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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
二十六.ファイヤーマンズキャリー
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二十六ノ03

 こないな話、持ち込んでも、しゃあないんやけどな。

 ウチの茶の間を訪れた楡矢は、開口一番、そう言った。


「まあ、話せ。兄と弟の話だろう? おまえとのんべんだらりとつまらん話をするよりは、話題を提供してもらったほうが、幾分、マシだ」

「ひっど」

「話してみろ」

「兄貴ってさ、そない弟に慕われてるもんやって思う?」


 そう言われると――即答できなかった。それでも一筆したためるかのごとく、「兄貴は弟に嫌われてなんぼだろう」と、はっきり言った。


「そのへん、気に入らんねわ」

「理由は?」

「わからへん」

「だったら、気のせいじゃないのか?」

「そうかなぁとも考えてんけど、それでもちょい、ちょいな、ホンマ、癪に障ったさかい、兄貴の事務所も弟の事務所も潰したることにした、っていうか、もう潰したんやけどね」


 私は目を見開く――とまではいかないが、眉根を寄せるくらいはした。


「楡矢、おまえはいったい、何者なんだ?」


 楡矢はにっこりと笑うと、目線をうえにやった。


「俺はさぁ、鏡花さん、できうる限り、不幸なヒトを増やしたくなくて、いま、生きてる。信じてもらえるかなぁ」


 ヤクザの事務所をいっぺんに二つ潰したとか、それ以外のこれまでの実績を踏まえるとなんとも胡散臭いニンゲンだという評価にはミリ単位の亀裂すら入らないのだが、楡矢の行動には、なにかこう、筋が通ったものを感じずにはいられない――なんて言うと大げさなのだが、どうあれそれはともかく――。


「まあ、そうなんだろうな。おまえ自身は、決して悪い奴じゃないんだろう」

「それをやり遂げるにあたって友だちが必要やとは思わへん。支えてくれる女も、べつに要らんねわ。俺は俺の仲間と共有した事を成す。それでもや、その行動をいつか鏡花さんに、認めてもらえるとうれしいな」

「何度言わせるんだ? 私は私を抱かせることについて、おまえが相手ならやぶさかではないんだぞ?」

「俺の美学にとって、抱く抱かへんは、それほど重要な問題やない」

「だったら、どうして私に固執するんだ?」


 楡矢は笑った。「それがわからへんから、苦労してるんやよ」と言い、朗らかに笑った。「あんたはちょっとな、イレギュラーすぎるんや」と、にこやかに笑った。


「おまえの背景にはなにがあるんだろうなぁ」

「なんもないよ。ただな? 根本的なところで、あなたに愛してほしいんや」

「それは赤ん坊の泣き言と一緒だ。私は誰にもなびいたりしない」

「精神と肉体と願望は別?」

「あたりまえだろうが」


 楡矢はまた笑う。


「せやからこそ、俺はあなたの一番になれることを望んでるんや」

「そう思うくらいなら、ちょくちょく顔を出してみろ。茶くらいは出してやる」

「俺は生涯、鏡花さんのことは抱かんと思う」

「だから、それはどうしてなんだ?」

「俺はまえだけ向きたいし、あなたの価値観に縛られたくない」

「わかった。もういい。とっとと去れ」

「そない言うってことは――」

「間違っても間違うな。私は男に抱かれたいなどとは思わんのだからな」


 楡矢は「事を成したあと、俺はなにを目標に生きればえんやろうなぁ」とめんどくさいことを述べた。


 だから私は「とっとと死んでしまえ」と助言した。楡矢は「とりあえずは、生きていこうと思う」とポジティブな返答をした。


「今回の件は速やかに片づいたわけやけど――」

「なにか不満が?」

「あらへんよ。なんとなく言うてみただけやよ」


 私はなんの脈絡もなく、なんの理由もなく、「きっと後悔することになるぞ」と伝えた。


 楡矢は「知ってるよ」と言うと、茶の間から玄関へと向かい、がらっと引き戸を開け、出ていった。


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