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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
十七."フューラー"
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十七ノ03

 椅子のうえでフューラー、その姿を観察する。見た目はやはり、わびすけと同じだ。そのなかにあって、なにがわびすけと一線を画するのか――やはり、雰囲気だろう。物腰の大らかさがまるで違う。「聖槍、『ホーリーランス』、か」と問うように言うと、「やはり『フューラー』というわけです、私は、はい」との回答があった。


 言葉がいちいち順を変えたり裏返しになったりする人物らしい。意図してやっているのであればじつに興味深い話だが、それ以上の感想は生じない。


「マキナの組織と縄張り争いをしていると耳にした。なんの縄張り争いだ? 麻薬か? 武器か?」


 するとフューラーはハスキーな私のそれとは違うきれいな高い声で、「どちらがそうであれ、きっとあなたは蚊の毛ほども気になさらないのでしょうね」と述べた。


「私を暴力団なんかと一緒にするなよ。私は誰のものになったこともなければ、誰のものになる予定もないんだからな」

「主にクスリのほうです。武器についてはそれこそヤクザとしのぎを削っています、地元の連中とです、私どもが。尊い話でしょう? どうですか?」


 そういえば、おまえの事業については詳しく訊いていなかったな。私は隣に座っているマキナに、目を向けた。「ケルベロスの煮込み、だったか?」


「もうわかっちゃうよね? わかっちゃうでしょ?」と、マキナは肩をすくめた。「結局のところ、やっていることは暴力団と変わりがないんだよ。そっちのフューラーたんとおんなじ。強者が弱者に気持ちよくなれるクスリを遠慮なくさばいてる。この国ではね、ダウナー系よりも、圧倒的にアッパー系が売れる。コカインなんだ」

「おまえ自身はやっていないんだろうな?」

「売りはするくせに自分ではやらない。あるいは不義理なのかなぁ。ところでフューラーたん」

「ええ、なんでしょう、マキナさん、あなたも美貌のヒトだ、マキナさん」


 マキナは「私たちは、ううん、私はだね、きみたちとうまくやっていきたいと考えているのだよ」と、相手を食うような口振り、眼差しで言った。「それはウチだって同意見なんだ」

 

「マキナさん、しかしね、大きくなりすぎた組織がなにを望むか、おわかりいただけるはずです、それくらい」

「ついてきてもらうには、恩賞が必要だってことでしょ? 秀吉とかと同じなんだなぁ。末期の彼と、同じなんだなぁ」

「公安に目をつけられっぱなしなんですがね、だからこそです」

「うまくやってるんだよね?」

「まあ、それは。それは、まあ」

「ねぇ、フューラーたん?」


 あんたたちの言い分なんて知ったこっちゃない。

 そう言い、マキナは立ち上がった。


「交渉は決裂。ウチはたとえ身が滅びるようなことになっても、最後の最後まで、きみたちと戦うよ」

「残念です。私たちの志は、そう離れているものではないと思うのですが」

「フューラーたんがもう少しかわいらしいなら、その道もあったかもね」

「美しいで通っているのですが? 私は、もっぱら」

「性格ブスってやつだよねぇ」


 私は「もういいのか?」と訊ねた。「うん」と答えたマキナである。「この場での否定は死につながると思うが?」と言っても、「お願い、鏡花ちん、私と死んで」と返してくるだけだった。


 フューラーは言った。「ここで殺す真似はしません。ただ、ここからは競争です」と言った。


 私たちは椅子からすっくと腰を上げた。フューラーがうっとりしたような声で、「美しい」と発した。「あなたは後ろ姿すら美しい。鏡花さん」


「生意気なフューラー殿は、やかましくもあるのか。おまえが言ったのは単なる事実だ」

「いい勝負をしましょう」

「やかましいと言ったんだよ」

「その言葉すらきれいだ」


 エレベーターで下り、ロビーにまで至ったところで、パパラッ、パララッ、パララッという軽快な銃声が聞こえた。そう、銃声だ。聞いたことがなくても、ヒトは本能的に、その音を知っている。


 表に出たところで、どぉんっ! と重くて低い音がした。地下駐車場のほうからだ。それくらいのことが起きるのは予測していた。すぐまえの車道にアメリカンな感じのファンキーなバイクが停車した。ヘルメット姿の男から、「マキナさん! 使ってください!」と聞こえた。「ありがとーっ!」とのんきな返事をしたマキナ。マキナがバイクにまたがる。くだんの男から私は機関銃をもらい受け、それから後部に乗り込んだ。マキナは笑う。「あっはっはぁっ! 楽しくなってきたねぇぇぇっ!」と。バイクが出たとき、また後ろから派手な爆発音がした。なんだなんだ、この感情ない交ぜフューラー。おまえ、口でどれだけ優しいことを言っていても、そのじつ、やる気満々なんじゃあないか。


 首都高速に乗った。まだまだ追いかけてくる。私は左手をマキナの腹に巻きつけたまま、後方に向かって機関銃をぶっ放す。思ったより激しい発砲時の反動。それでも、ぶっ放す。敵は三台。私は素人のくせに、一台、駆逐することに成功してしまった。


「マキナ!」

「えっ、聞こえない!」

「まだ二台ついてきてる! 抜本的な対策が必要だ!!」

「いまのは聞こえた! わかったよぉっっ!」


 なにを思ったのか、マキナは速度を落とした。するとなぜだか、相手も撃ってこなくなった。二人とも困「惑」していない。「挑」むが見えた。うしろの車らがぶつかることなくなんとかといったタイミングで停車し、けたたましくクラクションを鳴らしてくる。


 高速道路の真ん中で、マキナと私のバイクを挟む格好で、敵の二台が並んだ。


「次のトンネル抜けたところまで競争! いい? いいよね!! それくらいしか、私を葬る手段はないんだから!!」


 エンジンをぶるるんぶるるんと吹かす、マキナ。一気に加速。マキナは阿呆だ――が、カリスマ性は折り紙付き。相変わらず左腕を巻きつけていると、その腹部の硬質さとしなやかさが知れた。


「鏡花ちん、もう撃たなくてもいいよ!」

「撃墜する必要がある!」

「だいじょうぶ! 彼らは対決の意味を知ってる!」

「敵のことを買うのはありえる話だ!」

「だったら、もうほうっておこう!!」


 二人を乗せて走っているわけだが、バイクはそのハンデにも悲鳴を上げることなく、トンネルまで走り抜けた。


 そして、「負け」を知った敵兵二人は、顔を見合わせると、私たちのバイクを行き過ぎて、高速を前にすすんだ。


「これだから気持ち悪いし、まだまだ尾を引きそうな気がするんだ。フューラーの考えが行き届いている。これだけ奇妙で奇抜なことはないよねぇ」高速、トンネルの真ん中でそんなふうなことをのたまっているものだから、容赦なくクラクションが鳴らされた。「さ、ご自宅までお送りしてあげるのだ」


 私は当然「そうしろ」と言い、挙句、その愉快さに、自分を見失ってしまいそうだった。たまにはエキサイティングなことがあってもいいらしい。私の深淵には結構、危なっかしい一面があるのかもしれない。


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