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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
三十.最高の別れ方
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三十ノ02

 タムラは向かいの席で焼酎のお湯割りをすすりながら、スルメイカとエイヒレを交互に噛んでしゃぶる。乾き物が好きなあたり、気が合いそうだと感じる次第である。


「私は未来と過去と現在とを行き来するニンゲンがいても、おかしくないと思うんです」タムラの言葉は静かなものながらも力強い。「鏡花さんも、そう思われるでしょう?」


 私の名前は「三上鏡花だ」と言った瞬間から、タムラは下の名前で呼ぶ。馴れ馴れしいことこのうえないが、「三上さん」とあらたまって呼称されるよりはずいぶんとマシだ。


「いてもいいとは思うが、私の周りには湧かんだろうな」

「どうして、そう?」

「私が信じないからだよ。タイムスリップか? トリップか? 私は根っこのところでそんなもの、信じていないんだよ。ヒトの一般的な捉え方や先入観が相手だと、現象も沈黙してしまうというものだ」

「未来からやってきて石けんを投げる男性がいたほうが、おもしろいとは思いませんか?」

「だから、もしそうなら興味深い。ただタムラ、おまえはまだ、タイムマシン的な概念について、私に説明、あるいは証明していないだろうが」


 タムラは馬鹿ではなさそうなのだ。ただただ「おもしろいもの」に興じたい、あるいはそういった事象に神経を注ぎたがっているように見える。だからといって、なんの根拠も示さないのはいけない。時勢になびいて増税ばかりを進めようとする政治家となんら変わりがない思考とは遠ざかっていたい。


 細かくちぎったエイヒレを噛み、スルメも細くしてから食べるタムラである。


「なあ、タムラ、おまえは売れたいわけではないんだな?」

「売れることと芸術性の高低は比例しないと思います」

「売れんと専業ではやっていけないぞ?」

「好きなことを続けられるなら、アルバイトをがんばります」


 まったく立派な志である。


「じつは、鏡花さん」

「なんだ? この際だ。なんだって聞いてやろう」

「本質的な部分を明かします。石けん投げをしていた男性のうちの一人、じつは半年前に亡くなった故人なんです」


 私を目を見開いた。

 タムラが冗談を言う女には見えないからだ。


「となると、過去からこの時代にやってきたというのか?」

「そう言っています」


 タムラはがじがじとスルメを齧る。


「仮にその話がほんとうだとするなら、とんでもないことだが」

「映研のみんなで驚いたんです。なんでおまえが!? みたいな感じで」

「まあ、それはそうなるだろうな」

「だから、鏡花さんにさっきお見せした映像、彼が石けん投げをしているのを見て、みんな喜んだし、泣いたんです」


 喜んだし、泣いた。

 そんなちっぽけな言葉だけで済ませられるようなことではないと思う。


「その男は、どうして死んだんだ?」

「肺の癌です。煙草なんて、一本も吸わないヒトだったのに」

「私の古本屋を訪ねてきた、ほんとうの理由は?」

「箸休めみたいなものです。どうせ彼はまたいなくなってしまうに違いないのだから、だったら、私はいつもの私でいようと考えたんです」

「察するに、その男は――」

「かつての私の恋人です。ちなみに、彼は古本屋が好きなんです。あなたのお店みたいな、一見すると、寂れた雰囲気の店が」


 なるほどなと唸り、まるっきり納得したわけでもないのだが、タムラの話には納得がいく部分も多く、だから疑おうとは思わなかった。


「じつは、明日、帰ると言っています」

「帰る?」

「天国に帰るんだって、言ってます」

「だったら、最後の瞬間までそばにいてやるといい」

「そうします。でも――」

「でも?」

「私たちの最後の思い出作りに付き合ってください。きっと彼も喜びます」

「どうしてそんな大切な役割を私に依頼するんだ?」

「私は怖がりなんです。しっかりとした女性にそばにいていただきたいんです」

「初対面の私になにを見ているのかわからんが……彼氏の名は?」

「イトウといいます」

「どこにでもある名だな」


 微笑み私は、エイヒレをかじった。

 黒く焦げた端のあたりが、絶妙に苦かった。


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