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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
二十四.お目覚め?
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二十四ノ02

 二人を茶の間に通してやってから、私は隣で正座しているカイトのミニスカートの裾をめくった。「ひゃあ! なにすんだよぉっ!」と案の定、抗議の声が返ってきた。めくられつつある裾をがんばって押さえつけるカイトである。千鶴はというと、ちゃぶ台のまえで涼しい顔をして、麦茶をぐびぐび飲んだ。


 「下着は水色なんだな。涼しげでいい」


 私がそんなふうに感想を述べると、もう何度目になるか、顔を両手で覆ったカイトである。


「ひどいよぅ。俺、なにも悪いことなんかしてないのに、パンツ見るとか、ひどいよぉぉぉ……」

「水色は涼しげでいいと述べた。他意はない」

「だからって、スカートめくってまで見るなよぅぅ……」

「泣くな」

「泣きたくもなるんだよぉぅ……」


 カイトの頭を右手でくしゃくしゃと撫でてやる。「私のも見ますか?」と意味不明なことを言い出したのは千鶴だ。恥じらう女子(おなご)のを見るからそそるのだ。あえて見せたがる女には価値も用事もない。


「俺だって女のコなんだ。カイト、おまえはそう言ったな?」

「ダ、ダメか?」カイトが顔を上げた。「お、俺だって、ちょっとくらい、かわいいカッコをしても、いいかな、って……」

「なにか決意みたいなものがあったのか?」

「そ、そんなたいそうなものじゃないんだ。でも、ほら、俺、表に出るようになったから、さ……」


 たしかに、表に出るようにはなったのだろう。なにせ「猫耳持ち」のカイトだ。頭に二つ、大きな猫耳がくっついているのだ。これまで外に出る機会が極端に少なかったことは察してやってしかるべきだ。


 う、うぅぅ……。


 大げさなことだが、カイトは大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼすのである。


「でもな、鏡花、聞いてくれよ。俺が女のコみたいな恰好をしてみたいって言ったらな、おかあさん、めちゃくちゃ喜んでくれたんだ」

「まあ、それはそうなるだろうな」

「だろ? だろ?」


 がっついてきた、カイトである。


「俺……いまは男って苦手だけど、ほら、で、でもいつか、誰か素敵な奴と結婚できたらな、って……」

「そうか、カイト。おまえの下半身はもはや濡れ濡れだというわけ――」

「誰もそんなことは言ってないだろうがぁぁっ!」


 カイト、そんなふうに怒ったのである。


「お、俺は嫌なんだっ、ちゃんと俺を見てくれる男じゃないと嫌なんだっ!」

「いや、カイト、しかしだ、考えてもみろ。おまえを抱きたい男というのはおまえのイヤラシイ身体に魅せられて性欲にまみれていて――」

「だからそういう言い方はやめろぉぉっ!」

「男に対しては幻滅するくらいのほうがいい。なぜならおまえは私の魔法の中指とピンク色の器具で満足を得る尊い存在――」

「だからそれはやめろぉぉっ! 特にピンク色の器具とか言うなぁぁっ!」


 カイトをからかってやるのは簡単なのだが、それだけでは答えなど出ないと思い、私は深く息をついた次第である。


 「だいたい、わかった。なんだかんだ言っても、おまえはいよいよ自分を女のコとして見てもらいたくなって、大変身したというわけだな?」


 真っ赤な顔を俯けるカイトである。なんとまあいじらしい。天国を見せてやることについてはやぶさかではないし難しいことでもないのだが、まずは続き聞いてやろうと思うのだ。


「べつにいいんじゃないか? 世の中には多種多様の性欲がある。あるいはたくさんの変態がおまえを抱きたがっているということだ。だったら彼らの欲望に身をゆだねてやっても――」

「アホかぁぁっ! だから鏡花はアホなのかぁぁっ!」

「千鶴はどう思う?」

「はい、それはですね、鏡花さん、男性に抱かれたいというのであれば、自尊心など早々に捨てるべきだと――」

「千鶴もアホかぁっ! 俺は誰だっていいとは言っていないんだぞぉぉっ!」


 私は席を立った。急に弱気な顔をして、「ま、待ってくれよ、鏡花っ」と不安げな声を寄越したカイトである。冷蔵庫へ麦茶のポットを取りに行くだけであるにもかかわらず、カイトは「いきなりいなくなるなよぉぉ。見放されたのかと思うじゃんかぁぁ……」などとひどく情けないことを言った。


「私は思うんだ、カイト」

「な、なにをだよ、鏡花」

「一度、男に抱かれてしまえば、そのあとは楽なんじゃないかと思うんだよ」


 わかりやすく目を白黒させ、わかりやすく戸惑った様子を見せるカイト。


「や、やだよぅ。俺のことをイヤラシイ目で見る奴なんかに、身体をゆるしたくなんてないよぅ。何度言わせるんだよぅ」

「おまえこそしつこいな。それはわかったと言っている」

「わかってるんだったら、ちょっとは協力してくれよぅ……」


 言ってやるべき言葉は、最初からわかっている。

 その言葉を口にすることにする。


「おまえは焦りすぎだ、カイト」

「あ、焦りすぎ?」

「どうしておまえは、男に抱かれなければいけないだなんて考えるんだ?」

「それは、それは……俺が家庭を持ったら、おとうさんもおかあさんも安心するんじゃないかな、って……」

「その考えについては、私がNGを出す」

「ダ、ダメなのか?」


 私は「アホか、おまえは」と言い、そしたらカイトは眉根を寄せて顎を引き。


「誰もそんなの、焦っていない。そもそもだ、ああ、おまえはいくつだったか。十七やそこらの小娘だったか」

「それは、そのとおりだよ」

「おまえは美人だよ」

「えっ、えぇぇっ!?」

「戸惑うことでもないだろう? だからこそ、おまえには自分を安売りするなと告げたい。しつこいようだが、そう告げたい」


 カイトは目をしばたき――それから猫耳をぴょこぴょこと動かした。そして泣き出して「うわああんっ」と声を上げながら、私の腰部に抱きついてきた。


 「そういうことを言ってほしかったんだ。どうして鏡花はそこまでわかってくれるんだよぉぉぉっ!」


 えらく褒められてしまったが、少し思考をめぐらせばわかる話だ。このイヤラシイ身体つきの獣人は私になにを期待しているのか。


 「俺、嫌なんだ。身体目当てとか、絶対に嫌なんだ……っ」


 そう言われたところで、注意に用いる単語なんて一言しか見当たらない。だからこそそれを言うのが面倒で、だからこそ私はカイトのことを面倒に思うわけだ。


 「経緯はわかった。そうだったとして、おまえは私になにを望むんだ?」


 するとカイトは「……わかんない」と弱々しく言い、鼻をぐすりと鳴らし。


 ここで千鶴が「はいっ!」と勢い良く右手を上げた。


 「話を最初に戻すのです。要するに、カイトはイヤラシイ目で自分を見てほしいということなのです」


 カイトはまた、顔を両手で覆った。


「だ、だから千鶴ぅ、そんなわけでもないんだよぉぉぉ」

「だったらどうしてミニスカを?」

「うっ」

「自慢の脚なのでしょう? それを見せつけることで男性に勃――」

「やめろぉっ! ほんとうにそんなつもりじゃないんだぁぁっ!」

「だったらなんなのですか? 私の場合、異性にドキッとしてもらうことを目的に設定していますですよ?」

「うっ、ううぅっ……」


 私は言った。「カイトに足らんのは覚悟だな」と。カイトの下腹部に右手を忍ばせつつ、カイトのことを押し倒した。「やだぁ、やだぁっ!」と拒まれはしたが、そのうち、「やあんっ。鏡花、勘弁してくれよぉぉっ」などといういろっぽい声がもたらされた。


 そのあと三人でいろいろと楽しんだわけだが、カイトは最後の最後で、「わかったよぅ。ミニスカくらい、これからもはいてやるよぅ……」と宣言した。こういう成り行きを、美談と呼ぶわけだ。


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