二十六ノ01
近所の居酒屋で、楡矢と酒を飲んでいたのである。「送るわ」と言われた。「エスコートくらいさせてや」とキザッたらしく言ってくれた。金がかかるというのであればご遠慮いただいたところだったが、タダでいいと言うので、相手をしてやった。帰路、「ホンマ、鏡花さんの胸は大きくてきれいやなぁ」と言ってきた。「触らせてやろうか?」と訊く。「怖い怖い」と述べ、ぶるるっと身を震わせた楡矢だった。
アーケード――「きずな商店街」に入った次第である。根城はもう近い。――と、そんなところに――正確には肉屋のまえに、人だかりができている。人だかりというのは大げさかもしれない。もともと人通りの少ない商店街だ。五、六人が集まっているだけである。
彼らに近づき、私はぶっきらぼうに「どうした?」と訊ねた。すると一人の女が振り返った。でっぷりとした身体つきの彼女のことは知っている。肉屋のおばちゃんだ。
私は状況が見える位置まで歩んだ。大柄の男が一人、倒れているではないか。うつ伏せだが肩甲骨のあいだから出血しているのがわかり、すでに事切れているのだろうとも予想できた。
「こいつがどうしたんだ?」
私が訊くと、肉屋のおばちゃんが、「殺されたんだろうね」と答えた。
「それは、見ればわかる」
「大きな銃声が鳴ったんだ」
「ヤクザの抗争かなにかだろうな」
「おっかないよ」おばちゃんは全身を微動させた。「うん。なにが起こっていようが、それはちょっと怖いよ」
私は「楡矢」と呼びかけた。ずいぶんと飲んだにもかかわらず、平気な顔をしている。死体のそばで膝を折り、「うしろから撃たれたんは間違いないな」と述べた。
「ただちに警察に連絡しろ。この男に、私は用がない」
「そない言わんで、ちょい噛んでみぃへん? 暇潰しにはなるで?」
ド直球で暇をしているのだろうと言われたところで、腹は立たない。
問答無用の事実だからだ。
「わかった。私はどうすればいいんだ?」
「俺が知った情報を覚えといてほしいんや。外部記憶装置みたいなもんやよ」
「装置扱いされるのはいささか不本意だが理解した。なにかわかったら、教えに来い」
「ま、ご近所さんのヤクザ洗ってみよう思う。俺の話やったら、先方も聞かんわけにはいかへんさかいな。警察との競争や。楽しもうと思う」
「頼もしいことを言うじゃないか」
「あなたにだけは、見損なってほしないな」
去りゆく楡矢が、「死体の声が聞けたら、一番、手っ取り早いんやけどなぁ……」などと、ぽかんと言った。
ああ、そういう女と最近知り合ったなと思い出した。
「待て、楡矢」
「なんじゃらほい?」
「私はおろか、おまえも大して動かんで済む案がある」
「えっ、そーなん?」
「私たちは死体の声を聞くことができる女を知っているはずだ」
「あっ、ハナちゃんのこと?」
「ああ。彼女を頼ろう」
「俺は弟さんの顔面をぶっ飛ばしたったわけやけど、それでも俺の言葉を信じてくれるんかね」
「おまえはダメでも、私は多少、許されてはいる。勘でしかないが」
「そないな裏技使わへんで、一から洗うのも一興やと思うけど?」
「解決は早いほうがいいはずだが?」
「うーん」
楡矢は腕を組んだ。
「条件については話したな?」
「とりあえず、脳があったらっちゅう話やろ?」
「そうらしい。幸いなことに、この死体はきれいだ。奴さんの手が及ぶ範囲だろうと考える」
「まあ、信用するしかないか」
「『傀儡使い』、便利なものだな」
「せやけど、ハナちゃんのことを道具みたいに使うんは――」
「そんなことは心得ている。とにかく、この馬鹿みたいな死体が口を割れば、事件は解決だ」
「鏡花さんがそう言うなら、文句はないんやけど」
「ハナを召喚する」
「了解。ほなら――」
「ああ。まずはウチに連行しよう。文字どおり、暇潰しなんだろう?」
「そうやよ」と楡矢は笑った。「事件の処理なんて、あとからなんぼでも警察にさせたったらええ」
楡矢が大柄な死体を器用にそれでいて力強く、ファイヤーマンズキャリーで担ぎ上げた。フツウのニンゲンは知らない搬送方法である。
楡矢の得体の知れなさが増した。