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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
二十三.ちゅうちゅう
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二十三ノ03

 組長は泣いた。

 「爆」のつく私の「乳」を拝みながら、泣いた。


 「すまん! すまんかった、ねえさん。わしはあんたにとんでもない苦痛を強いてしまったんだなぁっ!」


 流れと事実だけに視点を置いて物を言うとそうであるに違いないのだが、あいにく、私はそこまで迷惑をこうむったわけではない。


 「大切にする! 大切にする!! 本妻の子ではないとはいえ、わかったんだ! そんなことどうだっていい。そいつはわしの息子なんだ……っ!」


 だったらということで、私は簡単に組長――親分殿に赤ん坊を手渡した。赤ん坊は途端に泣き声を上げた。だからといって、もう手を貸してやるつもりなど微塵もない。私の深い深い胸の谷間をすーはーすーはーすることは著しく心地良かったはずだが、必要以上に甘えられても困る。


「ね、ねえさん、ここで相談なんだが――」

「組長、それは金ならいくらでも払ってやるから(めかけ)になれということだな?」

「い、いけないか? ねえさん、わしはなにもねえさんとの関係を望んでいるわけじゃなくてだな――」


 私は右手の指をパチッと鳴らし、脇に座っている男に「楡矢」と呼び掛けた。すると楡矢は「はいな」と言って左の懐から拳銃を取り出し、いとも簡単にその銃口を親分殿に向け。親分殿は微動だにしない。さすがの大物だ。「かなわんなぁ」と言い、楡矢は銃をひっこめた。親分殿側――子分どもの銃は、私や楡矢のほうを向いている。彼らに「待て」と凄んだのは当の親分殿だ。「間違っても、そんなことはするな」とキツくしかったのだった。


「いいんだ、ねえさん、にいさんもだ。ただものじゃないのはわかってる。だからわしはあんたたちと構えるのは良しとせんし、良しとはせんのだ」


 大きなヤクザの親分殿にここまで言わせるのが、楡矢という男のチカラなのだろう。私は「えらく吸われたぞ、返せ」と赤くなった胸の谷間を見せた。すると親分殿は豪放に笑い。


「ねえさん、わしはなにをすればいい? 金でできることならなんだってしてやる。世の中、金がすべてだ」

「下品なことだ」と言い、私は高らかに笑った。「私が欲しいものは、金じゃ手に入らないんだよ」

「だったら、ねえさんが欲しいものっていうのは、なんだ?」

「夫だ」

「結婚はしたいと?」

「いけないか?」


 親分殿は気持ちよく「はっは」と笑い、「気に入ったよ、ねえさん。なにかあったら、わしを頼ってもらいたい。なあに。相談に乗ってやることはできるだろうし、面倒だって見てやれるだろうさ」


 小さく笑い、私は肩をすくめてみせた。


「親分殿、あんたが私にそこまで入れ込む理由がわからんのだが?」

「わしはあんたに惚れた。だったら、できることはさせてくれ」

「私はただの古書店の(あるじ)だ。それでも、関わりたいと?」

「ねえさん、こいつぁ、理屈じゃないんだよ。わかってくれないか?


 私は一つこくりと首を縦に振り、


「私はもはや、無敵だな」

「そうさ。誰にもあんたの生き方を邪魔はさせんさ」

「交渉成立だ」


 そう言い、私が右手を伸ばすと、親分殿の骨ばった右手で応じてくれた。


「さあ、握手までかわしたんだ。あんたはもう、ウチのニンゲンだ」

「それは困ると言ったつもりだが?」

「わかっているさ」と親分殿は言った。「ほんとうに、大切なわしの息子を大事にしてくれた恩は忘れない……ありがとう」


 まったく、なんと大仰なヤクザの親分殿だろう。

 帰っていった。


 ――楡矢はもはや舟を漕いでいる。


 だからこそ、私は少々乱暴に、麦茶のグラスをちゃぶ台に置いた。ビクッと身体を揺らした楡矢である。「びっくりしたぁ」と声を漏らした。


 楡矢は特に礼を言うこともなく麦茶を飲むと、私のほうを見て、今日何回目だろう、またもや「にひひっ」と笑った。


「あんのガキは、ホンマに鏡花さんの胸を吸って触っていきよったんやなぁ」

「妬けるか?」

「妬けるかいな」


 表に出す言葉とは違う内面を、楡矢というニンゲンは有している。


「今回の件、儲かったのか?」

「ヤクザに話つけたんやさかい、辻褄は合ってるよ。悪い案件やなかった。こないなことがまたあったとするなら、そのときは鏡花さん、俺んこと使ってやってくださいな」


 私は「ふっ」と笑みを浮かべた。


「おまえはイレギュラーだ」

「それは、鏡花さんの人生においてのことやろか?」

「そういうことだ。私にとっておまえをいうニンゲンは、少なくともレアではあるんだろうな」

「うっわ、メッチャうれしい、その言葉っ」

「おまえにだったら抱かれるのも、アリなのかもしれないな」

「あなたがたとえそうだったとしても、いまの俺にその気はないよ」

「どうしてだ?」

「内緒」


 「秘密」と言わず「内緒」とのたまう時点で、やはり評価せざるを得ないだろう――と、私は思った。


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