泣ける。
「つまりオーキャス公爵令嬢は私のことが嫌いだということかな?」
なっ!?お友達ルートを望んだつもりだったのに嫌われルートに入ってしまった……!?
「そっそんなことありませんよ!むしろ好きです!大好きです!」
「ではいいではありませんか?」
「それは無理です!この世には私よりも可愛い子がたくさんいるんですから王子もきっとその子たちを見たら好きになります。私嫌われるのも捨てられるのも嫌なんですの!」
王子がまた唖然としています。そんな顔も素敵!とついつい考えてしまう。……我ながらかなりの重症だな。
「ということで婚約は無かったことにして下さい!」
「……嫌ですね。私はあなたのことが気に入りました。これで両思いですから婚約しましょう」
「なんで!?」
その後も私は拒否し続けたが王子も諦めずに私を口説き続けた。王子が口説いてくるこの状況さいこ……ゲフンゲフン、意味分からないけどその後もなんやかんやあり最終的に私が折れて婚約する羽目になった。
***
――あれから十年。
「セルリア・オーキャス公爵令嬢、今日こそ貴様の罪を明らかにして断罪してやる!」
ゲームと同じように断罪イベントが起こってしまった。ただし、王子を除いた残りの攻略者四人によって。うん、何故?
「なんのことでしょうか?」
「とぼけるなよ!貴様はエミリーを平民だからといって虐めていたそうだな。そんなやつに殿下の婚約者が務まるはずがない!」
エミリーはヒロインちゃんのデフォルト名。ニヤリと笑いこちらを見ているのできっと彼女も転生者なのだろう。ゲームで見たヒロインちゃんはもっと可愛い天使の笑みを浮かべていたから。
「私はエミリー様を虐めたことなどございませんわ」
「え〜ん、嘘をつかないで下さい。わたしすっごく怖かったんですぅ〜」
「よしよし、怖かったな。もう大丈夫だから安心しろ」
こんなのに周りの攻略者たちは惚れたのね。ちょっと幻滅したわ。それにこれほどまでに打算的な女初めて見た。本物のヒロインちゃんなら素直に断罪されてやろうかと少しだけ、ええほんの少しだけ思いましたけど腹黒転生ヒロインに断罪されるのは御免ね。
「これはなんの騒ぎだ」
あらあら、まさかの王子がご登場しましたわ。今日は公務で忙しいと聞いていたのですが、予定が空いたのかしら。
「殿下!そいつはエミリーを虐めていた性悪女なのです!」
「……へぇ、そうなのかい?」
「ええ!もちろんですとも!」
自信満々に言ってるけど仮にも公爵令嬢である私に性悪女って。王子の目が冷めきっているのが見えないのかしら。声だっていつもよりワントーン低いですし、かなりお怒りのようね。
「セルリアったらそんなことしたの?」
「いいえ、していませんわ。第一に私が彼女に嫌がらせする理由がないではありませんか」
「まあそうだろうね。……おい、お前らはこんなことしてるんだから証拠はあるんだろうな」
王子にギロリと睨まれて怯んでいます。情けないですわ。
「悪口を言うだけでなく、放課後にそいつはエミリーの教科書を切り刻んでいたそうです」
「冤罪ですわね。放課後は毎日生徒会の仕事をしていたのでアリバイは取れますわ」
「なにっ!?」
なんか事実を言っただけなのに相手がダメージを負ってますね。
「そんなもの仕事の前や途中で抜け出せばいくらでもできたはずだ!」
「教室から生徒会室までは同じクラスの生徒会員や殿下と行ってますし、途中で教室を出る時など一人で行動する時には常に護衛がついてきますので無理ですわ」
「ちっ!小賢しい奴め!!」
もしかして今舌打ちされました?怒りたいのはこっちよ!思いっきり顔面殴ってやりたい。ここで暴力を振るっても王子は許してくれるかしら。
チラッと覗いてみると王子から黒いオーラが滲み出ていた。……なんか私よりも先に手を出してしまいそうな気がする。
「そんな冤罪でセルリアを貶めようとしたのか?」
「っ!それだけではありません!階段から突き落とそうとしたと聞いた!これは立派な殺人未遂だろう!」
「それはいつのことですの?」
「ちょうど一週間前だ」
一週間前となると――
「またもや冤罪だな」
「何故ですか殿下!そんなやつ庇う必要ありませんよ!」
「その日は私と共に陛下に謁見していたんだ。学園にいないのに突き落とせるはずがないだろう」
「そっそんな……!」
呆れてしまいますわ。先程も言いましたがそもそも公爵令嬢であり、王子の婚約者という高い地位を持った女が護衛も付けずに一人で行動するわけないでしょう。誰かしらの前で嫌がらせなんてしようものならすぐに訴えられますわ。少し考えれば分かるでしょうに。
「アルフォンス殿下、私疲れてしまいましたわ。もう下がってもいいかしら」
「ああ、いいよ。あいつらの処罰は他のやつに頼むから一緒に下がろうか」
後ろを向いて見えたのは自分のしたことがようやく分かったのか顔を青ざめさせている攻略者たちの姿。エミリーだけは何が起こったのか分かっていないようでケロッとしてるけど……。
「ざまぁですわね」
彼らは相当厳しい罰を受けることになるだろう。だけど冤罪をかけられてそれを許すほど私は優しくない。ニヤける顔を必死に抑え、断罪を回避できたことを内心喜びながら私はパーティー会場から出て行った。
***
数日後。
「ルリ、あいつら痛い目見せてから全員平民落ちさせといたよ。ちなみに家の教育不足として爵位もちょっとだけ下げといた」
王子に自慢げに話された。そんなもの軽いお茶会の最中にサラッと言うもんじゃないよ。
「そっそうなんですね。ありがとうございます……?」
「本当はもっと重い罪にしたかったんだけど陛下に止められてね」
「……あはは」
陛下がまともな人でよかった。さすが攻略者というべきか彼らの身分は非常に高いものだった。もしそれが爵位取上げにでもなっていたらこの国の有力貴族がほとんどいなくなってしまっていただろう。
「というか殿下、ルリって私のことですか?」
「そうだよ。君の家族はセルリアのことリアって呼ぶだろう?同じだと嫌だからルリにしたんだ。俺だけの呼び方、駄目かな?」
「駄目……ではないですけど……」
「じゃあルリでいいな。俺のことはアルって呼んで?」
「……アル殿下?」
「殿下は禁止」
「じゃあ、アル様?」
「本当は『様』もつけなくていいんだけど、まぁいいか」
でん……じゃなくてアル様は満足げに頷いた。
ウワァ、スゴーイ氷ノ王子ガワラッテルゥー。
私の存在がイレギュラーすぎたのか王子はゲームのような『氷の王子』にはならなかった。おかげで今は溺愛モードが発動中。
正直、ゲームで私に向けていたあのゴミを見るような目で見られた……ゴホンゴホン、見られなくてよかったですわ!
「ちょっとルリ、聞いてた?」
「――はっ!」
どうしよう、まったく聞いてなかった。私としたことがひとり妄想に耽ってましたわ。
「ごめんなさい!聞いて無かったです……」
「だと思ったよ。今、俺たちの結婚式について話してたんだけど?」
「そうだったんですね!……――って結婚式!?」
「うん。これでも王子だし、式場とか規模はかなり大きくなるだろうなぁ。そうそう!ルリのドレスも決めなくちゃだね。淡い色でも可愛いだろうけど、濃い色でスタイルを強調させてもいいし、色はドレスの形によって選ぶべきだよね?それとも色を優先して形は後から選んだほうがいい?アクセサリーに使う宝石も――」
ひたすら私の衣装について話してる……。それでいいのか王子よ。というか悩みすぎでしょ。当事者であるはずの私が蚊帳の外状態なんですけど。
「ねぇ?ルリは何がいい?」
そしていきなり回答権が回ってきた。質問を投げかけているアル様の笑顔があまりにも眩しすぎて……。ゲームでさんざん『氷の王子』と呼ばれていた彼はもうどこにもいない。今いるのは表情豊かなキラキラ王子のみ。これはこれでアリだけどせめて一度だけ言わせてほしい。
推し様が解釈違いでした!