十三ノ01
ブルーのキャスケットに黒いズボン、白い半袖シャツの上には茶色のサスペンダー。カイトである。獣人たるゆえんの猫耳は隠したいところなのだろうが、"その部分"以外のファッションについては、一皮剥けたような気がする。大手を振ってとまでは言わないものの、他者からの視線には、だいぶん、慣れたのではないだろうか。
私は店の前――アーケードにてカイトを出迎えたわけであり、「よぅ」と右手を上げるくらいはした。カイトの胸は結構でかい。だから、サスペンダーの定位置をそれなりに阻んでいる。
カイトはたたと駆け寄ってきた。このへん、かわいいところだ。相手が待っているのであれば急ごう。時間に関して言うと、待ち合わせの時間より十分も早い。
「僕を呼び出すなんて、いったい、なんなんだ?」いわゆる僕っ娘のカイトである。「びっくりしたよ。もういろいろと解決してもらったし、だから僕には用なんてもうないって思ってたから」
「暇だからだ」
「そんなのいまに始まったことじゃないだろ?」
「おまえはひどいことを言うんだな」
「えっ、えぇーっ」
「まあ、付き合え。味わい深いものを振る舞ってやる」
カイトは目を大きくすると、よだれを拭った。まったく、わかりやすい少女――否、美少女である。
「な、なんだ? オムカレーでも食べさせてくれるのか?」
「ほぅ。おまえはオムライスではなく、オムカレーが好きなのか」
「ダ、ダメか?」
「いや。ある意味、渋い趣味嗜好だ」
「北海道に行ったとき、食べたんだ。富良野って、オムカレーで有名なんだ」
「おまえがものを頬張る姿は、想像するだけで、なかなかに尊い」
「ほ、頬張るとかっ――」
「なぜ否定する。ああ、さてはおまえ、頬張るという言葉から男の性器をそうすることを想像――」
「やめろぉっ! それ以上は言うなぁぁっ!!」
桃色に染まった顔を両手で隠したカイトである。予想どおりのリアクションを受け、私は少々笑ってしまった。イヤラシイ身体をしていても、まだまだきちんとうぶなのだ。裏を返せば、「性」というものについて、それだけ興味があるということなのだろう。
「残念ながら、奢ってやるのはオムカレーではない」
「じゃあ、なんなんだ?」
「まあ、ついてこい。損はさせん」
「いいんだけど、嫌だなぁ」
「どうしてだ?」
「鏡花といると目立つからだよ」
「おまえ一人でも十二分に目立つ」
「そ、そうかな?」
「ああ、なにせおまえはスケベな身体をしてい――」
「やめろぉっ!!」
「いいから、私に続け」
――ハブとまでは言わないが、それなりに大きな駅、そのホームに立った。
「えらく遠くまで来るんだな。なにかの有名店なのか?」
「フレンチでも食べたいか?」
「そんなことは言わないよ。ただ、なにがあるのかなって」
「心配するな。もう着く」
私はホームの半ばほどまで歩き――。
その店を見た瞬間、カイトは「えっ」と驚いたような声を発した。
「こ、ここなのか?」
「不満か?」
「そんなことはないけれど……」
私はカウンターに右腕を置き、「おばちゃん、かけそばをくれ」と言った。すると「はいな」という心地良い返事。「カイトはなんにする?」と訊くと、「そんな急に言われても……」と困った様子。
「コロッケがうまいぞ」
「えっ、そばにコロッケを入れるのか?」
「まあ、食ってみろ」
「それじゃあ、それで……」
おばちゃんはまた、「はいな」と答えたのだった。