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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
二十一.女子の会話
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二十一ノ03

「カイトは抱き締めてもらいたいだとか、うしろからそうしてもらいたいだとか、男性に対してそういった感情を抱くことはないのですか?」


 千鶴がそう訊いた。


「な、ないよ、そんなの」どもりながらも、カイトは答えた。「ただ、鏡花にだったら、あるかな。いま抱き締めてもらったらスッゲー助かるんだけど――みたいな瞬間は、うん、あるな」

「やはり、私と同じく、両性愛者ということなのでしょうか」

「そういうことでもないよ。俺、男、嫌いじゃないし」

「うわあっ、びっくり発言なのですっ。カイトは男性が好きなのですね!?」

「そそ、そうは言ってないよ。嫌いじゃないってだけで――」

「そんな尻軽でスケベな(やから)は、この場にふさわしくないのです。カイト、あなたはいますぐ帰ってください」

「ええぇっ、待ってくれよ。俺、たぶん、このままだと、ずっと、えっと……」

「ずっと、なんですか?」

「ずっと、えっと……」


 千鶴が「おぉーっ」と高い声を上げた。「聞きましたか、鏡花さん。カイトはずっと処女でいるそうですよっ」


 だ、誰もそんなこと言っていないぞ!

 今度はカイトが吠えた。


「どうでもいいな」


 私は冷たい言葉を吐いてやった。


「鏡花さんは乗り気ではないのですか?」

「そ、そうだよ、鏡花。ガールズトークだぜ?」

「私はもはやガールではないからな。ラジオをつけてもいいか?」


 すると二人は「ダメです!」、「ダメだよ!」と主張し。


「それじゃあ、鏡花さんを主軸にお話を進めるのです」

「そうだな。そうしたほうがよさそうだよな」

「ガキはとっとと寝ろ」

「嫌なのです」

「俺だって嫌だ」

「じゃあ、私が寝る。おやすみ」


 すると二人はこれまた、「ダメです」、「ダメだよ」と主張し。


「だったら、なんの話をすればいい?」

「ですから、コイバナですよ。鏡花さんの恋の話が聞きたいのです」

「俺だって聞きたい聞きたいっ」


 私は「死ね」と一喝した。「そんなものはない。私は生まれてこの方、恋をしたことなど一度もない」と続けた。


「えーっ、そんなの嘘ですよぅ」

「そうだぞ、鏡花。嘘はよくないぞ」


 私はカイトの猫耳――その左を掴み、ぎぎぎぎぎと引き寄せてやった。


「痛い痛い痛い痛いっ! やめろぉっ! ひっぱるなぁっ!」

「どうせ瞬間接着剤でくっつけているだけなんだろう? 取れろ取れろ、取れてしまえ」

「冗談はやめろぉぉっ! 痛い痛い痛いっ! ホントに痛いんだぞぉぉっ!」


 私はパッと手を放してやった。するとカイトは枕にぼふっと顔をうずめ、「痛い痛い、痛いよぉぉ……」などと漏らしながら、自らの猫耳を撫でた。


「恋をしたことはないと言った。これまでの人生においては、絶対的にそうだと言える」


 私は断言した。


「そんなの嘘ですよぅ」

「そうだぞ、鏡花。嘘はよくないんだぞ」


 二人はまたそんなことを言った。


「だったら、お二人さん、私から訊ねるが、私にふさわしい男など、この世にいると思うかね?」


 茜色のランタンの灯の中、千鶴とカイトが顔を見合わせた。


「渋い俳優さんとか、お似合いだと思うのです」

「NFLのQBかな。あいつらってメチャクチャ、カッコいいじゃんか」


 千鶴はどうやら"おじさん趣味"であるらしい。

 カイトは"金の亡者"なのだろうか。


「私に見合うニンゲンなど、この世界には存在しない。年を重ねるにつれ、その思いも強くなる」

「でもです、鏡花さん――」

「そうだよ、でもだぜ? 鏡花――」

「ええい、やかましい。一緒にしゃべるな。どちらかが代表してしゃべれ」

「じゃあ、カイト、しゃべってください」

「えっ、お、俺か?」


 カイトは「うーん……」と唸った。


「ちょっと話は違うかもしれないんだけど……」

「話してみろ」

「い、いや。やっぱやめとく。関係ないし」

「そう言われたら気になるだろうが」

「う、うぅぅ」

「話せ」


 一拍の間ののち、カイトがいきなり、「お、俺、エッチな夢を見ることがあるんだ!」と声を張った。千鶴は「ひーひーっ」と笑い声を上げる。私もくすっと笑ってしまった。カイトはきっとプールが苦手で、しかし覚悟を決めたら思いきって勢い良く飛び込むタイプなのだろう。


 顔を両手で覆い、「ひゃぁ、ひゃぁぁっ」などと言いながら、左右にごろごろ転がるカイト。千鶴もそんな感じだ。


「カイト、エッチな夢とはどのような夢なのですか?」

「そこは想像に任せるよ、ひゃあぁぁっ」


 私は右手に右の頬をのせたまま、「夢か……」と微笑んだ。

 すると二人はごろごろをぴたりと止め、私に注目してきた。


「きゃ、鏡花さんもときにはエッチな夢を? きゃ……っ」

「先を聞かせろよ。メチャクチャ興味あるぜっ」

「期待を裏切るようだが、エロい夢とやらは見たことがない」


 二人はがっかりしたようだった。


「ただ、たまに見る夢はある」


 二人の顔にまた生気が宿る。


「一人称の視点、もしくは映像がある。私の場合、そういったものはめったに見ない。だったら、どういう夢を見るのか。愚かな市民に過ぎない二人に問おう。それはどういうものだか、わかるかね?」


 二人は顔を見合わせ、それからこちらを向き、そろってぶんぶんと首を横に振った。わからないという主張だ。このへんのシンクロ率の自然的な並列化はかわいらしい。愛おしい限りだと言える。


 二人ともなにも言わず、むしろ私からの切り出しを待っているようで、だからこそ、期待に応えてやろうと考えた。私もずいぶんと俗世間に染まっきたものだ。


「私の夢には声だけの人物が、よく出てくるんだ」


 声だけの人物?

 まるで合点がいかないといった感じで、千鶴はそう、つぶやいた。


「そう。声だけの誰かだ」と、私は続ける。「そいつは男とも女とも判別がつかない声で、いつも訊いてくる」


 な、なんて訊いてくるんだ?

 とは、おっかなびっくりのカイトの質問。


「Who Are You?」


 二人が目を丸くしたのがわかった。


 千鶴は「なんですか、それ」と不思議そうに言った。カイトは、「おまえは誰なのかってことか?」と幾分、冷静な口調。処理能力の速さについては、千鶴よりカイトのほうが優れているのかもしれない。


「おまえたちに問おう。たとえば、そうだな、神さまだ。彼、あるいは彼女なのかもしれんが、そういう人物にいきなり『おまえは何者だ?』と訊ねられて、素早く返答できる者などいるかね?」


 千鶴は十秒ほど押し黙ったうえで、「いないと思います」と答え、カイトに至ってはどことなくしゅんとした声で、「いないよ、きっと」と返してきた。


「だが、そうであろうと、それは著しく一般的な問題であるわけだ。だったら、私はなんとアンサーすればいい?」


 こういうとき、代表して口を開くのは、案外、カイトであるらしい。


「なんて言うんだ?」


「私は私だと答えるんだよ。そしたら、かの人物は私のまえから消え失せる」


 私はそんなふうに答えた。


 カイトは泣きべそをかくようにして、鼻をぐしゅぐしゅと鳴らした。


「じつは俺、似たような夢……見たことがある……」


 千鶴は押し黙っており、だから私が「そうなのか?」と念押ししてやった。


「でもな、鏡花、俺はそのとき、なにも答えられなかったんだ」

「くそったれの神さまが空気を読んだなんて話は聞いたことがない」

「鏡花はなんだかんだ言っても、優しいんだ」

「だから、神さまよりは、そうなのかもしれないな」


 私は仰向けになり、タオルケットを胸元までかぶった。


「お二人さん、私が言いたいことはだな、他者の言動に振り回されるなということだ。ヒトはそれぞれ尊いんだが、その価値に気づかず、自らを安っぽく見せてしまっているニンゲンがいるのも事実なんだ。おまえたちがイイ男を掴むことについては否定的じゃあない。ただ、なにかヤバいなと感じたら、まず私を訪ねてこい。上客特権だ。相談にのってやる」


 千鶴がぴたりと身体をくっつけてきた。カイトに至っては一度立ち上がり、それからばたんと倒れ込むようにして、身体を密着させてきた。


「私、ほんとうに大好きです、鏡花さんのこと……」

「鏡花、俺、困ったら、真っ先におまえに相談すると思うから、そのときは助けてくれよ。お願いだ……」


 左右にあるガキ二人の小さな頭をそれぞれ撫で、それから私は「ランタンの灯はもう落とせ、千鶴」と言った。


「くっついて眠っても、よいですか?」

「いいよ」

「鏡花、俺も、頼む」

「いいさ」


 私を中心に三人抱き合って、眠った。ほんとうに理不尽であり無情であり、あるいはいけ好かないことなのかもしれないが、二人からは女の匂いがした。妙な(くさび)にされないことを祈る。男は不幸であってもいい。ただ、女は幸せでなければならない。


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