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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
二十五.青肌のマリオネット
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二十五ノ03

 私と若い女――ハナは丸いちゃぶ台を挟んで向かい合っている。ハナの隣にはハナの弟――カエデというらしい――が座っている。死体だからだろうか、真っ青な顔をしているが、整った顔立ちなのはわかる。そうか。このカエデとハナが身体を重ねていたのかとあらためて考える――否、今なお、抱き合っているのかと想像する。あまり健全な光景だとは思えない。


 窓をビニールテープで止めることで防音性を高くした。ほんとうにハナにはなんの見当もついていないのだろう――それはまあ、ありえる話だ。私は手の内はおろか、何一つとして話してはいないのだから。


「鏡花さん、いったい、なにを……?」

「待て。もう来る」


 楡矢は私が言ったとおりのことをした。「ほいじゃあ失礼しまーす」と玄関から入ってくると、上がり框に置いてあったビニールテープで、玄関の戸の隙間を塞いだのだ。それから茶の間にやってきて、「お茶でも出してくれんのん? それともさっさと済ませたほうがええ?」と訊ねてきた。


 それを聞いて、「えっ」と声を上げたハナである。


「済ませるって、あなたはいったい、なにを言って……」


 楡矢は「美人さんやな」と言うと、両膝を折って、ハナの頬にちゅっとキスをした。ハナは驚いたようで、びっくりした顔そのものだった。


「『傀儡使い』なんやって?」

「ええ、はい、それは、まあ……」

「弟とオサラバしたいんやろ?」

「どこで知ったんですか?」

「鏡花さんから聞かされたに決まってるやん」

「あなたが私の弟を殺してくれる、と……?」


 楡矢は男――カエデの首根っこを左手で掴むと立ち上がった。楡矢の右手には、大口径の拳銃が握られている。九ミリどころの話ではない。


「脳を砕いたったら、もうどないもならへんねやろ?」

「ま、待ってください! まだ、まだっ、殺さないで!!」


 ご冗談を。


 楡矢がそう言った次の瞬間、ドガンッと派手な銃声が鳴った。家の外に音が漏れなかったかと多少心配になったが、すべての隙間を塞いだのだ。だいじょうぶだろう。


 割れたカボチャのような頭になったカエデは、楡矢に手を放されると、ほんとうに、まるで死体のようにして、その場に崩れ落ちた。あやつり人形の糸は切れたのだ。ハナが口元を押さえ、嗚咽だろう、それをこらえている。


「これでええんやろ? せやったら、これでええやん」楡矢は満足そうに言った。「いくらなんでも、これはあやつれへんやろ?」


 ハナは「そうです、けど……」と声を詰まらせた。


「せやったら、これで解決や」楡矢は嬉々とした表情を浮かべた。「『傀儡使い』やからこそ、ヒトの死の境界線を取り違えたらあかんよ。死人は死人や。どれだけ愛おしいニンゲンでも、な」


 ハナはおもむろに上半身をまえにもたげた。座礼するような格好で、「ありがとうございました……っ」と言った。


「死体は? どないしたらええ?」

「そのへんも含めて、楡矢、おまえを呼んだんだよ」

「了解。せやったら、こっちで始末する。ええな?」


 今度はちゃぶ台にゆっくりと両手を置くと「わかりました」と頷いたハナ。


「やっぱり、私は間違っていたんですね」

「そうは言わへんよ。きみの立場やったら、俺もそないなふうに振る舞ったかもしれへんし」

「あるいは、愛するお姉さまが?」

「いんや。俺は生まれてこのかた、一人やよ」


 楡矢は「はっはっは」と笑った。


「つらかったなぁ、きょうだい、どっちも」

「わかってくださるんですか?」

「俺だけやないよ。鏡花さんかて、そないなふうに思ってる」

「ほんとうですか?」


 私は「死体を愛するイレギュラーがいることはわかっている」と述べ、それから「しかしハナ、おまえはその限りではないのだろうな」と続けた。


「はい。やっぱり、わかってくださってありがとうとは言えません。ただ、ただ……」

「理解者が得られることは尊い」私は麦茶に口をつけた。「だが、私は死体なんて愛せんよ。快楽を共有できない。つまるところは、そういうことだろう?」


 そのとおりです。そう言って、ハナは弟の死体を置いたまま、茶の間をあとにした。玄関を抜け、歩いて、去った。さっぱりとした判断が、心地良い。


 楡矢が「一件落着やね。ホトケさんの供養は残ってるけど」と口にした。


「どうせおまえが片づけるわけじゃないんだろう?」

「そのとおり。処理班呼ぶわ」楡矢の顔が若干、不機嫌そうにゆがんだ。「ヒトの死っていうのは受け容れがたいもんやよ。それが誰であろうが、な」

「ほぅ。おまえからそんな殊勝な言葉を聞くことになるとはな」

「また難しいことがあったら言うてよ。力になるさかい」

「ああ。頼む」


 楡矢が玄関から表に出ていき、「処理班」とでも呼ぶべき男らの到着まで、私は頭を亡くした死体とともに二人きりで過ごすこととなった。


 ああ、そうだった、そうだった――最近の私は以前よりさらにつまらなく過ごしているのでなにかに興味を抱くことは少ないのだが、ずっと死体ながらも生きているように見せられていた、青肌のマリオネットの漢字については見てやった。なにせ死者だ。てっきりなにも見えないに違いないと思っていたのだが、「謝」があった。やがてそれは、消しゴムで擦られるようにして見えなくなった。


 私は「処理班」とやらが訪れるまでのあいだ、死体をまえにして麦茶を二杯飲んだ。


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