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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
十七."フューラー"
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十七ノ01

 茶の間の外――すなわち店舗内に脚を投げ出し、その脚を組んでいる、いつもどおりの私である。店番がてらの読書をしている。今日の作家、あるいは筆者についてはまるで興味がない。興味が湧くこともない。どうしてこれほどまでにつまらないものを時間をかけてまでしたためようとするのか。そういった点、私にとっては永遠の謎になることだろう。


 うしろには、マキナがいる。今日も緑色の短髪に黒いバイクスーツ姿である。そんな恰好で正座をしているから、なんともシュールだ。アウディを乗り回してきたらしい。人気(ひとけ)が少ないから許されはするものの、商店街のなかにまで車で突っ込んでくるのはいかがなものか。


「鏡花ちん、今日もお茶がおいしいよぅ」

「それはそうだ。いいものを出してやっているんだからな」

「ほんとうに?」

「嘘に決まっているだろうが」

「ひどーい」

「用件があるなら、さっさと言え」

「それってリアル?」

「阿保か。おまえが相手だから冗談を言ってやっているんだ」

「だったら、ありがとう!」

「いいから、なにかあるならこっちに寄越せ」

「話すから、こっちに来てよぅ」


 もう呼びかけられるのを嫌い、私は速やかに移動してちゃぶ台をまえにした。マキナは女性的な凹凸も露わなじつにシャープな身体つきをしているのだが、そんなことはさておき、とりあえずはまぁ、話を聞いてやろうと思うわけだ。


「最近、ちょっとした抗争が始まっちゃっててねぇ」


 私は当然、「抗争?」とつぶやき、眉根を寄せるわけだ。


「なんだ? 具体的に話してみろ」

「ひょえー、聞いてくれるの?」

「私が黙っていても、おまえはしゃべるんだろう?」


 ま、そうなんですけど。

 そう言って、マキナは不遜な感じで肩をすくめてみせた。


「抗争は抗争なんだ。私が所有してる会社の名前、知ってる?」

「会社? 宗教法人だと聞いた覚えがあるが?」

「まあ、そう言っても間違いじゃないね」

「それで、会社でも宗教法人でもいい、おまえの管轄内がどうした?」

「だから、抗争が起きてるんだってば」


 私はますます顔をしかめる。


「いかにもつまらなそうな話だが?」

「そうなんだけど、ヒトが死んでる」


 マキナの瞳を見るべく、目をやる。らしくない。

 マキナは苦笑のような表情を浮かべた。


「おまえの組織の名は?」

「"ファミリア"」

「親しい友人同士というわけか」

「というより、家族だね」

「おや? もっと退廃的な集団だと聞かされていたように思うが?」

「そんなこと、言った覚えはないよ」

「いいや、言った」

「鏡花ちん、このやり取りに意味はある?」


 私は肩をすくめ、吐息をついた。

 意味などないのだ。


「相手は? なんというんだ? わかっているのか?」

「『ホーリーランス』。『聖なる槍』って意味みたい」

「仰々しい名だな」

「まあ、組織の名前は置いとくとして――」

「公安は? 破防法の適用は? 予想するに、快楽集団の一種なんだろう?」


 緑茶をずずっとすすってから、明後日の方向に目をやり、マキナはべーっと舌を出した。


「たぶん、そのへんはうまくやってるんだ。コンペティターたる我が団体にばかりちょっかい、かけてくるんだから」

「コンペティターなんて言葉は、久しぶりに聞いたよ」ほんの少しだけ、会社勤めだった頃のことを思い出した。「だったらおまえは、どうしたいんだ?」

「決まってるじゃん」マキナは子どもっぽい口を利いて。「話をつけたいの。なわばりをきちんと分けたいのだよ」


 あぐらをかいて腕を組んだ、私である。

 目線はマキナの緑髪に向けている、なんとなく好きなのだ、色が。


「それで、わざわざ会いに来たのは、私になにを頼みたいからなんだ?」

「最悪、最悪だよ? 私がなにかの理由で殺されるようなことがあれば、鏡花ちんにあとを担ってほしいんだぁ」


 まったく、身勝手な言い分だ。


「会うにあたって、同席してほしいというわけだな?」

「きゃはっ、いかんですかな?」

「私はこれといって、格闘の心得があるわけじゃあない。マキナ、おまえにはあるかもしれんが、ということになると、おまえは私の面倒を見ながらの対応になるんだぞ?」

「そのリスクを負ったうえでも、鏡花ちんの力を借りたいってこと。まずは会おうよ。お願いします! 無秩序に組織が焼け落ちてしまうことだけは看過できんのです!!」


 土下座までした、マキナである。古くもないが、そう新しくもない友人だ。一肌脱いでやろうとまでは思わないが、無下に扱うにあたっては気が咎めた。


「わかった。かまってやる」

「わおぉ、ほんとう?!」

「現地集合でいいのか?」

「そのほうがいいよ。私の車なんて、常に尾行されてることだろうから」

「おまえの生き方には賛同できんな。ニンゲン、もっと気楽に生きることができるはずだ。さあ、場所を言え」


 その旨、教えてもらい、私は心のなかで「やむをえんな」と、つぶやいた。奇しくも、むかし、勤めていた先の最寄り駅だった。なんの因果か。


「ドレス、着てくるといいってさ」

「そんなもの、持ち合わせていない」

「私が用意しようか?」

「要らん。どんな恰好をしようが私の美貌は絶対だ。それは客観的な評価だ」


 聞く限り、ホテルの屋上のパーティー会場だが、それに合わせてやるドレスアップしてやる理由なんてない。大らかかつ優雅にエスコートしてくれる男子がいれば話は違ってくるのだろうが。


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