二十四ノ03
隣の駅前にあるアーケード――「サンロード」を訪れたのである。カイトが真面目に働いているか――否、真面目には働いているのだろうが、まあ、なんというか、敵情視察のようなものだ――カイトは敵でもなんでもないのだが。
「あっ、鏡花じゃん、おはよう!」
もう「こんにちは」の時間だが、カイトはいつも「おはよう!」と声を張る。かわいいったらありゃしない。今度は激しく抱いてやろうと思う――そんなふうに考える私にはそろそろ喉仏ができるかもしれない。
「今日はスカートか?」
「う、うん。結構、短い、きわどい」
「店での評判はどうだ?」
「ご主人はかわいいの一言だけ。寛子さんはきれいな脚だって褒めてくれた」
私は口元を緩め、二度三度と頷いた。
「寛子の表現は一歩踏み込めていないな。おまえの脚はイヤラシイんだ」
「やめろぉっ! だからそういうことは言うなぁぁっ!」
「少しずつ大人になっていくおまえを見ると、安心する」
カイトは目を真ん丸にして、「へっ? へっ?」と不思議そうな顔をした。
「なんだよ、鏡花。おまえに褒められると気持ち悪いぜ?」
「べつに褒めてはいない。よかったなという話だ」
「よかった?」
「おまえは立派に働いている。それがうれしいよ」
するとカイトは見る間に目にうるうると涙を溜め。
「いいぜ、鏡花。なんでも食ってってくれ」
「じつは物を食べに来たわけじゃあないんだよ」
「いいエビが入ったんだ。エビフライ、メチャクチャおいしいんだ」
「私の話をまるで聞いていないな」
私はそう言いながらも、脂っこいものを次々と頼んだ。それだけで腹はいっぱいになるだろうと思ったので、ライスは頼まなかった。「奢ってやるよ」とカイトはうれしそう。「金なら払う」ときちんと言った。「そんなの悪いよ」と述べたカイトであるが、対価は支払わなければならない。世の中、そんなふうにして回っている。
ショーケース越しに発泡スチロールの器を受け取る。己が望んだことながら、ずいぶんと頼んだものだ。器は満タンである。私は早速、エビフライを口にする。いいエビが入ったのだということだったが、たしかにうまい。揚げ加減もちょうどいい。うまいものだからがつがつ食べる。カイトはほんとうにスジがいいようだ。だからこそ、一人で店を任される場面もあるということなのだろう。
「鏡花ってカッコいいよな。イイ奴だし、ときどき、鏡花がどうして俺に手を尽くしてくれたんだろうって考えるんだ」
「あらためて問おう。弁当屋は楽しいか?」
「うん。この仕事なら、きっと一生、やっていける」
「麦茶」
「ん?」
「脂っこいものばかりを食べているんだ。茶くらい用意しろ」
「ああ、たしかにそうだな。ごめん。すぐ持ってくるよ」
すぐに、カイトは戻ってきた。
小さなコップに入った麦茶を受け取る。
「相変わらず、おまえの雇い主らはキッチンカーか?」
「うん。そっちの売り上げがメインなんだ」
「だとしたら、一生懸命に店で売っているニンゲンからすれば、悔しいと思うときもあるんじゃないのか?」
「いいんだ。お客さんが少ないからこそ、一日の売る量を調節できるし、俺、そういう匙加減を決めるのが、好きみたいなんだ」
「実績は?」
「えっと……まだまだ売れ残る数が多い。情けないよなぁ」
だったら毎日、売れ残りは買ってやるぞと言ってやりたいのだが、そういうことでもないのだろう。そんな考え方は、プライドを持って働いているニンゲンにはとても失礼なことだ。
そんな私の思考など露とも知らないカイトは、「えへへ、ほんとうに楽しいんだ」と照れたように述べた。
「でも、どうしよう。クビにされたら、どうしよう……」
「馬鹿が。その心配はないと言っている」
「なんで確信みたいに言えるんだ?」
「寛子はな、いよいよ弁当屋を誰かに継いでもらいたいらしい」
「えっ」
「とはいっても、まだかなり先の話だ。おまえに看板娘をやってもらえたら。それを知ったら、寛子は喜んで弁当屋の跡取りにおまえを指名するだろう」
「だ、だけど、ご主人も寛子さんも、メチャクチャ、元気だぜ?」
「だから、まだ先の話だと言った。私が見たい、思い描く未来は――」
「思い描く未来は?」
「おまえがいい旦那さまと弁当屋を切り盛りする姿だ」
カイトはわかりやすい。
今日も、かぁぁっと頬を赤らめる。
「焦ることはない。じっくり選ぶといい」
カイトの赤面は止まらない。私はからになったプラスティックの容器を、ショーケース越しにカイトへと返却した。
「また来るよ。また会おう」
そう言って、場をあとにする。
腹がいっぱいになったので、コーヒーでも飲んで帰ろうと考えた。