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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
十五.カイトの就活
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十五ノ01

 エリの命が失われたことについて、私はそれなりに凹んでいた。悪い奴らはすべて逮捕され、それは楡矢の「勧善懲悪やろ?」という言葉と相違なかったが、それでも、悔しかった。ヒトのために涙を流すなんてことはないのだと、ずっと思っていた。でも、私はエリのために泣いている。エリのことを思って、泣いている。生きることとはそんなに難しいことなのだろうか? つらいことなのだろうか? もしそうであるのならば、ヒトの多くは極端な話、自殺を選んだっておかしくないと考える。エリは亡くなった。消えてしまったのだ。そう考えると頭が痛くなり、涙がもっとあふれた――私は人非人であるに違いないのだが、事実としての悲しみを知ると、弱気になってしまうようだ。


 それでも日々は続くのだ。死なない限りは、続くのだ。


 ケータイが鳴った。どんよりとした気分ながらも、「楡矢だったら、私をうまく慰めてくれるのではないか」と考えた。まったく、現実問題として、ほんとうに弱くなってしまったものだ。だからこそ、そうあるわけにはいかない。私は三上鏡花なのだから。


 ケータイの口から聞こえてきたのは、「えっと、よっ、鏡花」と困ったふうながらも気さくに接しようとするカイトの声だった。カイトののんきな声を目の当たりにして安心したわけではない。励まされたわけでもない。ただ、カイトは無邪気で無防備で……。私もこのままではいけないなと思った。私は三上鏡花なのだから。


「どうした、カイト。ついに夫候補でも見つけたのか?」

『そそそっ、そんなわけあるかぁっ!』

「だったら、なんだ?」

『えっと、その、相談したいことがあるんだ』

「私にそうしたところで、いい結果など生まれんと思うが?」

『で、でもさ、僕の気持ちをたぶん、一番、酌んでくれてるのは鏡花だと思うし……』

「わかった。どうする? 私はどこに出向けばいい?」

『あ、いいんだ。これから行くよ。家にいてくれればいいんだ』

「どうあれ私に職務を放棄しろと言っているのと同義なんだが?」

『あうっ……ダメか?』

「ダメなら電話にすら付き合わん」私は笑った。「すぐに来るのか?」

『それも、もしよろしければ、ってことにはなるんだけど……』

「よろしければ?」

『わ、わかってるよ。らしくないのはわかってるっ』

「いよいよ男としたくなったとか、そういう話か?」

『馬鹿野郎ぅぅぅっ! だからそんなこと言うかぁぁっ!』


 からかっていてもしょうがないので、私は穏やかに「待っているよ」と伝えた。その声になんだか驚いたようで、『きょ、鏡花おまえ、なんかあったのか?』と訊ねられた。


「大したことじゃない。おまえはなにも気にせず、来ればいい。またイカせてやる。中指一本でな」

『だからそういう卑猥なことを言うなぁぁっ!』

「冗談だよ」

『じょ、冗談? 鏡花、おまえ、今日のおまえ、やっぱり変だよ。なんかあったんだろ? いつもの余裕が感じられないぞ? 僕でなにか役に立てるとは思えないけれど……』

「もう泣かないって決めたんだ」

『泣かない? どういうことだ?』


 私はあっけらかんと、「カイト、おまえは優しいなぁ」と述べた。


『優しいとか優しくないとかどうでもいいよ。ただ、なんていうか、鏡花が凹んでるんだったら、僕も一緒に凹んであげたいよ』

「やはりセックスじみたことをしてやろう。穴という穴を開発してやろう」

『だからそんなことを言うなぁぁっ!!』


 私は前髪を掻き上げながら「待っているよ」と伝え、するとカイトは、『う、うん。お願いだよ。待っててくれ』と告げてきた。


 カイトはイイ奴だ。いつかイイ男と結婚してもらいたいなぁと考える。だけど、十年経とうが二十年経とうが、カイトは「うえぇぇんっ、鏡花ぁ、慰めてくれよぉぉっ!」などと言ってきそうな気がする。


 私は緑茶を淹れた。すする、飲む。イイ感じの味と濃さだ。カイトが来る頃にはすっかり冷めて、まずいものになっていることだろう。私は意地悪なのだ。


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