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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
二十八.戦争の記憶
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二十八ノ02

 わしは、わしらは戦ったんだよ、森のなかの戦場で。


 なんとも重々しい切り出しだった。


「じいさん、私が学校で知らされた程度の話をしよう」

「それはなんだ?」

「この国が愚かだったと教えられた。そのように教育する国は世界的に見ても珍しいだろう。あるいは反戦を謳っているのか? 私はニンゲンの浅はかさとは、まさにそこにあるように思うんだよ」

「わしはそうあることが、正義だと思い――また、信じているんだ」

「底の浅い話だな」


 そう言ってやると、九十九歳にもなった老人は「がはは」と笑った。


「わしが歩んだ道とは、わしが命を賭した戦場とは、いったい、なんだったんだろうなあ……」


 私は深い吐息をついた。


「やめろ、じいさん。私はそういう話にひどく弱いんだ」

「泣いてくれるのか?」

「ああ。泣きそうになる」

「それはたとえば、おまえの祖父の影響か?」

「老人というものは少し酒が入るだけで口が達者になる。そういったことは話半分に聞いていたものだが、その話のなかに一定以上の真実が含まれているから、じいさん連中は罪深いんだよ」


 じいさんが肩をすくめて見せた。


「よく言うだろう? 戦争の深刻さと悲惨さと残酷さを忘れてはいけない。その旨、後世に伝えていかなければならない、と」

「それは間違いか?」

「そうは言わん。ただ、その記憶は、万人が忘れてはならないものなのか? わしはずっと、自問自答を繰り返している」


 あんたは立派だな。

 そう告げて、私も肩をすくめて見せた。


「つらい記憶を孫の代までひきずってどうするというんだ。戦争とは無縁だからこそ、戦争を知らない。そうあることが理想的だ。なあ、鏡花、わしはそう考えるんだよ」


 二度三度と頷き、私は口元を緩めた。


「でもな、じいさん。それでも戦争は起こるんだ」

「世界的に見ればそうだ。利権や利益を欲しがる戦争は醜い」

「だったら、利権や利益が伴わなかったら、それは美しいのか?」

「戦争に最も必要とされるものはなんだと思う?」

「武器じゃないのか?」

「違うな、鏡花。そうじゃない。士気だよ」


 じいさんはつらそうに、笑った。


「しかし、こんな話、若い連中は見向きもしない。だからな、鏡花、わしはそれこそが正しい感じ方だと思うんだよ」

「そうかもしれんが、じいさん、あんたみたいな奴を敬えない世の中なら、私はべつに、それに執着しようとは思わんよ」

「わしの考えについて、鏡花はどう感じる?」

「過去の話をする。やはり、私たちは、先人がこしらえた礎のもとで、生きている。誰が残念で、誰が無謀で、誰が勇者だったのか……なにが不幸だったということについて、いまさら論じたところでしょうがない。あんたはあんたで胸を張って生きればいい。誰もそれを、邪魔できないはずだ」


 じいさんがゆっくりと、パイプ椅子から立ち上がった。


「いい話ができた。だからこそ、わしはもう、ここには寄らんよ」

「その気持ちはわかる気がする。一度の出会いだからこそ、尊いこともあるだろう」


 じいさんはぴんと背を正した。


「わしの戦争の記憶はもう消える。いまはな、孫や曾孫連中がかわいくてしょうがないんだ」

「じいさん、あなたにに幸運を」


 じいさんはひょこひょこ歩いて、去っていった。手を貸して、腰でも支えてやれば、もっとスムーズに歩みを進めることができるのだろうが、それは彼のプライドを汚す行為に思えてしょうがなかった。


 じいさんを記憶するにあたっては、「ああ。そんな老人もいたな」くらいに留めておこうと考える。そう。私は薄情なニンゲンなのだ。


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