表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
二十三.ちゅうちゅう
79/158

二十三ノ01

 勘弁してもらいたいと思うのだ。


 赤ん坊、男児らしいのだが、胸をあちこち吸われたところで、出ないものは出ない。それくらいはわかってほしいし、だからこそ、胸にちゅうちゅうするのはやめてもらいたい。だがしかし、ちゅうちゅう吸いついてくるわけだ。「なにも出ないぞ?」と伝えても、ぎうぅとしがみついてくる。「私の胸は高い。死にたいのか?」と訊いても、深く深く谷間に顔をうずめてくる。うーんと首を捻るわけだ。女の胸に触って顔までうめているわけだ。過失責任を問いたいところだし、まさにそうしたいのだが、私はそこまで、人非人(にんぴにん)にはなれないらしい。


 茶の間で男児を抱き上げ、「よぉし、よぅし」とあやしてやっているわけである。その様子を見て、桑形楡矢は腹を抱えて笑うのである。


「俺、そいつに生まれ変わりたいわ。鏡花さんのおっぱいにメチャクチャ触れるとか、そんなん奇跡やろ」

「そうだ。私のおっぱいは尊いんだ」


 事実を告げてやると、楡矢はまた腹を叩いて笑う。「ええやん、べつに。ガキの一人くらい、育て上げてみぃさ」などと軽く言う。まさに軽率な物言いと言える。


 私は顔をしかめ、呆れた。


「どうして私がガキの面倒を見なくちゃならないんだ?」

「えっ、だって、託されたんやろ?」


 私は「私はそのへんのポストではないぞ」と訴えた。


「せやったら、どないして拾ってきたん?」

「ここまでの話を聞いて、わからんか?」

「うん、わからへん。俺ってアホやさかい、うははっ」

「リアルに死んでしまえ、馬鹿め」ともあれ私は先を紡ぐ。「わけがわからん。この店を訪れた女が、慌てたように置いていったんだ」

「せやったら――」

「ああ。裏くらいはあるんだろう」

「あれ? そない思う?」

「おまえの考えは違うのか?」

「いや、予測を言うんやけど」

「予測でいい。なんだというんだ?」

「ようあるんよ。組長の子どもを孕んで結果生んでしもたけど、そのあとの扱いに困るとかいうネタは」


 私は背筋にざわとしたものを感じ、だから眉根を寄せた。


「おい、待て。だったら私はヤクザの揉め事に顔を突っ込んでいるということか?」


 楡矢は悪戯っ子のように、「へへへっ」と笑った。


「ええやん、べつに。そのガキは鏡花さんのおっぱい好きなんやろうし」

「だから、おっぱいを好かれても困るという話だ」

「うん、わこた」

「なにがわかったんだ?」

「先方に話、つけてきたるわ。そしたら、鏡花さんのおっぱいも解放される」

「おっぱいの解放は優先事項であり、そうしてもらえるととても助かる」

「そうやよ。鏡花さんのおっぱいは唯一なんや」

「おっぱいおっぱい言うな。馬鹿に映るぞ」

「おっぱい、おっぱい、おっぱい」

「死ね。そして、二度と私のまえに姿を現すな」


 楡矢はにっこりと笑った。私が抱えている赤ん坊を指差して、「手の内、明かすわ。そいつは次の次の組長やよぅ」とお気楽な感アリアリに言った。


「ああ、なるほど、そうか。私はいま、今後の暴力団事情を担うべき赤ん坊を抱いているというわけか」私はそう言い、笑った。「なにもかも請求せんといかんな。まあ、おまえの言うことがたしかならという条件はつくが」

「うーん、どないしよ。ホンマに俺に任せてもらっても、ええ?」

「かかった経費だけ持ってこい。それ以外は要らん。くり返すようでなんだが、私の胸に関する事項については、大目に見てやろう」


 楡矢は「了解」と言い、ちゃぶ台をまえにした席を立った。


「あんたはホンマ、心が広いな」

「おまえだって、狭くはないはずだ」

「そうなんよ」楡矢は泣きそうなくらいの苦笑を浮かべた。「なんでやろうね、なんでかな? 俺らみたいな奴らばっかでもええはずやのに、そうやないもんやから、ところどころで悲しみが生まれてまう。俺はそれをなくしたいんや」

「そうなのか?」と言い、私は嘲笑した。「賢くあることだ、楡矢。それ以外の助言も解もない」

「マジ結構悩んでんねんで? 俺」

「人生において悩むことが嫌なら、とっとと死んでしまえ」


 私の深い胸の谷間に顔をうずめ、男児はすーはーすーはーと呼吸をする。


 私が「馬鹿だな」と呟くと、楡矢は「そない言いなや」と笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ