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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
二十五.青肌のマリオネット
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二十五ノ01

 私は今日も茶の間から店舗内へと投げ出した脚を組んでいるわけだが、そんなところに、客があった。女と男だ。背の低い女はにこにこと愛想がいいのだが、背の高い男のほうは真っ青な顔をして、俯いている。肩が妙に吊り上がっていて、その様子から、男はまるであやつり人形みたいだと感じさせられた。


 私が文庫本から少々目線を上げ、「客か?」と問うと、「それ以外の用があるニンゲンなんているでしょうか?」と問い返された。本を脇に置き、私はいよいよまえを見て、右の人差し指を向けた。「おまえ、なにを隠しているんだ?」とあらためて訊ねた。


 女は「ほんとうですね。さすがですね」と言い、クスクスと笑った。


「なにがおかしいのか、まるでわからんのだが?」

「この商店街における人気者、または超越者はいないかと訊いて回りました」

「その結果は?」

「あなたに行き着いたというわけです」


 この寂れた商店街を彩る愚民どもに文句を言いたくなった。


「いろいろと訊きたいことはあるが、よしとしてやろう。商店街のニンゲンから私が有名人だと聞かされた。だからここを訪れた。まったくもってよくわからん話だが、もう一度言う。大目に見てやろうじゃないか」


 すると女はにこりと微笑み。


「私は「クグツツカイ」といいます」

「『クグツツカイ』?」

「『傀儡(かいらい)』に『使う』です。『傀儡使い』です」

「おもしろい名だな」

「そうおっしゃる方は珍しいです」

「まあ、フツウのニンゲンなら、気味が悪いとしか言わんだろう」


 傀儡使いは、またにこりと笑みを深め。


「そんな得体の知れない人物が、私になんの用だ?」


 傀儡使いはふふと笑い。


「私の隣にいる背の高い彼……鏡花さん、あなたにはどう映りますか?」

「死体みたいに見える」

「正解です。そしてこの男は、私の弟です」


 ますます眉根を寄せるしかない――。


「女、おまえが死体を使えるニンゲンだとして」

「ニンゲンだとして?」

「だったらどうして、弟の死体を動かしているんだ?」

「私は弟を愛していたんです、いいえ、いまでも愛しています」


 私は「ふん」と鼻を鳴らし、見ている側からすると、それは結構、失礼な所作に映ったことだろう。


「たとえばだ、私はスキンコンディショナーやらなんやらいうのが嫌いで、勧められるたび、その誘いを断ってきた。いまのニンゲンは男でも受け容れるらしいな。そいつらは死ねばいいのにとすら思っている。飛躍した話だろうか」

「いえ。ある意味、的を射ているかと。でも、私は弟が好きで」

「こちらがぴょんぴょんと話を振っても、ぴょんぴょんと飛躍して回答するあたりに好感が持てる」

「私は弟と何度も寝たんです」

「それはわかった」

「そのたび、気持ちよかったんですよ?」

「だから、それもわかった」


 だけど、弟はとっとと死んでしまい……。

 そう言うと、女は頬を涙で濡らした。


「気持ちよかったんだろう? だったらそれはそれで――」

「あなたなら、私に新しい解をくださるのだと思いました」

「たかが古本屋の主人に、なにかを見られても困るというものだ」

「鏡花さん」

「ああ、私は鏡花だが、初対面のニンゲンに呼ばれたら腹が立たんということはないんだよ」

「なんでもいいです。私の話を聞いてください」

「話とはなんだ?」

「死体を死体でないように見せることは能力だから、どうしようもないと思うんです。だけど、弟の肉体や精神には、死がもたらされるべきなのか、と……」


 私は深い吐息をつき、しょうがないので「話せ」と告げてやった。死人の弟をあやつり、生きているように見せかけている女は、「ありがとうございます!」と喜びに満ちた声を発したのだった。


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