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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
十六.恋愛小説家未満
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十六ノ01

「僕、恋愛小説家になりたいんですっ!」


 我が古書店――「はがくれ」において、大学生くらいだろう、左目が前髪で隠れている、いかにも根暗そうな若者が、レジ台の向こうにて、いきなり頭を下げてくれたのだった。


「呼称はおまえでいいか?」

「はいっ。なんと呼んでいただいても結構ですっ」


 いちいちの語尾跳ねが気色悪い――察するに、恋愛小説家になるにあたってヒントを得たく本屋を訪ね、その結果あるいは成果としてなにか情報がもたらされることがあれば――ということなのだろう。しかし私はその道にはまるで造詣が深くないし、もっと単純に言えば、当該ジャンルには気色悪さや阿保らしさを感じている。だから書店のあるじだからと期待されても困るのだ。思いきって入店してきたことはありありと窺えるのだが。


「ヒトがいないんですけれど、やっていけるんですか?」

「自分の食い扶持なんてどうにでもなるものだ。だいいち、いきなり現れた男に、そのあたりを心配されたくはない」

「儲かってはいないんですか?」

「だから、細々とやっている。そう見えたからこそ、店主に相手をしてもらえる、そう考えたんだろう?」


 私が「うっとうしい奴だな」と述べると、青年は「ごめんなさい」と頭を下げた。律儀でありながら、極端に弱気な性格だと判断できる。人任せに生きてきたのだろう。漢字を見ると「頼」だった。文字どおり、誰かを「頼」りたいのだろう。


「小説家とやらになりたいのなら、とにかく書いて、とにかくヒトの目に晒せばいい」

「バ、バッサリですね」


 そこになにか間違いはあるのか? と私は訊ねた。悪意が感じられたりするのか? と訊いた。 青年は「間違いないと思いますっ」と勢いよく口にした。


「あ、あのっ」

「いちいちどもるな、うっとうしい」

「そこまで言わなくても……」


 私は壁にたてかけてあるパイプ椅子を右手で指差した。「失礼します」と言ってそれを持ち出し、その上に腰掛けた青年である。

 

「驚いています」

「なにについてだ?」

「だって、見たこともないくらいの美人です。いい匂いもするし」

「見た目はともかく、匂いとか、そういうことには言及するな。気持ちの悪いニンゲンにしか映らんぞ。しかも二割増しだ」

「ご、ごめんなさい」


 私は脚を組み直し、それから「どうして恋愛小説家なんだ?」と訊ねた。いまどきそんな本、大して売れんだろう。本でイキたいのであれば、男も女ももっと直情的かつ積極的に、すなわちエロスが詰まったコンテンツをネットででも見つけるものだ。


「僕はなにもイヤラシイ話を書こうとしているわけではないんです」

「わかっている。からかってみただけだ」


 青年はじわりと涙を浮――かべるわけでもなく、むしろ輝いた目を見せ。


「僕は、ダメなんです。電子書籍じゃなくて、紙の本を出したいんですっ」

「それは悪い夢だと思わんが」

「たしかに、紙となるとキツいです」

「自費出版という手もあるぞ?」

「それって、その……」

「ああ。オナニーに過ぎないというわけだな?」

「違う、でしょうか……?」

「おまえの尊大な態度には否定的だが、そういう考え方もできるだろうさ」


 青年は泣きそうになったところで、右の前腕でぐしぐしと目元を拭った。


「お願いします! あなたはとても美人だから、たくさん恋をしてこられたように思うんです! あなたにアドバイスをいただき、立派な現代の恋愛小説を描きたいんです!」


 まあ、そういうことなのだろうが。

 見込みはあるな――などとは、私は思わなかった。


 それでも――。


「わかった。しかし、どんな世界においても、納期というものは重要だ。三日やる。叩き台でもなんでもいいから、なにかしら持ってこい。辛辣な感想になるかもしれんが、そのへんは覚悟していろ」


 青年は一気にぱぁと顔いっぱいで笑みを作り。

 そして、「ありがとうございます!」を連呼し。


 あいにく、私は優しくない。箸にも棒にもかからぬようであれば、容赦なく見限ってやった上で、焼き肉くらいは奢らせてやろうと思った。私は肉が好きだ。少なくとも、男よりは好きだ。


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