十七ノ02
まったく、懐かしい。来たことがある。私が勤めた会社はとにかく羽振りがよかった。このパーティー会場でも幾度も四半期ごとに催し事をし、クリスマスにはビンゴ大会が行われた。それらの企画において、一度だけ、私も顔を出したことがある。どのような内容だったかは覚えていない。つまらなかったのだろう。
立食形式のパーティーだ。ヒトはそれほど多くない。気になるのはガラス張りの大窓を背にし、いかにも権力者が座りそうな金ぴかの椅子が設置されていることだ。まだまだ若い男だ。私よりも年下だろう。それだけの事実で、ガキと呼びたくなる。あいにく私は気が短い。
金色の椅子の前に、男らが、これまた金色の椅子を並べた。早速、座って、木製であることを確認した。脚を組んで、偉そうにふんぞり返ってやる。マキナもそうした。穏便に済ませたい。彼女はそんなふうに言っていたと記憶しているのだが。
「あなた、名前はなんていうの?」
口を切ったのは、マキナだった。周囲は敵ばかりだろうに、堂々としたものだ。なお、今日も普段着? 戦闘服? ――とにかくバイクスーツ姿である。私ほどではないのかもしれないが、気が強いのは確かだ。
「私は"わびすけ"といいます」
「なるほど。いまの時代においては、少々、変わった響きだな」
私はそう発し、それから「ふん」と鼻を鳴らした。わびすけか。イイ男である。長髪はひらひらで、涼しげな目元で、唇は薄い。女はほうっておかないだろう。ことのほか鋭いであろう私の目つきにも臆するところはない。
しかし――。
「くだらんな。わびすけ。おまえは偽物だろう?」
「偽物? なにの偽物だと?」
「おまえからはなんのスケールの大きさも感じられない。だから、ボスではないだろうと述べているんだよ」
わびすけの顔が、にわかにゆがんだ。
「それ、なんの根拠も証拠もないじゃありませんか」
「私にはわかるんだよ。おまえはいま、『焦』っている」
「は、はあ?」
「本物を出せ。でなけば、話はせん。たとえ、殺されてもな」
「だから、どうして僕は焦ってなんか――」
「一人称が私から僕に変わったな。取り乱している証左だ。事実、おまえの心は『乱』れに変わった」
「お、おまええぇっ!!」
わびすけが突然立ち上がり、九ミリだろう、懐から抜き払った拳銃を向けてきた。すぐさまマキナが私の前に立ちふさがる。銃声。私は椅子から腰を上げ、マキナのことを手でよけた。わびすけが前のめりに倒れていた。頭部からの血が床にじんわり広がる。私から見て左方から撃たれたらしい。
遠いところでパーティーを楽しんでいた――と思われる、わびすけにそっくりの人物が、拳銃を左の懐にしまい、ゆっくりと拍手をしながら近づいてきた。わびすけの死体をすかさず片づけた二人はガタイがでかい。ボディガード的な信者なのだろう。男は金色の椅子に腰掛けても、まだ拍手を続ける。「素晴らしい!」と快哉すら叫んだのだった。
なるほど。外見は同じでも、わびすけにはない風格と毅然さがある。
「あっという間に見破られましたね。見事です。私とわびすけは双子でしてね。そんなこと、もはや言わずもがなだと思いますが。私ははっきり言って、二人を見初めるに至りました。ゆっくり話をしましょう、マキナさん、それに鏡花さん」
「私のことまで、やはり知っているのか」
「しかし、私は知っていることしか知らないし、知らないことは知りません」
「無理問答みたいな話だな。はっきりした。私はおまえのことを好かん」
「しかし、私は大好きです、鏡花さん」
どうしていままで気づかなかったのだろう。わびすけに比べると、この人物の声はずいぶんと高い。
「おまえ、女か?」
「女と男の双子もいますよね?」
「名は?」
「ソウトウ」
「ソウトウ?」
「ええ。フューラーです」
その女――「ホーリーランス」のトップであるらしい"総統"は、おかしそうに、クスクスと笑ったのだった――そのうち、それは大笑いに変わったのだった。