二十一ノ02
ピンク色の大きなリュックを背負ってやってきた千鶴は、小さめのボストンバッグを肩に提げたカイトを見るなり、いきなり彼女の胸を両手で揉みしだいた。「うわぁ!」と声を上げたカイトである。怒られるまえに、千鶴はさっと手を引っ込めた。頬を赤らめるカイトを見て、「うふふ」と笑んだ。
店は閉めたが、いくらなんでも寝るには早い。茶の間でちゃぶ台を囲むのである。
「千鶴の荷物はどうしてそんなに大きいんだ?」
カイトが訊いた。
私も同感だなと思う。
「着替えが入っているのです」
「い、いったい、何泊するつもりなんだよ」
「一泊なのです」
「一泊の量じゃないじゃんか」
「セーラー服が入っているのです」
「セ、セーラー服?」
「そうなのです。鏡花さんはセーラー服姿の私が好きなのです」
「どど、どういうことだ?」
「ですから、鏡花さんは私のセーラー服を無理やりにはぎ取って中指でアソコをいじ――」
「やめろぉぉっ! それ以上は言うなあぁっ!!」
両手で頭を抱えたカイトである。
ブルーのキャスケットはかぶっていない。
大きな猫耳は露出しているというわけである。
「鏡花さん!」と勢い良く言い、千鶴はちゃぶ台に身を乗り出した。「鏡花さん!」ともう一度言った。
「声がでかい。それに、一回呼べばわかる」
「お小遣いをいただいてきたのですよ」
大きなリュックのポケットを探り、そこから茶封筒を取り出した千鶴。「じゃーん」と中身を取り出した。諭吉がいた。
「いつもお世話になっているから、とのことです。両親は鏡花さんにとても感謝しているのですよ。せっかくですから、晩ご飯はお寿司をとりましょーっ」
「おぉぉ、寿司かぁ」カイトが声を弾ませ、ごくりと喉を鳴らした。「大好きなんだよ、俺。とくにほっき貝が――」
「カイト、いま、あなたは、勃起がどうこうと――」
「やめろぉぉっ! そんなことは言ってないぃっ!」
また頭を抱えたカイトがいる一方で、千鶴は何事もなかったかのように「鏡花さん、よいですか?」と訊いてきた。私は吐息をつき、「こういう場合、その金に手をつけるわけにはいかないんだよ」とちゃんと告げた。千鶴もカイトも不思議そうな顔をした。
「メンツがあるとは言わん。だが、私だって社会人なんだ」
「ああ、そういうことなのですか」
私と千鶴に、順番に視線を送った、カイト。
「じゃ、じゃあ、俺の小遣いを使おうぜ。俺が自分で稼いだお金だ。二人に奢ってやるくらい、わけないよ」
私は「ここは大人に花を持たせろ」と言い、結局、三人で握り寿司を食べた。その最中、ガキ二人はにこにこしながらマグロや鯛やらを頬張っていた。
「カイトがものを頬張る姿はエロいのです。きっと男性のアレも同じように――」
「やめろぉぉっ!」
我が家にあっては珍しい、賑やかな食事となった。
――やがて就寝するにふさわしい時刻となり。
私は暗闇のなかで話をするのだろうと思ったのだが、なんと千鶴のリュックにはオイルランタンが入っていた。「おとうさんの自慢の一品なのです。ドイツ製なのです」などとどうでもいい情報をもたらしてくれた。
千鶴が火を入れ、電気については紐をひっぱって消した。三人で放射状に横になっているのだが、千鶴とカイトはうつ伏せになっている。私は右肘を立て、右手で頬を支えている。
「さて、なにか一つ、怖い話でもしてやろうかね」
「ち、違うのです、鏡花さん。おばけの話をするための闇ではないのです」
あっ。
なにかに気づいたように声を上げた、千鶴である。
「そういえばなのですよ、カイト、私、こないだ鏡花さんと一緒に北海道を旅行してきたのです」
えっ。
驚いたように、カイトは――あるいは絶句した。
「二人で行ったのか?」
「いえ。緑髪の女性もいましたですよ」
「ひょっとして、それって、マキナさんか?」
「そうです。マキナさんなのです」
なんで俺も誘ってくれなかったんだよぅ。
そんなふうに、カイトはぶうたれた。
「まあ、今回はご縁がなかったということで」
「次は絶対に呼べよな。鏡花もだ。約束だぜ?」
私は「いいから、二人で色っぽい話をしろ。適当な合いの手くらいなら入れてやる」と言った。