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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
十九.商店街の人々
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十九ノ01

 夕方、店を閉め、籠状のエコバッグを持って、買い物に出た。ケチろうとは思わないのだが、なんだかんだで商店街を抜け、駅前のスーパーに行ってしまう。品揃えがいいからだろう。ニラが安い。ニラ玉とはじつにうまいものだ。牛乳はいい物を選ぶ。こだわりである。


 いろいろと買い込んで、商店街へと戻った。サイドカーのついた自転車を漕ぎ漕ぎ、ごま塩頭の中年男性が「おーい」と手を振ってみせた。サイドカーにのっているのは発泡スチロール。片手運転になったからだろう、男性はおっとっとと足をついた。


 慌てたわけではない。雰囲気からしてこちらから近づくべきだろうと考え、そうした。


「魚屋の主人、どうした?」

「そりゃあ、鏡花ちゃんみたいな美人を見かけたら、声の一つもかけたくなるってもんさ」


 そういうことらしかった。


「だが、片手運転はいかんな。感心せんぞ。危ないからな」

「ま、それはそうなんだけどよ」


 ごま塩頭の人物――魚屋の主人は、照れくさそうに頭を掻いた。相変わらず、サイドカーの発泡スチロールからはもちろんのこと、主人そのものからも生臭さが伝わってくる。嫌というわけではない。むしろ、真面目なことだと感心する。


「儲かっているか? 羽振りは? どうなんだ?」

「その質問、フツウのニンゲンにされたら、俺は怒るだろうな」

「ああ、だとしたらすまん。私もフツウのニンゲンだ。怒ってくれていい」

「鏡花ちゃんにはまるで、なんだ、他意っていうのか? そういうものが感じられないから怒れないし、怒る必要もないんだ」

「それは恐れ入る」


 私は微笑みくらいは向けてやるべきだろうと考え――それから「で、どうなんだ?」と問い直した。


「良くないよ。ああ、良くないなぁ……」


 だったらなにか、べつの職を始めればと思うのだが、そうもいかないのだろう。


 私は、はっと気づいた。その内容たるやシンプルなものだ。どうして私はスーパーでばかり買い物をしているのだろう。品揃えがいいから? なんでも手に入るから? 品質に裏切られることがあったとしても、それは「安い」の一言で済ませられるから?


 私は顎に右手をやり、「うーん」と懊悩するわけだ。正直に言ってしまうと、取るに足らない事実ではあるのだが、それでも「うーん」と苦悩するわけだ。


「きょ、鏡花ちゃん、どうかしたかい?」

「いや、どうもはせんのだが……」

「話を変えてもいいか?」

「ああ、なんだ?」

「鏡花ちゃんとしゃべったなんて言うと、かみさんに怒られちまうよ」


 魚屋の主人にそんな冗談を言われているあいだも、アーケードを通るヒトはまばら。こと私たちのそばを歩いていくニンゲンは、その生臭さにであろう、鼻や口元を押さえていくばかりだ。だから、魚屋の主人はしょぼんとするわけだ。やり切れないし、悔しいことだろう。


「で、いまはどこに行こうというんだ?」

「近所のじいさんばあさんどもに、売りに行くんだ。案外、これが馬鹿にならない稼ぎになるんだぜ? というより、もうそっちが主力なんだけどな」


 はっはっはと笑い飛ばしているようで、だが、窮地に立たされているかもしれない魚屋の主人のことを見ていると、なんだか悲しい気分になってきた。だからといって、私にできることなど見当たらず――。


「なにか、抜本的な対策が打てれば、いいんだろうがなぁ……」

「俺は魚屋だ。毎日、仕入れをして、それを売る。それしかできないんだ」

「奥方は? 元気か?」

「元気だけは人一倍だ。女房が孕めないのはラッキーだったな。子どもがいないもんだから、その分、経費はかからない」


 孕めないことはラッキー。

 子どもがいないから経費がかからない。


 ジョークだとわかっていても、なんて嫌な言い方をするんだと静かに憤り、私は「じゃあな」とだけ言うと、帰路を早足で進んだ。


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