二十九ノ02
店からは出なや。
楡矢に真剣な顔でそう言われ、私は少し身を引いた。言いつけられたことを守る。私にはあまり見られない現象だが、楡矢が言うなら――というあたり、私は少なからず信頼している――ということなのだろうか――。
楡矢が勢い良く店から飛び出した。素早く横に転がって弾丸を掻い潜る。慣れたものだ。この国――平和なニッポンにおいて、どうしてそこまで対応できるのか。まあ、そのへん、現状、気にしたところでしかたない。
しゃがんだまま迎撃する楡矢。そのすぐそばの地面に相手が放った銃弾が当たり、ちゅいんちゅいんと擦れる音を立て。そのあいだも私は発砲音を数えていた。どうしてだろう。楡矢に命中しないのはどうしてなのだろう。敵の弾が切れた。いま気づいたのだが、ブルーのパーカーのフードを目深にかぶっているので、性別の判別がつかない。小柄な少年にも見えるし、成人した女性のようにも映る。
地を蹴った楡矢。マガジンを交換させるまえに背後に回り込み、体重をかけるような格好で、フードの人物をまえに押し倒した。完全にやられたにもかかわらず、なんのリアクションも示さない。
楡矢は右の膝で背を押さえつけ、左手を絞り上げている。そして、フードを取ってみせた。
茶色い髪が長い、どう見ても若い女性だった。
「さて、伺いましょかぁ。何人殺した?」
女は低い声で、「さあね。そのへんに転がっているニンゲンを数えたほうが早い」
私は店から出て、女が言ったとおり、死体をカウントした。五人、転がっている。スーツ姿の男ばかり五人。よくやったものだ。
女は残酷な微笑みを私に向けた。
まず私が「どうして殺した?」と訊くのは当然のこと。
女は「愚問だな。そして、私は後悔などしていない」などと語気を強めた。
「楡矢、どうするんだ?」
「当然、警察に引き渡すよ」
「何年か経てば、出てくるというわけか」
「殺すなって言うたんは鏡花さんやんか」
「ま、そうだな」
私が刑期を終えて出てきたら、真っ先におまえを殺してやるぞ。
私に向かってそう言うと、女は邪悪な笑みを向けてきた。
「たとえば刑期が二十年だとした場合、私はそのときにはすでにおまえなどのことを忘れているだろう。それでも殺そうと思うかね?」
「ああ。必ず殺してやる」
楡矢が「そうさせへんために、俺がいるんよ」と笑った。
「お嬢さん、俺はあんたの年も名前も訊くつもりはない。ただ、次に会ったときには殺したる。ありがたく思うんやな」
――私が連絡し、状況を伝え、その結果として、警察車両と警察官が訪れた。犯人の女は両腕を乱暴に拘束され、乱暴にパトカーに乗せられた。なにがおかしいのか、高らかに笑っていた。しばらくのあいだ、商店街は使えないだろう。いつ平常運転に戻るのか、そのへん、わからないと困るニンゲンもいるだろう。
「フツウなら、銃刀法違反でおまえも捕まりそうなものだが?」
「うまく立ち回ってるんやってば」
私は「ふん」と鼻を鳴らすと、腕を組んだ。
「犯人については? おまえなら、ある程度、わかるんじゃないのか?」
「俺はあんなん知らんわ。鉄砲は持ってたけど、ほら、俺に一発も当たらんかったし、そうである以上、素人で、せやさかい、どこぞのヤクザの遊び人ちゃうかな」
「女なのにか?」
「最近は多様性に満ちた求められるんよ」
「遊びで殺されたら、たまったものじゃないな」
私は静かに首を横に振った。
「鏡花さん、そもそもさ、俺は目ぼしいヤクザの方々には、この商店街では暴れんなって釘刺してんねよ。その約束を反故にするのは、連中にとってもリスキーなんや。俺はそういう男なんやよ」
「おまえはつくづく謎めいた男だよ」
「飲みに誘いに来たんやけど、なんや、興醒めや」
「私はやぶさかでもないんだが?」
「いんや、今日は帰る。ほなね」
楡矢がパトカーの隙間を縫うようにして、歩いていく。一度、こちらを振り向いて、大きく手を振ってみせた。楡矢がいなければもっと被害が出ていたはずだ。拳銃を持っていても、それを適切に使えないと意味がない。遠目ではあるものの、赤いジャケットの楡矢の後ろ姿が見える。やはり大きな背中だった。