十二ノ04
宇宙人の兄貴のほうを呼びつけた。兄は感極まったようで、右の前腕でごしごし涙を拭いながら、「ありがとうございます」をくり返した。
「私はなにもしていない。これ以上、するつもりもない。二人がうまくいくのであれば、それは二人の想いが重なったからだ」
「でも、鏡花さんに出会わなかったら、私たちは路頭に迷ってしまうところでした」
「出会いというものはきまぐれに訪れるものだが、その限りではなかったりもする。相変わらず理由はよくわからんが、おまえがここを訪ねてきたところで、おまえたちはもはや勝利したんだろう」
勝利とか……。
派手に勝手に泣いてから、つぶやくようにそう言って、兄貴は苦笑のような表情を浮かべた。
「これからも私には、妹のためにしてやれることはあるでしょうか?」
「あるぞ」
「それは?」
「見守ってやることだ」
「いいこと言うなぁ」兄貴は感心したようで、また涙をぽろりと流して。「そうかぁ。俺はあとは見ていればいいのかぁ」
「寂しいだろう? しかし、きょうだいが旅立っていくとは、そういうもの――なんだろう」
「予想なんですか?」
「私にはきょうだいがいないからな」
兄貴が目を丸くして、「意外です」と言った。「いると思っていたから意外です」と。
「意外もなにもないだろう? ただの事実でしかないだろうが」
「二度目になりますけれど、おにいさんか、おねえさんか、どちらかがいるんだろうって思ってました」
「その理由は?」
「自分でも、よくわかりません」
「なんだ、それは」
茶の間から店舗へと投げ出している脚、それを組み替え、レジ台の向こうにいる兄貴に目をやった。
「おまえたちは勝ち組だ」と、私は言った。「宇宙人かなんだか知らんが、そういうことだ」
「そうでしょうか?」兄貴は朗らかに笑い、こう言った。「私が宇宙人だって言ったこと、ほんとうに信じてくださっているんですか?」
私は右手の人差し指をピンと立てた。
「ヒトは無駄な嘘はつかない。自分に利がない嘘はつかないものだ」
「深いなぁ」
「馬鹿め。浅くてどうでもいい真実、いや、事実だ」私はしっしと右手を振った。「さあ、帰れ。私は忙しい」
「読書をしているだけに見えるんですけれど」
「その読書で忙しいんだ」
「なにを読んでいるんですか?」
「十代で芥川賞をとった女の、どうでもいい書籍だ。つまらんな。ああ。至極つまらん。そりゃとっとと消えるわという話だ」
「ひどい」
「それが私なんだよ」
なんだかんだ言っても兄貴のことがかわいらしい私は、店先まで見送った。一度、振り返った兄貴である。
「私は、ひょっとしたら宇宙人ではないのかもしれません」
「星間連絡船とやらに乗ってきたんだろう?」
「だけど、その記憶もあいまいで」
「あいまいだからこそ、証拠になるし、信じるに値するんだよ。達者に暮らせ。それ以外は認めん」
「わかりました」
兄貴の笑顔。
晴れやかかつ爽やかに映った。