十六ノ02
三日後、くだんの青年は生真面目なことに紙に刷ったものを手渡してきた。いまどきの青年なのだからUSBメモリーでも使えばいいのにとも考えたのだが、とにかく几帳面なのだろう、紙のほうが読みやすいと気を遣ってもらったわけだ。
私は青年に「読むから待っていろ」と言い、さらに「店内を物色でもしていろ」と言いつけた。だが、こちらのことを確認できる位置にいるばかりで、ちらちらと見てくるばかりで。わかる話ではある。心配で不安なのだ。しかし、私は作品に期待していない。プロが書く小説ですら取るに足らないと感じているのに、素人が書くものに値打ちなどあろうはずが――。
一時間ほどで読み終わった。斜め読みである。貴重な時間を得体の知れない書物に費やすつもりはない。いや、基本、暇を持て余している私なのだが。紙の束をとなりにバンと置き、「読了だ」と伝えると、青年はここぞとばかりに近づいてきて、レジの向こうからがっつくようにして、「ど、どうでしたか?」と訊ねてきた。
「つまらん」
「えっ」
「つまらんと言ったんだ」
「えぇぇっ?!」
私は脚を組み直し、腕を組んだ。
「なんだ。自信アリ、だったのか?」
「それはもう、そうに決まってるじゃないですか」
「私が最も気になった点を告げてやろう」
「は、はい。なんですか?」
「まるでキャラが立っていない。まあ、そんな気はしていたんだ。おまえ自身がオリジナリティに欠けるとしか言いようがないからな」
とにかく意外な答えだったのだろう。青年はしゃがみ込んでしまった。立ち上がって見下ろしてやると、しくしく泣いているではないか。ダメなところを指摘されて泣くようなら、絶対にプロになんてなれないだろう――と思う次第だ。
「どうやったら……」
「ん?」
「どうやったら、その、キャラが主張的な作品を書けるんでしょうか……」
「リアリティを追求したいなら、誰かをモデルにすればいい。ヒトはヒトだ。他人は他人だ。そこにある考えはそこにある考えで、主張は主張だ。要するに、個人を元にすれば、少なくとも、個性が生まれるだろうということだ」
「小説には詳しくないとおっしゃっていましたよね?」
「信用ならないと言いたいのか?」
「いえ。素人の目から見ることが、最も大切だと思います」
素人とは失礼な物言いだなとは思ったものの、青年が言ったことは真理なので、せり上がってくる不満を、私は吐いて捨てた。
「誰をモデルにしたらいいんでしょうか……」
「馬鹿か、おまえは。そこまで面倒を見れるわけがないだろうが」
「そうですよね」てへへと頭を掻く青年に一目置く理由などない。「また、三日後に来てもいいですか? 次はもっとマシな作品が書けると思うんです」
「思った」
「な、なにをですか?」
「どうして私がおまえのために無償で奉仕しなければならないんだ?」
「あっ、はい、そうですね」
このへんのあっけらかんとしているあたりが、やはりいまどきの量産型なのだ。そのことに気づかせてやることはあるいは簡単なのかもしれないが、あいにくと私はこの青年にそこまでしてやる理由がない。
「でも、僕、田舎から仕送りしてもらっている立場で……」
私の目つきはにわかに鋭くなる。
「おい、おまえ、親に金をせびっておきながら、小説なんて書いているのか? その調子じゃあ、ろくに大学にも通っていないんだろう?」
「それはまあ、親のすねかじりの範疇というかなんというか」また「てへへ」と頭を掻いた青年である。「でも、いいじゃないですか。小説家になることができれば、いくらだって返せます」
目をキラキラさせてこちらを見てくる青年の未来への展望は、とても開けているとは思えない。
「まずはちゃんと学校に行け。まともに就職した上で、物書きを目指せ。それが親に対する最低限の礼儀だ」
「でも僕は、どうしても小説家になりたいんですっ!」
「意気込みはわかったと言っている。義理を果たしてから目指せと言っているんだ」
「直木賞は順番みたいですけれど、芥川賞や本屋大賞なら、僕にだって――」
「阿呆か、おまえは。絶対的に、彼らは努力を惜しんでいないんだぞ」
「だったら、僕がパイオニアになってやりますっ!」
「清々しいまでの馬鹿者だな。空恐ろしくもなる」
「あなたとは意見が合わないようです。でも、また来ます」
「馬鹿を述べるのは簡単だ。意見が合わないというのなら、もう決して姿を見せるな。まったく、おまえというニンゲン自体がご都合主義すぎるぞ」
青年は踵を返すと、一度、こちらを振り返った。
「それはさしあげます。斜め読みではなく、しっかり読んでみてください」
束にされているだけの無意味な紙を、青年は置いて帰るらしい。
「おまえ自身がダメだと認めたように思うが? そしてウチにはシュレッダーがない」
「いずれ僕の作品は価値が出ます。それでは!」
てくてく歩き、店から出て行った青年である。
本は大事にしろと祖父から口酸っぱく言われていたのだが、さすがに当該は床に叩きつけるしかなかった。まったく忌々しい。