表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
二十九.広く大きな背中
95/158

二十九ノ01

 夕刻の終わり。インターホンが鳴ったので、誰が訪れたのか確認すると、その人物は楡矢だった。茶の間にて、冷たい緑茶を出してやった。安い物なのだが、「おぉ、うまいやん」と言うあたり、ハイソな舌ではないのだろう。


「なんや、話ない? 俺、話題に飢えてるんやけど」

「話などない。まえにも言ったはずだ。自慢できるほど、エキサイティングな毎日は送っていない。おまえはどうなんだ? 私よりはマシだろう?」

「こないだ、アメリカに行ってきましたぁ」

「そら見ろ。ネタに事欠かんだろうが」

「あぐら、かいてええ?」

「ダメだと言うほど狭量じゃない」


 私に見つめられた楡矢は、口を真一文字に結び、ため息をついた。


「なんのため息だ?」


 すると、「プレゼン、頼まれてんよ」と返ってきた。「なんのプレゼンかっちゅうと、先鋭的とでも言えばええんかな? とにかく、とある商品を売りに行ったんよ」ということらしい。


 私は「いまさら、ヘッドクォーターがアメリカだというのは、時代遅れ以外のなにものでもないな」と私見と現実を述べた。


「今度、『インターロップ』に行ってみぃへん?」

「いまの私には、もはや無用のイベントだ」

「むかしは行ったん?」

「ああ。いい思い出はないな。あれは名刺を交換するだけの催し事だ」

「言いすぎやと思うけど」


 苦笑のような笑みを浮かべた、楡矢である。


「鏡花さんが行かへんちゅうなら、俺も行かんとこ」

「なんだかんだ言っても、学べる場であることは間違いないぞ」

「果たして、展示されてる技術はどれだけ役に立つんかなぁ」

「物によるだろう。経験則から、そう言える。しかし、どうせ当該地に出向くくらいなら、近所のボールパークでプレーを観ながらビールでもあおるほうが幾分建設的だ」

「せっかくデートしよう思《おも》てたのに」

「あそこはデートに使う場所じゃあない」

「ごもっとも」


 ――そのときだった。


 乾いたその音は、発砲音だとわかった。ほんとうに、「これが銃声」だということは、ニンゲンの感覚としてわかるようにできている。


「アーケードのほうやね」商店街は玄関とは反対にあたる。「剣呑やなぁ」


 のんびりかまえている場合かとツッコミを入れたくなる。まだ店を開けているところもあるはずだ。会社帰りのニンゲンも少ないながらもいるはずだ。


 銃声が連続した。私はその数が何発かを聞いていた。十六発。それでもまた、鳴る。マガジンを交換したのだろう。じつに危険な状況だ。


 私が「どういうことだろうな」と訊ねると、楡矢は「わからへんね」と、あっけらかんと答えた。


「だから、のんびりかまえているわけには――」

「仕留めてくるよぉ。幸いなことに、俺の左の懐にも似たようなもんが入ってるさかい」


 立ち上がった、楡矢。

 ふふと笑って、肩をすくめてみせる。


「楡矢、考えた、私に銃を寄越せ。おまえはこの商店街とは無関係だろう? 一方で、私はここに店を構え続けるわけだ。私が責任をもってやってやる」

「こういうことは、女に任せられへんねよ」

「そういうのを差別というんだ」

「ちゃうな。単純に身体張ったろうっちゅう男がおるだけや」


 見つめ合う。


「わかった。いいだろう」と私は折れた。「ただ、殺すな。極力、殺すな」

「あーらら、なんでやろ。俺に人殺しになってほしくないから、とか?」

「見物くらいはさせろ」

「ま、女の一人も守れへんでって話でもあるわな」


 にしてもと言いつつ、茶の間の外で、楡矢は年季が入った革靴をはく。「仮にさ、俺が死んだら、鏡花さんは泣いてくれる?」

「どちらとも言えんな」

「わこた。表に顔出すだけやで?」

「おまえの勇姿を見届けたいというだけだ」


 立ち上がると、楡矢は両手を突き上げ、うんと伸びをした。この男の背中はやけに広い。恐らくそれは、人生を生き抜くなかで培われた年輪なのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ