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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
二十三.ちゅうちゅう
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二十三ノ02

 だいたい、わこたよ。


 楡矢は我が古書店――「はがくれ」を訪れるなり、そう言った。だから私は「なにがわかったんだ?」と問うわけだ。なお、私は相変わらず男の赤ん坊を抱いている。赤ん坊は相も変わらず、胸の谷間に鼻先をうずめている。ほんとうに、料金を請求してやりたい。窒息死してもらえるなら、それはそれで尊い。


「問う。なにがわかったんだ?」


 楡矢はレジ台の向こうでしゃがんだ。私は赤ん坊を抱いたまま立ち上がり、楡矢を見下ろした。楡矢はにひっと笑うと「ええ?」と訊いてきて、こちらがなにかリアクションを見せる間もなく煙草を吸い始めた。アメスピだから許してやろうと考えた。


「先達て、言うたやん? そのガキは次の次の組長やって」

「ああ、それは聞いたな」

「うん。やっぱ実際、そのとおりらしくってさ、せやけど組のなかは勢力争いが激しくって、せやさかい、未来の組長候補を誰かに預けたかったっていうわけやよぉ」


 目眩がした。


「そんな理由で巻き込まれてしまう私のことを、このガキのおかあさまは考慮しなかったのか?」

「まあ、現状として、のっぴきならへんことも、あるやろぉ」


 さらに目眩がした。


「ほぅ、それはまあいい、わかったぞ、楡矢。だったら、すぐにこの馬鹿息子の母親が迎えに来るってことだな?」


 楡矢の口元がにこっと笑む。目元は茶色いサングラスで隠れているので、表情はよくわからない。


「たぶん、リアルのおかあさんが迎えにきてくれたら、その子かて喜ぶと思うんやわ」

「だから、それはわかっている。今次の出来事において私が(こうむ)った面倒事を、きちんと金にして奪ってこいと私は言っている」

「それは約束するけど、鏡花さん、その子、かわいい?」

「かわいくはない。かといって、かわいくないというわけでもない」

「手放すことについては、残念やないってこと?」


 私は眉をひそめ、さらに難しい表情を浮かべた。


「あいにくと、私は私のことで手一杯だ。ガキの面倒を見る余裕なんてない」

「たとえば」

「たとえば、なんだ?」

「俺と鏡花さんが一緒になってさ」

「その可能性は限りなくゼロに近いが、それがどうかしたか?」


 楡矢はまた「にひ」っと笑った。


「俺が鏡花さんのこと孕ませてさ、その結果としてもたらされた赤ん坊やったら、鏡花さんはそいつのこと、愛してくれる?」


 私は目線をうえにやり、少々迷った。

 迷うべきもない事項だと思い直した。


「それはない」

「ないのん?」

「ああ、ないな」


 楡矢は笑った。「そうや、そうやわな」と言い、朗らかに笑った。


「まあ、今回の件については以上や。ただ、その赤ん坊はどうあれ、鏡花さんに面倒をかけた。そこらの仁義については、組長さんにも守ってもらわなな」

「おい、楡矢。私はそんなもの不要だと言って――」

「鏡花さん、ヤクザのトップや言うて、尻込みしてんちゃうぞ。かたちはかたちや。形式的なもんやって言えばそのとおりなんやろう。せやけど、守るところは守ってもらわなな」


 私は肩をすくめ、手の内にある者をよしよしとあやした。


「おまえのことは名前も知らんが、どうやらお別れらしいぞ?」


 赤ん坊は「きゃっきゃ」と笑い、楡矢はもっと「あははっ!」と笑った。


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