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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
二十八.戦争の記憶
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二十八ノ01

 わしは戦争に行ったんだ。

 同い年の奴が死んだんだ。

 それでも最後までがんばったんだ。


 悲しいことに、まためんどくさいことに、もはや先が見えているに違いない老人は、そんなふうに語るものだ。私はやはり、面倒さを感じる。戦争からもはや、何年経っていると思っているのだろうか。


「老人を立たせたままでいるのはばつが悪い」と思い、私は茶の間の端に預けていた尻を浮かして、きちんとパイプ椅子を用意してやった。「くっちゃべるのはかまわん。ただ、座ってからにしてくれ」


 老人――じいさんは「ふん」と鼻を鳴らして、それから「やむをえんな」といった感じで椅子に腰を下ろして。まったく偉そうなことだ。


 おまえは暇なのか?

 そんなふうに問われた。


「見てわからないか? 忙しくはない。私が店をあずかるようになってから、ずっとそうだ」

「誰からあずかったんだ?」

「祖父だよ。生きていれば、ちょうどあんたくらいの年だった」

「わしはもう、九十九だ」

「だとしたら、祖父はもう少し、若い。ただ、戦争のことについては雄弁だった。ヒト同士が戦ったんだ。だからヒトが死んだんだ。語るにあたって、その一辺倒だったことは記憶に新しい」


 じいさんは吐息をつき、落ちくぼんだ目に涙を浮かべた。


「じいさんあんたは立派に生きたんだろう。戦後の痛みや苦しみをいまだ抱えざるを得ないような思いなのか?」

「そうは言っとらん。ただただ、戦争は悲しいものだ。つまらないのに、悲しいものだった」

「相槌でも打ってほしいのか?」

「違う。おまえさんみたいな若いニンゲンから見た場合、先の戦争はどう映ったのかという話だ」


 私は天井に目をやった。


「重要なのは一個のニンゲンだ。そのうちの誰もが望まないのであれば、戦争なんてするべきじゃあない」

「みんなが幸せになる戦争なんて、ないに決まっているんだぞ?」

「わかっているよ。幸せになれるだろうという前提で起きた戦争ばかりだ。だから私は戦争を強く否定する」

「また、小娘が知ったふうなことを――」

「だったらじいさん、あんたは私になにを問いたいんだ?」

「それは……」

「まだ夕方なんだが、今日は寒いな」

「そんなことはないだろう? まだまだ暑い」

「遠回しに早く出ていけと言っているんだよ。悪いか?」


 私は腕を交差させ、両手を肩にやり、わざとらしくぶるると身を微動させた。


「どうだ、じいさん。そろそろ帰らないと家族が心配するんじゃないのか? ボケ老人を疑われてもしょうがない年齢だ」

「小娘」

「小娘はやめろ。私には鏡花という名前がある」


 じいさんは目を駄々っ子のように眉根を寄せ、口を尖らせた。


「誰になんと言われようがかまわん。ただわしは、わしが経験したことを、誰かに伝えたい」

「だったら、自叙伝でも書けばいい」

「そういうことじゃないんだよ。わからんか?」

「わかるさ。物で伝えるより、声で伝えたほうが、響くこともある」

「本屋の主人らしからぬセリフだ」

「ヒトである以上、誰かとコミュニケーションをとらなければ生きてはいけない。じいさん、私はそのへん、心得ているんだよ」

「だったら、話そう。わしはすでに死人であるということを」

「楽しみだ」


 私は喉をクックと鳴らして、笑った。


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